縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

決戦は日曜日! でも・・・ (衆議院選挙について)

2009-08-26 22:49:03 | 最近思うこと
 今度の日曜、8月30日、衆議院選挙がある。私を含め55年体制確立後に育った世代には、生まれて初めて、「政権交代」の是非を問われる選挙である。
 「まずはマニフェストを読まねば」と思ったものの、正直、読んで疑問が。日本の将来を左右する、この重大な選挙、いったい何が争点なのだろう。

“五十歩百歩”

 自民党も民主党も有権者に耳触りの良いことばかり並べているだけである。バラマキ、単なる人気取り、そんな気がしてならない。

 例えば、民主党の「子ども手当」や公立高校無償化・私立高校生への授業料補助。果たして、これは有意義、あるいは正しい政策といえるのだろうか。
 そもそもこの議論には、経済的な理由で子供を持ちたいのに持てない世帯が数多くある、との前提がある。だからこそ出産費用を補助し、毎月手当を支給し、更には授業料を補助して一家の経済的負担を軽減しよう、というのである。一見、もっとものように聞こえる。しかし必ずしもそうとは限らないと思う。
 何らかの事情で子供の持てない家庭があったとしよう。一方で大変裕福で子宝にも恵まれた家庭があり、更に国から税金で手当や授業料の補助までしてもらえるのである。場合によっては、その子供の持てない家庭は経済的に余裕がないかもしれない。このとき、この政策は所得の逆進性を高めるだけに過ぎない。又、子供のいないという点では、既に子供の巣立った中高年や単身の世帯も同じである。子供がいるというだけで金銭を受け取ることができるのであれば、それは所得分配を歪めてしまう恐れが高い。
 加えて「子ども手当」が子供の養育のために使われるという保証はない。極端な話、親の酒代やパチンコ代に消えてしまう可能性だってある。そして、そのお金は税金、元は我々のお金なのである。まったく納得の行かない話だ。

 「天は自ら助くる者を助く」ではないが、少子化対策としては、子供を産んでも働き続けられる環境を作ることが重要だと思う。高校の無償化・授業料補助よりも、保育所を増設し、かつ保育料の無償化や補助を行う方が良い。企業に、男女を問わず「一定期間(2年程度? 夫婦交互に取れば計4年?)、有給(給与の半額程度?)の育児休暇付与と休暇後の現職への復帰保証」を義務化し、その一方で育児休暇を与えた企業に補助金を支給するのはどうだろう。
 子供がいるという事実だけで優遇するのではなく、子供を育てるために頑張る人を応援する政策の方が本来望ましい政策だと私は考える。別に自民党の肩を持つわけではないが、子育て・教育支援については自民党の方がこの考えに近い(もっとも自民党にも単なるバラマキ的政策もあり、あまり一貫性は感じられないが)。

 民主党の「財源なきバラマキ」はよく指摘されているので特にコメントしない。が、負けず劣らず自民党も酷い。「3年で40~60兆円の需要創出」、「年率2%の成長を実現」って、何を行えば可能だというのだろう。ひとまず国債を増発し、お得意の公共事業の大盤振る舞いでも考えているのだろうか。時代錯誤も甚だしい。

 もう一つ気に入らないのが、郵政民営化見直し。私は、国鉄の民営化は成功だと考えているし、郵便局よりクロネコヤマトの方がサービスが良いと思う。
 なのに、なぜ民主党も自民党も郵政の民営化は問題だと言うのだろうか。郵政の抱えた赤字、更には今後拡大するかもしれない赤字を、なぜ我々が税金で賄わないといけないのだろうか。その点の説明がまったくなされていない。
 「かんぽの宿」売却がおかしい、即ち、郵政民営化が問題、との流れのように見えるが、これには根の深い問題がある。民主党においては連合(日本郵政の労働組合も加盟)の存在が大きく、自民党においては族議員など既得権益を代表するグループの存在が大きい。
 政治家たる者、組合や族議員など一部の者の利益ではなく、国民全体の利益を考えるのが筋である。中には立派な志をお持ちの方もいるのだろうが、党としての方針にはそれがまったく感じられない。

 言い出せばキリがない。やれやれ。投票は日曜日。そして途方に暮れる。

花火を見ながら ~ 大原麗子さんに捧ぐ

2009-08-17 23:09:28 | 最近思うこと
 今月は何かおかしい。各地で台風による大雨が続くかと思えば、11日には静岡沖で大きな地震があった。その2日前には東京で震度4の地震があったばかりである。この世の終わり? どこかそんな感じさえしてしまう。以前「ノストラダムスの大予言」が一世を風靡したが、それが10年遅れでやって来たとでも言うのだろうか。
 一方、テレビのワイドショーはというと、もう酒井法子の話題で持ちきり。僕はノリピー世代ではないので、さして関心はないが、否応なしにノリピー通になってしまった。

 が、しかし、個人的に今月一番シヨックな出来事は、大原麗子が亡くなったことである。享年62歳。
 知らなかったが、長くギラン・バレー症候群という難病と闘っており、又、乳がんやうつ病にも苦しんでいたという。加えて、昨年転倒し骨折するまでは年老いた母親の介護をしていたそうだ。そして、その母親が施設に入った後は一人暮らし。発見は死後3日経った8月6日、自宅での孤独死だった。華やかな女優としての活躍、栄光とは裏腹に、晩年は寂しく、つらい人生であったようだ。

 物心ついて、初めて女性を綺麗だな、素敵だなと思ったのは大原麗子だったと思う。テレビドラマ『雑居時代』で彼女を見たのが最初であろう。美しい顔立ちは勿論、ハスキーでいて甘い、その独特の声。世の中にはこんなに美しい人がいるんだなと、素直に感動したことを覚えている。いつも相手役の石立鉄男のことが羨ましかった。
 その後テレビで彼女をよく見た気がするが、ドラマの内容はあまり記憶にない。おそらく、その多くは小・中学生向きのドラマではなかったのだろう。
 次の記憶はというと、あの「少し愛して、長く愛して」のサントリーのCMである。彼女の可愛らしさや健気さが感じられる演技に、あの彼女の甘い声。僕には他にあの役のできる女優は思い浮かばない。吉永小百合でも、黒木瞳でも、それに宮崎あおいでも無理だ。あれだけのインパクトは残せやしない。まさに彼女の当たり役である。

 話は変わるが、8月8日、東京湾の花火を見た。高いマンションが増え、年々視界が悪くなっているが、家から辛うじてその一部を見ることができる。部屋の電気を消し、窓を開け、ビール片手に花火を眺めた。
 美しい。空いっぱいに鮮やかな光が拡がる。が、花火は一瞬の芸術だ。その美しさは続かない。少し光の尾を引くものもあるが、いずれにしろ一つの花火が夜空を彩るのは僅か数秒のことである。花火は美しいが、はかなく、物悲しくもある。

 花火は人生のようだ。

 大きな音とともにパーっと花開くものもあれば、控え目な花もある。角度によっては線のようにしか見えないみすぼらしいものもある。そうかと思うと、ユニークな形に光り輝くものもあれば、いくつもの花を咲かせるものもある。
 しかし、姿かたちに違いはあれど、皆、いずれ消え行くことに変わりはない。許されるのは僅かな時間のみ。はかない。本当に、花火は人生のようだ。

 大原麗子さんのご冥福をお祈りする。