ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

イースタン・プロミス

2008年07月28日 | 映画レビュー
 クローネンバーグ監督らしい、グロテスクな暴力描写の数々には思わず眼をつぶってしまった。R-18というのはエロいからではなくグロいからです。グローネンバーグ、なんちゃって。

 わたしの好きなヴィゴさま、まさに適役のロシア・マフィアのヒットマン役で颯爽と渋く登場。謎めいた孤高の男を熱演しています。

 物語は、ロンドンの夜に始まる。理髪店で一人の男がいきなり首を掻き切られて失血死。次は一人の少女が薬局に現れ、訛の強い英語で「薬がほしいの、助けて」と言って失神する。彼女の股間には大量の血が滴り…。とまあ、いきなりの血染めシーンから始まる本作は、全編血なまぐさい場面が展開するヤクザ映画。こういうの、ほんとはわたしには苦手な部類なのに、どういうわけか最後まで引きつけられてしまった。

少女は病院で女児を産み落とすとすぐ死んでしまう。出産に立ち会った助産婦であるアンナ(ナオミ・ワッツ)は嬰児を遺族に引き渡すべく、少女の身元を調べようと、彼女の遺品の中からロシア語で書かれた日記を見つけて家に持ち帰る。アンナはロシア移民二世だったのだ。日記は叔父が訳してくれることになるが、日記の中に挟んであったロシア料理店の名刺を見て訪ねて行ったアンナは、その店の温厚な老主人と知り合う。だが、その店はロシア・マフィアの巣窟だったのだ。そうとは知らず、マフィアの世界に近づいていくアンナ。彼女の前にはマフィアの運転手ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)が現れ、冷酷な外見とは裏腹にアンナに対してさりげない優しさも見せる。ニコライは何者なのか? アンナの前途は? 赤ん坊はどうなる?

 とにかく、暴力シーンの横行と、残虐で痛いシーンの連続にはたまりません。死体処理をするために凍らせた死体をドライヤーで溶かせたり、証拠隠滅のために指を切断したり、といった思わず目を背けるシーンが続出。クローネンバーグの身体表現はいつも容赦がない。痛いときは痛いままに、グロテスクなときはそのグロさを前面に描く。もっとも、かつてのクローネンバーグの作品のファンにはこの程度では物足りないのだろうが、わたしには「ふつうになった」クローネンバーグで十分。

 最近、東欧からの移民問題が西欧の大きな社会問題化しているのか、「題名のない子守歌」といい、本作といい、ロシア系女性たちの人身売買・売春といったことが映画のテーマとして取り上げられることが増えているようだ。ただ、本作でもそのことは物語の背景として描かれているが、決してその問題そのものを告発するような社会派作品ではない。とはいえ、KGBだのその後身FSBが何度も台詞に上るように、こういった問題抜きには本作もまたありえない。

 超渋いヴィゴ様と、マフィアのバカ息子役ヴァンサン・カッセルのからみは最高。ひょっとしてヴァンサン・カッセルはこれまでで最高の演技を見せたかもしれない。それほど、情けないマフィアぼんぼん役がはまっている。夜のロンドンの風景といい、彼らのどす黒い世界といい、そのダークさはクローネンバーグらしい独特の美学に彩られている。なにより、最後の最後まで緊張感が途切れないのがいい。

 そして圧巻のヴィゴ全裸格闘シーン。この映画では一切、銃撃シーンが描かれない。殺人はすべて素手かナイフだ。だからこそ、切り刻まれる痛みが観客にリアルに伝わる。生身の身体への肉薄、そこにある美しさもグロテスクさもクローネンバーのこだわりが感じられる。そして監督の要求に応じたヴィゴ・モーテンセンが全裸で熱演の上にも熱演する格闘シーンは息を飲む迫力だ。


 この映画には一抹の甘さがある。そこがわたしには救いになる。しかし、そこが従来のクローネンバーグファンには物足りないかもしれない。血塗られた子どもの誕生、血まみれのマフィアたち、最後にヴィゴが演じる素の肉体だけの暴力シーン、これらがクローネンバーグの哲学の表出だとしたら、21世紀は身体性を失った現代人たちの肉体回帰への道が、痛みとともに一種の犠牲を伴いつつもかすかな希望へとつながるのかもしれない。

 今年いちばんのハードボイルド映画。ヴィゴファンなら必見。(R-18)



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イースタン・プロミス
EASTERN PROMISES
イギリス/カナダ/アメリ、2007年、上映時間 100分
監督: デヴィッド・クローネンバーグ
製作: ポール・ウェブスター、ロバート・ラントス、脚本: スティーヴ・ナイト、音楽: ハワード・ショア
出演: ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル、アーミン・ミューラー=スタール、イエジー・スコリモフスキー

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