ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

イントゥ・ザ・ワイルド

2008年10月12日 | 映画レビュー
 上映前の予告編で「P.S.アイ・ラブ・ユー」がかかっていた。思わず泣いてしまいました。「泣ける予告編」その1。絶対見よう~っと。「泣ける予告編」特集でもやってみたら面白いかも。で、思い出してみたら、予告編で泣いたのは「戦場のアリア」。他には何があったかな? そのうち予告編特集やってみます。

 して、本作の予告編を見たときには、てっきり引きこもり青年が世をはかなんでアラスカまで行き、生きる気力をなくして餓死した話だと思っていたのだが、さにあらず、本作はむしろ、知り合う誰からも愛される礼儀正しく知性あふれる青年が、アラスカへと冒険旅行に出て、当然にも帰還するはずであったものが自然の罠にはまってかなわぬこととなったというノンフィクションであった(考えてみれば、引きこもり青年がアラスカへ行くはずもなく…。「幸せの1ページ」じゃあるまいし)。

 などと書いてしまうともうすっかり映画のすべてを語ったような気になるが、本作の豊かなディテールと美しい映像には映画ならではの力があふれていて、とても言葉では尽くせない。

 青年の名はクリストファー・マッカンドレス。彼はハーバードのロースクールに入学可能なほど優秀な成績で大学を卒業したにもかかわらず、エリートコースに乗ることを拒否し、文明を否定して放浪の旅に出る。彼が求めたものは究極の自由だった。しかし、究極の自由は究極の孤独であることを彼は死を目前にして知ることとなる。いや、結末を急がずに彼の旅の跡をたどってみよう。

 この映画の原作はジャーナリストのジョン・クラカワーが書いたベストセラーノンフィクション『荒野へ』だ。クリス青年がアラスカの山中にうち捨てられた廃車バスの中で餓死していた事件を徹底的に調べたクラカワーがクリスの2年の放浪の旅について書いた本を読んだショーン・ペンがいたく感動し、映画化権を買い取って10年がかりで撮り上げたという。ショーン・ペンの並々ならぬ力が入った作品で、長さを感じさせない見応えたっぷりの作品となった。撮影監督に「モーターサイクル・ダイアリーズ」のエリック・ゴーティエを起用したのが大正解。アメリカ大陸各地の雄大な風景、人物の接写、その切り返しの見事さには舌を巻く。

 物語は、アラスカの山野に廃屋のごとく見捨てられたバスをふとした偶然で見つけたクリスが、「魔法のバス」と名付けてそこに住み着く<現在>と、その3年近く前、放浪の旅に出る直前の<過去>の二つの時制を行き来する。その物語を繋ぎ、クリスの生い立ちを語るのが彼の妹カリーンの独白。クリスとカリーンは仲の良い兄妹だったが、そのカリーンにすら何も連絡することなくクリスは放浪の旅に出る。クリスが人並み外れて知性高く、それゆえか、繊細な感性を持ち、高い倫理観に自他を縛って世捨て人のようになったその要因は両親の不仲にあったようだ。

 クリスは貯金を全額救貧事業に寄付し、クレジットカードを切り刻み有り金をすべて焼き払い、リュックサック一つを抱えて旅に出る。後はアウトドア青年の放浪の旅よろしく、彼はアメリカ大陸を東へ西へ南へとヒッチハイクし、最後は北へと向かう。その途中で彼は様々な魅力的な生き方をす実践する自由人たちと出会う。ある時は農場でアルバイトをし、ある時は町に出てハンバーガーショップで働き、ある時はカヤックを漕いで激流を下り、ある時はメキシコへと国境を越える。カメラは、あらゆるところに出没するクリスの姿をゆったりと捉え、真面目で誠実なクリスの人柄を追い、彼を愛してくれる通りすがりの人々をも魅力的に映し出す。

 クリスは本名を棄て、アレクザンダー・スーパートランプと名乗って旅を続ける。出会う人々に「アレックス」と愛称されるクリスは、最後の目的地アラスカへと到達した。ここで格好の住処、朽ち果てて錆だらけになったバスを見つけたクリスは、狩猟と植物採集で飢えをしのぎ、2ヶ月以上を過ごすが、やがて山を下りることにした。しかしそれは思わぬ障壁に出会ってかなわぬこととなる…。最期の時を迎えつつあるクリスが思ったことは何か。彼が最期に書き残した言葉は…



 晴耕雨読ではないけれど、クリスは常に本を持ち歩き、暇があれば本を読んでいた。彼の愛読書はトルストイ、W・モリス…。いかにもロハスなインテリが好みそうな本を抱えて、いかにもアウトドア青年がやりそうな放浪の旅に出て、いかにも自由人が出会いそうなヒッピーのカップルと知り合って、いかにもありがちな都会人の罠に嵌って最後はアラスカの大自然に厳しく見放される。こう書いてしまうと、無謀な計画の果てにあたら若い命を散らせた浅はかな青年の冒険譚のように聞こえるが、この映画はそうではない。クリスは本当に愛らしく魅力的な青年であり、ショーン・ペンはそんな彼に限りない愛情を注いで描くため、わたしたちは彼の足跡をたどるうちに、愛すべきクリスと比べて自らの立ち位置について内省を迫られてくる。わたしは彼のように真剣に生きてきただろうか? 彼のようにすべてを投げ打って何かに賭けるほどの若さがかつてあっただろうか? もはやそのような若さをすっかり失った今、彼のような自由と孤独をわたしは羨むだろうか?

 人は、前向きに生き、懸命に努力してもなお、ほんのささいなことで躓き、命さえ失ってしまうことがある。クリスの生と死にはそのような悲哀と皮肉がある。これは、アラスカを甘く見た軽率な一青年が生還に失敗したお話として教訓化しましょう、という映画ではない。画面いっぱいに映し出された最期のクリスの瞳に、懸命に前を向いて生きた充実感と挫折感があふれ、わたしたちは、「生きる」とはそのようなことであると知る。

 心にしみるカントリー音楽が全編を貫くこの映画を見終わり、クリスとともに2時間半を生きたわたしは、彼の人生の意味をかみしめて劇場を出た。しみじみと、もう一度見直してみたくなる作品。ぜひ映画館で見て欲しいです。

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イントゥ・ザ・ワイルド
INTO THE WILD
アメリカ、2007年、上映時間 148分
製作・監督・脚本: ショーン・ペン、製作総指揮: ジョン・J・ケリーほか、原作: ジョン・クラカワー『荒野へ』、撮影: エリック・ゴーティエ、音楽: マイケル・ブルック、カーキ・キング、エディ・ヴェダー
出演: エミール・ハーシュ、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ウィリアム・ハート、ジェナ・マローン、キャサリン・キーナー、ヴィンス・ヴォーン、クリステン・スチュワート、ハル・ホルブルック

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