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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

四条大橋西詰 東華菜館と喫茶室フランソワ

2017年12月21日 | 旅行
 その日のお昼過ぎ、妙喜庵を辞した後は、待庵のある生け垣を横目にみながらわき道をぬけて、少し離れた阪急大山崎駅まで歩き、そこから一路四条河原町まで出る。あすの聴竹居との初対面にむけて、ちょっとした気持ちの切り替えに街中へと、でもこれがまたなかなかの建築三昧のひととき。

 すこし遅めのランチを四条大橋西詰たもと、東華菜館でとることにしていた。W.M.ヴォーリズによる大正十五(1926)年竣工の五階建て、もともとは西洋レストランで、現在はあとを引き継いで老舗北京料理店となっている。反対側東詰にある、同時期の昭和二年(1927)竣工、当時の最先端建築様式だった表現派風デザインの外観をみせるレストラン菊水と対になるレトロモダン建築で、来るたびにいつも気になっていた。
 全体の外観と屋根瓦はいちおうスパニシュッ・バロック様式といわれているが、中に入ったアラベスク文様や特徴のある塔奥のデザインはイスラム様式の雰囲気を遺していて、とにかく不思議な印象がする建物だ。正面玄関のファサードからしてすごい。テラコッタ製のライオン、魚、タコ、貝などが踊っていて、訪問者をにぎにぎしく出迎えてくれる。右手のエレベータは、1924年製造アメリカ輸入のOTIS製とのことで、蛇腹式扉、時計式のフロア表示、運転は手動式で当時の最新式設備にびっくり。ちなみに外観で目立つあの塔屋なかは、エレベーター機械室なのだそう。
 四階についてうやうやしく窓際席に案内されると、そこからは南北にのびる鴨川と改修工事中の南座大屋根と祇園の街並みをみおろせて、東山から清水方面を展望できる風光絶佳のながめが拡がって、おおいなる感動ものなのだ。凝った床面の埋め込み模様、オリジナル家具調度の類もなんとも重厚で年代を感じさせるから、思わず背筋がしゅんと伸びる。
 ここでいただいた料理は、名物の水餃子に酢豚、生菜包(海鮮ミンチ炒めを新鮮なレタス菜で包んでたべる)にビールで二人前五千円は、たっぷりのお茶のサービスに建物の歴史的価値、そこからの眺めも入れて十分なくらいのお値打ちだと思う。これはぜひ、夏の川床や屋上のビアガーデンのころになったら、また訪れてみたいものだ。

 大橋をわたって四条通を祇園方面へそぞろ歩きすると、夕刻でさらに人出がましたのか混雑していた。もうひとつの目的地、京都現代美術館「何必館」へ立ち寄る。一階がギャラリーでここに入ると表の雑踏とは大きく異なる静謐な空間が広がっている。山口薫、村上華岳、魯山人の作品と対面、山口薫の絵画を意識してみるのは初めてだ。ここの印象はやはり、茶室のある最上階空間の空中庭園、光庭の印象である。館オーナーの隙のない美意識に敬意を表したいところだが、そのよく演出されたこだわりにちょっとした綻びをみつけてしまって、まあそれも人間らしい一面だろうと思う。

 ふたたび四条大橋を渡って、先斗町を通り抜け、廃校になった元小学校前でUターン、四条の交差点から高瀬川のすぐ横の通りをくだり突き当たった先に貫録のある白壁に瓦の建物が目に入ってくる。その村上重本店で冬の時期の名物、かぶらの千枚漬けを買い求める。この小さな通りは、雑踏からすこし抜け出ただけで落ち着いていて、両側には個性的なお店が並びなかなかのいい雰囲気だ。
 ひと昔前に一度泊まったことのある小さな旅館の玄関ももかわらぬ佇まいで健在だった。三階建ての裏に回ると高瀬川のせせらぎに面していて、こちらの部屋でそのせせらぎを眺めながらおいしい朝ごはんをいただいた記憶がよみがえった。ほんと、こんなところがあるんだ、京の都のふところの深さ、街中の町屋でゆっくり寛げてよかったなあ、こんどは桜の季節に泊まってみたらいいだろうな。

 もうひとつ、名店めぐりはつづく。おしまいに立ち寄った、喫茶室フランソワも変わらぬことの良さを感じさせるお店の代表格。じつに昭和九年の創業というから、この時世において愛されてるのはほんとうに立派で奇跡的というしかない。小さな扉の先は別世界、給仕するアルバイト女性たちの制服が、なんだか西洋メイドさんのようですてきだった。思いのほか、若いカップルや男性も多い。壁面の木製飾りのねじりアーチが印象的、かつての画家や文化人たちが集ったというその同じ白い空間でほっとひと息つく。

 京の街中、澄んだ夕暮れに肩寄せてのあちこちそぞろ歩きは、ノスタルジックでいいな。すっかり夕暮れた河原町交差点に出て高島屋の地下へと下り、阪急で大山崎への帰路につく。