ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

孤独な嘘

2008年05月02日 | 映画レビュー
 イギリスの片田舎に住む上流夫婦の日常が壊れるきっかけはひき逃げ事件だった。事件を発端に発覚する妻の不倫に苦しむ弁護士は、正義漢の固まりのような真面目な中年だ。しかし、正義の人も実は自己保身の固まりだったことがはしなくも露呈してしまう。妻を溺愛するが一方でその愛は相手を束縛し息詰まらせるものだったこともわかる。果たして「悪者」は誰なのだろう? 夫を裏切った妻なのか、妻の浮気相手なのか、妻を不倫へと走らせた夫なのか、それともそれとも…


 前半はひき逃げ事件の犯人捜しのサスペンスふうに思えるが、その真相は意外に早く明らかにされる。「嘘」がタイトルとなっているように、この物語の中では登場人物がみんな少しずつ嘘をついている。ネタバレになるので詳細を語ることは避けるが、上流階級の人々が虚飾の中で暮らしていること、そしてそんな虚飾のなかにあっても愛は間違いなくそこに存在し、そして誰もほんとうの悪人などいないのだということを本作はじっくりと描く。

 心理描写が巧みなので、短い上映時間の中にぎゅっと密度の濃いドラマが描かれる。しかし、もう少し尺を長くして、妻とその不倫相手との恋愛をちゃんと描いてもよかったのではないか。なぜ妻が「一時の遊び」という関係にのめり込んでいくのか、別れようと思っても別れられないその感情の襞が伝わりにくい。夫婦関係の綻びの原因もわからないではないが、かといって不倫相手の貴族の御曹司がちっとも魅力的に描かれていないから、「不倫の愛」がなぜ彼女にとってかけがえのないものなのかが理解しづらい。さらには貴族の御曹司も妻子ある男であり、要するにW不倫なのだが、男の家庭を描かないからこれまたなんだかうわすべりになってしまう。

 この映画は配役の妙があって、エミリー・ワトソンが不倫妻で、夫である有能な弁護士がトム・ウィルキンソンというのがなんだか釣り合っていない。美しい妻に対して仕事人間ですっかり中年太りしたメタボ弁護士というダサさ。しかもこの弁護士が神経質で気難しい。かといってエミリー・ワトソンの不倫相手の貴族がイケメンかというとそうでもないし、そしてこの映画には根っからの悪人というのが登場しない。いなむしろ、人々はみな罪の意識におののき、後悔に苛まれ、受けた恩義を忘れず、妻を心から愛し…というように、「いい人」ばかりなのだ。いい人ばかりなのに悲劇は起きるし、不正が働かれるし、犯罪は隠蔽される。

 このように、テーマは深く興味深いし、簡単にことの是非・善悪を判断できない、まさしく「ドラマ」が描かれている。とはいえ、ラストがなんだかあっけなく安易で、物足りない。なんといっても85分というのがちょっと短すぎた。(レンタルDVD)劇場未公開


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SEPARATE LIES
イギリス、2005年、上映時間 85分
監督・脚本: ジュリアン・フェロウズ、製作: スティーヴ・クラーク=ホール、クリスチャン・コルソン、製作総指揮: ポール・スミス、原作: ナイジェル・バルチン、音楽: スタニスラス・サイレウィック
出演: トム・ウィルキンソン、エミリー・ワトソン、ハーマイオニー・ノリス、ジョン・ワーナビー、ルパート・エヴェレット、リチェンダ・ケアリー、リンダ・バセット

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