縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

1週間のご無沙汰でした

2006-05-07 23:58:00 | 最近思うこと
 「1週間のご無沙汰でした」と聞いたとき、単に事実として受けとめるか、続けて「玉置宏でございます」と思い浮かべるか、若者とおじさん・おばさんの分かれ目ではないかと思う。残念ながら、僕は後者の方に近い。子供の頃、日曜に見た“ロッテ歌のアルバム”のイメージがまだ残っている。

 さて、この1週間、初めてお休みを頂いたが、実はずっと家にいた。ゴールデンウィークだからと、どこか旅行に行っていたのではない。2ヶ月半程ずっと書き続けていたので、リフレッシュの意味で少しお休みを頂いたのである。本当はネタを仕入れて、ブログの書き溜めをしようと思っていたのだが、結局何もせずに終わってしまった。日々新鮮な気持ちでブログを書けということだろうか。また苦労の毎日が始まる。

 今回のゴールデンウィーク、僕は暦通り、つまり、1、2日は出勤で、3日から5連休だった。5連休というと長く感じるが、考えていたことの半分もできず、あっという間に終わった感じがする。5日間、同じ時間でも働いていると長いのに休みとなると短い。

 以前、アインシュタインの相対性理論を評し、こんな話を聞いたことがある。「ご機嫌な彼女とデートしていると時間はあっという間に過ぎるのに、学校でつまらない授業を聞いていると時間は永遠のように感じられる。相対性理論ってこんなもんだろう。」時間は相対的、つまり時間がゆっくり進むことがあるという相対性理論の有名な部分を、自分はそんなこと昔から知っているぞと、ジョークにしたものである。
 確かに主観的に時間の流れ、感じ方は違うと思うが、相対性理論の凄さは、客観的な科学の話として、我々の常識、価値観を覆したことだと思う。我々は空間や時間は絶対的なものだと考えているが、それが絶対ではない、変化し得るというのだからである。
 例えば、『猿の惑星』という映画があった。宇宙飛行士が謎の猿の惑星に不時着したかと思ったら、そこは未来の地球だった、という話である。ロケットでの時間は地球上の時間よりゆっくり進むため、長い旅の末、未来の地球に辿り着いたのであった。これは相対性理論を前提とした映画といえる。

 もっとも時間がゆっくり進むのは光速に近い速さで運動している場合の話である。高速を車で飛ばそうが、飛行機に乗ろうが、その程度では話にならない。
 とすると、あの浦島太郎の話、亀か竜宮城が光速に近い速さで移動していたのであろうか。であれば辻褄が合う。浦島太郎は、地球上の現実の世界よりもゆっくり時間の流れる世界にいたため、現実に戻ったとき、その時間差を調整するのに玉手箱が必要だったのだ。ただの御伽噺かと思っていたら、案外含蓄に富んだ話かもしれない。

 と、久々のブログで取り留めのない話で恐縮だが、要はまた元の生活に戻り、時間に追われ、毎日ブログを書かないといけないということ。現実に光速で運動する術はない。

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