78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎7月第5週(番外編2)

2012-08-09 22:11:09 | ある少女の物語
「本当にすみません。もう二度と邪魔はしませんので」
「イヤ、何でですか?(笑) 全然大丈夫ですよ」
 結局KSMに場所を聞いてしまった。彼女の手を止めた以上、この程度の事で過度に謝るネガティブキャラを演じる事が僕に出来る精一杯だった。イヤ、演じていないのかもしれない。Wの一件で女性が何を考えているのか解らなくなった自分がいる。今のKSMも本当は少し怒っているのではないか。あんなに辞めなさそうだったWの笑顔を見る事が出来なくなったショックがそう思わせる。
しかし、余計な事を考えている暇は無かった。夜勤はまだまだ長い。雑誌のコーティングと品出しを急いで終わらせるも、流石は中ボス、時間が予定を超過してしまった。次はいよいよ洗い物軍団のラスボス、揚げ物を保温するホッターの洗浄である。部品が多く一番厄介な奴だが、遅れた時間を取り戻すべく巻きで作業する。それを終えると、既に短針は3の方向を向いていた。カップ麺の品出しと保管場所の整理を終えたKSMはいよいよウォークインで極寒との戦いに向かう。それなのに僕はバフで延々と床を磨いているだけ。色々な意味で温度差を感じる。代わってやりたくても出来ない辛さを噛み締めながら、山パンの納品・品出しを挟み一時間もかけてひたすらバフを動かす。そして、

「えっ、こんなにあるんですか?」
4時10分、容積50リットルのオリコン5ケース分にも及ぶアイスと冷凍食品が納品された。ウォークインでの格闘を終えた勇敢なヒロインも合流し、これまで別行動だった僕とKSMが初めての共同作業に取り掛かる。
「僕さんは揚げ物の冷凍をバックの冷凍庫に入れて下さい」
今までが逆だっただけに、女の子に指示をされるというだけで情けなく感じる。だが仕方ない。僕は3回目のヘルプ出勤に過ぎず、彼女は正式な配属スタッフ。指揮棒を握るに相応しい者がどちらかは考えるまでも無い。揚げられる前の無様な姿のコロッケやチキン達を急いで冷凍庫に投入した僕は急いでアイス売り場の彼女の元へ。
「すみません、お待たせしました(?)」
「あ、イエイエ。冷凍庫に在庫保管する余裕ありました?」
「イヤ、そんなに無いですね」
「マジか……ああもうこれ多すぎ! 入らない! この店ホントに取りすぎなんですよいつも」
「誰が発注しているんですか?」
「Hさんです。あの6時に来る女性の」
「Hさんってマネージャークラスの社員ですよね?」
「そうなんですよ。ほぼ毎日売場見ているはずなのに、動きが解っていないというか」
「あ、これラムネバーですよね?」
「それもう入らないです。冷凍庫に無理矢理入れるしか」
「新商品のコーラバーと同じフェイスにしたらどうですか? コーラ全部入れても下が空いています」
「ああ、そっか。コーラ1箱だけですからね」
「あ、でも(発注倍数が)2倍ってオチじゃないですよね?」
「イヤ、1箱だけだったと思います」
「あ、2倍でした。普通にもう1箱ありました」
「ああもういいです、ほっときましょう(笑)」
 アイス売場のわずか2m圏内に女の子と二人きりで会話を交えながらの共同作業。ブギーナイトはクライマックスを迎え、僕のエクスタシーはレベル99を突破した。と同時に僕とKSMの手際の良さの違いも明確になった。
「あ、新聞が来たので品出しと、あとレジ点検もお願いします」
その一言で確信した。アイスの品出しは女子力MAXのKSM一人で充分であり、僕が手伝う意味はそれほど無かったのだ。ブギーナイトは終わり、色々な意味で朝が来た。再び単独行動になった僕は朝刊をラックに並べ、エンゲルに小銭を積もうとしたが、
「レジ点検の前に中華まん入れて貰えますか?」
「あ、そっか。すみません気付きませんでした」
「イヤ、こっちも指示出していなくてすみません」
「何だかすみません、全然役に立ってなくてばかりで」
「イヤ、別にいつもこの店にいるわけじゃないんだから仕方ないですよ(笑)」
女の子にフォローされても悲しくなるだけだった。自店で怒られても基本「何だよウゼエ」と思うだけなのに、今は怒られなくても自ら自分を責めている。結局僕は新米社員のペーペーに過ぎない現実に改めて気付かされた。

「え、もう卒業されているんですか?」
最後の最後に、KSMは大学生ではない事が判明した。
「どれくらいこの仕事やってらしているんですか?」
「この店の立ち上げの時から居ますから、もう6年になりますね」
 6年間ずっと夜勤だけ、つまりKSMは最低でも24歳。四半世紀プラス1年生きてきた僕とほとんど変わらないではないか。それなのに、職を転々としている僕とは違い、アルバイトとはいえ同じ仕事を、小学校に入学してから卒業するまでと同じ期間も続けてきたのだ。彼女が乗り越えてきたものは僕の想像の範疇を超えているだろう。
振り返ってみろ。僕はそんな女の子に「ウォーク代わりにやりましょうか?」とか「学生さんですか?」とか、小馬鹿にするような発言を幾度もしてしまった。
 しかし、それでも彼女は……。
「6年間“居るだけ”ですよ(笑)。まだ宅急便とか良く解らないんですよ。夜って宅急便あまり来ないじゃないですか。だから僕さんが一緒だと、宅急便が出来る人が居るってだけで心強いです」

 6時を過ぎても僕の仕事はまだ終わらない。発注業務がある為、眠気を抑えつつも自店のK店に移動しなければならないのだ。
 何だか落ち着かない。相鉄線の車内で、僕の心は身体と共に揺れていた。
「今日は本当に助かりました。ありがとうございます」
 それは、人から感謝される事に慣れていないからだった。


(Fin.)