『どんなに絆の深い仲間でも愛し合っている恋人同士でも、別の人間であることには変わりはない。どうやってもわかり合えないことがあるのは仕方がない』(浜崎あゆみ)
――店長代理――
その4文字がついに僕に回ってきた。本当に突然の人事異動だった。2013年9月30日付で、1年半お世話になったK店をとうとう僕は離れてしまった。アラフォー女性店長の、カピバラの居る店舗を。
「僕さんが居ないとキツイですよ」
「そうですね。色々助かっていましたからね」
2名のK店スタッフがこう言ってくれただけでも救われた。
そして始まるS店での過酷な店長代理生活。仕事量は2倍、3倍に増えた。店員としての業務に加え、発注量の増加、シフトの作成、売場作り、そして売上を伸ばす為のあらゆる策など、どんなに長く居ても仕事が終わらない。初期は昼12時に出勤して朝5時までかかる日々が続いた。しかし、何よりも悩んだのは他でもない、人間関係だった。
>自分という存在が怖い。自分がどう思われているか、27年の人生で今、一番気にしている。
今まではその問題から逃げても何とかやっていけていた。だが、今回ばかりはそうもいかない。
この物語は、人間関係という現実と真剣に向き合い、その先に見たものの一部始終である。
「ちょっと変な質問しても良いですか?」
少女にそれを聞いてしまったのは、
「え、何ですか?」
もう二度と会わないと思ったから。
「もしOさんの似顔絵を描いてくれる人が居るとするじゃないですか。そっくりに描いて欲しいか、可愛くデフォルメされた絵を描いて欲しいか、どっちですか?」
2013年8月。当時そこは“ヘルプ先”の店舗、S店だった。少女には何を聞いても良いと思っていた。その僅か6週間後に正式配属になってしまうとも、店長代理というポストを与えられるとも知らずに。
ストレート。
常にポニーテールのカピバラとは対照的に、Oという名の少女は、勤務中以外はストレートのヘアスタイルを維持している。
「そう言えば似顔絵はどうなったんですか?」
10月。“ストレート”は覚えていた。思い出したくも無いカピバラとの黒歴史を、傷をえぐるように聞いてくる。
彼女は高校3年生。また女子高生。しかも彼氏持ち。今更どうしろと言うのだ。
>新しい配属先の店舗で、新たな女性との出会いもあるのかもしれない。それでもカピバラを超える存在は二度と現れないだろう。ファムファタールが、この世に二人も存在するわけ無いのだから。
カピバラを超える存在は現れない。ストレートも例外ではなかった。
「まあ描いたには描いたんですけど、絵の完成度はとても低く、デザイン科に喧嘩を売ることになると悟りました。それでもお守りやラミネーターまで買ってしまい後には引けなくなって、何とか完成にこぎつけました」
この似顔絵事件は深く反省しなければならない。僕はカピバラとの向き合い方を誤っていた。コミュ障の僕にも出来ること、僕でなければ出来ないことを頑張った。当時はそう思っていたが全くの勘違いだった。
――コミュ障だから絵に“逃げていた”――
それが正解だった。しかも、その絵さえも失敗に終わったから「これは大掛かりなギャグです」と書き加えて逃げ道を作った。そんなの駄目に決まっている。何故そんな簡単なことにも気付かなかったのか。
「何歳ですか?」
ストレートとは正しく向き合わねばならない。カピバラ以上か以下かなんてそんなの関係ない。人間が分かり合えない生き物だと思うなら、分かり合えるかもしれないと希望を抱くしかない。
「27歳になってしまいました。もうおっさんですよ」
「イヤおっさんじゃないですよ(笑)。全然若いじゃないですか」
どのようなレスポンスをすれば良いのか。正解が分からない。
「バドミントンやったせいで小指がずっと痛いんですよ」
「この前僕さんが自転車乗っているの見ましたよ」
「いつも買いに来る小学生いるじゃないですか」
それでもストレートはコンスタントに僕に話を振ってくる。今思えば、僕から話しかけない限り雑談を一切しないカピバラはとても楽な存在だった。僕が話したいときに話したいことを話したいだけ話す。全て僕のペースでやっていけば良かった。
「イヤ、あの、その……」
「どうしたんですか?」
ストレートは僕のペースを乱した。予想の斜め上を行く質問が予告なしに訪れ、上手くレスポンスが出来ない。
「イヤ、そんなの出来るわけないですよ」
「冗談ですよ。僕さん面白いですね」
しかし、ストレートは何度も面白いと言ってくれた。果たして本当なのか。これまで何人もの女性に裏切られてきた。笑顔を信じても良いと思える女性はカピバラただ一人であることは前にも書いた。
>真面目天然キャラがここまでプラスに働いているのは初めてかもしれない。キャラじゃなくてほぼ素なんだが。だがそれもいずれ飽きられるときが来るだろう。それを考えると不安でならない。もうこれ以上傷つきたくない。
高校3年生で、既に就職も決まっている。どうせ3月で居なくなる女子高生一人を相手に何故ここまで悩むのか。
(つづく)
――店長代理――
その4文字がついに僕に回ってきた。本当に突然の人事異動だった。2013年9月30日付で、1年半お世話になったK店をとうとう僕は離れてしまった。アラフォー女性店長の、カピバラの居る店舗を。
「僕さんが居ないとキツイですよ」
「そうですね。色々助かっていましたからね」
2名のK店スタッフがこう言ってくれただけでも救われた。
そして始まるS店での過酷な店長代理生活。仕事量は2倍、3倍に増えた。店員としての業務に加え、発注量の増加、シフトの作成、売場作り、そして売上を伸ばす為のあらゆる策など、どんなに長く居ても仕事が終わらない。初期は昼12時に出勤して朝5時までかかる日々が続いた。しかし、何よりも悩んだのは他でもない、人間関係だった。
>自分という存在が怖い。自分がどう思われているか、27年の人生で今、一番気にしている。
今まではその問題から逃げても何とかやっていけていた。だが、今回ばかりはそうもいかない。
この物語は、人間関係という現実と真剣に向き合い、その先に見たものの一部始終である。
「ちょっと変な質問しても良いですか?」
少女にそれを聞いてしまったのは、
「え、何ですか?」
もう二度と会わないと思ったから。
「もしOさんの似顔絵を描いてくれる人が居るとするじゃないですか。そっくりに描いて欲しいか、可愛くデフォルメされた絵を描いて欲しいか、どっちですか?」
2013年8月。当時そこは“ヘルプ先”の店舗、S店だった。少女には何を聞いても良いと思っていた。その僅か6週間後に正式配属になってしまうとも、店長代理というポストを与えられるとも知らずに。
ストレート。
常にポニーテールのカピバラとは対照的に、Oという名の少女は、勤務中以外はストレートのヘアスタイルを維持している。
「そう言えば似顔絵はどうなったんですか?」
10月。“ストレート”は覚えていた。思い出したくも無いカピバラとの黒歴史を、傷をえぐるように聞いてくる。
彼女は高校3年生。また女子高生。しかも彼氏持ち。今更どうしろと言うのだ。
>新しい配属先の店舗で、新たな女性との出会いもあるのかもしれない。それでもカピバラを超える存在は二度と現れないだろう。ファムファタールが、この世に二人も存在するわけ無いのだから。
カピバラを超える存在は現れない。ストレートも例外ではなかった。
「まあ描いたには描いたんですけど、絵の完成度はとても低く、デザイン科に喧嘩を売ることになると悟りました。それでもお守りやラミネーターまで買ってしまい後には引けなくなって、何とか完成にこぎつけました」
この似顔絵事件は深く反省しなければならない。僕はカピバラとの向き合い方を誤っていた。コミュ障の僕にも出来ること、僕でなければ出来ないことを頑張った。当時はそう思っていたが全くの勘違いだった。
――コミュ障だから絵に“逃げていた”――
それが正解だった。しかも、その絵さえも失敗に終わったから「これは大掛かりなギャグです」と書き加えて逃げ道を作った。そんなの駄目に決まっている。何故そんな簡単なことにも気付かなかったのか。
「何歳ですか?」
ストレートとは正しく向き合わねばならない。カピバラ以上か以下かなんてそんなの関係ない。人間が分かり合えない生き物だと思うなら、分かり合えるかもしれないと希望を抱くしかない。
「27歳になってしまいました。もうおっさんですよ」
「イヤおっさんじゃないですよ(笑)。全然若いじゃないですか」
どのようなレスポンスをすれば良いのか。正解が分からない。
「バドミントンやったせいで小指がずっと痛いんですよ」
「この前僕さんが自転車乗っているの見ましたよ」
「いつも買いに来る小学生いるじゃないですか」
それでもストレートはコンスタントに僕に話を振ってくる。今思えば、僕から話しかけない限り雑談を一切しないカピバラはとても楽な存在だった。僕が話したいときに話したいことを話したいだけ話す。全て僕のペースでやっていけば良かった。
「イヤ、あの、その……」
「どうしたんですか?」
ストレートは僕のペースを乱した。予想の斜め上を行く質問が予告なしに訪れ、上手くレスポンスが出来ない。
「イヤ、そんなの出来るわけないですよ」
「冗談ですよ。僕さん面白いですね」
しかし、ストレートは何度も面白いと言ってくれた。果たして本当なのか。これまで何人もの女性に裏切られてきた。笑顔を信じても良いと思える女性はカピバラただ一人であることは前にも書いた。
>真面目天然キャラがここまでプラスに働いているのは初めてかもしれない。キャラじゃなくてほぼ素なんだが。だがそれもいずれ飽きられるときが来るだろう。それを考えると不安でならない。もうこれ以上傷つきたくない。
高校3年生で、既に就職も決まっている。どうせ3月で居なくなる女子高生一人を相手に何故ここまで悩むのか。
(つづく)
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