こだが橋・・・愛知県宝飯郡
旧東海道を豊橋から小坂井の菟足(うたり)神社の近くまでくると、右側に『こだか橋』と書かれた石碑がある。
昔 この近くに橋があった。その橋は菟足神社の風まつりに大事な役目をしていた。
その役目は風祭りの人身御供(いけにえにして 神にそなえる人)をささげて、その年大風が吹かないよう、豊作になるよう 祈るならわしが あった。
そのいけにえになる女をとらえる役は 村人の中から選びだされることになっていた。
この年は八兵衛だった。
風まつりの朝、井戸水で体を洗い清めても どうにも気が進まなかった。
八兵衛はようよう心を決めて、朝もやの中を 村はずれの 橋までやってきた。
どこの誰が 今年のいけにえになるのだろう。
この手で若い女を捕まえにゃならんとは。
朝はだんだん 明るくなってきた。
橋の向こうへ目を向けると 遠くからくる 人影があった。
「村のために 神様に捧げるのじゃ。許してくれ。」
と心に決めて立ち上がった。
ところが、近づいてくる女をよく見ると その若い女は隣村に嫁いだわが娘ではないか。
八兵衛は気も狂わんばかり。
橋を渡らんうちに なんとか 引きかえさせんと この手で とらえにゃならん。
八兵衛は娘に向かって
「ひけ ひきかえせ」と合図した。
父親に気づいた娘は 足を速めて 橋にかかる。
「来ては いかん。渡ってはいかん。」
娘は 何も知らずに 橋を渡り切って
「おひさしゅう ございます。おとっつあん。」
と駆け寄ってきた。
八兵衛は 唇をくるわせながら 娘を見つめるばかりであった。
わが娘を わが手で どうして とらえられよう。
逃がしたい もし 逃がしたら 村に災難がふりかかる。
皆に申し訳ない。
わが子だが 仕方ない。
娘は 父親の真っ青な顔を見て 顔色をかえた。
「あれ おとっつあん どうなされた」
たずねても 父親は おし黙ったまま。
娘は不思議に思って かたわらをみると ひつ(はこのようなもの)をみつける。
「あっ それでは わたしが いけにえに・・・」
八兵衛は心を鬼にして 追いすがり 無理にとらえる。
「ちょうど 通りかかったのが お前の身のさだめ 運命と思ってあきらめてくれ」
「いけにえになって 風神の気をやわらげ 村の豊作を祈ってくれ。」
娘は 言葉もなく うなだれて ぶるぶると 身をふるわせている。
無理に逃げれば 父親が村の人に責められる。しかし このままだと いけにえにされる。
娘は途方にくれて その場に泣き崩れた。
八兵衛は 魂のぬけた人のように 泣いている娘をひつに入れて 村に帰った。
娘の入ったそのひつは その日 菟足神社の風神様にささげられた。
あとで この話を聞いた村の人たちは 親子を憐れんで それからというもの 誰いうとなく その橋を 『子だが橋』と呼ぶようになった。
愛知県の民話 日本児童文学者協会編 偕成社