ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

71フラグメンツ

2007年12月16日 | 映画レビュー
 相変らずハネケの作品には長い監督インタビューがついていて、本人が「自分の作品を解説するほどバカなことはない」と言いながらすっかり解説してくれるので、もうそれさえ見れば映画について書くことはありません、て感じ。インタビューを見ていると、ハネケという人はインテリジェンスの人だということがよくわかる。インタビューはフラン語で答えているが、それもかなり高等な内容なのに不自由していないようだ。

 この映画は「セブンス・コンチネント」と同じような作りかたで、ある事件が起きるまでを当時のニュース映像を交えて淡々と描くという手法をとっている。「コードアンノウン」とも作り方は似ているが、それほど斬新でもない。作品の出来としては「コード・アンノウン」のほうが眼を引くものがある。

 巻頭にまず「1993年、19歳の大学生が銀行で3人を射殺、その直後に自殺した」というテロップが流れるので、本作が大学生による銃乱射事件を扱ったものであることがわかる。だが次の瞬間から始まる場面はまったく事件とは無関係に思えるようないろんな人々の日常生活が淡々とぶつ切りに提示されていくだけだ。そう、まさに「フラグメンツ」=断片、なのだ。ハネケは「われわれには断片しかわからない。何もかも分かっているなんていうのは嘘だ。そんな嘘をつくのはハリウッドのメジャー映画だけだ」と述べている。その言葉の通り、この映画を観てもなぜ大学生が銀行で銃を乱射したのかその理由はわからない。不可解な思いが残るだけだ。

 巻頭の説明を読んでいなければ、これがいったい何の映画かすらわからないだろう。だがわたしたちは知っている、これが事件の被害者の日常を描いたものであるだろうことを。しかも、よく見ると淡々としているようで実はそのさりげない日常生活の中のある感情の昂ぶりやエッジを踏むような危うい感情の爆発寸前の場面が切り取られていることに気付く。

 病気でぐずる赤ん坊を抱えるサラリーマンの一家や、寮に暮らす大学生たちの知的ゲーム、養女をもらった夫婦の戸惑い、年老いて一人暮らす老人の孤独な生活、その断片の合間にテレビのニュース番組が挿入される。最初の3分ごろまでは退屈極まりないのだが、だんだんと登場人物たちの生活ぶりや何か心に抱えているらしい感情の塊のようなものの手ごたえがわかってきて、徐々に画面に吸い寄せられていく。

 ニュースは事件を消費し垂れ流す。どんなに悲惨な戦場の様子が画面に映っても、次の瞬間にはマイケル・ジャクソンがセクシーに腰を振って歌う姿へと変わる。わたしたちはフラットな報道の世界で事件の強弱を感じることなくそして事件の「真相」や「原因」など考える暇も与えられず、ただテレビの前にぼうっと座っている観客に過ぎない。世界はだれにも理解できない。全世界を獲得するなどということは不可能なのだ。その不可能性を描いたハネケのシニカルな作品。(レンタルDVD)

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71 FRAGMENTE EINER CHRONOLOGIE DES ZUFALLS
オーストリア/ドイツ、1994年、上映時間 95分
監督・脚本: ミヒャエル・ハネケ、製作総指揮: ヴィリー・ゼクレア
出演: ガブリエル・コスミン・ウルデス、ルーカス・ミコ、オットー・グルーンマンドル

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