ちょうど一年ほど前のことでしょうか。
母の病名がわかり、これから病気と戦っていく時の話です。
まだまだ全然受け入れられない自分がそこにいましたが
とりあえず会いたい人には会わせてあげたいと思いました。
このタイミングで母から母の古い友人を紹介してもらいました。
多分自分が死んだ後も仲良くしてほしいという意味で紹介したんでしょう。
僕は母方の兄弟姉妹、親戚に連絡しました。台湾に住んでいますが、
会える時に会わないと、もういつ会えるかわからないので再会を祈っていました。
2018年の3月上旬くらいでは、歩行はもちろん左右の手も言うことを聞かなくなってきた状態でしたので
こんな病気になってしまったことを神様を恨みました。いや、神様なんて偶像なものだけで
そもそも神様というなんというか概念自体があることが可笑しな話なのかもしれません。
親戚は言いました。これは運命なんだと。運命ならただ受け入れるしかないと。
「運命」という言葉だけで片付けたくないですが、確かに治療方法が何もないので
ただ受け入れるしかないんです。1日1日を大切にし、楽しいことを考える。できる限り多く笑う。それで良いんだと思います。
足が動かないし、手も動かなくなってきて、そして呂律も回らなくなっている。
厳しい現実でした。
足が動かないというのは、健常者からすると想像できませんが、歩行、走行が不可能以外に、足腰が弱っているので
トイレも一人でできない。
手の場合は、最初は箸を使えていたのに対して、徐々に箸が使えなくなり、そのうちスプーン、フォークが使えなくなりました。
見ていられない状況で、毎日涙があふれ出てきました。