ふるやの森
地球文明の再生に向かう
(当ブログはリンクフリーです、また相互リンク先を募集中です)
 



地球上では現在、スピリチュアルな変容が(大規模に)進んでいます。それは、『実在』からチャネルされて流入するエネルギーが、地球と人類の高いレベルへ向かう進化を加速しているからです。【注1】

この高い『愛のエネルギー』に触れた人々は誰もが地球文明の進化のプロセスを支援したいと感じるようになります。

この12年間、私は数多くの愛する仲間たちと地球上のパワースポットを旅して、高い周波数の『愛のエネルギー』をチャネルして、ネガティブなエネルギーを地球上から浄化するワークを続けてきました。

2011年の11月に、私は10人の愛する仲間たちとバミューダ・トライアングルにあるビミニ諸島を旅しました。【注2】

ビミニ諸島の周辺は、アトランティス大陸の最大のエネルギーセンターでした。

そこはアトランティス文明のヴォルテックスだったのです。【注3】

ビミニ諸島で実施したワークを報告する前に、アトランティス文明の歴史をお話ししたいと思います。なぜなら、今日の地球文明はアトランティス文明(の崩壊のプロセス)とよく似た動きを見せているからです。

地球文明の過去1000年の歴史で、高度な科学テクノロジーを備える8つの地球外文明が(地球文明に介入して)最終的に自滅する道を歩んできました。

彼らはテクノロジーと権力を乱用してスピリチュアルな進化を拒んだからです。

自滅への道を歩んだ地球外文明はヒューマノイド異星人と非ヒューマノイド異星人の宇宙飛行士でした。

彼らの使用した破壊兵器は現在の地球人が知る兵器を何千倍も上回る破壊力を備えていました。

その理由は宇宙エネルギーを悪用したためでした。

これは、フィクションではなく、地球の本当の悲しい歴史です。

彼らのテクノロジーは強力な波動技術を発達させて、地上の生物種をかけ合わせて新種を作り出しました。

恐竜が地上に出現して、新しい文明を建設するために別の宇宙飛行士グループによって絶滅させられたのは、そのような経過によるものでした。

この新地球文明もまた宇宙兵器を乱用して、火星と木星の間にあった惑星を破壊しました。

現在その場所に残されているアステロイド・ベルトはその破壊された惑星の残骸です。【注4】

約100万年前に別の宇宙飛行士グループが地球を訪れて植民地を建設しました。

レムリア文明とアトランティス文明は彼らによって建設されたのです。

当時の地球は、現在とは全く異なる地形でした。

レムリア大陸が太平洋上にあり、大西洋上にはアトランティス大陸がありました。

アトランティス文明は、現在の地球人類の文明よりはるかに進化していて、巨大なクリスタルと強力な宇宙エネルギーを利用していました。

アトランティス人の寿命は1000歳に達し、高次元の存在と交信してタイムトラベルする能力さえ備えていました。

アトランティス大陸の周辺には数多くの島々があり、地球上の他の地域には植民地が建設されていました。

アトランティスの領土にはさまざまな異星人種が暮らし、『実在』と調和するスピリチャルな生活が営まれていました。

彼らの宇宙に関する知識はそのようにして増大して宇宙エネルギーを利用するテクノロジーが発達していました。

約70万年前に彼らの社会は崩壊し始めました。エゴの肥大化と自らを「神」と見なす傲慢さのためです。

大半の人々はスピリチャルな文化的伝統を失い、無数の仲間を操作(支配)して人間と動物の交配実験を行いました。

古代から伝えられた人魚や ミノタウロス (人身牛頭の怪物)、キュクロープス(一つ目の巨人)、海獣の起源がそこにあります。

彼らは権力欲とテクノロジー妄信に憑りつかれてレムリア文明との世界大戦を開始しました。地球全体を自分たちの所有する領土であると信じ込んだためです。

彼らは自分たちの宇宙兵器とクリスタルテクノロジーを強く過信して、約12,000年前に古代世界戦争で自分たちの大陸すべてを失ってしまいました。

破壊的エネルギーがすべてを粉々にして、アトランティス文明の遺跡は現在の地球上にはほとんど残されていません。

スピリチャルな伝統を引き継ぐアトランティス人の中には、宇宙船で大災害から避難した人々もいました。

大災害はポールシフトと皆さんが現在「大洪水」と呼ぶ破滅的被害を地球にもたらしました。

彼らはそ長い年月が過ぎて、他の異星人グループが地球上の別の地域に訪れました。彼らはそこで他の生存者たちに自分たちの高度な知識を伝えたのです。【注5】

大災害の後に、エジプトやギリシアなどの古代文明が、数学や天文学、医学、建築学などの高度な知識を突然身につけた理由は、そこにあります。

彼らは空中浮揚(反重力)テクノロジーを利用して地球上の無数の地域にピラミッドを建設しました。

アトランティス文明崩壊時の権力とハイテク兵器の乱用は、より小規模ではあるが現在の世界でも再びくり返されています。

現在でも、すべてをコントロールしようとする権力者たちによって、軍事力の開発や戦争の秘密計画、宗教団体とドラッグによる奴隷支配、そして地球資源の貪欲な浪費が続けられています。

地球人類を支配する闇の権力者たちは、何兆ドルもの資産を軍備力やドラッグの開発に費やす一方で、地球上から飢餓をなくして調和のとれた地球文明を建設しようとはしていません。

その原因の多くは、地球人類が愛と光の中で調和のとれた生き方をする方法を、いまだに学んでいないためです。

多くの地球人類は今も光と愛を嘲笑って、エゴと傲慢さの増幅と貪欲、憎しみが当たり前の生活だと錯覚しています。

そのような生活は、自滅に至るだけの道であるとも知らずに・・・

これまでに数多くの文明が同じ道を通って自滅していきました。

地球人類がスピリチャルな光と世界的な愛を持って生きるなら、他の惑星で達成できた光に満ちた幸福な文明に移行できるのです。

そのために私は生活のすべてをライトワークに捧げてきました。

未来へ向かう地球の中心的なエネルギーは『愛』であって「憎しみ」「破壊」「苦難」ではないと信じるからです。

これからも私は、愛する仲間と共に地球上のヴォルテックスとして知られるエネルギースポットを巡る旅を続けるつもりです。

私たちライトワーカーのエネルギーがいっそう強力になって、地球上にヒーリングの効果がさらに広がることを願って・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【注1】

シェルダン・ナイドルやサ・ルー・サなどのチャネリングメッセージはスピリチュアルな地球外文明は、共通の宇宙創造主を信仰し、その意思に奉仕することを使命とするさまざまな宇宙文明の集合体であると伝えてきた。地球上の「宗教」は、教祖や宗教団体幹部を権威づけて信者を支配するために闇の勢力が作り出した人類奴隷支配システムであるとしている。

このことは、モーゼ・釈迦・イエスキリストの教えが誤りであったという意味ではなく、各宗教の開祖が残そうとした教えを、後の宗教団体が歪曲して、信者奴隷支配に悪用してきた歴史を述べようとしている。「神」という言葉が偽りの宗教によって歪曲されてきたために、ふるやの森では「創造主(Creator)」を翻訳に採用してきた。旧約聖書に「わたしは『ある』という者である」 (I am who I am, the Great I Am)と記されているように、モーゼとキリストは後世に「神」を偽る偽預言者が輩出することを見越して、聖書の随所に警告を残していると考えることができる。

『実在(Existece)』という言葉でアラーエが語る宇宙創造主の意味は、宇宙の中心から万物に注がれる『愛のエネルギー』を指しているのかもしれない。

【注2】

 バミューダトライアングル - Wikipedia

バミューダトライアングル(Bermuda Triangle)は、フロリダ半島の先端と、大西洋にあるプエルトリコバミューダ諸島を結んだ三角形海域。昔から飛行機、もしくは、その乗務員のみが消えてしまうという伝説がある。この伝説に基づいて、多くのフィクション小説映画漫画などが製作されている。


バハマ諸島 - Wikipedia

バハマ諸島(バハマしょとう)は、フロリダ半島の東から南東、大アンティル諸島の北側に位置する、北大西洋上の島々西インド諸島の一部。大部分をバハマが占める。南東部のタークス・カイコス諸島イギリス海外領土である。

ビミニ - Wikipedia

ビミニBimini [ˈbɪmɨn])は、バハマ西端、マイアミフロリダ州)から東へ81km(53マイル)に位置する諸島

バミューダトライアングルでの巨大なピラミッドとスフィンクスの発見(2012/09)

2014年1月1日



二人の科学者、 Paul WeinzweigとPauline Zalitzkiが潜水ロボットを用いて海底に巨大都市があることを確認した。このいくつかのスフィンクスと少なくとも4基の巨大なピラミッド、及びその他の構造物を含む古代都市の場所は、驚くべき事に、伝説のバーミューダトライアングルにある。Terra Forming TerraのArcleinの報告によると、この証拠は、同時に起きた水位の上昇と地面の沈降によって海中に沈んだ都市の存在を示している。この災害は前回の氷河時代の末期に起きた可能性がある。極地の氷床が突然融解して界面上昇を招き、特に北半球で著しかった。海岸線は変化し、アゾレス周辺での土地の喪失が見られた。島、大陸が海水中に没した。

【注3】

この動画でアラーエは「ヴォルテックス」、「エネルギーセンター(アトランティス文明を保護するパワーの中心)」と定義している。世界各地に建設されたピラミッドの意味は、宇宙の中心から流入するエネルギーをチャネル(経由)する基地だったと考えられる。

【注4】

小惑星帯 - Wikipedia

小惑星帯(しょうわくせいたい、アステロイドベルトasteroid belt)は、太陽系の中で火星木星の間にある小惑星軌道が集中している領域を指す言葉である。ほかの小惑星集中地域に対して、それらが小惑星帯と呼ばれるようになるかもしれないと考えられるようになったころから、区別のためにメインベルト (main belt) とも呼称されている。

【注5】

地球全域を破滅させた大洪水と、その後に残された生存者が先史文明を再建するのを支援するために訪れた地球外文明の存在については、各国に残された神話や伝説が現在に伝えている。

 5章 シュメール文明とアフリカ : 地球人のルーツ(Project Vega)

 メソポタミアには伝説の生き物のアプカルルという魚があり、バビロニアではオアンネスと表された。発掘された彫像によると、頭から背中にかけて魚をかぶったような姿をしている。それは身体の前部が人間、後部が魚、という姿である。神話のなかでは、アプカルルは古の賢者であり、人々に知恵を授けたとされている。彫像は守護精霊として7体セットで用いられた。

 紀元前3世紀にバビロニアの神官ベロッソスがギリシア語で著述した『バビロニア史』によれば、アルリムのことを「人が動物の如くあった時、下の海(ペルシア湾)から人の頭と魚の体を持った半魚人(オアンネス)なる者が現れてアロロスと民衆に文明と法律を与えた。」としている。

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参照

プレアデス人アラーエのメッセージ17 アトランティス バミューダ・トライアングル

Excerpt from Part 17-Pleiadian Alaje-Lightwork-Atlantis Bimini

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驚くべき発見が報告されている。TOCANA9/5,2016は、「2003年夏、ルーマニア中央部トランシルバニアアルプス山脈のブチェジ山で、人類の歴史を一変させるかもしれない大発見があったとオカルト界で話題になっている。」と伝えている。

報道の内容は以下である。

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ルーマニアの洞窟内で宇宙人製の「ホログラフィック図書館」を発見か!? 地球史の9割がウソであることも発覚!

発見者である超常現象専門家シーザー・ブラッド氏は、ルーマニア諜報機関SRIに秘密結社イルミナティの幹部だと自称するマッシーニと名乗るイタリア人を紹介されたという。この時ブラッド氏はマッシーニ氏から、ブチェジ山内部に地球と人類の歴史が記録されたホログラムライブラリーがあると教えられ、共同調査を依頼されたそうだ。

■巨大地下図書館の謎

holografic_02.jpg

画像は「YouTube」より引用

 依頼を受けたブラッド氏は、マッシーニ氏率いる調査隊とともにブチェジ山内部を60~70メートルほど掘り進んでいった。すると、たしかにマッシーニ氏の言うとおり、トンネルのような通路と石でできた巨大なゲートがあらわれ、そのトンネルを進んでいくと、大きな部屋につきあたったそうだ。

そこには、物理学、天文学、文学、生物学、遺伝学、宗教に関する膨大な資料が集積されており、さながら“図書館”のようだったとブラッド氏は感想を漏らしている。

 部屋の中央には演壇らしきものが設けられていて、そこには奇妙な装置まで備え付けられていたという。いまだに使用目的は解明されていないそうだが、調査チームに同行した科学者らは、大脳の活動に影響を及ぼすものではないかと推測していたようだ。

  他にも目的の分からないさまざまな装置があったそうだが、マッシーニ氏がとくに捜し求めていたものは、白い砂に満たされた奇妙な壷だったという。 マッシーニ氏が言うには、何やらイルミナティに関係する重要な代物らしいが、白い砂が地球上には存在しない物質であるということ以外詳しいことは分かって いない。

■人類史の真実を映し出すホログラム

holografic_03.jpg:

画像は「YouTube」より引用

その部屋の隣には、ホログラムを映し出す高さ30メートル全長100メートルもある大きなドーム状の部屋があり、そのホログラムでは人類の歴史が延々と映し出されていたそうだ。ブラッド氏によると、もしホログラム映像で語られていたことが真実であるならば、ダーウィンの進化論がまったくの間違いであるだけでなく、90%以上の人類史は間違っているか捏造されていることになるという。むしろ、真実の歴史は古代の神話や伝説の類に保存されていて、たとえば、恐竜は6500万年前に絶滅していないし、アトランティスなどの古代大陸は実在したとホログラムは説明していたそうだ。

また、ブラッド氏は、聖書に描かれている「ノアの洪水」や人類の最初の文明まで見たそうだが、その内容を公表することは控えたという。あまりにも衝撃的な内容のため現代人には受け入れられないと考えたようだ。

holografic_06.jpg:

画像は「Wikipedia」より引用

しかし1つだけ明らかになっていることがある。なんと、イエス・キリストの磔刑の場面には多くの“別の時代”の人々が紛れ込んでいたというのだ。彼らは、キリストの同時代人と同じ服装をしているが、顔つきが明らかに異なっていたそうだ。  ブチェジ山内部に隠されていた秘密はこれだけではない。なんと、長大な3つのトンネルまで発見されたというのだ。

■地底王国へと続くトンネル

holografic_05.jpg:

画像は「Metro」より引用 

 1つはエジプトの地下基地―おそらく、2015年に発見されたUFO秘密基地につながっていたという。ということは、この地下施設が宇宙人に関係していることはほぼ決定的といっていいだろう。

 2つ目のトンネルはチベット高 原に続いているというが、チベット仏教に伝わる「カーラチャクラ・タントラ」に登場する幻の地底王国シャンバラを指していると考えて間違いないだろう。と いうのも、このトンネルには3つの分岐が存在し、その1つは神智学者ブラヴァツキーらがシャンバラの所在地であると主張したゴビ砂漠に続いているらしいか らだ。

 そして3つ目のトンネルはさらに驚くべき場所へと続いている。なんと、地球中心部近くの地下王国への通路となっているというのだ。もしこれが事実ならば、現代科学の主流派から排斥されている「地球空洞説」を証明する大発見になるだろう。

holografic_04.jpg:

画像は「YouTube」より引用 

このようにブラッド氏は、にわかには信じがたい数々の発見をしたが、イルミナティルーマニア諜報機関が関与していることもあり、これ以上詳しいことは分かっていない。

陰謀論コミュニティでは、米国がルーマニア政府に圧力をかけて、この地下施設の公開をせまっているという噂も流れている。米国のことであるから一般に公開する可能性は低いと思われるが、もしその日が来たらトカナでもお伝えしたい。(編集部)

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今回報告されたブチェジ山脈の先端技術施設の報告は、数年前であれば全く一般には受け入れられないニュースであり、さすがのTOCANAも「オカルト界で話題になっている」と前置きして記事を書き進めている。しかし、この数年間で地球外文明の実在が明らかにされるにつれて、地球上に残されたエジプトのピラミッドを始めとする古代遺跡が、地球文明をはるかに超える進化した地球外文明によって建設された先史文明(4大文明をはるかにさかのぼるレムリア・アトランティスの高度な宇宙文明)の遺跡の片鱗であることが理解されつつある。そう考えないことには説明のつかない共通のテクノロジーが使用された証拠とスピリチャルな宇宙科学の思想が古代遺跡に残されているからである。

今回の発見の報告は、これから明らかにされていく地球文明の真の歴史のほんの序の口にすぎない。シリウスやプレアデスの銀河ファミリーたちと空洞地球(アガルタ)のアセンドマスターたちが、まもなく地上に現れて隠されてきた真実のすべてを明らかにすることになると伝えられている。人類を奴隷支配し続けることをもくろむ闇の勢力が地球上から排除された後の新しい地球文明は、人類が互いにテレパシーで交信しあう社会になるために、何も隠すことはできず虚偽で他者をだますことができなくなるからである。

これまで信じ込まされてきた知識が否定されてしまうことは、誰しも愉快とは言えないショックを伴う体験であるが、それは、その代わりに得る真実によって、人類が自分は本当はどのような存在であるのかを知り、これまで開発されずにきた未知能力を開いて、銀河系人類(ギャラクティック・ビーング)に変容するプロセスに進むための、避けることのできない通過儀礼である。

☆F★

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日本はもとより、世界の学会「主流派」は、世界の支配層に追従して、支配層に都合の悪い真実を隠して、新しい重要な発見には目を向けようとせずに、偽りの解釈でこれまでの通説を維持する工作活動に明け暮れている。

主流マスコミは、明らかにされていく真実を伝える義務を怠り、学校では教科書に書かれていない事実は教えずに、ひたすら与えられた知識を記憶して、受験偏差値競争に駆り立てる「教育」に終始している。書店で一般に入手できる知識だけでは、私たちが現在知るべき重要な真実を獲得することはできない。

地球文明の歴史は4大文明を大きくさかのぼる数百万年以上前のレムリア・アトランティス文明に起源があり、その建設には現在の地球のテクノロジーをはるかに超える高度な異星人テクノロジーが使用されたのである。

参照

バミューダトライアングルの巨大ピラミッド

http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/59affb7f0f06d7d20ef955a7c6f4985c

2万3千年前のインド海底遺跡

http://flatheat177.ning.com/photo/5712408:Photo:139176?context=featured

VIDEO

Sunken cities of Atlantis and Lemuria are allready found !

https://www.youtube.com/watch?v=TU-fT5dy8kU

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Michi & Mirai World1/2,2014より転載)

∞ 最新ニュースではなく、2012年に話題となったものです。(^_^;)


バーミューダトライアングルでの巨大なピラミッドとスフィンクスの発見(2012/09)
2014年1月1日               

二人の科学者、 Paul WeinzweigとPauline Zalitzkiが潜水ロボットを用いて海底に巨大都市があることを確認した。このいくつかのスフィンクスと少なくとも4基の巨大なピラミッド、及びその他の構造物を含む古代都市の場所は、驚くべき事に、伝説のバーミューダトライアングルにある。


Terra Forming TerraのArcleinの報告によると、この証拠は、同時に起きた水位の上昇と地面の沈降によって海中に沈んだ都市の存在を示している。


この災害は前回の氷河時代の末期に起きた可能性がある。極地の氷床が突然融解して界面上昇を招き、特に北半球で著しかった。海岸線は変化し、アゾレス周辺での土地の喪失が見られた。島、大陸が海水中に没した。
Arclleinの観察によると、中部太平洋端部が沈降した時にはアゾレス周辺のライオンと、島や大陸も沈降した。
キューバとユカタンの間の端部はメキシコ湾海底とカリブの沈降海底との間の自然の脆弱点で、深く沈降した可能性がある。この全ての誘因は、プライストスの不一致と呼ばれる12900年前の大変化と、氷河時代末期のハドソン湾海底のゆっくりとした隆起によって引き起こされた。


この都市は、数十年前に発見されたが、キューバのミサイル危機によって全ての研究が中止された。
米国政府は1960年代のキューバのミサイル危機の時に、噂の場所を突き止めた。原潜がメキシコ湾の深海でピラミッド構造を発見した。米国政府はただちにこの場所を封鎖し、ロシアの手に渡らないようにした。


深海専門家、考古学者、海洋学者からなる科学者チームは界面下1800メートルの深海で古代の建造物の遺跡を発見した。彼等はこれをアトランティスの遺跡だと言っている。
ピラミッドとスフィンクスは、エジプトのそれよりも大きい。
キューバにおける遺跡は、Zalitzki の発見による、かつては強力な文化であったもので、海中に見られるものと同じ、極度に古いシンボルと絵画が見られる。


潜水艇を用いた探索によって科学者たちは驚くべき巨大なエジプトのギザのものと類似ではあるがそれよりも大きいピラミッドを発見した。彼等の見積もりによるとアトランティスのピラミッドは数百トンにも達する石で構築されている。これがアトランティスの遺跡であるかどうかについて、専門家は次のように述べている。:
”現在のユカタンの文化では、未だにこの地にいるアボリジニーはユカタンの非常に古い文明の子孫のオルメクなどで、この人達によると、自分たちは天災によって沈降した島の上にいた者である。この島はアトランチス(Atlanticú)と呼ばれていた。”


これは素晴らしいアトランティスの突然の没落についての話と一致している。現地のアボリジニーは未だに、自分たちをAtlanticú人と呼んでいる。探索チームの科学者であるPauline Zalitzki は、以下のように言っている。


”この発見の最初のニュースを公表した時に、ヴェラクルス大学は私たちの仕事に興味を示したので、これらの構造物の写真を撮影した。この大学の考古学研究所が私たちを招いた。彼等はこれについての研究を行い、オルメク文明との比較を行った。
オルメクその他の現地人は全てがこの大陸に上陸した時の形態学的な特徴を示している。これは、キューバ方面からの到来と、彼等の土地が沈降した時には巨大な地震が起きた事を示している。この形態は、彼等が生き残った三家族に所属していることを示している。これらの家族の内の一つは、オルメクのものであると思われるヴェラスケス海岸に着いた。他の家族は、中央アメリカに来て、太平洋岸にまで行き、私たちが今日知っているアメリカ文明を築いた。


考古学者が水面下の都市の写真によって、石、シンボル、碑銘を見た時、それらがオルメクのモチーフであることを確認して、驚きを隠せなかった。

オルメク文明はアトランティスの生き残りから継承されたもので、非常に優れた文明は氷河時代末期の洪水で破壊された。世界は再編成され、超文明は破壊され、数千年の間伝説と、哲学者プラトによる記録としてのみ記憶されていた。
しかしアトランティスは実在し、Paul Weinzweig と Pauline Zalitzkiがこれを発見した。                                       


http://soundofheart.org/galacticfreepress/content/giant-pyramids-and-sphinxes-found-bermuda-triangle


Giant Pyramids and Sphinxes Found in The Bermuda Triangle
Rain's picture
Submitted by Rain on Wed, 01/01/2014 - 05:37
Source: Higher Perspective - November, 2013
GFLサービス


∞ 2012年にカリブ海のバミューダ海域の海底では水晶製のピラミッドが発見されています。これについての詳細は「ガラパイア」さんにUPされています。


また「アラフォーママの日記」によると「ロシア北方でエジプトよりも古いピラミッドが発見された」と情報もあるようです

ロシア北方にあるコラ半島では人間の手によって作られたピラミッド型の遺跡が発見された。これは約9000年前のもので、エジプトのピラミッドよりも2倍古いこととなる。ピラミッドは東西に相対して存在しており、ヒュペルボレイオスの住人たちによって立てられたと見られている。もしかするとエジプトのピラミッドもこの土地から人々が移動した結果、建てられた可能性もある。


エジプトのエドフ神殿には、洪水のおきた北国ドゥアトゥンバから啓蒙された人々がやってきてピラミッドを建てたとある。彼らこそ、エジプト文明の父である。ドゥアトゥンバは、古代エジプトの聖職者らによれば、「隠された世界の太陽がわが世界の太陽と出会う場所」とされている。ドゥアト、というのは日の出前の赤い光線とも言われており、北緯65度、ロシア北方で観測される。


https://www.youtube.com/watch?v=1Q7MswNbSOI&feature=player_embedded



もう一つも「アラフォーママの日記」さんからで、タイトルが「時が来た?南極ピラミッド情報公開とそのタイミング 」というものですが、残念ながら動画が削除されています。しかし、これに関するサ・ルー・サからのメッセージを「ふるやの森」さんがブログにUPされていました。

サ・ルー・サ
2012/09/04

サ・ルー・サとの対話9/4:南極のピラミッド発見について

ローラ:こんにちは、サ・ルー・サ。アナと私は南極大陸のピラミッド発見のニュースに興奮を抑えきれません。なぜこれまで誰も発見できなかったのでしょうか?氷が溶け始めたために今になって見つかったのですか?他にもまだ、これから驚くような建造物が発見されるのでしょうか?


サ・ルー・サ:こんにちは。良い質問をありがとうございます。このニュースは今起きている事態をとても良く象徴しています。写真がリークされたということが重要な点です。これらの写真は記者会見のような公式の発表で公開されたものではありません。


実際のところ、探検チームは厳しい監視の下に置かれていて、発見したことのすべてはトップシークレットとされているのです。彼らと同行している軍部関係者も近くにいて、発表される情報のすべては権力者のコントロールの下にあります。


同じことは、バルト海で発見されたUFOについても言えます。軍事関係者がこの区域にやって来て、個人的な研究が行われている場合は特に情報統制を強めています。ここで「統制」と言っている意味は、必ずしも政府の統制ではなく、さまざまなシステム・・資金到達などを通して行われている統制のことです。
   
・バルト海UFO探査に進展か!?:すでに謎の組織による妨害があるとか?
   

権力機関が南極大陸の発掘と研究に熱心なもう1つの理由は、そうすることによってその区域をコントロールできるからです。


彼らは、資源活用を装って発掘して発見したものを独り占めしようと目論んでいます。彼らは、いったん探していた「宝物」を見つければ、進化した文明の証拠・・遺跡やテクノロジーの遺物を破壊する計画でいます。それは、これまでにアイルランド、アメリカ合衆国はもとより、古代メソポタミアのような戦争地帯で行われてきた行為なのです。


本当のところ、私たちは「軍部からのアセンション」に役立つツールになる場所を隠して(クロークして)きました。そして発見を安心して任せることのできる独立した研究者たちに重要な地域での発見を促してきました。もちろん、この「公開」はタイミングを見計らったものです。


今回、南極のピラミッドの情報と写真をリークした人々は、自分たち自身を守り、すべての証拠が破壊されてピラミッド発見の記録が消去されるのを防ぐために情報を公開しました。もしそうしなければ、今回の写真が一般の人々の目に触れることは許されなかったでしょう。


皆さんの多くは潜在意識の中に、南極のピラミッドに関する知識を持っています。それはアトランティス文明の時期に遡る体験の記憶なのです。本当に、南極のピラミッドとアトランティス文明は深いつながりがあります。それは、高い精神性と高度な進化したテクノロジーに基づくグローバルな銀河文明の遺跡なのです。


今回発見されたピラミッドはエジプトのピラミッドに先行して建設されたものです。現在、南極と呼ばれる地域に最初にピラミッドを建設した人々が居住していたのです。ピラミッドが建設された頃は気候もそれほど極端ではありませんでいたが、大陸全体の気候パターンの最終的な変化は数百万年前の当時のピラミッド建設者によってすでに予測されていました。


アセンションが目の前に迫った現在の時期に、皆さんの祖先がピラミッドの中に残した知識は大きな意義を持っています。当時の人々はとても進化していて、アセンドする人々がいる一方で、多くの人々が地球を後にして銀河系宇宙の探検に向かいました。さらに、内部地球に入ってそこにとどまる人々や、姉妹惑星の火星に移る人々もいました。


今回発見されたピラミッドは皆さんの文明に膨大な知識を開放する可能性を秘めています。その知識は正しく用いれば、素晴らしいツールになる可能性があります。これらのピラミッドは母なる地球の主要なチャクラに位置していて、惑星のアセンションに中心的な役割を果たすことになります。


このことは、皆さんのすべてが見ることのできるように写真を公開した勇敢な科学者たちも気づいています。彼らは自分たちの発見の重要性を理解していて、この発見が闇の勢力の退場をもたらすことになると考えています。


私はシリウスのサ・ルー・サ、今日は皆さんとピラミッド発見の重要性を話し合うことができてうれしく思います。


ありがとう、サ・ルー・サ(多次元の海:ローラ)



∞ ちなみに南極のピラミッドは1つではなく複数あるようですね

 
 

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4大文明をはるかにさかのぼる過去に壮大なスケールの宇宙文明が地球上に建設されていた事実は、もはや誰もが認めざるをえない真実となった。

「3500年(以上)前のシュメール(メソポタミア)文明が世界最古の文明である」としてきた、これまでの定説は,1万年以上前の世界最古の遺跡であると認定された与那国島海底遺跡の発見によって根底から覆ることになる。

与那国の巨石文化と古代文明より

 

海底遺跡より)

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与那国遺跡だけではなく、日本列島の周囲の海底には数多くの巨石遺跡が発見されている。「沖ノ島」の画像検索結果

沖ノ島ってどんな島?

毎日新聞2014年7月31日

冠島(かんむりじま)の位置                         冠島の空中写真(1975年撮影)

日本海のダイビングスポット「日御碕」に海底遺跡か?

海底遺跡 見つかる串本!?紀伊半島はムー大陸と陸続きだった!?南紀の旅を終えて。

1万2千年前に海底に沈没したムー大陸と共に、当時の日本列島の周囲も大洪水で海底に沈んだ。そして、海底に残された巨石文明は、当時の日本がムー文明の中心地として異星人テクノロジーを活用する宇宙文明を築いていた事実を証明する手掛かりとなるのではないだろうか?

☆F★

宗像・沖ノ島海底遺跡

(竹内文書に描かれたミヨイ・タミアラ)                     (GFLJによる修正画像)

 

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(Google翻訳を修正)

https://translate.google.co.jp/translate?sl=en&tl=ja&js=y&prev=_t&hl=ja&ie=UTF-8&u=http%3A%2F%2Fblog.goo.ne.jp%2Fflatheat%2Fe%2Ffea24b929ecf987a20aa2bc26304d0eb&edit-text=

失われたムーのピラミッド都市? ナショナル・ジェオグラフィックによると...


私たちはいくつかの研究分野がむしろ沈黙している最近の学会の異常を取り上げた。 詐欺などと称して証拠を無視しようとしたり、構造的な建造物であっても自然の形成物として見なそうとしたり・・・。
次の話題は例外ではない。日本の琉球列島海底の与那国島遺跡の真実から目をそむけて、無数の学者が自然に形成されていると強く主張してきたが、 今はすべての主張は、真実に降伏したと言えよう。


そして、あなたがこの街のまばゆい巨大さに紹介されると、なぜ世界がこの場所を知らないまま残っているのが好きなのかを理解し始めるだろう。
一度、古代ピラミッド、おそらく数十万年前のことを知り、ギザの高原に残る偉大なピラミッドをはるかに超える規模のピラミッド都市が、なぜこの場所に残されたのか疑問に思うようになるだろう。


1986年に発見したのは、日本の南端のジマ島近くのダイバーで、海抜25メートルほどの海底に非常に奇妙な構造物を見つけた。
彼らはテラスと斜面を持つ階段状の構造物になるように彼に現れ、感謝して地元の地質学者に彼の発見を報告した。
ここで見つかった最大のピラミッド構造の1つは幅600フィート以上、高さ900フィートで、エジプトで最も高いものは450フィートに過ぎず、これらの水中に沈められたピラミッドはほぼ2倍の大きさになっている。
それらはすべて5つの別個のレベルの石ブロックでできているように見え、構造物を取り巻く道路のように見える。


学会やマスコミによる無視によって、世界人類の大部分は、建造物を研究する探索的な潜水にかかわらず、この場所を見過ごしてきた。
ダイビングは石に作られたツールマークと彫刻の発見をもたらし、考古学的には天然石構造ではなく人工的に建造されたことを示している。
証拠は明らかに説得力があり、東京大学の地質学教授である石井輝明氏をはじめとする正直な専門家が、過去1万年前の氷河期の終わりに水没が起きたと判断したが、このイベントはかなりの時間を要したと考えている。


しかし、これが受け入れられるならば、数十億の歴史書は、先進的な東洋文化を考慮して、他の多くのものの中で再版する必要がある。
大規模な研究プロジェクトでは、街の周辺からいくつかの興味深い人工物が検索された。
不思議な石、いくつかの奇妙な石の道具と一緒に、まだ知られていない石の紋章を表示している。
さらに、多くの人が人間の顔だったと飾られた巨大な石のモノリスが、最大のピラミッドの麓で発見された。

元のスフィンクスが地球上のように見えただろうか?
非常に古代のピラミッド複合体である巨大な地層に有利な証拠を得た後、学問は結局データを前に座っているように思える。
ナショナル・ジェオグラフィックは、ピラミッド都市が実際に存在することを確認するストーリーを実行する、候補文明を含むシナリオに完全な説明を都合よく提示している。
なぜこの見積もりが「可能性のある命題」となったのだろうかと疑問に思うはずでである。
古代都市の人工的起源に関して、これを容認する前に、なぜこれはあまりにも不条理と決めつけるのだろうか?

 

1万年以上前に海底に沈没したとされている太平洋上の文明であるムー文明の遺構が残っていると信じている専門家もいる。
彼らは、この特定の土塊は最後の氷河時代以来同じ水準にとどまっていることに言及することを忘れているが・・・

この遺跡を建造した古代人は誰だろうか?
彼らがまだ私たちに伝えるのを待っているすばらしい秘密がまだ眠っているのだろうか?
もちろん、私たちは皆さんのために今後も投稿を続けるつもりだ。


http://news.nationalgeographic.com/ne ...

VIDEO

10,000 Year Old "Lost Pyramid City" Found In Japan?

https://www.youtube.com/watch?v=1K_7YKqaYCM

Transcript

10,000 Year Old "Lost Pyramid City" Found In Japan?  

http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/fea24b929ecf987a20aa2bc26304d0eb

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Lost Pyramid City of Mu? According to Nat Geo...
We have covered several anomalies of recent, which some fields of study, would rather be kept silent. Often attempting to dismiss such objects as a fraud, or if structural, as a natural formation.
And our next topic is no exception, just off the coast of Yonaguni amongst the Ryukyu Islands of japan, is a place once passionately argued as a natural formation by countless academic scholars. Now all but surrendered to the truth.
And once you are introduced to the sheer enormity of this city, you will begin to realise why some were so keen for the world to remain ignorant of this place.
For once one becomes aware of the ancient pyramids, possibly many hundreds of thousands of years old, even dwarfing that of great pyramids which rest within the giza plateau, you begin to wonder why more is not heard regarding this place.
Only discovered as recently as 1986, a diver near the island of Jima, off the southern tip of Japan, came across some very strange structures about 25 metres below sea level.
They appeared to him to be stepped structures with terraces and ramps, and thankfully he reported his find to local geologists.
One of the largest pyramid structures found here is over 600 feet wide and 900 feet tall, comparatively, the tallest of Egypt’s being a mere 450 feet, making these submerged and supressed pyramids, almost twice as large.
They all appear to be made with five separate levels of stone blocks, and what appears to be a road surrounding the structures.
Due to the public debunking efforts experienced, the majority of the world’s population have subsequently overlooked this place, this, regardless of the exploratory dives made upon the buildings...
Dives resulting in the discovery of Tool marks and carvings made upon the stone, archeologically indicating that they were indeed constructed rather than being natural stone structures.
The evidence has clearly been compelling, meaning honest professionals, including Teruaki Ishii, professor of geology at Tokyo University, have determined that the cities submergence occurred at the end of the last ice age – which was around ten thousand years ago, meaning these ruins predate this event by some considerable time.
If this is accepted to be the case however, billions of history books would have to be reprinted, taking into account an advanced Eastern culture, among many others.
During extensive research projects, several intriguing artefacts have been retrieved from around the city.
Strange stones which display as yet, unknown petroglyphs, along with several strange stone tools.
Additionally, an enormous stone monolith, adorned with what many have suspected was a human face, has been discovered at the foot of the largest pyramid.
Was this what the original sphinx looked like upon earth?
After mounting evidence in favour of the enormous formations being an extremely ancient pyramid complex, it seems academia eventually buckled to the data.
National geographic running a story confirming that the city does indeed exist, and conveniently presenting an explanation complete with a scenario involving a candidate civilization.
One must wonder, why was this quote “likely proposition” now put forward?
Why was this so preposterous before being forced to concede in regard to the ancient cities artificial origins.
Stating quote, “some experts believe that the structures could be all that's left of Mu, a fabled Pacific civilization rumoured to have vanished beneath the waves.”
Although they forget to mention that this specific land mass has remained at the same level since before the last ice age.
Just who were these ancient people?
What amazing secrets are they still awaiting to tell us,,,
We will, of course, keep you posted.
http://news.nationalgeographic.com/ne...



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Transcript

Este emperador Azteca recibió una advertencia Extraterrestre(English subtle)
 
http://blog.goo.ne.jp/flatheat/e/c130eda59495970c0518de8a6628c6a1

VIDEO

Este emperador Azteca recibió una advertencia Extraterrestre | Alien Truth

https://www.youtube.com/watch?v=oOxmO86IOD0

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(Google翻訳)

あなたが聞こうとしていること
発明された物語でも、少なくとも
これらの時代の1つではありません
実際にこれは物語の一つです
最も魅力的で多分もっと
未知のアステカ文明
またはメキシカと実際にそれが証明するだろう
メキシコの輝かしい過去はもっと
私たちが想像していることを驚くほど
現代考古学は、
そのレースを何度も驚かせる
アステカはかつて一番の
大規模で開発されただけでなく
メソメリカであるが、世界中で、
異端を唱える女の子文明
中央メキシコで誇り高く
両者の優位性を示す
都市化と社会開発
建築農業と天文学
おそらく不足している文明
時間はすべてをするようにはならなかった
彼は征服者を得ることができた
スペイン人
全レースの夢
aの代わりに激しく切り捨てられた
彼らに完全に疎外だった神
[音楽]
最もよく知られているMoctezuma Xocoyotzin
モクツズマは白いタオルだった。
またはより多くの論争の激しい皇帝が
多くのこの文明の歴史
スペイン人の到着前に
キーと天と自然
いくつかの不幸通知
今までにない
duránコーデックスは何の証拠です

アステカのリーダーと
彼の街のすべての人々
不在計画はオブジェクトを見ることができた
明るい飛行は、
天と声を出す
私たちが説明したガラガラ
天皇はまた、
巨大で蒸し暑い
都市の頭の上のオブジェクト
歴史家、考古学者
カイトを説明する必要はありません
もっと幻想的ですが、
天皇は個人的に警告された
今後の投資
全く知られていない存在と
非常に奇妙な外観
人間から完全に遠い
しかし、手品師と
アステカの学者は知っている
よく彼らのために
疾患と変形の概念
それは今日とは非常に異なっていた
苦しんでいる、または見せている人
催眠前の世界の奇形
それは最も近いと考えられていた
神性
実際にこれらの暴力を受けた人々または
お見舞いには自分の寺院がありました
彼らが住むことができる庭園と
忘れないでください
何が来るのか詳細
その後、フェルナンドアルバラド
アステカ皇帝の息子、テゾゾモク
Ecatepecと呼ばれる王国を書いた
今年のメキシカン・クロニクルと呼ばれる
メキシコのクロニクルは価値です
計り知れない歴史
考古学者
新鮮な詳細があるので
ただで起こったすべて
典型的な瞬間、彼は私に
一日少し薄い存在
耳や親指のない奇妙な肌
4つのつま先で
彼は私にモクツズマと話をするように頼んだ
あなたは奇妙なことを観察するようになる
クリーチャーの外観
なるまでステップを与える
彼は非常に重要なメッセージを告白した
皇帝fernando alvaradoのために
Tezozomocは、
モクツズマ多くの主張が寄せられた
私は奇妙な小さな男と出会う
彼は決して彼の出現に驚いた
前に見た
そのような天皇の驚きだった
彼女は彼に彼の場所にいるように頼んだ
起源
唯一の答えの生き物
モーゼはテソソによると
死者の森の土地
モクツズマが彼に質問した
見知らぬ人が答えた理由
私はちょうど何かを言うつもりだった
王にとって重要な
私たちは、
彼らは海を離れて見ることができた
地平線の上に何かを作る
移動した丘
水に
土地や皇帝は物事を見たことがない
彼らはすぐにそのようになります
モクツズマは
これはどこに来るのですか?
シンプルになるという面白いこと
天皇と変形男
当然私は認識して
すぐに神殿に送られた
動物および病気または変形
伝統があったように
時間前はモクセズマではなかった
彼の持っていたことに困惑した
彼は奇妙なことを逮捕し投獄することに決めた
男はその後、
4つの基点
近くのすべての王国に尋ねる
誰かが何かについて聞いていたら
彼が言ったことに似て
生き物
非常に奇妙な何かが浮いていることは事実です
海上で
いくつかのお問い合わせ後
ニュースと
彼らは彼が言ったことを確認した
本当に謎めいた存在があった
2つの寺院が進む

主と王は本当の村です
未知が海岸に達した
我々は終了時に魚に与えた
彼らはボートで彼らの寺院に戻った
明るいものを水に浸して
頭には頭があり、頭には髪の毛が多い

それは、このニュースで
モクツズマは沈黙していた
彼は彼女の視線の下で困惑した
片手で口を開けて座って
長い間静かに
その後、彼は解放された
耳や親指で囲まれていない
彼らは彼を彼の前に連れて来る
しかしそれらはすべて与えられた順序に従う
彼女は去っていくことを理解する
神秘的に、そしていくつかの奇妙な
モクセズマの理由は、これが
誰も驚いていなかったのは、
かわいい猫の男
すなわち4本の指と足
手と奇妙な皮膚
あなたが私たちの場合、そのクリーチャーの説明
それはポイントにフィットすることができます
いわゆる、すべての物語と
耳がない灰色の存在
4本の指とつま先を持つ
薄くて奇妙な肌がある
グレーまたはブラウンケース、
エイリアンはアナウンサーでした
指定された大きな悲劇
私たちは結論だけを描くことができます
プラスはすべて干渉した
光の奇妙な目撃
歴史家は前に天国を報告した
征服
私たちは間違っているかもしれません
おそらく最も重要なものの1つ
スペインの征服について
熱狂を発明した
歴史
誤解はそれが
可能性はありますが、
私たちは物語の真実に直面する
アズテック皇帝
エイリアン
レースの終わりについて
エドゥアルド・ベタンクールのセンター
エース

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The Ainu and Their Culture: A Critical Twenty-First Century Assessment

http://apjjf.org/-Chisato-Kitty-Dubreuil/2589/article.html

(Google tlanslation)

 The Ainu have been depicted as "mysterious proto-Caucasians" unrelated to Japanese people. However, DNA research shows that Ainu are the direct descendants of the Jomon, the ancient people who created Japan's first culture and one of the world's oldest extant potteries. This means that the Ainu and present-day Japanese are biologically related. Would you comment?

KD: The findings were only new to those who wanted to cling to the myth of a lost Caucasian tribe. Some anthropologists have reluctantly supported the theories that came into question because of DNA evidence. True scholarship is open to change, and the advent of DNA research was threatening for some. Other anthropologists knew DNA would revolutionize the field, and were excited by what that might mean. What has been done so far is only the beginning. I don't think that it is an exaggeration to compare DNA with finding out that the world isn't flat.

Clearly DNA is the most recent pathway to ‘truth,’ but it's not the only way to find connections to the past. A few Ainu, including myself, and even fewer freethinking Japanese anthropologists, had already looked at the art of the Jomon as it pertains to the Ainu of long ago. (The word 'Jomon' has become an all-inclusive word for early cultures in what is now called Japan; for convenience, I will also use this generic term).

When most people think of Jomon, it is their pottery that first comes to mind, especially the highly imaginative vessels with designs made with twined cords. Through research I have found that many of these designs are remarkably similar to traditional Ainu designs. More important to my work are the lesser-known Jomon humanoid clay figurines that featured Ainu style clothing with Ainu-like designs, also placed where they are found on traditional Ainu robes.

アイヌは、日本人とは無関係の「神秘的な原始人」として描写されています。しかし、DNAの研究によると、アイヌは日本初の文化と世界最古の陶器を創造した古代の縄文人の子孫です。これは、アイヌと現在の日本人が生物学的に関連していることを意味します。コメントしますか?

KD:この調査結果は、喪失したコーカサス人の部族の神話に固執することを望んでいた人にのみ新しいものでした。いくつかの人類学者は、DNAの証拠のために疑問の余地があった理論を不本意に支持してきた。真の奨学金は変化する可能性があり、DNA研究の出現は一部の人にとって脅かされていました。他の人類学者は、DNAがその分野に革命を起こし、それが意味することに興奮していることを知っていました。これまでに行われてきたことは、始まりにすぎません。私は、世界が平らでないことを知ってDNAを比較することは、過言ではないと思います。

明らかに、DNAは「真実」への最新の経路ですが、それは過去とのつながりを見つける唯一の方法ではありません。私を含む少数のアイヌ人、そして日本の人類学者のほんの少ししか知りませんでしたが、昔はアイヌ民族に関連した縄文の芸術を見ていました。 (「縄文」という言葉は、今や日本と呼ばれる初期の文化の包括的な言葉になりました。便宜上、この総称も使用します)。ほとんどの人が縄文を考えているとき、まず念頭に置いたのは陶器であり、特に撚り糸で作られたデザインの高い想像力のある船です。研究を通して、私はこれらのデザインの多くが伝統的なアイヌのデザインと非常に似ていることを発見しました。私の作品にとってもっと重要なのは、あまり知られていない縄文人形の粘土の人形です。アイヌのようなデザインのアイヌスタイルの服を着用し、アイヌの伝統的な衣服のある場所に配置しました。

Another origin myth that is losing credibility is the belief that the Ainu are some kind of lost tribe of Caucasians. The myth was created by early European scholars from the mid-nineteenth century, and because this was a respected view of Europeans, the myth can still be found as fact in some textbooks and reference books. There is some legitimate basis for the ‘mistake.’ The Ainu of the period looked nothing like the Japanese. The Ainu were muscular with skin tones similar to the darker French or Italians. They were very hairy, with thick and wavy hair, luxurious beards, and abundant body hair. Eye color was mostly brown, but could be ‘bluish’ or ‘greenish,’ no doubt a Russian influence. Most importantly, the very young were reported not to have the Mongolian ‘blue’ spot on their lower back. Today, because of intermarriage with the Japanese, the above features are not always present, but I have very thick wavy hair and in the summer I get a very dark tan, my eyes have a more European look, and my body build is somewhat muscular. For all these reasons during my youth I was subject to verbal taunts of “dojin.” While the dictionary meaning is “native,” it is often used as a pejorative term.

信憑性を失うもう一つの起源神話は、アイヌ民族が白人の失われた部族であるという信念です。この神話は19世紀半ばの初期のヨーロッパ学者によって作られたものであり、これはヨーロッパ人の尊敬された見解であったため、一部の教科書や参考書では神話が事実として見いだされる可能性があります。 「間違い」には正当な根拠があります。この時期のアイヌは日本人のようには見えませんでした。アイヌは、フランス語やイタリア語の暗い肌色に似た肌色の筋肉を持っていました。彼らは非常に毛深く、太く波打つ髪、贅沢なひげ、豊かな体の髪でした。目の色はほとんど茶色だったが、青みがかったり、緑がかったりした。ロシアの影響は間違いない。最も重要なことに、若い人たちは、モンゴルの「青い」スポットを背中に持たないと報告されました。今日、日本人との結婚のために、上記の特徴は常に存在するとは限りませんが、私は非常に厚い波状の髪を持ち、夏には非常に暗いタンを、私の目はよりヨーロッパ的な表情をして、体の筋肉はやや筋肉質です私の青年時代のこれらすべての理由から、私は "道人"という言葉の嫌悪感を受けました。辞書の意味は "ネイティブ"ですが、それはしばしば敬虔な言葉として使われます。

One very important misconception is about the bear, the god of the mountains. Some people think that because the bear is ceremonially killed in the "iyomante," the spirit-sending ceremony, it is a sacrifice to god. IT IS NOT! We believe that the bear IS a god spirit, disguised as a bear (or other living thing), who comes to the people with its gifts of food and fur. The death of the bear releases the spirit, allowing it to return to god's land. I have been asked about my use of the term “god’s land” as opposed to the most familiar term “the land of the gods”? For us, “god’s land” refers to land belonging to the gods, whereas “land of the gods” suggests a more transient quality. We believe that the use of the term eliminates any ambiguity as to the proprietorship of god’s land.

非常に重要な誤解の1つは、山の神、クマについてです。 その熊が儀式の儀式である「イヨマンテ」で命を犠牲にしているので、それは神の犠牲です。 そうではない! 私たちは、クマは食べ物や毛皮の贈り物で国民に来るクマ(または他の生き物)として装飾された神の霊であると信じています。 クマの死は精神を解放し、それが神の土地に戻ることを可能にする。 私は、「神の国」という最もよく知られている用語とは対照的に、「神の土地」という言葉の私の使用について尋ねられました。 私たちにとって、「神の土地」は神に属する土地を指し、「神の土地」はより過渡的な質を示唆しています。 この用語の使用は、神の土地の所有権についてのあいまいさを排除すると考えています。

VIDEO & MUSIC

Kandakoro Kamuy (Ainu music)

https://www.youtube.com/watch?v=gDmHn-OzWZo

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Listen to the Oldest Song in the World: A Sumerian Hymn Written 3,400 Years Ago

http://www.openculture.com/2014/07/the-oldest-song-in-the-world.html

In the early 1950s, archaeologists unearthed several clay tablets from the 14th century B.C.E.. Found, WFMU tells us, “in the ancient Syrian city of Ugarit,” these tablets “contained cuneiform signs in the hurrian language,” which turned out to be the oldest known piece of music ever discovered, a 3,400 year-old cult hymn. Anne Draffkorn Kilmer, professor of Assyriology at the University of California, produced the interpretation above in 1972. (She describes how she arrived at the musical notation—in some technical detail—in this interview.) Since her initial publications in the 60s on the ancient Sumerian tablets and the musical theory found within, other scholars of the ancient world have published their own versions.

The piece, writes Richard Fink in a 1988 Archeologia Musicalis article, confirms a theory that “the 7-note diatonic scale as well as harmony existed 3,400 years ago.” This, Fink tells us, “flies in the face of most musicologist’s views that ancient harmony was virtually non-existent (or even impossible) and the scale only about as old as the Ancient Greeks.” Kilmer’s colleague Richard Crocker claims that the discovery “revolutionized the whole concept of the origin of western music.” So, academic debates aside, what does the oldest song in the world sound like? Listen to a midi version below and hear it for yourself. Doubtless, the midi keyboard was not the Sumerians instrument of choice, but it suffices to give us a sense of this strange composition, though the rhythm of the piece is only a guess.

Kilmer and Crocker published an audio book on vinyl (now on CD) called Sounds From Silence in which they narrate information about ancient Near Eastern music, and, in an accompanying booklet, present photographs and translations of the tablets from which the song above comes. They also give listeners an interpretation of the song, titled “A Hurrian Cult Song from Ancient Ugarit,” performed on a lyre, an instrument likely much closer to what the song’s first audiences heard. Unfortunately, for that version, you’ll have to make a purchase, but you can hear a different lyre interpretation of the song by Michael Levy below, as transcribed by its original discoverer Dr. Richard Dumbrill.

Sumerian slumber ethnicity [Hinano This study]
Http://www.asyura2.com/0403/bd34/msg/896.html

(Google tlanslation)

I will post as a document.
If so, we are not declaring.

~
Http://www4.justnet.ne.jp/~hinomoto/kodai/sumeru.htm

Sumerian slumber
Relationship between Omoto and Sumer

The oldest civilization in human history is said to be Mesopotamiya civilization, but the ethnic Sumeri who built that civilization seems to pronounce English pronunciation (Sumer is pronounced in English, in Latin it is pronounced "smel") It is different from the skeleton of the inhabitants, which is regarded as ethnic misconception, but suddenly disappeared after suddenly appearing, building various civilizations such as school, architecture, agriculture, industry and law, why is it?

Also, in the record, it seems that Sumeri people used the name "Ki En · Gi" to express themselves. This ki · en · gi seems to mean "the land of the Lord of the reed". It seems to have been called from such things as reefed areas, such as Tibaşh in Iraq etc.

That is the feeling that I do not understand the phrase "the mesosphere of Mesopotamiya, Mizuho country of Toyonobashira ..." in the spiritual story. Normally, "Moho country of Toyonobashihara" is the name of Japan described in mythology, so it is irresponsible that Mesopotamia is Mizuho country of Toyonobe, maybe it was called like that once Even if you do not know, I feel. However, the expression seems to be calling not only Mesopotamiya but also the whole world.

In the ancient history of Mr. Wang Nisaburo 's "Ancient World Tales", "Although the dynasty of the country stereotypes Ogami was originally Elllem in Turkey, Yamada Orochi, a fox of Kimo Nine Tails possessed by the Gods, It was also disturbed, finally being pushed into Japan north-east of the earth "is depicted.

The music of ancient Sumeri and Gagaku were the same

As can be seen from the anecdotes that Kuinui is deeply related to Omoto and Ms. Naoko to Mr. Wang Nisaburo every day, it seems that there is a deep link between Otomoto and the Kumiki family. It is said that the character "Kyunpei" which is the crest of the Kuki family is a roots with an ancient Sumerian character "Dingiru". I found an interesting story about that Kuinui family.

In 1960, ancient scores were discovered from clay versions discovered from Mesopotamia's capital city of Um, the capital city of Sumerian civilization, but Ms. Anne, D. Kilmer of the University of California, in a contemporary staff score Successful to reproduce, there was opportunity for critic Mr. Akira Iwata to dub the reproduced music to tape.
When I heard this ancient melody, I felt strangely nostalgic for the first time to listen.

... ... (...) ...
Perhaps it has something to do with Japanese old music. I thought so, I brought this tape and asked Kumon Munetaka, Kuma Mamiya Shinto shrine of Kii Peninsula. As soon as I thought that he began to listen to the tape, Kumaki Koji, who pleasantly greeted me, stopped, "I want you to let the priests listen to them," he said.

When listening to the melody of the tape for about 5 minutes, people of Kukii Shoji and Yuanyi were dissatisfied with the exclamation voice as "differently like traditional gagaku done at our company" differently.

- "Japan's Ancient Dynasty and the Mystery of Sumerian" / Akira Iwata: From the Japanese Literary Companies -
With the circumstances as described above, we will be waiting for a bit more research on the relationship between the Kumiki family and the exit house or the Sumerian people. Because it is thought that Kuinui family is from the military and is an alien group (Amamoto), it is considered to be a transgenic line. In addition, there are also many relics and the like that are thought to have lived in the Tamba and Tango neighborhoods where Taisho originated, as well as religious groups.

Moreover, in "Fuji Literature", it is said that the country Tsutenko came to Japan from Takateno, but since the ancient Takamagahara was in the vicinity of modern Iran and Iraq, if the "Sumerian people If it is true that it is coming to ", I think that this sign is surprised how Mr. Wang Xuzaburo is a big monster.

Sixteen chrysanthemum blossoms appearing in ancient Sumerian

Also, it is often said that "the sun-young ancestor theory", but the symbol of the Emperor "16 chrysanthemum pattern" is used as the emblem of Judea, but in fact other than related to Judea It is found everywhere in the former site of the ancient Sumerian civilization. In other words, regarding the 16th chrysanthemum pattern itself, the scheme of Judea = Japan is somewhat short-circuited.

According to the above Ira-Ira warfare, President Saddam Hussein made a press conference on the battle situation at the official residence of Baghdad, according to the above-mentioned Japanese super ancient dynasty and the mystery of Sumerian, It seems there was an episode.

A reporter in Europe saw that the design of the bracelet of the president is a sixteen chrysanthemum pattern "The emblem of the bracelet worn by the president, Excellency, is very similar to that of the Imperial family in Japan Is there anything related to Japan? "
Then, President Saddam Hussein seems to have answered like this.
"You should study more about the history of ancient Mesopotamia, this emblem is the emblem of the royal family that our ancestors used in the Sumerian dynasty when they built the world's oldest civilization"

Can you see the relationship between ancient Sumerian and Japanese customs?

If the Sumerian people had differentiated into the later Jewish people, Japan, there should be something in common.
1 Fishing method The fishing method carried out in the ancient Persian Gulf includes a ceremony (pentacle star mark: meaning of self-defense) and Dorman (meaning of a lattice mark of 4 rows and 3 sides: meaning of the goddess of the sea) in a headband or a spatula There is a custom to add a pattern, customs only seen in the Persian Gulf and Japan.

2 Stone statue In the early Sumerian dynasty, there is a stone statue that the king's left hand holds the queen's right hand on the ruins and the king's right hand is on the right shoulder of the queen, a statue with exactly the same motif (Dogenojin) seen in Japan .

3 Crest Crest Most of the crests used in Japan are identical to the patterns found from the ruins of Sumer.

4 16 chrysanthemum flower crest In Japan, there are many also seen from the ruins of Sumer (such as the bull's statue of Persepolis), which is used as a symbol of the emperor's family.
As mentioned above, you can list similarities between ancient Sumerian and Japanese from various places. In these designs etc. I think that it is possible to be a product of chance. If you are told that "Designing a chrysanthemum flower or a sun as a motif", it seems that it is not even wonderful that multiple people will coincidentally create similar designs.

However, in the categories related to myths, there is similarity, too, and I think that it is close to mere merely by accident. In ancient times, I think that it is more natural to see that some of the tribes of the Sumerians are transgenic lines that came to Japan, whether or not there was such an event.


~
Re: Sumerian slumber
Http://www.asyura2.com/0311/lunchbreak2/msg/1010.html
Poster Golden Cross Date and Time 04 April 2004 21: 02: 43: mfAWtS4GF8MpY

(Answer to: Re: What is civilization? Poster Golden Cross Date and Time April 05, 2004 16:21:19)

I had an interesting title on the Sumerians in the book I caught at a bit today and I picked it up.
A book published by Gakken, the author is Akira Iwata.
When reading Sumerian Latin, it seems to be called "smell", and it seems to be a slumber (Emperor (Sumeragi (wood = man)) Sumerami (real = female))). It seems that the chrysanthemum pattern of 16 valves is the key.
It was only nodding. interesting.

Related URL
Www4.justnet.ne.jp/~hinomoto/kodai/sumeru.htm


~ Akira Iwata's book
Http://www.junkudo.co.jp/view2.jsp?VIEW=author&ARGS=%8A%E2%93c%81%40%96%BE

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VIDEO

"Hurrian Hymn No. 6" (c.1400 B.C.E.) Ancient Mesopotamian Music Fragment

https://www.youtube.com/watch?v=9c-hmFN610g

2011.4.15「巫女舞」熊野本宮大社例大祭より。

https://www.youtube.com/watch?v=b4p0qwVFGgc

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HISTORY OF PERU SERIES PART 1: THE DAWN OF URBANIZATION

http://www.peruviantimes.com/23/history-of-peru-series-part-1-the-dawn-of-urbanization/6447/

June 23, 2010 2:04 am

The following is the first of a series of articles on Peru’s history, incorporating stories from the Peruvian Times archives, as well as links to videos, audio and other external sources to provide a rich background of information. The first section of this series includes 20 articles, to be published in the coming weeks, beginning with the early history of Lima.  

By Paul Goulder

Special to the Peruvian Times

Together with China, India, Egypt, Iraq and Mesoamerica, Peru forged the “cradles of civilization”, the first recognizably urban areas in world history. The photo below (which, although in colour, seems mainly grey reflecting the desert materials of the site in the early morning light) shows the main pyramid and amphitheater, just one part of the complex of constructions (including six truncated, terraced, pyramid platforms) at Caral in the Norte Chico area some 180 kilometers to the north of Lima.

In this part of the special History of Peru series for the Peruvian Times we ask why, when and where did humans first settle in towns and cities in what is now Peru? Was it for security in war or to specialize in trade? Was it mainly all happening around 3000 BC? And why did this take place in the Norte Chico area?

In short, how did early-Peruvians move from a simple nomadic life to forming more complex societies, congregating into urban or semi-urban areas?

Caral stood out as a clear candidate for inclusion in our series not least because it forms part of a greater “complex of formative towns and archaeological sites” (the whole Norte Chico zone) but also because of its current high-standing in the popular imagination.

At the site (see also Part 2, next week) with the competent guide provided by the Caral-Supe project – which trains locals to be amiable, interested as well as interesting commentators as they walk you round – an hour or so is enough to provide an intelligent understanding of Caral’s history. (Bring a wide brimmed sun-hat and comfortable shoes.) Manuel, our guide, was immensely proud of his ancient ancestral heritage and did come from the nearby village of Caral.

Taken as a whole, the zone provides dateable materials stretching even further back than 5,000 years ago. Caral has produced little evidence that people at that stage formed towns or extended settlements as protection against attack, but plenty of evidence of economic specialization and hence exchange and trade (for example making fishing-nets in exchange for fish) associated with unusually long periods of peace.

They had “early khipus”  (well, at least one – the khipu or quipu was a pre-hispanic knotted-string recording device) which could have provided the basis for an accounting system. In Sumeria about the same time the world’s first writing was, indeed, coming on stream using clay tablets but ceramics was not a technique available in Peru until about 1,800 BC thus impeding the easy development of writing. On the other hand writing in Sumeria seems to have been used mainly for “book-keeping”.

Some of these questions are further explored in the BBC Horizon film on the topic. This film is in English though sub-titles are available. In Spanish, some of the most informative videos are from the TV Peru series Sucedió en el Perú (It Happened in Peru). The TV Peru video on Caral includes an interview with the director of the Caral-Supe archaeological project.  The video may also be accessed from the the TV Peru website where, as an added bonus, you can watch TVPeru programs anywhere in the world.

The website of the official excavation and development team under the leadership of Dr Ruth Shady Solis is to be found at http://www.caralperu.gob.pe .  Also, an extended version of this article with footnotes will appear on the http://academia.wikia.com/wiki/History_of_Peru website in approximately ten days following its publication in the Peruvian Times. There is also now a museum at Végueta and organized tours to the “three economically-linked cities” of Caral, Aspero and Vichama, all in the same zone. Again, updated information is available from the Caral website.

Next Week: Part 2 – A Time Tour of five sites – starting at Caral – covering the “foundations” period of Peru’s history from 3000 BC (the first urban areas) to 700 AD (beginnings of the first empires) during which humans invented, discovered, borrowed, created, imported or otherwise dreamt up the knowledge, technologies and arts necessary for the development of advanced complex societies and the first “states” in the Americas.
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VIDEO

CARAL, el legado

https://www.youtube.com/watch?v=CD6Qd2icslU

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TOCANA4/23,2017:ピラミッドは“1万2500年前”に“複数の宇宙人”が建造した!? 「3つの新証拠」が考古学の常識を覆す!

http://tocana.jp/2017/04/post_12990.html

「世界7不思議」の1つであるギザの大ピラミッド。表の歴史では、エジプト第4王朝のファラオ、クフ王の墳墓として紀元前2560年頃に建築されたと考えられているが、異論も多く存在する。その中でもとびきりのロマンを持つのが「宇宙人建造説」だ。


古代エジプト文明の謎

ピラミッドは1万2500年前に複数の宇宙人が建造した!? 「3つの新証拠」が考古学の常識を覆す!の画像1

画像は「Express」より引用

 考古学者にとっては噴飯ものの珍説であるが、UFOコ ミュニティではもはや“常識”となっている。また宇宙考古学の観点からすれば、宇宙人の介入なくしてピラミッドの建設は不可能とさえ言われている。たとえ ば、世界的宇宙考古学者であるジョルジョ・ツォカロス氏は、UFO研究サイト「Legendary Times.com」のインタビューで、古代エジプト文明について次のように語っている。

シュメール文明とエジプト文明を考えて見て下さい。どちらも類を見ないほど高度に発達した文明です。これらの文明以前、人類は洞窟に暮らしていたんですよ」(ツォカロス氏)
「どちらの文明にも、技術面での進化の痕跡がありません。つまり、基礎的な段階から洗練された形へ発展していったわけではないのです。あたかも最初から全てを知っていたかのように、洗練された技術が突然出現したのです」(同)

 洗練された技術の唐突な出現。これこそ宇宙人による技術支援に他ならないというわけだ。人類史を大きく覆す可能性を秘めた大胆な説だが、この度、さらなる驚愕の新説が飛び出してきた。なんと、ピラミッドの成立は紀元前1万頃だというのだ!

ピラミッドは1万2500年前に複数の宇宙人が建造した!? 「3つの新証拠」が考古学の常識を覆す!の画像2

画像は「Express」より引用

 映画『紀元前1万年』で描かれたように、その頃はまだ人類がマンモスを狩猟していた時代だ。日本では縄文時代の早期にあたる。もちろん、古代エジプト文明もまだ存在しない。

 もし、この時代にピラミッドが存在したとすれば、人類ではない高度な知的生命体が建設したと考える他ないだろう。英タブロイド紙「Express」(4月19日付)の記事と、記事内で引用されているUFO研究サイト「The outerworlds」の解説を参考に詳細を見ていこう。

宇宙人による建造を裏付ける3つの理由

ピラミッドは1万2500年前に複数の宇宙人が建造した!? 「3つの新証拠」が考古学の常識を覆す!の画像3

画像は「Express」より引用

 まず、同サイトはこれまでのピラミッド研究はおおむね間違っており、実際には「複数のエイリアンが建設した」と大胆な仮説を提唱、3つの理由をあげている。

ピラミッドは1万2500年前に複数の宇宙人が建造した!? 「3つの新証拠」が考古学の常識を覆す!の画像4

画像は「The Outerworlds」より引用

 1つ目は、ギザの大ピラミッドが真っ直ぐに北極点に面していること。コンパス無しに正確な方位を知ることは、いくら天文学に長けていた古代エジプト人でも不可能だという。

 2つ目は、夏至の日にギザの大ピラミッドと隣接するピラミッドとの真ん中に太陽が昇ること。これを実現するためには、高度な天文学の知識と暦の技術が必要であるが、古代エジプト人が自分たちでそれを見つけたとは考え難いというわけだ。

 3つ目は、「3大ピラミッド」の配置である。ちょうど3つのピラミッドの真上に、オリオンのベルト(オリオン座の3つの星、アルニタク・アルニラ ム、ミンタカ)があったのは紀元前1万500年のことだという。これを偶然とみることもできるが、日本神話においても、オリオンのベルトはそれぞれ表筒男 命、中筒男命、底筒男命という神と見られており、極めて重要な星とされてきたことから、超自然的な意図が働いたと考えることもできるだろう。

 如何だっただろうか? トンデモのように感じた読者もいるかもしれないが、以前トカナでもご紹介したように、スフィンクスに至っては80万年前に建造されたとする学説もある。ピラミッドが人類でない何者かにより1万2500年前に建造された可能性も一概には否定できないだろう。

ピラミッドは1万2500年前に複数の宇宙人が建造した!? 「3つの新証拠」が考古学の常識を覆す!の画像5

画像は「The Outerworlds」より引用

 とはいえ、仮説はあくまで仮説。他の説では、従来の建造説ではコストが大きすぎるため人力では不可能だが、宇宙人の手を借りずとも、ナイル川を利用すれば十分に可能とも言われている。今後もピラミッドは、人々の知的好奇心を刺激する謎として君臨し続けることだろう。
(編集部)

参考:「Express」、「The Outerworlds」、ほか

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EXPRESS4/19,2017:IT WASN'T POSSIBLE! 'Undeniable proof' of how and WHEN Giza pyramids were actually built

http://www.express.co.uk/news/weird/793767/Pyramids-Giza-how-when-built-ancient-aliens

VIDEO

New Evidence Aliens Built The Pyramids Documentary 2016

https://www.youtube.com/watch?v=oLtGa8VQJaQ

MUSIC

The Moody Blues - Nights In White Satin

https://www.youtube.com/watch?v=9muzyOd4Lh8&feature=share

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https://jp.sputniknews.com/science/201604151969367/

考古学者らが衛星画像を用いてペルーの先史時代遺物ナスカの地上絵の謎を解明した。科学者が行った分析で、古代の水道橋とナスカの地上絵が同一の方法で作られたことが示された。デイリーメールが報じた。

https://www.yahoo.com/news/mystery-nazca-perus-puquios-purpose-224600013.html

科学者らによると、ナスカの地上絵は、古代に存在した水道システムの一部である。それらのいくつかは今も保存されており、ピキオスと呼ばれている。かつて科学者たちはナスカの地上絵がピキオスと関係しているかどうかを知らなかった。

ピキオスは砂漠が居住好適となるために行われた地下帯水層から水を抽出するための複雑な油圧システムだ。 ピキオスにより、ナスカ文化では一年中水が使用可能だった。水は家庭用及び農業用に使用された。

Mystery of Nazca Spirals Solved UNINDOCTRINATE DAILY http://www.jeffreydaugherty.com/unindoctrinate-daily.html 

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VIDEO

Mysterious Subterranean Water Channels Of Nazca Peru

https://www.youtube.com/watch?v=N14Q-9jpAPM

MUSIC

Abba - The Winner Take it All - Panflute - Eduardo Garcia

https://www.youtube.com/watch?v=uC0Em_ECKO4

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Lemuria

Lemuria was an ancient civilization which existed prior to and during the time of Atlantis. Physically, it is believed that Lemuria existed largely in the Southern Pacific, between North America and Asia/Australia. Lemuria is also sometimes referred to as Mu, or the Motherland (of Mu). At its peak of civilization, the Lemurian people were both highly evolved and very spiritual. While concrete physical evidence of this ancient continent may be difficult to find, many people "know" that they have a strong connection to Lemuria.


Lemuria (pronounced /lɨˈmjʊəriə/)[1] is the name of a hypothetical "lost land" variously located in the Indian and Pacific Oceans. The concept's 19th century origins lie in attempts to account for discontinuities in biogeography; however, the concept of Lemuria has been rendered obsolete by modern theories of plate tectonics. Although sunken continents do exist — like Zealandia in the Pacific and the Kerguelen Plateau in the Indian Ocean — there is no known geological formation under the Indian or Pacific Oceans that corresponds to the hypothetical Lemuria.

Though Lemuria is no longer considered a valid scientific hypothesis, it has been adopted by writers involved in the occult, as well as some Tamil writers of India. Accounts of Lemuria differ, but all share a common belief that a continent existed in ancient times and sank beneath the ocean as a result of a geological, often cataclysmic, change. There is no scientific evidence to support these claims.

In 1864 the zoologist and biogeographer Philip Sclater wrote an article on "The Mammals of Madagascar" in The Quarterly Journal of Science. Using a classification he referred to as lemurs but which included related primate groups,[2] and puzzled by the presence of their fossils in both Madagascar and India but not in Africa or the Middle East, Sclater proposed that Madagascar and India had once been part of a larger continent. He wrote:

The anomalies of the Mammal fauna of Madagascar can best be explained by supposing that... a large continent occupied parts of the Atlantic and Indian Oceans... that this continent was broken up into islands, of which some have become amalgamated with... Africa, some... with what is now Asia; and that in Madagascar and the Mascarene Islands we have existing relics of this great continent, for which... I should propose the name Lemuria![2]

Sclater's theory was hardly unusual for his time. Étienne Geoffroy Saint-Hilaire, also looking at the relationship between animals in India and Madagascar, had suggested a southern continent about two decades before Sclater, but did not give it a name.[3] The acceptance of Darwinism led scientists to seek to trace the diffusion of species from their points of evolutionary origin. Prior to the acceptance of continental drift, biologists frequently postulated submerged land masses in order to account for populations of land-based species now separated by barriers of water. Similarly, geologists tried to account for striking resemblances of rock formations on different continents. The first systematic attempt was made by Melchior Neumayr in his book Erdgeschichte in 1887. Many hypothetical submerged land bridges and continents were proposed during the 19th century, in order to account for the present distribution of species.

After gaining some acceptance within the scientific community, the concept of Lemuria began to appear in the works of other scholars. Ernst Haeckel, a German Darwinian taxonomist, proposed Lemuria as an explanation for the absence of "missing link" fossil records. According to another source, Haeckel put forward this thesis prior to Sclater (but without using the name 'Lemuria').[4] Locating the origins of the human species on this lost continent, he claimed the fossil record could not be found because it had sunk beneath the sea.

Other scientists hypothesized that Lemuria had extended across parts of the Pacific oceans, seeking to explain distributions of species across Asia and the Americas.

[edit] Superseded
The Lemuria theory disappeared completely from conventional scientific consideration after the theories of plate tectonics and continental drift were accepted by the larger scientific community. According to the theory of plate tectonics (now the only accepted paradigm in geology), Madagascar and India were indeed once part of the same landmass (thus accounting for geological resemblances), but plate movement caused India to break away millions of years ago, and move to its present location. The original landmass broke apart - it did not sink beneath sea level.

In 1999, drilling by the JOIDES Resolution research vessel in the Indian Ocean discovered evidence [5] that a large island, the Kerguelen Plateau, was submerged about 20 million years ago by rising sea levels. Samples showed pollen and fragments of wood in a 90 million-year-old sediment. Although this discovery might encourage scholars to expect similarities in dinosaur fossil evidence, and may contribute to understanding the breakup of the Indian and Australian land masses, it does not support the concept of Lemuria as a land bridge for mammals.

If this continent were to exist, Australia would have to be sideways while attached to half of Antarctica and Madagascar. Sir Lanka would also be attached to Australia while India would need to have drifted more from its current position it is in today. For Australia to be in its current position it is in today, the polar shift theory of a northern boundary in the east would have to be incorporated. There would be a river in between the two continents and it would extend eastward to a larger, now submerged portion of the continent known as Mu.

[edit] Blavatsky, Elliot, and Bramwell

Map of Lemuria superimposed over the modern continents from Scott-Elliott's The Story of Atlantis and Lost Lemuria.Lemuria entered the lexicon of the Occult through the works of Helena Blavatsky, who claimed in the 1880s to have been shown an ancient, pre-Atlantean Book of Dzyan by the Mahatmas. According to L. Sprague de Camp, Blavatsky's concept of Lemuria was influenced by other contemporaneous writers on the theme of Lost Continents, notably Ignatius L. Donnelly, American cult leader Thomas Lake Harris and the French writer Louis Jacolliot.[6]

Within Blavatsky's complex cosmology, which includes seven "Root Races", Lemuria was occupied by the "Third Root Race", described as about 7 feet (2.1 m) tall, sexually hermaphroditic, egg-laying, mentally undeveloped and spiritually more pure than the following "Root Races". Before the coming of the Lemurians, the second "Root Race" is said to have dwelled in Hyperborea. After the subsequent creation of mammals, Mme Blavatsky revealed to her readers, some Lemurians turned to bestiality. The gods, aghast at the behavior of these "mindless" men, sank Lemuria into the ocean and created a "Fourth Root Race"—endowed with intellect—on Atlantis.[citation needed]

One of the most elaborate accounts of lost continents was given by the later theosophical author William Scott-Elliot. The English theosophist received his knowledge from Charles Webster Leadbeater, who communicated with the Theosophical Masters by "astral clairvoyance." In 1896 he published The Story of Atlantis, followed in 1904 by The Lost Lemuria, in which he included a map of the continent of Lemuria as stretching from the east coast of Africa across the Indian and the Pacific Oceans.[7]

James Bramwell described Lemuria in his book, Lost Atlantis, as “a continent that occupied a large part of what is now the South Pacific Ocean.”[8] Bramwell described the people of Lemuria in detail and attributed them with being one of the “root-races of humanity.” According to Bramwell, Lemurians are the ancestors of the Atlanteans, who survived the period “of the general racial decadence which affected the Lemurians in the last stages of their evolution.” From “a select division of” the Atlanteans - after their promotion to decadence - Bramwell claims the Aryan race arose. “Lemurians, Atlanteans, and Aryans are root-races of humanity,” according to Bramwell.[9]

[edit] Lemuria and Mount Shasta
In 1894, Frederick Spencer Oliver published A Dweller on Two Planets, which claimed that survivors from a sunken continent called Lemuria were living in or on Mount Shasta in northern California. Oliver claimed the Lemurians lived in a complex of tunnels beneath the mountain and occasionally were seen walking the surface dressed in white robes.

This belief has been repeated by such individuals as the cultist Guy Warren Ballard in the 1930s who formed the I AM Foundation. It is also repeated by followers of the Ascended Masters and the Great White Brotherhood. This list includes such organizations as Bridge to Freedom, The Summit Lighthouse, Church Universal and Triumphant, and The Hearts Center. Nowadays this thesis is also described by Kryon.[citation needed]

[edit] Kumari Kandam and Lemuria

"Lemuria" in Tamil nationalist mysticist literature, connecting Madagascar, South India and Australia (covering most of the Indian Ocean).Kumari Kandam is a legendary sunken kingdom sometimes compared with Lemuria (cf. works of G. Devaneyan, Tamil: ஞானமுத்தன் தேவநேயன்). In Tamil tradition, Kumari Kandam is referred to as the Land of Purity, a sophisticated kingdom of higher learning, located south of Kanyakumari or Cape Comorin. During a violent geologic catastrophe the entire island was submerged under the water. The survivors migrated to the present Indian subcontinent and supposedly sparked the Indus Valley Civilization. This mass of land is often compared to the island of Lemuria.[10]

According to these modernist interpretations of motifs in classical Tamil literature — the epics Cilappatikaram and Manimekalai that describe the submerged city of Puhar[11]— the Dravidians originally came from land south of the present day coast of South India that became submerged by successive floods. There are various claims from Tamil authors that there was a large land mass connecting Madagascar and Australia from the Southwest and Southeast respectively to the present-day Kanyakumari District coast.

Another piece of literature in Ayyavazhi mythology, specifically Akilathirattu Ammanai speaks of a sunken land about 152 miles south of present day Kanyakumari. It goes on to describe the civilization with exactly 16008 streets

Lemuria was an ancient civilization which existed prior to run during the
time of Atlantis physically
it is believed that Lemuria existed largely in the Southern Pacific between
north america and asia / Australia Lemuria is also sometimes referred to as
move or the motherland of new at its peak of civilization
the lemon people were both highly evolved and very spiritual
while concrete physical evidence of this ancient continent may be difficult to
find many people know that they have a strong connection to Lemuria
approximately , years ago the culture known as Lemuria was thriving
there were also other cultures on earth such as Atlantis which were thriving as
well
the holy people or the prophets of the Lemurian culture began to be aware that
something was going to be changing
they began receiving information but the earth was going to go through a very
dramatic shift the shift that they were referring to was what you call the Great
Flood
you've also called it the destruction of Atlantis these holy people of Lemuria
were very much in touch with the land they were the ancient ancestors of the
native americans they began to be aware that it was very important that the
knowledge from Lemuria be preserved
and so for about two thousand to three thousand years they were preparing for
this great Cataclysm they began spreading their teachings about the
earth and about mankind's history to as many people as they possibly could
they believed that if they could spread this information to as many people as
possible
the information would be stored within the cells of the human partners then it
will never be forgotten
also began to store information in crystals these crystals were taken deep
within the earth to be stored and preserved
these ancient Sumerians also began to create detailed maps that the
underground tunnels that existed between power points on your planet
they also took the time to prepare their plans
they knew that they would receive a sign telling them it was time to go into the
ground before the flood came
so they prepared themselves for these several thousand years to be the sacred
keepers of the records of the earth
they know it was very important that the information they held to be saved for
when the waters receding otherwise the entire history of her and the sacred
teachings of the lamians would have been lost forever
these holy people received the signs
began going on the graph this bird approximately one year before the while
underground they learned to live then use the underground environment for
their assistance they built very supportive and loving communities and
the ground during that year they did the final work involved in preserving some
of the knowledge but then you needed to be preserved
then the flood came all these people who weren't the ground were safe from the
waters even though many many people on the surface of the earth perished when
the waters receded the people emerged from the underground the land they once
knew was now very different
this emergence from the earth is the point at which the Native Americans
creation history begins in a very literal sense they did emerge from the
earth
most of the native peoples have lost the exact literal memory of this emergence
but within the highest ranks of the shins
this knowledge is still passed on now we tell this story from the point of view
of the Native Americans but they were not the only people who went underground
the holy people all around this planet went underground
for instance the Aborigines in Australia and those who were later to become the
Druids in England were all preserving their knowledge underground as well
the Druids were preserving the ancient Atlantean information as worthy
Egyptians but the native peoples of the Pacific area including Asia were
preserving the Lemuria information
these native peoples even today
hold within themselves this sacred knowledge
some of it is conscious but most of it lies in the subconscious
the aim of Japan out one of the tribes that preserve some of the knowledge
there was a great cooperation among all of these peoples on earth to make sure
that the sacred teachings were never lost
the ancient knowledge is rising to consciousness the prophets also knew
that when the new time came after the flood mankind would move away from the
sacred teachings of the prophets knew that there would be a very long period
of time during which the teachings would have to be kept hidden
they knew that one day that cycle would end and the teachings would once again
emerged from each and every person that is what is happening now for all of you
you are drawn to visit places like the Native American sacred parts or Peru or
reach it because you are feeling this ancient knowledge beginning to rise to
the surface within you and you seek to find a vehicle through which that memory
can be activated as the memory is activated in each of you
it will not necessarily take the form of information instead it will simply take
the form of your own spiritual and inner wisdom of the Ancients never had
religion never felt the need to make someone else believe the way they did
that battle happened only after the front of the Ancients all had an inner
wisdom and aninha spirituality but was never discussed or argued about even
though everyone is unique and has his or her own spiritual beliefs ultimately
those beliefs all are the same ideal next releases the belief in a higher
power love and respect for each other and love and respect for the
that is the very basic foundation of spirituality that was the spirituality
of the Ancients and that is the spirituality that is awakening within
you
it doesn't matter whether you are Buddhist Shinto or Christian
all that matters is that basic foundation of spirituality belief in a
higher power love and respect for each other and love and respect for the it is
really good simple as you travel for these hallowed sparks you get back in
touch with the that's our spirituality gets awakened within you
do not underestimate the power of the experiences you have while you are on
this trail
they wake up
something that was lying asleep for quite a long time
reincarnation alee you are those ancient lemorians you are fulfilling your
agreements by being here now and helping in the awakening you all carry those
memories within you honor that and trust that you do have them within you the
question that has been asked to us so many times is what's going to happen now
is there going to be another Cataclysm like the club
how is this new awareness going to be activated on earth you are all working
very hard on an energetic level so that you will not bring about another
Cataclysm
we do not perceive that you are going to experience another flood or destructive
earthquake this time the change is going to happen within you you are going to
experience in a sense your own personal internal earthquake your own crumbling
of belief systems that no longer serve you
so in a sense there is going to be destruction and the ending of our cycle
but it's not going to take place around you in the physical world
it's going to take place in an even more powerful place within you
so do not fear if all things you can t begin falling away
do not fear if all relationships and no longer be the same
most of all do not fear exploring the unknown for the deeper you go within the
more profound to you are going to experience this know that all that
happens to you
even the things that may be disturbing is part of your own personal release of
the old as you are releasing the old you will be exposed the new ideas they may
feel strange or foreign to you but just keep yourself open and allow whatever is
there to come to you before you assume that it is not for you stay open and
explore
during this tour the ancient energies that you are exposed to are going to
accelerate this process even more for it is time now for the awakening to happen
you have all chosen to be the pioneers who help to led to the planet in this
age
there is a very powerful site in santa fe called a mandala to describe what the
energy is like there is very difficult
so please bear with us angela is one of the places on earth that integrates the
star energy and the ancient earth energy
so when
visit there you may feel strong that energy but at the same time you may feel
the presence of the earth mother very strongly to it is very important left on
each planet very sacred spot swept integrate both the star in the planet
energy
vandal is one such place there are many for instance in Japan you have monkey
drama so as you are walking through and you feel your feet planted firmly on the
ground at the same time
feel your star connection one of the themes of your time in sedona has been
grounding you allowed yourself to take a very difficult type
you succeeded because you allowed the earth to support you
you became one with the earth from the earth you through strength and it is the
strength of is now going to help you as you go to the second part of the top the
energy of Santa Fe is going to be different but it is very closely
connected to what you experience this morning when the Tories over you will
see how they fit together
the Native Americans do something called the rain dance today much of the
significance of that certainly has been lost today
the belief is that the dance makes it rain
however in the ancient days the rain dance was very much like what you
experience with proud
Native Americans with to train dogs because they
I wanted it to but because they could sense the energy of the environment they
wouldn't
come on
celebrate the way there is a subtle difference
we hope we have explained it you experience the feeling of being one with
the earth
it was very important to bring up that ancient knowledge
what is the significance of the snake people
the snake people are very very ancient they existed approximately  to
years ago they were descendants of the lemorians in particular
descendants of the original record keepers of Lemuria the snake in terms of
symbology has always been used on earth to mean
wisdom so you find many cultures around Earth in which the snake as a symbol
plays a very important role now today you were taken to a place called
Montezuma's well the myth is that that was one of the emergence points of the
ancient Sumerian / Native American sedona is one of the places that was
first inhabited by the people who were keeping the records after they emerged
their civilization lived mostly high in the cliffs at that time said owner was a
Jane violence
so they had to live on higher ground
this original group that came from beneath the earth lived here
of course there are created so there were many generations here
the snake people are descendants of those original ones from beneath the
earth
now you all seen the large amount of quartz crystal that is in the red rock
and you all know that quartz crystal can hold information and knowledge said
owner was chosen as an emergence point because of all the quartz crystal in the
area
it would be very easy to use all the quartz crystal in the rock to hold the
knowledge of Lemuria
so the snake people living in this area were committed to programming that
knowledge into the rocks
this is why so many people are now drawn to sedona anyone who has a lemorian
connection will naturally be drawn here all of you at one time or another belong
to the snake people tribe
are there any ruins of memory and temples in the set own area there are
some physical remains of those temples but they are so eroded now that you
really couldn't recognize them as remains of the temple
however energetically those temples still exists
they can only the access on the inner planes through your dream state or
through your meditations
but they are still very active
that's another reason why people feel so drawn to come to sedona they have
traveled here in other states of consciousness so even though their
physical bodies haven't been here
they feel familiar with it there are many mauryan temples here in two
dimensionally
is there any connection between those who survive the Great Flood and
extraterrestrials
what a wonderful and creative question no one has ever asked this before and it
is one of the particular areas of interest for us we assume that a good
number of you have read the prism of Lara
but we will attend to keep it very simple in case you have the people who
went underground during the flood quickly associated with what we call the
sirens or the side Ian energy
they're simple was the snake they were the keepers of knowledge to life as to
whether there were people who survived the flood on the surface the arms is yes
you have a bit of story about a man named know
bubble building off that story is very true with one exception
there was not just one know about many people around the planet food bill talks
or votes to survive the from so when the flood finally receiving there were those
who have gone underground in there were those who had stayed above ground and
yet there was contact on those of state of our ground there were two factions
there was one faction that we would say was oriented toward the energy from
series those people had a lot of men time
desire for peace and knowledge but there was another faction that was more
aligned with what we would call the Lyran influence they were the ones who
wanted power
some of those people were the ones in powerful positions in Atlantis now we're
talking about those who stayed above ground for the most part those who went
underground were all of one orientation Native Americans have remained separate
to preserve the knowledge
all through history you have happen flick between the knowledge papers and
those hungry for power that still happens today
so as soon as the floods receded the conflict started again
that is why the people who are now considered Native American did not
integrate themselves with the rest of the world
they kept themselves separate in order to assure that the knowledge would be
preserved
they allowed the power struggle to continue while they simply SAT back and
tried to preserve the knowledge you can see that is happening now that the cycle
is finishing because so many of you now are beginning to realize how important
that spiritual knowledge is as more and more of you beginners spiritual search
those in power will have to change their ways because they won't be able to
manipulate people anymore
so your individual search for your own spiritual truth eventually effects the
entire planet
this time on your planet that you are calling a new age is the completion of
many thousands of years of conflict we perceive that the conflict will be
healed
how long did people live underground how long were their lives when the flood
receded about half of those who weren't ground emerged have stayed in the ground
because they were not quite sure it was safe to emerge
those who emerged saw that conflict was already beginning on the surface once
again so they retreated and kept to themselves they refuse
become part of that conflict that's why today there is such a division between
Western society and the native peoples the Native Americans do not want to play
the game of conflict the people who stayed in the ground remained there for
several more generations at one point half of the half emerged but there was
still a group will remain underground they are still there
they are the people you call the in earth people they have evolved quite
rapidly over the past several thousand years they have built their own society
totally independent of yours and in a sense they have mutated to allow
themselves to adapt to life below the surface they do not want to play the
game of conflict either their life vests are quite long of life's and averaging
approximately  to  years they do not drop created the rate you do so
there is no population frogmen in terms of the longevity of people during the
period of the flood their lifespan was longer than yours
it really depended upon the genetic characteristics of the individual if a
person had a genetic makeup
based on a strong extraterrestrial back ground
he had a longer lifespan this information is spoken about very clearly
in the Bible
it is given that the ages of certain biblical figures are well over  years
like Moses some are given quite long lifetimes
those records are out there over time as you all have evolved away from being a
part of the earth
your life stands have gotten shorter
this is because when you are one with the earth you channel the life force of
the earth and it rejuvenates you but when you cut yourself off from your life
force you deteriorate faster
this is why Native Americans have such long lifespans and yo jist who live up
in the Himalayas do too
they have as much as they could get their connections with earth your
lifespan will grow longer the more you reconnect with the earth as your
consciousness changes your life and will grow



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The Telegraph4/21,2017

The Vulture Stone from Gobekli Tepe (left) which recorded a devastating comet strike (right)

The Vulture Stone from Gobekli Tepe (left) which recorded a devastating comet strike (right) Credit: Alistair Coombs

Ancient stone carvings confirm that a comet struck the Earth around 11,000BC, a devastating event which wiped out woolly mammoths and sparked the rise of civilisations.

 

Experts at the University of Edinburgh analysed mysterious symbols carved onto stone pillars at Gobekli Tepe in southern Turkey, to find out if they could be linked to constellations.

The markings suggest that a swarm of comet fragments hit Earth at the exact same time that a mini-ice age struck, changing the entire course of human history.

Scientists have speculated for decades that a comet could be behind the sudden fall in temperature during a period known as the Younger Dryas. But recently the theory appeared to have been debunked by new dating of meteor craters in North America where the comet is thought to have struck. 

However, when engineers studied animal carvings made on a pillar – known as the vulture stone – at Gobekli Tepe they discovered that the creatures were actually astronomical symbols which represented constellations and the comet.

The idea had been originally put forward by author Graham Hancock in his book Magicians of the Gods

The Vulture Stone, at Gobekli Tepe

The Vulture Stone, at Gobekli Tepe Credit:Alistair Coombs                                 

Using a computer programme to show where the constellations would have appeared above Turkey thousands of years ago, they were able to pinpoint the comet strike to 10,950BC, the exact time the Younger Dryas begins according to ice core data from Greenland.

The Younger Dryas is viewed as a crucial period for humanity, as it roughly coincides with the emergence of agriculture and the first Neolithic civilisations.

 

Before the strike, vast areas of wild wheat and barley had allowed nomadic hunters in the Middle East to establish permanent base camps. But the difficult climate conditions following the impact forced communities to come together and work out new ways of maintaining the crops, through watering and selective breeding. Thus farming began, allowing the rise of the first towns. 

Edinburgh researchers said the carvings appear to have remained important to the people of Gobekli Tepe for millennia, suggesting that the event and cold climate that followed likely had a very serious impact.

Position of the sun and stars on the summer solstice of 10,950BC

Position of the sun and stars on the summer solstice of 10,950BC Credit:  Martin Sweatman and Stellarium    
ork serves to reinforce that physical evi

Dr Martin Sweatman, of the University of Edinburgh’s School of Engineering, who led the research, said: "I think this research, along with the recent finding of a widespread platinum anomaly across the North American continent virtually seal the case in favour of (a Younger Dryas comet impact).

"Our wdence. What is happening here is the process of paradigm change.

"It appears Göbekli Tepe was, among other things, an observatory for monitoring the night sky.

“One of its pillars seems to have served as a memorial to this devastating event – probably the worst day in history since the end of the ice age.”

Gobekli Tepe, is thought to be the world's oldest temple site, which dates from around 9,000BC, predating Stonehenge by around 6,000 years.  

Researchers believe the images were intended as a record of the cataclysmic event, and that a further carving showing a headless man may indicate human disaster and extensive loss of life.

'This is what universe used to look like' 01:41
 

Symbolism on the pillars also indicates that the long-term changes in Earth’s rotational axis was recorded at this time using an early form of writing, and that Gobekli Tepe was an observatory for meteors and comets.

 

The finding also supports a theory that Earth is likely to experience periods when comet strikes are more likely, owing to the planet’s orbit intersecting orbiting rings of comet fragments in space.

But despite the ancient age of the pillars, Dr Sweatman does not believe it is the earliest example of astronomy in the archaeological record.

"Many paleolithic cave paintings and artefacts with similar animal symbols and other repeated symbols suggest astronomy could be very ancient indeed," he said.

"If you consider that, according to astronomers, this giant comet probably arrived in the inner solar system some 20 to 30 thousand years ago, and it would have been a very visible and dominant feature of the night sky, it is hard to see how ancient people could have ignored this given the likely consequences."

The research is published in Mediterranean Archaeology and Archaeometry.

                                                                 



 

 

 

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