松坂の一夜

　本居宣長は，賀茂真淵を心の師とあおいで常に尊敬していました。そんな二人が実際に出会ったのは，松坂でたった一度だけでした。

　伊勢神宮にお参りした賀茂真淵が松坂の旅館にとまっていることを知った本居宣長は，お会いして指導を受けようと駆けつけました。
　宣長は，さっそく
「わたくしは，どうしても古事記を研究したいと思っています。本居宣長何か，ご注意はありませんか。」
と尋ねると，真淵は胸を熱くしながら答えました。
「それは素晴らしい研究です。わたくしも若いころから古事記の研究をしたいと思っていました。そのためには，まず万葉集を調べることが大切と考え，その研究から始めました。ところが，年をとってしまい，古事記に手を伸ばすことはできなくなりました。あなたは，ぜひ成し遂げてください。そのために注意しなくてはならないのは順序正しく進むということです。これは，学問の研究に特に必要です。まず土台を作ってそれから一歩一歩高く上り，最後に目標を達成するようにしなさい。」
　真淵の話に感動した宣長は，希望に胸をおどらせながら，夜道を帰りました。そして，３５年の歳月をかけて古事記の研究を成し遂げたのです。