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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

ほんやら洞と村上春樹の国分寺

2019年12月25日 | 文学思想

 令和の年最初のクリスマス、といういい方も日本ならではという感じがするが、冷え込みながらもよく晴れた一日だった。もうじき夕暮れ、大みそかまであとわずか、明日はさらに冷えそうだ。

 そしていま、山下達郎「シーズンズ・グリーテングス」(1993.11.18リリース)を聴きながらパソコンに向かっている。フルオーケストラによる定番クリスマスソングを中心に鼻から脳天に抜けるような40歳の達郎ボイスがたっぷり聞けるアルバムた。ドウーワップものに加えて、オリジナル発売から10年たった時点での「クリスマス・イブ」英語バージョンも入っていて、この時期に愛聴するにはふさわしいというわけ。イエロー地に金箔文字がプリントされたジャケット表紙を巡ると、よく眺めればなんとサンタ姿のご本人が移っているのはご愛敬以上のものがあって貴重なショット。

 さて、村上春樹をめぐって久方ぶりで訪れることのできた国分寺について記そうとしているのだった。熱心な村上ファンならピンとくるように、この地名につながるキーワードは、“ピーター・キャット”。若き日の作家となる前からの村上春樹が陽子夫人とともに経営していたジャズ喫茶の名称である。  

 WEBサイト東京紅団《村上春樹の世界》によれば、その最初の店は長嶋茂雄が引退した1974年に、まだ早稲田大学生だった村上が国分寺駅南口から歩いて数分のビル地下に開店したとある。都立殿ヶ谷戸公園すぐ隣の角のビルだ。その斜め向かいの国分寺マンション一階には、外観をぴっしりとワイヤープランツに覆われた当時のままの喫茶「ほんやら洞」が営業している。ほんやら洞とは、雪国で子供たちがあそびに作る雪のほこらのこと。その名称がここに残っているのがなんだかおもしろい。

 平日散歩のこの日は、この「ほんやら洞」でのランチからスタートした。窓際の壁側に座った連れが定番チキンカレー、わたしは山椒スパイスのきいた麻婆豆腐定食を注文した。窓から通り越しに殿ヶ谷戸公園の緑が望めていい雰囲気だ。もともとは京都から始まったこのお店のルーツ、70年代カウンターカルチャーの残り香のように、床、壁、天井があめ色にくすんで長い年月を物語る。無垢の木のテーブルや椅子もいまではビンテージものだ。珈琲の香りが鼻腔をくすぐり、ローストされた豆の味がなんとも深くて味わい深い感じ?。その昔、友人が国分寺に住んでいて、何度かこの店の前を通ってもついぞ入ることがないまま過ごしていたが、まさか、令和になってようやく訪れることになろうとは、ね。

 国分寺「ピーター・キャット」は、近隣の学生たちでにぎわったようで、時にはジャズライブも行っていたというが、三年ほどした1977年に千駄ヶ谷に移っていく。ビルオーナー側の都合によるらしく、その辺のくわしい事情は分からないが、作家村上春樹誕生前の揺籃期は、70年代の国分寺にあったというわけだ。学生運動の最盛期、ヒッピーブームにも流されることなく、もともと関西生まれで教師を両親(父親は京都大学卒)に持ち、一人っ子として中流中産家庭に育った村上は、一浪して入った大学をドロップアウトすることもなく七年かけてようやくのこと卒業し、やや鬱屈した気分をどこかに抱きながら、地道な喫茶店経営者として地下室の薄暗がりの中でじっと身を潜めて、自己の将来を懸命に模索し続けていたに違いないだろう。

 ほんやら洞を出て通りを横切り、斜め前の殿ヶ谷戸公園へと歩く。入り口を入ると右手に蔵、左前方には大きなヒマラヤ杉かと思われる樹木が存在感を持ってそびえている。そのさきは大芝生広場に松の木と目の覚めるような紅葉が燃えている。庭の数寄屋風造りの紅葉亭からの眺めがすばらしい。その先の敷地は国分寺崖線となっていて、一気に歩道を下がって弁天池に降りていく。ブラタモリ好みのこの地形には、やっぱり湧水があって池に注いでいるわけだ。秘められた茂みの先の泉の流れとくればこれはもう、M.デュシャンの世界なわけで、隠したようでも二ヤついた表情を相方にからかわれてしまったのは、まあ仕方ないか。少し離れた竹林のむこうには、ラブホテルの看板が見え隠れするはできすぎ!?

 気を直してもうひとつの目的地、藤森テルボー教授のタンポポハウスに向かう。2003年8月13日の新聞記事を読んですぐに探しに出かけて見つけることができて以来、16年ぶりになる。あの野川支流にかかる小さな石橋も健在だろうかと気にかけながら迷い歩くこと小一時間、幾分周囲は立て込みながらも田舎の雰囲気を残し、その公国議事堂の中央を切り取ってゴツクたてたような芝生屋根の不思議な縄文と近代を混ぜたような二階建て住宅と、せせらぎのほとりにはカンナの夏の忘れ形見の枯れた花、そしてそこにならんで掛かる小さな三本の石橋は、まあ変わらずにありましたね。

 なんとも感動の再会、触って撫でて頬ずりしたいくらいで、やっぱり崖の際めぐりとせせらぎをたどっての泉探しは夢中そのもの、じっくりと風景を眺めるのも深呼吸してほのかな匂いを嗅ぐのも大好き! その終点は、ほらねえ、やっぱり吉祥寺と小金井の“武蔵境”だ。

 

武蔵野段丘崖南縁にある殿ヶ谷戸庭園。旧岩崎彦弥太別邸だった庭が絨毯模様みたい。

 国分寺タンポポハウス、春には咲き出すのだろうか? 縄文ロケットか芝生屋根の要塞みたい。

 


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