ふるやの森
地球文明の再生に向かう
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2006年10月初旬にインディペンダント祇を始めとする欧米の主流メディアが、イラク運輸大臣の驚くべき記者会見の発表を報道したニュースは、TOCANAが日本語で紹介して大きな反響を集めた。

エキサイトニュースは10月6日に、こう伝えている。

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イラクの大臣が、世界初の空港を建設したのはシュメール人であり、さらには宇宙旅行や惑星探索を行っていたと発言、英「The Independent」紙やアラブ首長国連邦の国際ニュース「アル=アラビーヤ」に取り上げられ大きな話題を呼んでいる。

■大臣の驚愕発言に関係者困惑

 各メディアの報道によると、イラクの運輸大臣カージム・フィンジャーン氏の口から驚きの発言が飛び出したのは、イラク南部ジーカール県で開かれた新空港の開港会見でのこと。

「世界初の空港は7000年前にこの場所、ジーカール県に建てられました」(フィンジャーン大臣)
「シュメール製のUFOはここから他の惑星に向けて飛び立っていました」(同)

 さらには、シュメール人は宇宙船に乗って冥王星にまで到達していたと、シュメール史の権威サミュエル・クレーマー教授やロシア人のシュメール文明専門家に言及しつつ持論を展開したそうだ。

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インディペンダント祇は、10月1日に、これまで階段式ピラミッドの一種とされてきた「ジッグラト(Ziggurat)」の写真を大きく掲載して、「世界初の空港は7000年前にこの場所、ジーカール県に建てられました」という大臣の発表を伝えている。

ここで、「空港(airport)」と伝えられる報道は、厳密に言えば「宇宙港(spaceport)」と翻訳するべきである。大臣がこの記者会見で言おうとした趣旨の1つは、これまで「王族の墓」として建造されてきたとされる階段式ピラミッドの真の目的が、「宇宙船の発着台」であり、古代シュメール人が地球外文明の支援を受けて冥王星を始めとする宇宙旅行を行っていたという報告にある点である。

すでにUFO・ET研究者の間では、4大文明をはるかにさかのぼる数百万年以上前に、進化した地球外文明がレムリア・アトランティス文明の建設に関与したという先史宇宙文明説(Ancient Advanced Alien Civilization Theory)が、周知の事実となっているが、現職の閣僚が公式の発言で、古代におけるETコンタクトの事実を発表した意義は、はかりなく大きい。

☆F★

関連記事

【再投稿】GFLJ10/6,2016:地球外文明の真相公開が世界の変化を加速していく

http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/ea12754787c744c9c46fc2211269967d

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【資料室】契丹古伝

日露戦争中の明治38年、鴨緑江軍の兵站経理部長として奉天郊外のラマ教寺院に駐屯中の浜名寛祐は、広部精という博識の軍人から奇妙な巻物を見せられた。もとはある古陵墓より出土した秘物であり、兵禍をおそれて移動したのちに、同寺院に厳重に保管するべく託されたものであるという。これを書写した浜名寛祐は十年の歳月をかけて研究し、日韓古語の研究からその解読に成功し、大正15年に『契丹古伝』(日韓正宗遡源)を発表した。本書はその復刻である。

『契丹古伝』は、10世紀に東丹国(契丹の分国)の耶律羽之によって撰録された漢文体の史書で、『耶馬駘記』『氏質都札』『西征頌疏』『神統志』『辰殷大記』『洲鮮記』など、幻の渤海史料によって構成されていた。そのため固有名詞の音借表記が契丹音によるべきか、渤海音によるべきか同定が困難であったが、古代日本語による解読を許容すると推定される部分もあり、古代においては東アジア全域に共通する言語圏が存在したことが想定される。
 浜名によれば、『契丹古伝』はスサノオ尊と同定しうる神祖がコマカケとよばれる天の使いである鶏に乗って、聖地・白頭山に降臨したという神話を核心とし、シウカラ(東大神族)とよばれたその末裔たちが韓・満洲・日本の3大民族の祖として大陸に雄飛したことを伝える。

 古代中国の尭・舜・殷はこのシウカラ系の国家であったが、「海漠象変」と表現される天変地異とともにシウカラ族は没落し、西族(漢民族)によって中原を追われる。

『契丹古伝』によれば、のちに東夷とよばれるようになる日・韓・満民族こそが中国大陸に超古代王朝を築いた先住民であり、契丹王朝もその末裔であった。また『契丹古伝』は、本州と九州がかつては陸続きであったが人工的に開削されて海峡となったことや、ゴビ砂漠にはニレワタとよばれる幻の湖があったことなど、超古代の地形の変遷についても特異な伝承を伝える。

 さらに満洲にオロチ族とよばれる呪術をよくする異民族がいたことを伝えるが、これは『上津文』に登場するオルシ族ではないかと思われる。また鳥人・熊襲族が沖縄・南韓へ侵入したという記述や、匈奴・扶余・高句麗などの騎馬民族国家の成立、倭国と古韓国との交流、馬韓にあった邪馬台国の伝説など、環日本海文明の存在を伝えるきわめて貴重な伝承の宝庫として、今後の再評価が大いに待たれる異色の超古代文献である。

 なお、スサノオが大陸を経綸した霊的消息については「霊界物語」にも伝えられ、王仁三郎の入蒙問題とも関連して注目されるところである。

http://www.hachiman.com/books/89350-561-0.html

【資料室】封印された神代(かみよ)史

 

紀元前の中国史を書き換えた〝西から来た人〟とは何か?

 

http://ameblo.jp/tsukioto2011/entry-11391175392.html

『史記』以前の記録のすり替えが行なわれたことは間違いないようだ。


いってしまえば、漢の武帝が紀元前一〇八年頃、司馬遷に書かせた『史記』とは、とんでもないクワセモノということになる。


司馬遷は『史記』の執筆中、獄につながれていた。完成後には解放される約束であったにもかかわらず、まもなく殺されてしまった。


これはちょうど、『古事記』の編纂に携わった稗田阿礼が、やはり『古事記』完成後に殺されたという事情とよく似ている。両者は偶然の一致とは思えない。日本の太古史と中国の古い歴史を抹殺しようとした勢力が、それぞれの背後にあったことは間違いない。

私はその正体を追ってみた。その結果私が得た結論は、さきの『契丹古伝』に記されたとおりだった。『契丹古伝』が語るところを引用してみよう。

その昔、地球は大異変に見舞われ、恐るべき洪水が発生して、海と陸の形はすっかり変わってしまった。

この異変で地軸が傾いた結果、大地は中国の北西部で縮んで盛り上がり(ヒマラヤの隆起)、南東部で引き裂かれて沈没した(フィリピン海溝の形成)……。

尭・舜の時代に地球の全土は戦火に包まれ、禹(う)は洪水の後始末に追われた。

ところが、このような戦争と異変の混乱に乗じて、人身牛首の神を祀るもの、蛇身人首の鬼を祀るものが、西から東へ次々とやって来て、我らの地に住みついた……。

前述したように、『契丹古伝』はここで、紀元前の中国大陸のもともとの主人公は今の中国人ではなかった、と述べている。現在では漢民族が最初から中国五干年の歴史の主人公であったかのように説かれているが、それは事実ではないらしい。紀元前の中国の歴史は、西から来た人々によって書き換えられてしまった、というのである。その先をもうすこしみてみよう。

彼らはみずからを我ら東大古族の神の子孫と偽ったばかりでなく、伏犠(ふくぎ)や神農(しんのう)、黄帝(こうてい)、少昊(しょうこう)なる人物を、我らの王の祖先に仕立てあげ、その系図に自分たちの祖先をつなげて、これら偽りの神と王に対する崇拝を我らに強制して、みずからを聖帝の子孫なりと誇らしげに語っている。

ここに書いてあることは非常に重大である。私たち日本人と契丹人は〝東大古族〟といわれていたが、西から侵入してきた人たちが、自分たちこそ東大古族の神の子孫であると偽り、系図や歴史まで自分たちのものとしてでっちあげたというのである。さらに先がある。

けれども彼らは、みずからの祖先と思っていた尭と舜が、彼らの思惑に反して、東大古族の王であったことをはたして知っているのだろうか。


西から中国の地に移住して帰化した人々が、我らの王に仕えたのは、尭・舜のときではなく、その後久しく續いた夏王朝の創始者たる禹のとき以来のことである。彼らは禹を、あたかも彼ら中国人の王であり、中国大陸だけを治めた王であったかのように記しているが、これはとんでもない間違いだ。

これらのことがもしも事実だとすると、これはゆゆしきことである。つまり、中国大陸のもともとの主人公は、いまの中国人の祖先ではなく、東大古族といわれていた日本人と契丹人の共通の祖先だった、ということになるからだ。さらに『契丹古伝』はこう語る。

『史記』に記された禹は、大洪水を生きのびてティルムンの楽園に住んだシュルッパクの王、ウトナピシュティムをさしている。彼の治めた地域は、息子のギルガメシュが活躍したメソポタミアのウルクだけでなく、全世界に及んでいたのである。

我ら東大古族の王である禹は、中国だけの王ではなく世界全体の王であったことが、西族の伝承によっても確かめられるのである。

ここに「西族の伝承」と記されているのは、中国大陸に西から侵入したアッシリヤ人(漢人)が今のイラクあたりに残した粘土板文書に登場するシュメール伝説をさしている。

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「西から来た人々」・・・人身牛首の神を祀るもの、蛇身人首の鬼を祀るものたち(アッシリア人=漢人)が、シウカラ族(日・韓・満族共通の祖先)の領土であった中国大陸に侵入して、中国がもともと自分たちの領土であったかのように歴史を書き換えてしまった。

アッシリア人(漢人)とは、メソポタミア(シュメール)から東に遠征した、アヌンナキ(ネガティブな異星人グループ)によって遺伝子操作されて奴隷化されたシュメール人(ユダヤ人)であり、彼らが信仰する異形の神々とは、アヌンナキ(悪魔)そのものだったのである。

☆F★

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◆記紀以前の歴史書:古史古伝とは?

古史古伝 - Wikipedia

古史古伝(こしこでん)とは、日本古代史で主要資料とされている「記紀(『古事記』と『日本書紀』)」などの史料とは著しく異なる内容歴史を伝える文献を一括して指す名称。種類が多い。また超古代文献超古代文書ともいう。なお、古史古伝は今のところ、いずれも学界の主流からは偽書とみなされている。

古史古伝は、

    1 写本自体が私有され非公開である、などの理由で史料批判がなされる予定がなく、史料として使えないものも多い

  2 超古代文明について言及されている

  3 漢字の伝来以前に日本にあったという主張がある神代文字で綴られている

  4 上代特殊仮名遣に対応してない(奈良時代以前の日本語母音が8個あったが、5母音の表記体系である)

  5 成立したとされる年代より後(特に近代以降)の用語や表記法が使用されている

等々の理由で古代史研究における歴史学的な価値は非常に低く、古代からの伝来である可能性もまず無いと考えられている。しかし、古史古伝は種類が多く1〜5の特徴もすべての古史古伝に共通しているわけではなく、それらの諸点についての度合いは各書ごとに様々である。江戸時代成立とみられる文献もあり、それらには江戸時代的な特徴はあるが近代以後の用語などは当然存在しない。

ただし、いずれの「古史古伝」においても『偽書である「古史古伝」ではなく、真書である』と主張する人々はかつて存在したか、もしくは現存している。

第2次世界大戦前には「神代史」「太古史」など言われ、戦後(1970年代頃まで)には吾郷清彦が「超古代文書」と呼んでいた。また同じ頃、武田崇元(武内裕)は「偽書」「偽史」「偽典」などといっていたが、「偽書」「偽典」は用語としてすでに確立した別の定義が存在しており紛らわしいので、やがて「偽史」という言い方に統一されていった。

「古史古伝」という言い方は、吾郷清彦が著書『古事記以前の書』(大陸書房、1972年)で最初に提唱したもので、この段階では「古典四書」「古伝三書」「古史三書」とされていたが、著書『日本超古代秘史資料』(新人物往来社、1976年)では、「古典四書」「古伝四書」「古史四書」「異録四書」に発展した。 初期の頃の吾郷清彦は「超古代文書」という言い方を好み、「古史古伝」とは言わなかった。あくまで分類上の用語として「古伝四書」とか「古史四書」といっていたにすぎない。1980年代以降、佐治芳彦がこれをくっつけて「古史古伝」と言い出したのが始まりである。

吾郷清彦による分類

古典四書

『古語拾遺』を除いて「古典三書」ともいう。この「古典四書」(または古典三書)という分類は、異端としての超古代文書に対して正統な神典としての比較対象のための便宜的な分類であり、「古典四書」はいわゆる超古代文書(古史古伝)ではなく、通常の「神典」から代表的・基本的な四書を出したもので、実質は「神典」の言い替えにすぎない。(神典の範囲をどう定めるかは古来諸説があるがこの四書に加えて『万葉集』『古風土記』『新撰姓氏録』などをも含むことが多い)。

古伝四書

「カタカムナ」を除いて「古伝三書」ともいう。

この「古伝四書」は全文が神代文字で書かれているという外見上の体裁による分類であって、内容に基づく分類ではない。

古史四書

  • 九鬼神伝精史」(いわゆる「九鬼文書」。『天津鞴韜秘文』(あまつたたらのひふみ)は九鬼文書群の一部である)
  • 竹内太古史」(いわゆる「竹内文献」。「天津教文書」「磯原文書」ともいう)
  • 富士高天原朝史」(いわゆる「富士谷文書」(ふじやもんじょ)。「宮下文書」「富士宮下古文献」ともいう)
  • 物部秘史」(いわゆる「物部文書」)

「物部秘史』を除いて「古史三書」ともいう。

異録四書

『神道原典』を除いて「異録三書」ともいう。

「異録四書」は古伝四書や古史四書に含まれないものをひとまとめにしたもので、いわゆる「その他」の枠であり、古伝四書・古史四書のように四書全体に通じる共通の特徴があるわけではない。

吾郷清彦による分類の発展

東亜四書

吾郷は「新しき世界へ」誌(日本CI協会刊)に寄稿した際「東亜四書」という項目を追加している。

泰西四書

  • ウラ・リンダの書』(『オエラリンダ年代記』ともいう):自身を由緒正しい古フリーズ貴族の末裔に違いないと信じていた大工コルネリウス・オヴェル・デ・リンデが偽造した、先史時代までさかのぼる年代記。フリーズ人はキリスト教以前に独自の一神教を持つとし、万物創造の唯一神ヴラルダを讃え、ザクセン人やフランク人を見下しフリーズ人の優越性を説く。1872年にオランダで出版され、偽造であるとばれて事件は終わっていたが、ナチズムの台頭の中、1933年にドイツの先史学者ヘルマン・ヴィルトがユダヤによる旧約聖書以前の本物の古文書であると主張し、北方人種の栄光ある過去を創造する道具として利用しようとした。[13]ヘレナ・P・ブラヴァツキー神智学における根源人種論の元とも言われ、ニューエイジにも影響がある。
  • Oahspe: A New Bible』:オアフスペ、オアースプ等いろいろに読まれる。1882年出版。
  • モルモン経
  • アカーシャ年代記」(「アカシックレコード」ともいう[14]

他にジェームズ・チャーチワードが実在を主張した「ナーカル碑文Naacal)」、ヘレナ・P・ブラヴァツキーが実在を主張した『ドゥジャーンの書』、「エメラルド・タブレット」、「トートの書」等がある。また『ネクロノミコン』は当初から小説の中の存在として発表されたが、実在と信じる人にとっては超古代文書の一種である。

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◆古史古伝は「偽書」か?

封印された超古代日本史~「古史古伝」の世界

「古史古伝」とはいったい何なのか? これは、「日本最初」の歴史書、『古事記』(ふることふみ)・『日本書紀』(やまとのふみ)(両者を合わせて、通称『記紀』)よりも、遙かに古い「日本の歴史書」群の総称です。それらの代表的な物を列記すると、

  • 竹内文書
  • 九鬼(くかみ)文書
  • 宮下文書
  • 上記(うえつふみ)
  • 秀真伝(ほつまつたえ)
  • 東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)

等です。

 Hotsuma Tsutae Document Tree by Torii

これら「古史古伝」と呼ばれる歴史書は、残念ながら現在の史学界ではその存在自体が認められていない「異端」(「鬼っ子」と言った方が正しいかも知れません)です。その理由はと言うと、

  1. 『記紀』や、聖徳太子時代に編纂されたと言う『天皇記』(すめらみことのふみ)・『国記』(くにつふみ)よりも成立年代が古い。
  2. 『記紀』等の正統な史書は神武天皇を「初代」とするが、「古史古伝」の多くが神武天皇以前に数十代から数百代の天皇を載せている。つまり、「古史古伝」では神武天皇は初代ではない。
  3. 「古史古伝」の多くが漢字渡来以前の古代日本文字「神代文字」によって書かれているか、もしくは、「神代文字」を載せている。

と言った感じで、史学界からすれば、もしこんな「シロモノ」を認めてしまったら、従来の日本史大系が根本から崩壊してしまう訳で、絶対に認められないと言う訳です。この辺は、カトリックの総本山・バチカンが、『死海文書』を「正統」と認めないのと同じです。さて、そんな「古史古伝」ですが、具体的にはいったいどの様な事が書かれているのでしょうか?

万世一系天皇制

戦前の旧憲法(大日本帝国憲法)では、「日本は「万世一系」の天皇がこれを統治する」と書かれていました。「万世一系」とは初代・神武天皇から現代まで一度も断絶することなく(王朝の交替もなく)連綿と続いてきたと言った意味ですが、現在は「騎馬民族征服王朝説」等によって「否定」されています。ところが、「古史古伝」-特に『竹内文書』の世界では、「万世一系」どころか、それを遙かに越える「億万世一系」の天皇制が描かれています。

 

ガヤフキアエズ王朝

『記紀』に登場する神武天皇の父・ウガヤフキアエズ尊(ミコト)が、「古史古伝」では73(又は72)代、あるいは51代続いた「王朝」とされています。又、ウガヤ朝の歴代天皇は皆、「ウガヤフキアエズ尊」の諡号(死後に贈られる称号)を代々世襲した共されています。この辺りは、歌舞伎の名門・「市川団十郎」が名跡を「襲名」しているのと同じです。

国大変動

「古史古伝」の一つ、『竹内文書』には、「ノアの大洪水」を思わせる「万国大変動」・「万国土(ドロ)の海」と言った天変地異が幾度と無く世界を襲い、その度に「五色人(イツイロヒト)全部死す」等と言った「人類滅亡」の危機に見舞われた事が記されています。又、これら世界規模の天変地異によって、高度に成熟した超古代文明が衰退していった模様も記されています。

之浮船(アメノウキフネ)

これも同様に『竹内文書』に出てくる物ですが、読んで字の如く、「天(空)に浮く船」です。一日に千里万里を行くその性能からすれば、旅客機かはたまたUFOか・・・と言った感じでしょうか? ちなみに、古代インドの聖典にも「ヴィマーナ」(「飛行車」の意味)と呼ばれる飛行物体が存在した事が記されています。

ヒイロカネ

更に『竹内文書』に出てくるのが、謎の金属「ヒヒイロカネ」。純粋な物は純金のように柔らかいが、ひとたび合金にすると、プラチナ(白金)よりも堅くなる希少金属。全体として「ひんやり」としているが、時として表面から「オーラ」のような「ゆらぎ」を出す。超古代天皇の皇居の屋根は「ヒヒイロカネ」葺きで燦然と輝いていた・・・「ヒヒイロカネ」で鍛造した宝剣・・・等の記述があちこちに出てきます。ちなみに、アトランティスの「オリハルコン」(太陽のような輝きを発する)や、古代中国の「金+昆」等の古代希少金属は、「ヒヒイロカネ」と同じ物ではないかと言われています。(「金+昆」を「日に比する金」と解釈すると、正に「ヒヒイロカネ」となる)

だまだ「古史古伝」には、『記紀』等の「正統な歴史書」には無い様々な内容がちりばめられています。しかし、史学界はあくまでもこれを「異端」として認めていません。中には『竹内文書』の様に、国家権力が狩野亨吉博士(故人 元・京都大学文学部長)等、当代の碩学を総動員して「偽書」の烙印(レッテル)を押した物もあり、言論・研究・思想の自由が保障された戦後日本の現代でさえ、名のある歴史学者は、未だに手を出そうとはしません。よほど、狩野亨吉博士の下した「偽書」鑑定が効いたと見えますが、「古史古伝」は果たして「偽書」なのでしょうか?

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◆古史古伝を見直す意義

これまで「神話」とされてきたムー大陸・アトランティス大陸の実在を裏付ける沖縄・与那国遺跡を始めとする海底遺跡の発見が次々に発表されている。「偽書」として封印されてきた竹内文書(たけのうちもんじょ)が伝える太平洋上の失われた大陸「みよい・たみあら」の信憑性は、21世紀の現在、ますます高まっている。

<竹内文書に描かれた「ミヨイ・タミアラ」>

<修正した画像:先史文明研究

地球外の文明が太古の地球を訪れて、古代文明の建設に関与してきた証明が、数多くの研究者による報告が現在、報告されている。漢字以前の神代文字で記述されているという理由で「正統派」の学会から斥けられてきた、竹内文書を始めとする古史古伝の史料的な価値を私たちは見直すべき時期にあるのではないだろうか?

☆F★

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(Google翻訳による)

バグダッドの南東約225マイル
彼の農村と歴史のある地域
宗教的意義はあるが唯一の
それを見る人はアメリカ人です
世界中の軍隊国が持っている
真ん中に圧倒的な関心を持った
東部諸国、特にイラクは
一定の力の場所だった
なぜいくつかの人々が
イラクが、
何千もの世界の中心
ウルの街は非常に最初でした
真の世界の都市であり、中央でした
ニューヨークのような古代の活動へ
都市は今日であるか、書面で記録されている
歴史年代は6,500BCと
それはトーラの旧約聖書にさえあります
彼らは数学を含む多くの進歩を遂げました
と天文学はいくつかの名前を付けて、彼らは可能性があります
宇宙人と接触した
私たちは狂った人たちに聞こえるが、
それが本当なら、もし私たちが
あなたは力の闘いが
現代イラクを取り巻く地域は
検索の直接的な結果
古代の技術もし私たちが
Stargateポータルが
そこに発見された
検索はほぼ100年
変化する可能性のある技術
人間の歴史
ちょっと待って
新しい攻撃の直接の応答
ヨーク・シティアメリカ・イギリス軍
イラクを2週間以内に侵略した
イラク軍のミッションを完全に粉砕した
そうです、なぜ米軍
10年以上滞在
最近国を解放した後、私たちは
強く
秘密の目的があることを示唆
私たちはもちろん職業に
最も古い知られているスターゲイト
私たちが知っている地球上の
偉大なジグラートのサイト英国
探検家は
あなたが信じられないほど信じられない
JKを考えて許された
ローリングはそれを夢見て
サダム・フセインは古代を強化した
複雑な
調査官が何を見ていたのか
複合施設内に何千も隠されている

不思議なフセインが空軍基地を置く
この場所でも開発された
化学兵器はこちら
彼は明らかにこれを維持しようとしていた
古代の場所は重く3つを守った
あなたが画像で見る巨大な階段
サダムフセインの下に置かれた
彼らは巨大な古代
偉大なタバコからの物体
彼は私たちが
言い聞かせることで響くことを示唆している
からの超武器を手に入れた
忘れられた年齢
私たちと彼女の同盟国からの先制攻撃
なぜ彼は技術を使用しなかったのですか
たぶんそれは解読できなかったかもしれない
異星人の言語かもしれない
事実、異星人の言語はこれを想像している
米国政府が取得するシナリオ
どこかに隠された知性
中央イラクは実際のスターゲイト
そこにAnunnakiの神々が置いた
古代スメリア、別名、この中のエイリアン
シナリオ新しいbroooo隠されたとき
私たちの太陽系の惑星は
玉ねぎは大丈夫だよ
地球に旅行する機会
このスターゲイトを通じて、我々はセットアップする
イラクの基地と知識を共有する
地域の人々とのアイデア
アヌンナキは神ではありませんでしたが
来て授与された地球外生命
パマシュメールズの技術は
魅惑的な
この技術はそれを社会にしたものです
近代化されたイラクは、
それゆえ同じ運命に
圧倒的な議題は本質的に
より多くの人々が来ているならば
彼らはこれらに関わっている
分類されたプログラム
技術はかなり規則的に使用されています
それらが全面的に見つかった場合
惑星イラクはもう一つの場所です
彼らは最強の利用可能
歴史的存在の証拠
イラクでは、
信念を直接記録し、
古代シュメール人の活動
彼の文明はほとんど始まった
一晩
これらの楔形文字の錠剤のほとんどは関連している
Sumeriansのインタラクションの物語へ
彼らの神々と
ほとんどの考古学者が最初に受け入れた
これらは単にミストであり、
彼らにはあまり重要ではない
神話に洞察を与えるよりも
古代の宗教的信念
視点が受け取ったシュメール人
シュメール人との大きな挑戦
学者Zecharia Sitchinが
彼の本のシリーズの最初の
の翻訳
シュメールの錠剤を治療するよりもむしろ
神の物語
ほとんど確認できない神話
関連性ステッチングの解釈
文字通りの説明としてのタブレット
その時に発生したイベント
これらの現代的視点と視点が出現している
支配された世界の灰から
帝国と独裁政権によって私たちには
単純に歴史を誤解した
何千年も私たちはあなたに真実を語った
あなたが今までにないよりも見知らぬ人かもしれません
それが何を信じるか考えてみてください
あなたはスターゲイトについてどう思いますか?
イラクの彼女のジーグラートでのポータル
看板はどこに書かれています
壁に見てくれてありがとう

VIDEO

Stargate Portal At The Great Ziggurat of Ur In Iraq - Ancient Technology

https://www.youtube.com/watch?v=LEO2q286AmM

Tlanscript

Stargate Portal At The Great Ziggurat of Ur In Iraq - Ancient Technology

http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/0fb5560378ccb13cd6c63cf7faa9e30f

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【解説⑥】よみがえる縄文宇宙文明の記憶(3):日本はピラミッドの発祥地だった 

http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/88b41b733d3e4271b34ef0e9102a0adc

VTS 01 1より抜粋)

https://www.youtube.com/watch?v=UN87xxN5ZZw

広島県庄原にある葦嶽山は最も有名な日本のピラミッドです。 昭和初期に酒井勝軍(かつとき)によって探検され世に知らしめられました。 庄原の地元ではピラミッドの看板さえ立てられ、既に地域ぐるみで観光化されています。
自動車が入れる所から約2時間の獣道行でようやくたどり着くことができます。 奥深い山間部の尾根から忽然と姿をあらわす葦嶽山。瞬間、ピラミッドであることが閃きます。

 

昭和初期、「日本ピラミッド説」を提唱し、全国にピラミッド探査を展開した人物がいます。「酒井勝軍(かつとき)」です。

キリスト教の牧師で、キリスト教の歴史を研究していた彼は、古代ユダヤ、エジプトのピラミッドへと進展していき、古代ユダヤ民族と日本の天皇に秘められた関係があることを直感、日本の超古代史へと進んでいきます。

その結果、ピラミッドが、古代の日本で発祥したものであることを確信し、日本全国にピラミッド探査を開始。
昭和9年、広島で葦嶽山(あしたけやま)を発見するのです。

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(DavidIcke.comより転載)

https://forum.davidicke.com/showthread.php?t=21374

デイビッド・アイク氏は、2008年5月3日にステファンビラUFOシンボル事件に言及した記事を公開した。

ステファンビラUFOシンボルとは、2008年1月8日に宇宙船が、テキサス州ステファンビラ市の上空に出現して、パイロットを含む多数の住民に目撃されてCNNを始め多くのメディアによって報道された事件で、この時に宇宙船が描いた不思議な模様が撮影されてYouTubeに公開されて多くの関心を集めた事件である。

◆Stephenville, Texas

https://en.wikipedia.org/wiki/Stephenville,_Texas

デイビッド・アイク氏は記事の中で、この時に宇宙船が描いた模様と、ペドラ・ピンダタ碑文・アダムスキー金星文字のシンボルが同一ではないかという推測を示している。

アイク氏は知る由もないが、高橋良典氏は、ペドラ・ピンタダの謎の碑文を神代文字を使って解読に成功している。この碑文は日本の「アヒルクサ文字」

で書かれていることが分かったのである。

イサクとヨセフに船を降りる神を見よ。
イサク、ヨセフとともにこれを手厚く守れ

◆超古代ミステリー5:世界の謎の碑文は神代文字で読めるのだ!つまり日本語だった!

http://quasimoto.exblog.jp/22377170/

1953年に金星人がアダムスキーに授けた宇宙文字と1万年以上前に刻まれたペドラ・ピンダタ碑文の文字が同一の阿比留草文字で記述され、2008年に宇宙船が上空で描いた模様とも一致した・・・とすれば、

漢字の伝来をはるかにさかのぼる何万年以上も過去に、日本だけではなく、世界の各地で共通に使われていた文字が存在し、その起源が宇宙文字に由来するという仮説が成り立つことになる。

それ以外に、これまで紹介してきた世界の遺跡に刻まれた神代文字の発見を説明する解釈があるだろうか?

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《ぺドラピンダタ碑文/アダムスキー金星文字と阿比留草文字の対照》


《ステファンビラUFOシンボルと阿比留草文字の対照》

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(GAsiteより抜粋)

http://www.gasite.org/library/ucon122/index.html

マルセル・オメ教授

 

◆愛犬マルアイを抱くマルセル・オメ教授

オメ教授の名がUFO研究界に急速に浮かび上がってきたのは、教授がUFOに関心を持つようになったからではなく、ブラジルの秘境を探検した際にアダムスキー問題と重大な関係のある不思議な古代の文字と図形を発見したからである。この事件はかつてイギリスの『空飛ぶ円盤評論』誌にも報道されたし、各国の研究界でも話題となり、論議の的となったが、一万数千年をへだてて同じような図形が存在したという事実は、アダムスキーの体験の真実性を裏付ける有力な証拠となるように思われる。

オメ教授は1897年にフランスで生まれた。アルジェリア北部のアルジエ大学で考古学を学んだあと、母校でアラビア古典を教えていたが、その後ブラジルヘ渡ってサンパウロに居住するかたわら各種の科学団体のメンバーとなり、同市のアメリカ人博物館の館長となっている。その前にはアフリカ大陸で15年間をすごして、地中海沿岸諸国の古代の遺跡を調査した。

南米奥地の決死の探検

1949年の秋、オメ教授は夫人、愛犬の"マルアイ"その他数名の従者とパーティーを組んでブラジル北地を目指して探検に出た。もちろんこれが最初ではなく、この他にもアマゾン河流域一帯を踏査しているが、これはそのなかの一部分である。場所はブラジルの最北端、ベネズエラと英領ギアナとの国境地帯で人跡未踏の秘境である。

一口にブラジルといっても非常に広大な国土であって、人踏未踏地は至る所に存在する。教授一行の前進路には多大の困難と危険が待ちかまえていたが、愛犬のマルアイが再三教授を危険から救出して事なきを得るということがあった。

大奇岩ペドラ・ピンターダ

◆巨大なぺドラ・ピンターダの奇石

一行がタラメという所へ来たときその付近に"ペドラ・ピンターダ"という巨大な一つ岩があるのを発見した。ペドラ・ピンターダとはポルトガル語であって「色を塗った岩」 の意味である。その名の示すとおり、この岩には赤く塗ったドルメンがあちこちに付属している。岩の高さは30メートル、長さ100メートル、奥行き80メートルの花崗岩で、太古の文明の印象的な遺跡として広漠たる平野の中にそびえ立っている。

岩の表面には600平方メートルにわたって奇妙な紋様や図形が刻まれているが、まだ解読されてはいない。岩全体が人間の頭がい骨のような形をした大タマゴ型である。オメ教授自身はこれを「アトランティス文明の石の書物」と呼んでいる。すなわちこれは失われた大陸アトランティスの巨石文化の遺跡の一部であって、現在の文明と は全く関係のない物であると教授は考えているのである。

古代の金星文字か!

▲オメ教授がベドラ・ピンクータで発見した不思議な文字と図形。 アダムスキーの金星文字と酷似している。

さて、マルセル・オメ教授のこの探検行における最重要な発見物はこのペドラ・ピンターダそのものではなく、ペドラのすぐ隣りにあった小さな奇妙な図形である。これはある石器に刻まれていたもので、多年風雨にさらされてかなり磨滅していたために教授はさほど気にとめなかったが、一応参考資料として写し取ったのである。

しかし後になってオメ教授みずからアダムスキーの最初の著書『空飛ぶ円盤は着陸した』を読んだとき、飛び上がらんばかりに驚いた。なんとそこには教授が持ち帰った紋様とほとんど同じ種類の紋様と図形が金星人から与えられたものとして掲げられていたからである。

この点については教授は「私はアダムスキーの書物を読むまでは、あの紋様についてほとんど関心はなかった」と述懐している。アダムスキーが『空飛ぶ円盤は着陸した』を出したのはオメ教授が著書『太陽の子ら』を出す前であったから、アダムスキーがオメ教授の発見を知っていたわけはない。

重要な証拠

両者共互いに未知の人で、事前に連絡が行なわれた事実はないのである。これはアダムスキーの金星人メッセージが事実であったことを立証する重要な傍証であって、しかも「いずれ地球の土中からこれと同じような紋様の発見が報告されるだろう」と語った金星人の言葉を裏付けることにもなる。そして1万4千年の太古にも別な惑星の人間がこの地球に来ていた事実を証拠立てることになるのだ!

アダムスキーが金星人からネガフィルムに記されたメッセージを受け取った模様については新アダムスキー全集第一巻『第二惑星からの地球訪問者』に出ている。

オメ教授の紋様(上の図)とアダムスキーのそれとは象形文字が完全に同一ではないが、レンズ形の断面図状の図形とその中に描かれてるスワスティカ(まんじ)は、フリーハンドで描かれているために多少のゆがみはあるにせよ、同一である。しかも両方共スワスティカの中心部に小円が画かれている。

▲アダムスキーが受け取った金星文字

前述のとおりこの事件はUFO研究界で大問題となった。そして疑う人のなかには、アダムスキーとオメ教授がグルになって打った芝居であるといって非難する人もいた。これに対してアダムスキーもオメ教授も全く相手にしていない。ただ教授の方が積極的にアダムスキーの体験の真実性を支持しているだけである。そのことは過去の『空飛ぶ円盤評論』誌に大きく掲載された。

オメ教授によると太古において空を飛ぶ機械を用いていた偉大な文明がこの地球上に存在したという。ジャイアント・バード(巨大な鳥)を持つ人々がこの地上に存在した時代があった。その巨大なシンボルは今なおペルーやアンデスの高地に刻まれていて、翼の両端間の距離が150メートルに達するのがある。これは非常な高空からでないと見られない。平たい地面または岩に刻まれたこのシンボル類は、宇宙旅行や空中戦をやった人々のシンボルとみなしてよいだろう。

「私は大西洋沿岸の国々の口碑伝説や伝承詩などを研究したが、すべて巨鳥の伝説が確実に残っていて、それらは空中で火を噴いて大地を破壊しながら絶滅してしまった」と教授は述べている。

ともかく紋様の発見は高度な考古学者によるものであるから、アダムスキーもこれを重視して著者で述べているほどだ。異星人は途方もない年代差と地球の各地とを結ぶ範囲で深遠なプロジェクトを太古から樹立していたのではないかと思われるのである。

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Kazumoto Iguchi's blogより転載)

http://quasimoto.exblog.jp/22377170/

みなさん、こんにちは。

さて今回は再び超古代ミステリーの話をメモしておこう。

偶然先ほどインターネット内で見つけたものだが、「世界の未解決の大不思議15選」というYouTube番組があった。以下のものである。

まあ、素人さんが作った、己の信じる未解決ミステリーの15選というところである。が、この中に無視できない誤解を見つけたので修正しておこう。むしろ、無知というべきだろう。

こういう誤解がどうして生まれるかというと、我が国に何千年も前から神道の神主家のみに伝わってきた「神代文字(かみよもじ)」という岩窟文字や古文書の様式が存在するということが、まだ西洋人には知られていないからである。

少なくとも、神代文字を紹介したり研究した英語本は多くて数冊程度である。また、古いものしかない。つまり、昔の研究の紹介したものしかない。

ところが、1980年代から現在に至って、日本の古史古伝の研究者は激増した。そして、種々の発見や新しい知見がもたらされたのである。

いわゆる、日本の「考古学会」はこの進歩についていっていない。ましてや日本のいわゆる「考古学者」はまったく無知である。だから、ほとんどの学者がこうした新規性のある発見を知らず、知ったとしても、「眉唾もの」扱いして無視してきているわけである。

というのも、日本には「日本人学者病」とも呼ぶべき一種の症候群があるからである。これは、西洋人に認知されて、逆輸入したものしか、国内で認知しない/できないという病気である。

だから、そもそも海外の研究者が存在せず、あるいは、まだまったく未発達の分野では、国内の興味深い研究がなされていたとしても、それが国内の学会から認知されるということがない。こういう現象のことをいう。

実は、例の日本探検協会の高橋良典氏の研究で、これら2つの文字はすでに解読されているのである。今回はこれをメモしておこう。

これらでメモした本
超図解 縄文日本の宇宙文字―神代文字でめざせ世紀の大発見!

上の本の復刻版
カラ族の文字でめざせ!世紀の大発見 カラ族とは原日本人!太古の地球を平和に治めた神々だった!!

の中にその結果が出ている。

イースター島のロンゴロンゴ文字碑文の解読
まずイースター島の謎の碑文という形でそのYouTube番組に紹介されているのがこれである。

これはすでに神代文字研究者の高橋良典氏が、北海道異体文字(俗称アイヌ文字)

とトヨクニ文字

を混用しているという発見に基づいて解読されたのである。

その結果がこれ。(上のヒカルランドの本の266ページ)

「贄=にへ」とは、もちろん生贄のことである。

つまり、イースター島のモアイ像は、雨が降らなくなってしまった島になんとかして雨を降らそうと天の神様に生贄を捧げ、祖先をまつろうと頑張って近郊の島々を諸手船ではせ参じた、ということを書いているのである。

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【東京新聞2006年3月27日】

中国安徽省蚌埠市でこのほど、約7000年前の新石器時代の遺跡から、風景や人々の生活などを表現した文字のような絵や記号が大量に見つかった。新華社が26日までに報じた。

★送料無料! NHK ハイビジョン大百科 DVD-BOX【ASBP-2939】=>18%OFF!★送料無料! NHK ハイビ... 専門家は、3000年以上前の中国最古の文字とされる「甲骨文字」を大きくさかのぼる漢字のルーツの1つとみている。絵や記号が刻まれているのが土器か陶器かは不明だが、同省考古研究所の研究者らによると600点以上あり、山や川、太陽、動植物、狩猟、養蚕など多様なテーマを描写。当時の衣食住の状況から、宗教、信仰まで示しているという。

中国では昨年も、寧夏回族自治区で1万年以上前のものとみられる大量の絵文字が見つかったと報じられている。

(以上:共同通信

                                                豊国(トヨクニ)文字の読み方

古代文字の真実[6]トヨクニ文字とサンカ文字と中国の絵文字

http://utukusinom.exblog.jp/9661239/

今回発見された中国古代の絵文字が、日本の神代文字の1つ豊国文字であるという解釈が発表されている。豊国文字を基につくられたとされるサンカ文字とも類似すると言われている。

 

  唐代の前後で異なる拓本の価値より

これまでの通説では、漢字の起源と発達は、次のように説明されてきた。

(BC1700-BC1046)に於いての結果を書き込むための使用された文字である。これを現在甲骨文字(亀甲獣骨文)と呼ぶ。(BC778-BC206)そして後の(BC206-AD220)になると、下級役人を中心に使いにくい小篆の飾り的な部分を省き、曲線を直線化する変化が起こり、これが隷書となった。毛筆で書かれる木簡竹簡に書き込む漢字から始まった隷書は、書物から石碑に刻まれる字にまで及んだ。この隷書を走り書きしたものは「草隷」と呼ばれたが、やがてこれが草書となった。一方で、隷書をさらに直線的に書いたものが楷書へ発達し、これをさらに崩して行書が生まれた。

漢字 - Wikipedia

今回の発見によって、これまで中国最古の文字と考えられてきた甲骨文字のはるか過去に別の絵文字が使われていたことが明らかにされたことによって、甲骨文字の起源が日本の神代文字にある可能性が高まった。日本では、漢字を移入するずっと以前からひらがなやカタカナの原型となる神代文字が使われており、それが世界各地に普及して、それぞれの民族の文字のルーツになったと推測することもできる。これまで最古の歴史書と考えられてきた古事記・日本書紀のはるか過去に神代文字で記述された古史古伝(こしこでん)の信ぴょう性が改めて高まったと言える。

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日本古代文字〜漢字以前の世界より転載)

http://ameblo.jp/amaterasu567/entry-11801997441.html

通説によると、日本には漢字以前に文字は存在しておらず、仏教伝来と時を同じくして漢文が日本に伝わり、以後、いくつかの口承をもとに古事記、日本書紀が編纂されたとされている。
しかし、実は真偽がはっきりしていない古文書の中には、記紀以前に、日本独自の文字で編纂されたと思われる歴史書やその他の痕跡が、数多く残っている。
その種類、およそ四十数種類。概ね、それらは平仮名、カタカナのような表音文字であったと思われる。

$スーリヤの暇ならおいで♪

■ほつま基本四十八文字 ■
(「日本古代史:ほつまつたゑ:新歴史誕生 」より)

$スーリヤの暇ならおいで♪

ホツマツタヱフトマニ図
日本翻訳センター によるサイト「ホツマツタエ 」より)


上記の2つの図を比べてみると、若干字形は違っているものの、同じ文字であることがわかる。


「ホツマツタヱ」は、真書であれば、日本最古の叙事詩集であり歴史書であるとされているが、現在は事実上黙殺されている状態である。
「フトマニ図」は、「四十九(ヨソコ)神の座席図を五十一文字で表わし授けた」ものとされている。このフトマニ図を用いて吉凶を占おうと考えたアマテル神(天照神)が著したものが「フトマニ」なのだそうである。

$スーリヤの暇ならおいで♪

(「伊勢神宮の神代文字 」より)

「神代文字」には他にも種類があり、例えば、伊勢神宮の神宮文庫に収められている奉納文の中には、藤原鎌足や稗田阿礼のものもあり、これらの奉納文は「アヒルクサ文字」と「イヅモ文字」(他にも数種有り)を主体にしたものだとされる。「神代文字」には他にも種類があり、例えば、伊勢神宮の神宮文庫に収められている奉納文の中には、藤原鎌足や稗田阿礼のものもあるそうで、これらの奉納文は「アヒルクサ文字」と「イヅモ文字」(他にも数種有り)を主体にしたものだと言われている。神社の奉納文には、このように古代文字が使われている例が他にもあって、宮崎の住吉神社にも、「伊予文字」と呼ばれる文字による奉納文が残されているそうである。

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参照

【第3章 古代日本は中国に占領された―漢字文化に抹殺された真実】

http://ameblo.jp/tsukioto2011/entry-11391175392.html

神代文字を抹殺した恐るべき〝黒い勢力〟がある。

奈良時代以前の日本に文字があったことは、文献にもはっきり書かれているし、遺物にもはっきり刻まれている。

したがって、文献と遺物の両方から、日本に古代文字があったことはすでに立証済みである。
にもかかわらず、そのことがこれまで周知の事実とならなかったのはなぜだろうか。

古代史の権威が口をそろえて神代文字を否定したり、日本の古代文字を無視してきたのはいったいなぜなのか。


ここには私たち日本人のすべてが、いまだにその真相をつかんでいない歴史上の大きなトリックがあるように思われる。

そこには、これまでの権威すらも呑みこんでしまう歴史上のブラック・ホールのようなもの、つまり私が先に〝漢字の呪縛〟と名づけた、

私たちの目には見えない巨大な意志が存在し、この恐るべきカが日本の古代文字資料を抹殺して奈良時代以前の歴史を封印してきた背景が

あるように思われるのだ。


その恐るべき力の正体とは何か。


私たち日本人の奈良時代以前の歴史に、誰が考えても異常としか思えない巨大な空白をもたらした力の実体とは何か。

日本古来の文字で書かれた文献を奪い取った、途方もない勢力とはいったいなんだったのだろうか。


私には、その力の実体がどんなものであったのか、今のところすべてを正確に述べることはできない。が、一つだけはっきりしていることは、

その勢力が今から千三百五十年ほど前の大化改新(六四五年)と白村江の戦い(六六三年)の時代に、日本海周辺のほぼ全域に台頭し、
それまでの日本にあった固有の文字と文化、王家と有力氏族の記憶をほとんど消し去ってしまった、という点である。

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VIDEO Ancient Pyramids Found In Antarctica? 2012 HD

アメリカとヨーロッパの南極探検チームは8月29日に南極大陸で3つの古代ピラミッドを発見したことを報告した。その内の2つは内陸部約10マイルの地点に、もう1つはそれほど遠くない海岸沿いに建設されていると伝えている。

Three Ancient Pyramids Found on Antarctica

(2012年9月5日に投稿した記事の再投稿)

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(Google翻訳による)

https://translate.google.co.jp/translate?sl=en&tl=ja&js=y&prev=_t&hl=ja&ie=UTF-8&u=http%3A%2F%2Fesoterism.ro%2Fenglish%2Flemuria.php&edit-text=

の大陸の物語を伝えました。

ムーの名前は、もっとエキゾチックな名前の興味深い収縮のように聞こえる。 対照的に、レムリアという言葉は、私たちの歴史の中で忘れ去られた土地であり、私たちの夢ではない土地の絵を呼び起こします。

レムリア(Lemuria)という名前はダーウィンの種の起源に関する19世紀の論争から生じたものです。 ダーウィンの擁護者は、特定の種がどのように広範囲に分布したかを説明するのに困っていました。 動物学者は、キツネザルの分布を説明するのが特に困難でした。 キツネザルは、アフリカ、マダガスカル、インド、東インド諸島で見られる小さな原型の霊長類です。 いくつかの動物学者は何百万年も前にマダガスカルとインドの間のインド洋の土塊を示唆していました。 英国の動物学者Phillip L. Schlaterは、インド洋のLEMURSのこの前の土地の名前Lemuria(LEMURia)を提案しました。

ドイツの自然主義者でダーウィンのチャンピオンであるEarnst Heinrich Haeckel(1834-1919)は、Lemuriaを用いて初期の人類の化石の遺骨がないことを説明しました:人間がインド洋の沈降大陸に起源を持つならば、欠けているリンクのすべての化石は今は海の下にある。 Haeckelの言葉を引用すると:「Schlaterは、この大陸に、Lemuriaの名前を、それの特徴であるセミエペから得ました。

動物学者は今、陸橋の使用に頼らずに、エルメルの分布を説明しました。 そして、人類学者はアフリカで古代人の多くの骨を発見した。 しかし、19世紀、Haeckelの理論は広く読まれ、尊敬されていました。 その結果、レムリアという名前はヨーロッパとアメリカの教育を受けた人々の間でよく知られていました。

Theosophyの創始者であるElena Petrovna Blavatsky(生まれたHelena Hahn 1831-1891)は彼女の著書The Secret Doctrine(1888)の中で、彼女がアトランティスで構成されていると言われたDzyanの本のレムリアを学んだと主張したMahatmasの彼女。 しかし、彼女の著書では、彼女はPhilip Schlaterに名をあげて、Lemuriaという名誉を与えました。

Mme Blasvatskyは約1億5,000万年前にインド洋に彼女のレムリアを配置しました。 彼女は海の下に沈んだルタスの旧大陸のサンスクリット伝説から、インド洋の沈んだ土地のアイデアを得たかもしれない。 しかし、ルタスという名前はあまりにも霊的ではなく、宇宙の歴史の中でそのような顕著な場所を保持していたとは思わない。

彼女はレムリア人を地球に生息する第3の根系種と説明した。 彼らは彼らに霊的な力を与え、脳なしで機能することを可能にした第3の目を持つ卵を産む存在でした。 もともとはバイセクシャルでしたが、セックスを発見した後、彼らの没落が起こりました。

The Astical ClairvoyanceによってTheosophical Mastersから知識を得たと語った英国のTheosophist W. Scott-Elliotは、Lemuriansの性的搾取がそのように精神的に反抗したという、The Atlanticis&The Lost Lemuria(1896)彼らはレムリア人の体に最初になるという宇宙計画に従うことを拒否したと主張している。 スコット・エリオットはインド洋だけでなく、インドと太平洋の間をまたいでアフリカの東海岸から伸びていると述べた。

今世紀、ライターはますます太平洋にレムリアを配置しました。 霊能者や現代の預言者でさえも、レムリアの市民であった存在を繋いでいます。 今日、レムリアのことを聞いたことのある人は、ムーアの伝説は、イギリスの動物学者のフンシャルの土地と同じであると仮定しています。



およそ14,000年前、レムリア(Lemuria)として知られていた文化は繁栄していました。 繁栄していたアトランティスのような、地球上の他の文化もありました。 レムリアの文化の神聖な人々や預言者たちは、何かが変わることを知り始めました。 彼らは、地球が非常に劇的な変化を遂げるとの情報を受け始めました。 彼らが言及していたシフトは、大洪水と呼ばれるものでした。 あなたはまたそれをアトランティスの破壊とも呼んでいます。 レムリアのこれらの聖なる人々は、その土地に非常に触れていました。 彼らはネイティブアメリカンの古代祖先でした。 彼らは、レムリアからの知識が保存されることが非常に重要であることを認識し始めました。 そして、2000年から3000年の間、彼らはこの大惨事のために準備をしていました。 彼らは、地球についての、そして人類の歴史についての教えを、可能な限り多くの人々に広め始めました。 彼らは、この情報をできるだけ多くの人々に広めることができれば、その情報は人体の細胞内に保存されると信じていました。 それは決して忘れられないでしょう。

彼らはまた、結晶に情報を保存し始めました。 これらの結晶は地球の中で深く奪われて保存され、保存されました。 これらの古代レムリアンはまた、あなたの惑星のパワーポイント間に存在する地下トンネルの詳細な地図を作成し始めました。 彼らはまた、計画を立てるために時間を割いた。 彼らは、洪水が来る前に地下に行く時間だと言っているサインを受け取ることを知っていました。 だから、彼らは数千年の間、地球の記録の神聖な保持者であることを自分自身で準備しました。 彼らは、水が引っ込められたときに彼らが保有していた情報が救われることが非常に重要であることを知っていました。そうでなければ、地球の歴史とレムリア人の神聖な教えは永遠に失われました。

これらの聖なる人々はその徴候を受け、地下に向かった。 これは洪水の約1年前に発生しました。 地下にいる間に、彼らはそこに住み、彼らの生計のために地下の環境を利用することを学びました。 彼らは非常に支持的で愛情のあるコミュニティを地下に建設しました。 その年の間、彼らは必要とされていた知識の一部を保存するために必要な最後の作業を行いました。

その後、洪水が起こった。 地下にいたこれらの人々は、地球上の多くの多くの人々が滅亡したにもかかわらず、水から安全でした。 水が後退したとき、人々は地下から現れた。 彼らがかつて知っていた土地は今や非常に異なっていた。 この地球からの出現は、先住アメリカ人の創造の歴史が始まる時点です。 非常に文字通りの意味で、彼らは地球から出てきました。 ネイティブの人々のほとんどは、この出現の正確な文字どおりの記憶を失っていますが、シャーマンの最高ランク内では、この知識はまだ伝わっています。

さて、私たちはネイティブアメリカンの立場からこの話を語りますが、彼らは地下に行った唯一の人ではありませんでした。 この惑星の周りの聖なる人々はすべて地下にいました。 たとえば、オーストラリアのアボリジニと後でイングランドのドルイドになった人たちは、地下の知識を保存していました。 ドルイドはエジプト人のように古代アトランティスの情報を保存していました。 しかし、アジアを含む太平洋地域の原住民は、レムリアンの情報を保存していました。 これらの原住民は、今日でも、この神聖な知識を自分自身の中に保持しています。 その中には意識があるものもありますが、そのほとんどは潜在意識にあります。 日本のアイヌは知識の一部を保存している部族のひとりです。 神聖な教えが決して失われないことを確かめるために、地球上のこれらの人々の間で大きな協力がありました。

レムリアの文明の上昇と下降は、多くの人がこの神話的な大陸を捜し求めてきたが、正確に文書化することはできない。 失われた文明は、説明なしに起き上がり、落ちる、あるいは現れて消えていくことが知られています。 アトランティスと同じように、考古学的な証拠、伝説、研究者によってまとめられた理論、およびある場合には形而上学のチャネリングに基づいて、起こったことを推測することしかできない。

レムリアの正確な位置は、アトランティスが地中海に伸びる大西洋の陸地につながっているのと同じように、アメリカ大陸に流れる太平洋地域の謎の一部ですが、研究者や著者によって異なります。 あなたがレムリアの場所を信じているところであれば、それは火の鳴子と関連しています。 この地域は、2004年12月26日に津波で活発になり、長年にわたって休眠し続けている強力な地震と火山。 古代レムリアの伝説は、大陸または島の群が海に落ちる前に、彼らがレムリア人にしたと思われるような警告サインで再び私たちに語りかけるようです。

Lemuriaの運命は、Pacifica、Muとも呼ばれ、ケイとはZuやOzと呼ばれていますが、Atlantisに提案されたものと違っていません。 これは、古くから現代の天才の預言者によって、私たちのタイムラインで予見される人類の運命に似ています。 伝説はまったく同じ...突然現れた繁栄し、先進的な文化。 彼らの起源と没落は、自然大災害と人間の不均衡のために大陸が「海」の下に沈んだときの破壊につながっています。

レム尿症の可能な身体的証拠


神秘的な起源の石碑は、Yonaguniの日本の水中サイトからハワイのビッグアイランドの秘密の紋章、イースター島の神聖な巨石のサイト

多くの人はイースター島がレムリアの一部だと信じています。 数百点の巨大な石像と書かれた言葉は先進的な文化を指していますが、それは世界で最も遠い場所に現れました。 イースター島の伝説は、人々が逃げ出したときに波の下に沈んだヒバのことです。

ボルツと同様の場所をサモア人と呼んだ。 それは収穫されたときに直ちに交換された果物と花を持つ樹木と植物で貯蔵されました。 Bolutuでは、男性は木や家などの物理的な物体を抵抗なく通って歩くことができました。

ニュージーランドのマオリスは、水の向こうの広大で山の多い場所であるハワイキ(Hawaiki)という沈没島からずっと前に到着することについて話しています。

2004年10月 - 津波と地震の2カ月前に、何らかの形でレムリアにリンクしている、フローレス島のホビットの発見はありますか?

レムリアン・タイムラインには、数百年前のものがいくつかありますが、アトランティス以前はレムリアン時代を紀元前75,000〜20,000年と定義しています。 他の人々は、アトランティスとレムリアが何千年も共存していたと推測しています。

レムリア大陸のアイデアは、ユカタンのマヤ遺跡の調査を行った19世紀の研究者・作家であるアウグストゥス・ル・プロンゲン(1826-1908)の作品に初めて登場しました。 彼は、ユカタンのマヤがアトランティスとエジプトの後の文明よりも古いと主張し、また、生存者がマヤ文明を創設したムーアのさらに古い大陸の物語を伝えたと伝えられた古代マヤの文章を翻訳したと発表した。 後の古代マヤ書物の学生は、ル・プロンジェゴンの「翻訳」は、彼の鮮やかな想像以上のものにすぎないと主張する。


形而上学とメタファー


現実は神話であり、メタファー - 魔法と鏡 - 体験者のための「時間」で作られた物語 - カメラの目やレンズを通してマトリックスに投影され、仮想現実のように意識的に知覚される。 ALLは、時間と意識の錬金術に錯覚が投影されています - すべては同時に意識的に経験する並列実行プログラムです。

プログラムには挿入があります。 文明がグリッドプログラムの挿入物であれば、なぜ完全に進化した文明が突然湧き出るのか、すなわち「創造の海」 - 集団の無意識の流れ - 現実を生み出す意識のグリッドを説明することができます。 時間が錯覚であれば、すべてのプログラムが同時に実行されます。 したがって、あなたは同時に多くの文明を経験しています。 これはしばしばDeja vuの感情を説明します - あるいは、特定の地域に住んでそこにいると感じる人がいる理由を説明します。

シュメルは、高度な文明としてどこにも出現しなかったプログラムされた挿入物の例であり、その後姿を消した。

レムリアが突然全面的な文化に出たと信じている人がいる。 これは、地球上の人からの訪問を含む、多くの興味深い理論を生み出しました。 これは、神や宇宙人によって蒔かれている人間についての他の創造論と結びついています。

書かれているものの大部分は、創造のパターンにつながる隠喩 - 神聖なジオメトリーです。 それは、私たちが同時に多くの場所を経験するように、より高い周波数の思考からより高い調波からより遅い周波数へと動く渦巻く意識についてです。 すべての現実は、神聖なジオメトリの意識 - 黄金平均 - ピー比率の青写真に基づいて作成されます。

メタファー
以下の理論のメタファを調べてみましょう....

チャネラーは元々レムリアンの方が高い頻度で来ていると話しています。その後、身体的な経験のために3次元に下ります。 これは、意識の渦巻くパターンと、現時点での人間の良心を支えている変化の感覚を通して、私たちの人間の経験と平行しています。 私たちはもともと精神的な形態の高頻度の存在であり、物理的な存在に降りかかって線形の時間と感情を経験しました。

惑星地球は太陽から3番目の惑星です。 それは物理的です - 3次元で体験される現実 - 3D。 いくつかの研究者は、レムリア人を「第3の根の競争」と考えている。 私たちが黄金時代に移行すると、すぐに「第5の根本レース」になるためには、第4のルートレース - 4 = 4次元=時間だと信じています。

降下したレムリア人は何千年もの間ここにとどまっていたと言われています。 すべてのタイムラインが間違っています。

彼らの大陸は肉体を傷つけて海に沈んだ。 これは、意識の海に戻ってくる魂(レムリアングリッドプログラムの挿入物)が、新しい形の光や物理的な実施形態で新しい経験を求めていくためのメタファーです。

多くの人がプログラムの終わりを見ています。 - 意識の錬金術に対する意識、金色の[電気 - 現実の青写真]、金[金属 - 磁気。]

レムリアは海に沈んだ - 海洋=多くのレベルで私たちの現実を構成するグリッドである集団無意識の流れ。 「海に沈む」というのは、自分の意識をある現実から別の現実に移すことです。 水の力の動き - 意識の津波 - 創造的な洪水の物語 - 海洋意識が凍っている水陸両用の神々やプログラムの間の「氷河期」。 それから我々は、極限の氷の崩壊を抱えています。 電磁エネルギー - 極 - 極性 - 双極の経験 - 零点での惑星と意識の極シフト。

Duality AtlantisとLemuria - 電磁エネルギーグリッドによって作られたインサート - 経験の二重性 1つの大陸は女性的なエネルギーを表し、もう1つは男性的なエネルギーですか?

神話と形而上学
女神/女神/女性/高頻度のエネルギーへの帰還 - レムリアは「ムー」とよく聞かれ、「女神を牛に」、特にハトーの古代エジプト人の創造力に聞こえることがよくあります。 ガリアでは、肥沃と癒しの女神、ダモナを見つける。 彼女の名前は "神の牛"を意味します。 牛の女神は繁殖力と豊かさに関連していました。 ケルトの世界では、川の女神、「白い牛の女王」を意味する「ボイン」を見つける。 ボアンは、そのトーテムが神聖な白い牛である賞金と肥沃さの女神です。

ほとんどの古代文明や紛失した文明と同様に、レムリア人はピラミッドやジグラットを造り、ピラミッドを形成し、それらを高頻度で上にある神々につなぎます。 これらは崇拝と犠牲の場所、または宇宙船のための着陸地となるでしょう。 ピラミッド構造は、より高い存在面で私たちの現実の上に存在する神や女神の場所への渦巻く意識と昇天を象徴しています。 レムリアンとマヤのピラミッドのリンクはありますか?

レムリアン種結晶


別の理論は、レムリアの知識と物語がレムリアが落ちる直前に種結晶にコード化され保存されている「種結晶」という概念に基づいています。 後で、私たちのタイムラインでは、クリスタルが発見され、彼らのメッセージが明らかになって、運命の運命を再発見した人たちと、それが私たちの経験とどのように並行するのかを助けます。 これらの結晶はマヤや他のクリスタルスカルにリンクされていますか?

結論として、私は、レムリアや他の紛失した古代文明や宗教イデオロギーの話は、私たちが霊的な自己を探し求める肉体的存在ではないことを覚えている人類の探求の一部であると信じています肉体的経験 - これは終わりの頃であり、より高い意識の周波数と現実の性質の完全な理解に発展しています。

レムリアについての理論

英米の探検家、ジェームス・チャーチワードは、オーギュストとアリス・ル・プレンジョンの親友だった。 ジェームス・チャーチワードは、1931年のムーサーの喪失大陸のような本で、ハワイ諸島からフィジーへ、イースター島からマリアナへと祖国が広がったと書いています。

Churchwardは、彼自身の古代文明を望んでおり、Le Plongeonの疑わしい方法論を使って「発見」することを決めました。 彼の調査結果は、1926年から1931年にかけて出版されたMuシリーズの5つの主要な巻にまとめられている。基本的な前提は様々な古代のテキストを勉強することであった。Churchwardは先進文明を持つ長い失われた大陸の存在を発見した激しい地震の後、太平洋の下に沈んだ。 644万人が死亡したとされる。 ハワイ諸島と太平洋諸島は、紛失した大陸の残りの山頂です。

第1巻 - ムーの失われた大陸は、この隠された未来の世界の素晴らしさと運命を再現するために、 "科学、古代の芸術と歴史、神話とオカルトの膨大な知識を活用したチャーチワードの理論を述べました。 レムリア(Lemuria)またはムー(Mu)は、長さ約5,000マイル、幅約3000マイルでした。 エデンの園はアジアにはなく、太平洋の今沈没した大陸にあった。 聖書の創造物語は、ナイル川やユーフラテス渓谷の人々からではなく、今には水没していた大陸Muから来ました。

第2巻 - ムの子供たちは、ムーの先駆者の物語です。 20万年以上前に失われたMu大陸には、6億3千万人が住んでいました。 ムーの子どもたちは、地球上で最も影響力のある人となりました。 Muは信じられないほど洗練された政府、花開く文化と科学技術を持っていました。 レムリアの文明の多くは、透明な屋根を持つ家庭に住んでいました。 彼らは避難所を建て、衣服、食糧、および彼ら自身の道具を作った。 彼らはストレスや病気から解放され、何百年も平和に住んでいました。 テレパシー、アストラル・トラベル、テレポーテーションなど、伝統的な通信機器を不要にしています。 彼らは主に、自然と土地と調和して働く菜食主義的、農業的、野外的、有機的な文化でした。

第3巻 - ムーの聖なるシンボル、この巻は、古代と近代の宗教の神秘的な起源について語っている。 すべての宗教はMuの神聖な霊感を受けた作文に共通の起源を持っています。 主の祈りは、ムーの神聖なインスピレーションを受けた作文に見いだされます。 ムー宗教の証拠は170,000年前に遡る。 これらの教えは、オシリス、モーセ、イエスによって教えられました。 モーセはOsirian宗教の42の質問を十戒に凝縮しました。 イエスはその日の言葉に合うようにテキストを凝縮しました。 十字架上のイエスの最後の言葉は、パレスチナでは知られていないムーアの言葉で書かれていました。

第4巻 - ムービズムの宇宙軍は、神話であり、原子力のようなものはありません。 すべての病気は、適切に着色された光線を使用することによって克服することができます。 地球の気温と季節は現在の状態で不変に固定されており、地球は宇宙に投げ込まれたり、太陽に引き込まれることはありません。

Mu - Churchwardの宇宙軍の第2巻は、古代の文書やMuの伝承から、地球の年齢、山と火山の性質、氷についての驚くべき修正主義の理論を提示し続けている年齢と洪水

ローズクリスチャン
カリフォルニア州サンノゼのRosicruciansは、火山噴火、地震、地下ガスボンベの崩壊で悲惨なサイクルが始まりました。 磁場が地球の周りを移動し、レムリアが下がり始めた。 幸いにも、小さなグループがレムリアの貴重な知恵の一部を救済するのに十分な時間がありました。これは結晶に保存されていました。 植民者の中にはインドとメゾポタミアとエジプトからも到達したが、他の人たちは粗い筏で東へ移動してアメリカに移り、初期のインディアン族の人種中心を形成した。 カリフォルニアには歴史的に最も古い人々が住んでいました。純粋なレムリア人で、後にカリフォルニアインディアンになりました。 それはサンタバーバラ郊外のサンタローザ島で、人類の最古の人工物が発見された理由を説明することができます。

チャネラー - エドガーケイシー

ケイシーの読みは、太平洋の失われた大陸をいくつかの名前で表していますが、ほとんどの場合、レムリアと呼ばれています。 他の名前はMu、Zu、おそらくOzです。 これらのうちのいくつかは、大陸の地方、または土地の大きな崩壊後に残された地方を指している場合があります。 レムリアは海に沈んだ。 土地区域の一部は現在、ロッキー山脈の一部(アリゾナ州、ニューメキシコ州、ネバダ州、ユタ州)に変更されています。 レムリアの王女の中には、自らの動機を喜ばすための愛の分離のために、レムリアにもたらされた破壊的な力が教えられたという法律の教えを確立した存在があった。

チャネラー - ゴードン・マイケル・スカリオン

元々のレムリア人は、物理的な存在ではないと考えられていた。 それはそれらの周波数を高くし、クリエイターのエネルギー振動レベルに近づけました。 彼らの魂は、物理的な振動を経験するために地球に来ました。 彼らは約9フィートの高さで、アクアキャストで鱗状の皮膚を有し、毎年2回の季節的サイクルに合わせて青から緑に変わった。 彼らは肺ではなく皮膚を通って呼吸しました。 彼らの顔は細長く楕円形であった。 彼らの目は垂直の瞳孔で大きくなっていた。

レムリアンの経験は、魂のグループが144人であることから始まりました.3,300万人の魂が投影されています。 彼らは火星、プレアデス、シリウスから来て、地球上の物理的な形に投影しています。 いくつかのグループは、水、植物界、ミネラル・キングダム、または動物界を選んだ。 より長い実験は、この領域がより長い寿命とより大きな移動性を可能にするため、動物界との関係でした。 当時、地球には巨人とエルフを含む興味深い種があった。

レムリアが倒れたとき、魂はアトランティスになりました

研究者/著者David Childress

チャイルドレスによると、最初の文明は7万5000年前、MuまたはLemuriaとして知られている巨大な大陸に生まれ、驚くべき52,000年間続いた。 紀元前約24,000年に発生したポールシフトによって発生した地震で破壊されたと言われることがあります

1つの言語と1つの政府がありました。 教育は帝国の成功の基調であり、すべての市民が宇宙の法律に精通し、職業や貿易で徹底した訓練を受けたため、壮大な繁栄がもたらされました。 彼が市民権学校に通う資格を得るためには、21歳までの子供の教育は義務付けられていました。 このトレーニング期間は7年間続きました。 人が帝国の市民になる可能性が最も早い年齢は28歳でした。

第13学校として知られているレムリアの長老たちは、大惨事に先立ち本部を中央アジアの無人のプラトウに移し、現在はチベットと呼んでいる。 ここでは彼らは、大白人同胞団として知られている図書館と学校を設立したと言われています。

ヘレナ・ブラバツキー

彼女の著書「The Secret Doctrine(1888)」では、Blavatsky夫人はDzyanの本にあるLemuriaを学んだと主張しました。彼女はそれがMahatmasによって彼女に示されたと言いました。 マハトマは「偉大な魂」のためのサンスクリットです。 彼女はRutasのサンスクリット伝説からインド洋に沈んだ土地のアイデアをいくつか得ているかもしれません。 Blasvatskyは1億5,000万年前にマダガスカルとマレーシアの間にあるインド洋で、彼女の「第3のルートレースの第3大陸」を惑星地球に生息させました。 驚いたことに、彼女の一日の多くの科学者たちは同意して、そこに住んでいたとされる幽霊のような霊長類である「キツネザル」に由来する名前を思いついた。 レムリアンは、3番目の目で卵を産む存在であると言われ、精神的能力を与えました。

Tlanscript

A Short History of Lemuria

http://esoterism.ro/english/lemuria.php

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私の気分のCOMM Podcastへようこそ私
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失われた大陸の理論
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複雑な記録によって証明される
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移住についての談話に
MUとページの人間は、
彼のものの移行の地図
負の腐敗
人類は科学について何を言いますか
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遺伝学の経験はちょうど見る
15,000歳の伝統
オオカミから始まる繁殖犬の
人類は200
26種類の異なる品種
アメリカンケンネルクラブは、
グレゴールメンデルは、
エンドウ豆の植物がより明確になった
理解と数学的モデル
DNAの使用は毛皮のために単離された
科学者たちは
その根底にあるメカニズムを見てください
継承された特性
ミトコンドリアDNAの試験と比較
人口は
地理的な場所にも
DNA変異の割合を見ると
年齢の指標を提供した
ヒト集団を代表する遺伝子
研究と研究の融合
多数の異なるヒトゲノム
ラボや個人が私たちに提供してくれました
人類起源の証拠
アフリカでは地図は表現です
人間の移動の
数万年の
ヒトゲノムの研究
この遺伝子によって支持されたアフリカの理論
証拠が私にはより多く見える
信じられないものが時折見落とされた面
MUについての議論の中で、失われた
大陸は素晴らしい場所です
の創造の証拠
最高存在による種
ジェームスは熱心な創造主義者であり、
彼の調査結果
さらにこれらの議題を促進した
ポイントは男性のための証拠として黙っている
アフリカの発展は
Jamesが最初に出版して以来発見された
中世の彼の本ルーシー
Australopithecusが見つかりました
ジェームスが何とか死んでから数年後
私たちの現在を形作っている証拠
過去の理解はなかった
ジェームズには、
アフリカの理論から考えられるかもしれない
conspiratorialは顕著な何人ですか
ラボの機関や個人は
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なぜこのような結果になるか分析する
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壁の代わりに人々
常に聞いていただきありがとうございます。
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不規則に作成された
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Genetics and the Lost Continent of Mu

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天下泰平より)

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アイソン彗星:太陽接近で消滅 NASA「壊れて蒸発」

 太陽に接近中だったアイソン彗星(すいせい)について、米航空宇宙局(NASA)は29日(日本時間)、「太陽に最接近し、消滅したとみられる」と発表した。NASAの太陽観測衛星「SDO」で、最接近の予測日時(同29日午前4時9分)を過ぎても姿を確認できないため。NASAの研究者は「まだ確定ではないが、最接近より前に壊れて蒸発したに違いない。12月の夜空では彗星本体を観測できない状況だ」とも説明した。

 大彗星との呼び声が高かったアイソン彗星は、太陽の表面から約120万キロ(太陽の直径の約8割)まで近づくと予測されていた。NASAなどの観測では、太陽に近づく様子が捉えられ、一時光がやや弱まって一部分裂したとも言われたが、その後順調に増光していたため、期待が高まっていた。


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※太陽(中央)に最接近するアイソン彗星(右下)

 国立天文台の縣秀彦准教授によると、日本時間の29日午前2時ごろに急激に暗くなり、「彗星の本体が激しく蒸発した。見事にほぼなくなってしまった」と話す。アイソン彗星の本体は直径2キロほどで、秒速200キロ超で太陽に近づいていた。彗星の本体は大きいもので直径40キロほど、周期的に飛来することで知られるハレー彗星は直径15キロあるという。

 彗星の中には太陽に非常に接近する軌道を描く「クロイツ群」と呼ばれる種類があり、これまでにも、三つに分裂した1965年の池谷・関彗星などがある。また、94年にはシューメーカー・レビー第9彗星が木星に衝突した。縣准教授は「急激に蒸発しても、彗星がばらまいたちりが大量に残り、尾が12月に観測できる可能性もある」と話す。

 アイソン彗星は2012年9月、ロシア人研究者らが発見し、所属する天体観測の国際ネットワークの略称「ISON」にちなんで名付けられた。本体は氷やドライアイス、ちりなどでできた「汚れた雪だるま」といわれ、太陽に近づくにつれて溶け出して長い尾を引く。一時は満月ほどの明るさになると期待されていた。太陽系の外縁にある小天体の集合「オールトの雲」から飛来したと考えられ、ハレー彗星などのように周期的に何度も太陽に接近するのではなく、一度きり接近して飛び去る軌道を描いていた。(毎日jpより転載)


 さて、“世紀の天体ショー”として注目されていた「アイソン彗星」ですが、日本時間の本日未明に太陽に最接近し、その後に蒸発して完全に姿を消してしまったようです。

太陽から約120万kmの近距離にまで接近するので、従来から蒸発するかどうかの瀬戸際であるとは言われていましたが、アイソンは比較的大きな彗星であったために残る可能性が高いと予想されていたので、天文学者をはじめ、満月ほどの明るさを放つ期待のあった世紀の彗星をネタにしようとしていたメディアも“がっくし”といったところのようです。


01

02
※アイソン彗星の軌道

ところで、かつて彗星といえば、戦乱、飢餓、天災、疫病の流行、権力者の死の予兆である“凶星”として考えられることが多かったようですが、それは昔の占星術師達が、そういった噂を流していたことも1つの要因であったようです。

天文学の進歩した現代でこそ、人々は彗星の軌道も知っていますが、それが分らなかった時代には、彗星は恐るべき星であったようです。

というのも、占星術師達は恒星や惑星の動きについては熟知しており、彼らは観測から、それが決まった法則に基づいて空を運行していることには気づいていたようです。

しかし、彗星だけは違っており、ある時に突然出現し、占星術師達の全く理解できない奇妙な動きを見せては、やがて消えてしまうので、彗星は宇宙の決まった法則を無視して奇妙な動きを見せる、まさに宇宙の秩序を乱す、無法者の星に見えたようです。
 
占星術の世界では、マクロコスモスとミクロコスモスは照応すると言われており、天界で秩序の乱れが起これば、当然それは地上にも反映されるということで、その結果、彗星が恐るべき凶星と考えられたようです。

それと同時に、彗星は既存の秩序の破壊者でもあることから、大きな社会的変革の前兆と見られることもあったようです。

それに便乗してか、このアイソン彗星の出現を“ホビの予言”と結びつける話も一部の予言マニアの間では話題になっていたので、今回のアイソンの彗星は、彼らにとっても悲劇だったのかもしれません。


Hopi
※ホピ族

ホピの予言を語る前に、まずホピ族とは、古代マヤ文明の末裔とされ、約1000年前に神に導かれて北米の地にやって来た人々のことで、主にアメリカのアリゾナ州に住むネイティブ・アメリカンの部族のひとつです。

神々から様々な予言を伝承されたホピ族の予言には、まるで近代社会を予知するかのような内容のストーリーが数多く存在しており、それらは岩絵などにも刻まれた“ホピの予言”として現代でも広く知れ渡っています。

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※“ロードプラン”と呼ばれる岩絵に描かれたホピの予言

この岩絵は、ホピの聖地オライビ近くの岩に描かれた有名な「ロードプラン」と呼ばれる絵です。左下の人物は、太霊マサウを表しているようで、右手にはたいまつ、左手には、数千年前、ホピが地上に出るのに通った「アシ」を握っています。

アシの右に見える円は“第四世界”という今の周期の文明を示しており、長方形は地上世界への脱出口「シパプ」で、そこから伸びる上の線は、多くの人が従う“物質的な道”を示すようです。

手を繋いでいるのは、彼らが物質的な生き方で結束していることを表し、波線の示す「混沌」がその結末となる戦争と破壊への道を表しています。

ホピが従うように命じられている道が、下線に示されており、それは“伝統派の歩む狭い道”で、トウモロコシ畑に立つ長老で終わっています。彼は伝統に忠実な者たちに約束されている平和と繁栄の象徴となっています。

この線沿いには、3つの円と縦線が見えますが、3つの円は予言された“世界大戦”で、最初の2つはすでに終わり、2013年の現在までは最後の1つ“ハルマゲドン”はまだ来ていません。

最初の2つの円に続いて、上下の線を結ぶ“縦線”がありますが、これは誘惑にはまって“進歩派(上の線を歩む人々)”になり、古来の信仰を捨てる人々の離反を予言しているようです。そういった人々が、3つ目の円(最終戦争)の前に出て来るようです。

この“ロードプラン”は、まさに今の二極化の世界、そして人類の進むべき道の岐路を見事に表現していると思います。

今の世界全体がどちらの道を進んでいるかは一目瞭然であり、その中で警告して起こった原発事故の意味をもっと深く考え、日本をはじめ、気づいた人々が、今からでも伝統に充実となって平和と繁栄の道を歩まないと残された時間はないと思います。

また、岩絵に限らず、ホピ族に語り継がれてきた予言の一節には、まさに広島や長崎に投下された原子爆弾のことを象徴する内容もあります。

「母なる大地から心臓をえぐり出してはならない、もしえぐり取ったならば、それは“灰のつまったひょうたん”と化し、空から降り、やがて世界を破滅に導く。このひょうたんの灰は、恐ろしい破壊力を持ち、川を煮えたぎらせ、大地を焼き尽くし、生命が育たなくなる。そして人々は不治の奇病に苦しむのだ。」


さらに、その原爆(灰のつまったひょうたん)の材料となった“ウラン”は、何と彼らホピ族の古くから居住してきた土地から強引に掘り出されたものだったのようです・・・。

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こういったホピの予言は一部に過ぎず、彼らの予言は優に5万年の歴史を口伝で伝承しているとも言われています。

その中でも、彼らが1万年前から先祖代々語り継いできた予言によると、現在のこの世界は、地上に現れた4番目の世界=“第四世界”であるそうです。

この世界より前にあった3つの世界(文明)は、人類が創造主への感謝と汎神論の精神を忘れ、物質的欲望に取り憑かれて世界を荒廃させてしまったために、怒りを覚えた創造主たちの手によって滅ぼされたと言います。

●第一世界
地球のありとあらゆる恵みをうけて、人々は幸せに、そして全ての動物、植物達と共存していた。しかしながら、一部の人々がこの富の私有化を行い、それが蔓延していった。創造主はこの事態に怒り、世界のありとあらゆる場所の火山を噴火させて、地球上を火の海としてしまった。

●第二世界
同じように、人々が増え始め、利己主義がはびこるようになり、創造主は地軸を傾けて、世界を氷河期に一変させてしまった。 

●第三世界
人々は科学技術が発達、そして武器ももつようになった。空を瞬時に飛ぶ「飛行体」も発明していた。
そして、世界大戦へとエスカレートして、創造主によって「大洪水」がつくられて、大陸が海中へと沈んでしまった。ごく一部の人間が、大きな「方舟」をつくっていたお陰で助かった。


こうして、創造主によるこの世界の浄化の度に、汎神論の精神を決して失わなかったごく少数の忠実な者達だけが浄化を生き延び、次の世界に命を繋いでいったそうです。

ホピ族は、そのような創造主の選民の子孫であることを自認しており、先祖伝来の“生命の道”を今に至るも尊守しています。

そして、前回の世界が終わった今から約1万年以上前、彼らの祖先が第三世界を滅ぼした大洪水を逃れ、今の第四世界が始まってから中央アメリカの西岸に漂着した時に、彼らの守護神である太霊マサウは、第四世界を生き抜くための教えと予言をすべて刻みつけた「石板」をホピ族に手渡したようです。

石板は二人の兄弟の間で二つに分けられ、“黒い髪で肌の白い兄”の方は遠く日出ずる方向に向かって旅立ち、弟がのちのホピ族の指導者となったそうです。

その石版の予言によると、現代の第四世界もやがて人々の邪心により滅びる危機を迎える時がやって来るようで、その時を「大いなる清めの日」 と呼ぶそうです。

その日に先立ち、幾つもの兆候が現れるようで、それは以下のような9つの「徴(しるし)」であると言われています。

第1の徴:白い肌をした人々がやってきて自分のものではない土地を奪うであろう。彼らは敵を雷で撃つであろう。

第2の徴:私たちの大地の上で、車輪が回転し騒々しい話し声で満ちるだろう。白い人間が家族を馬車で運んで大草原を横切るであろう。

第3の徴:おびただしい数の長い角を持つ奇妙なバッファローのような獣が、大地をかけめぐるであろう。白い人間の牛がやってくる。

第4の徴:大地が鉄の川で覆われるであろう。

第5の徴:世界に巨大な蜘蛛の巣がかけられるだろう。

第6の徴:大地が鉄の川で覆われ、太陽に絵を描くであろう。

第7の徴:海が黒くなって多くの生き物がそのために死に至るだろう。

第8の徴:多くの若者がホピ族のように髪の毛を伸ばして訪れ、私たちの生き方と知恵に学ぶであろう。

第9の徴:最後の徴である。あなたがたは、天空の住み家の話を聞くだろう。それが大地に墜落して大爆発する。その光景は青い星のように見えるだろう。この事件が終わるとすぐにホピ族の儀式は終了する。


長い間、これらの兆候は現れなかったのですが、近代に入ってから鉄道ができ、航空路ができ、やがて電話線が張り巡らされ、そしてハイウェイが出現した時になって、現代のホピ族は初めて予言の真意を読み取ったようです。

そしてヒッピーの登場(第8の徴)までは到達してきたものの、最後の第9の徴については「宇宙ステーション」が天空の住み家と言われたり、諸説はあるものの、まだ第9の徴は起こっていないと思われていました。

そこにきて、世紀の天体ショーである“アイソン彗星”の発見とともに、この彗星こそが、第9の徴である“青い星”ではないかという噂が一部の予言マニアの間でも話題になったのです。

ところが、今朝になって蒸発してしまったので、アイソン彗星はまったく違っていたのでしょうね。

“青い星”はシリウス星であったりとも言われたりと、結局のところ何を指しているのか未だにはっきりしませんが、それでもホピの予言では、次の世界に進むための“大掃除”が起きる最後の前兆は、白人が「天空の住み家」を置く時だと言われており、これはきっと分かりやすい前兆のように思えます。

「天空の住み家」は、人類に許された最後の創造物であり、その完成前に人類が生き方を変え始めなければ、ほんのわずかな人間を残して第四世界は淘汰されると言われており、その後、無事に生き残れれば第5世界に入ることができると言います。

では、このまま「天空の住み家」の創造と「青い星」の出現によって、やがて“大掃除”である「大いなる清めの日」 が避けられない流れなのかといえば、必ずしもそうではなく、この「大いなる清めの日」が近づいた時に「失われた白き兄」が欠けた石板を持って戻り、世界を邪悪から清め、平和に導き入れるという予言もあるようです。

「白き兄とともに2人の従者が到来する。1人は“まんじ”と“十字のマーク”を持ち、もう1人は“太陽の印”を持っている。この3人が世界に大変動をもたらし、生命の道を固守し続けたわずかな数のホピ族の生き残りとともに新しい平和な世界を現出させる。だが、この3人が使命を全うできない場合には、太霊は西から『ある者』を興す。それは非常に多くの冷酷な民である。彼は大地を破壊し、地上に生き残るのは蟻だけとなる」


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※鉤十字(かぎじゅうじ)

この「白い兄」には2人の従者があり、1人は“まんじ”“十字”のマークを持つとありますが、これが“鉤十字(かぎじゅうじ)”だとすれば、このシンボルは古代ユダヤのシンボルでもあるので、失われた10支族の一部のユダヤ人のことを指すのかもしれません。

また、もう1人は「太陽の印」というのだから、これは非常にわかりやすく、他にも、この人物に関しては「黒い髪を持ち、太陽の出るところの先まで旅をした者たちで、赤い太陽のシンボルを持っている」とも言われているので、恐らくは日本人のことを指しているのだと思われます。

004


日本とユダヤの和合、確かに最後の切り札は、この2つの民族が1つになって協力することなのでしょうから、この予言の内容もまた興味深いものです。近年になって、この石版の片割れが日本の沖縄で発見されたという噂もあるので、いよいよ日本人が最後の使命を果たす時も近づいているのでしょう。

ということで、アイソン彗星の話が全然違う話になってしまいましたが、今回の蒸発は、決してこれでアイソン彗星の役割が終わったわけでなく、彗星というのは、他の宇宙などから、太陽や太陽系の惑星に何か“種”“情報”を持って来る存在だと思いますので、今回も消滅することで、それらを太陽系に届けてくれたのでしょう。

これがやがて太陽風などによって、地球にもやってくると思いますので、それはきっと人類のDNAなどにも変化を与える“種”になると思います。この新時代の種まきの時期であり、節目の2013年の冬至前にやって来て、最後に蒸発するというタイミングは、何か大きな意味があるように感じます。



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天下泰平より)

07

 12月2日は、前日の広島講演を終えて“日本三景”の1つである「宮島」へと行きました。

日本三景とは、広島県の「宮島」の他に宮城県の「松島」、丹後の「天橋立」の3箇所があり、これらは江戸初期(1643年)から「三所奇観」として規定されるほど、古くから日本を代表する美しい景観の地域として指定されています。

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※巨石群が立ち並ぶ宮島の聖地の山“弥山(みせん)”

しかし、この3カ所の地域は、単純に自然の景色が美しいというだけでなく、多くの古代遺跡や巨石群が存在していたり、また軍事的な拠点や信仰の中枢地として使われていたりと、太古の昔から人類の文化や歴史に関わる大変重要な拠点として存在していました。

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そして、意外と知られていない“共通点”としては、この日本三景は、地図上で一直線上に並んでいる「レイライン」であるという事実です。

レイラインとは、1921年にイギリスの考古学者が提唱した言葉で、上空から古代の遺跡配置を見ると不思議といくつもの遺跡が直線ラインで結ばれて並んでいる現象を意味しています。

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レイラインの建造物や場所は、世界では古代遺跡などが多いようですが、日本においては、神社や磐座が多くなっており、一般的には、日の出や日の入りなどの“太陽(天)の動き”や断層や水脈の“地球(地)の構造”が、その聖地を決める大きなポイントにもなっていたと言われています。

日本三景のレイラインは、天橋立を中心として、“夏至の日の出の方位”“冬至の日没の方位”を結んだものであり、天橋立から見て松島に一年で最も勢いの強い夏至の日の出が昇り、また宮島に一年で最も勢いの弱い冬至の日が沈むことになります。

では、この太古の人類が聖地として定めた日本三景の各場所、その中でも宮島とは一体どういった場所だったのでしょうか?

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※宮島から見えるピラミッド型の無人島“小黒神島”

私が事前に把握していた情報では、宮島という場所は日本の中でも特別な場所であり、もはや太古の人類どころか、その人類を創世した異星人と大変縁が深い場所で、宮島は日本人の祖先である“縄文人のプロトタイプ(原型)が創世された最初の場所”であったと聞いております。

具体的には、世界の雛形である“日本列島”が作られた後、いわゆる人類創世に関わった異星人とも呼ばれる存在達が、猿人から遺伝子操作をしていたようで、そこで初めて“人類の雛形(原型)”である“縄文人”の形成に成功したのが、この宮島沖に着陸した宇宙ステーションの中であったようです。

そして、宮島の次に雛形人類の形成を始めたのが、同じ日本三景の1つである“宮城県の松島”であったようです。

この話は、テレポーテーションなどの能力を自在に操る日本の裏聖者グループのマスターから出て来た話であり、そういった情報を把握した上で宮島にある聖地“弥山(みせん)”という巨石群のある山を登ると、周囲の沖には、まるでピラミッドのような形をした無人島(小黒神島)も見えたりと、もしかしたら古代はそこが宇宙ステーションだったのか、はたまた島の海底には何かが隠されているのではないかと様々な想像や妄想が膨らみました。



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