縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

来た、見た、食った! (函館編)

2009-05-19 21:32:52 | もう一度行きたい
 1泊2日で函館を訪れた。ゴールデン・ウィーク、実家からの帰りにちょっと寄り道。「最近、蟹食べてないな。」の妻の一言で、札幌から電車で3時間半かけて函館にやって来たのである。札幌からなので、さすがに「はるばる来たぜ函館~♪」までの感慨はないが、それなりに遠かった。

 函館はもう5回め。いまさら観光でもないなと思いながらも、久々に夜景を見、新しくなった(注:もう3年前の話)五稜郭タワーに上り、青函連絡船の記念館に行き、そして温泉に浸かった。
 函館山の夜景というとロープウェイが定番だが、今回、初めてタクシーで登った。ロープウェイ乗場までと思ってタクシーに乗ったが、運転手さんの口車に乗せられ、結局山頂まで行ってしまったのである。「ロープウェイの料金を考えたらタクシーと変わりませんよ。ロープウェイは混んでるし、こっちの方が楽ですよ。」二人とも“楽”という言葉にめっぽう弱い。気が付いたら、「じゃあ、お願いします。」と言っていた。
 「まったく、年は取りたくないな。」などと不謹慎にも思われた貴方、なんとタクシーは大正解だった。絶対にお勧め。なぜなら、違う高さから、いくつもの夜景を楽しめるからだ。初めのうち街は一部しか見えない。それが山を登るにしたがい、街が、夜景がその全貌を現して行く。綺麗だ。距離が近いせいか、山頂から見るよりも迫力がある。聞けば、一般の車の乗り入れは夜10時まで規制されているとのこと。一度はタクシーをお試しあれ。

 さて、最後に“食”の話。以前書いたが(2007.1.4『感動再び』)、函館といえば蟹、蟹といえば『箱館城』だった。しかし『箱館城』は今はもうない。
 初日、我々は朝市の食堂で蟹を食べ(これはごく普通の蟹)、翌日は朝市で蟹を買い、五稜郭公園で散りゆく桜を見ながら食べた(店先で茹でたばかりの蟹でとてもおいしかった。『上平水産』さんに感謝!)。
 そして夜。北海道に来て生ものが続いたことから、ここらでちょっと趣向を変えようと夕食はスペイン料理にした。『バル・レストラン・ラ・コンチャ』、ここが存外においしい。野菜や魚介など地元の食材を使った料理である。ます目の皿にのった9種のオードブルが大変お得。スペインで修業したオーナーの深谷さんは、『レストラン・バスク』という店もやってらして、函館を盛り上げようと頑張っていると評判の方だ。

 やはり函館といえば寿司は外せない。今回は事前にネットで調べた、五稜郭公園近くの『梅乃寿司』に行った。ネットで「函館行くなら絶対ココ!」と、大絶賛されていたのである。
 寿司は地元のものをメインにおまかせでお願いし、お昼だったが、しっかりと日本酒を飲んだ。元々は親父さんが森町(函館から北に車で1時間弱のところ)で40年やっていた寿司屋だそうで、息子さんが3年前函館に店を移したとのこと。カウンターから中庭が見え(そう、板さんの背は棚ではなく窓である)、ゆったりした気分になる。俄然食べる気分が盛り上がる。
 ネタは噴火湾の魚介が主だが、特にマコガレイが美味かった(因みにあの城下ガレイはマコガレイである)。あとは北寄貝など貝類も良い。そして無類の茶碗蒸し好きである、妻が狂喜したのが“海鮮焼き”。卵と魚のすり身に、エビ、ホタテ等を入れ、オーブンで焼いたものである。茶碗蒸しと違う味わいに、「これを食べにまた来る。」と一人悦に入る妻であった。

 住宅街の中に忽然と現れる寿司屋であり、さらに雑誌等の取材は一切受けていないという。加えて、東京ならいざしらず、ここは函館である。が、にも拘わらずほぼ満席。東京からの観光客も多いという。確かにカウンターはほとんど観光客のようだった。僕のようにネットで評判を聞いたお客さんだろう。ネットの力は偉大だ。
 しかし、もっと凄いのは、それを見越してこの場所を選んだ大将だ。寿司の腕とともに、その慧眼に脱帽である。

三木たかし、青函連絡船、そして津軽海峡

2009-05-11 23:08:19 | 最近思うこと
 作曲家の三木たかし氏が亡くなった。下咽頭癌。まだ64歳の若さである。

 僕らの世代では作曲家としてより、「スター誕生!」の審査員としての印象が強い。山口百恵や中森明菜など多くのアイドルを輩出したオーディション番組である。辛辣な審査員が多い中、彼はまだやさしかった気がする。
 新聞記事を見て、「津軽海峡・冬景色」や「つぐない」が彼の曲であることを知った。そういえば、先日亡くなった清水由貴子も「スター誕生!」の出身、彼女のデビュー曲は彼の作品だそうだ。彼女の死は、事情は何にせよ、氏には堪えたと思う。「命を粗末にするな。世の中、生きたいのに生きられない奴がごまんといるんだ。」、と。
 氏のご冥福を祈る。

 先日、青函連絡船に乗った。えっ、青函連絡船はとうの昔に廃止になったのでは、って。その通り。青函連絡船は飛行機との競争に敗れて次第に利用者が減り、そして1988年、青函トンネルの開通とともに終航となっている。
 そう、僕が乗ったのは、今は函館で記念館となっている「摩周丸」だ。ただ、摩周丸もそうだが、最後まで運航していた八甲田丸や十和田丸に、僕は本当に乗ったことがある。中・高の修学旅行や学生時代の帰省など、函館・青森を4、5往復したからである。東京-札幌は、東北新幹線のなかった頃は夜行に乗って1日半、新幹線が出来てからは朝出て辛うじて夜に着いた。
 上野から東北に向かう夜行、カップ酒の酒盛り、どこか温かい東北訛り、窓の外は雨、いや、みぞれのようだ。隙間風が冷たい。あぁ、まるで「津軽海峡・冬景色」の世界。早朝青森に着き、立ち食いそばであったまる。
 確かに風情はあるが、やはり飛行機の速さには敵わない。

 実際に青函連絡船で、つまり津軽海峡で「津軽海峡・冬景色」を歌ったことがある。別に恋に破れて北に帰るというシチュエーションではない。たしか季節は初夏、中学の修学旅行である。甲板の上、皆で「ご覧あれが竜飛岬、北のはずれと~♪」とおもしろがって合唱した(注:通常、竜飛岬は見えません、悪しからず)。

 ところで、昨日の深夜、NHKで忌野清志郎の特番、追悼番組を見た。ライブの映像が多かったが、RCサクセションはあまり聞いたことがなかったので新鮮だった。最近の歌と違い、清志郎の歌は同じ言葉やリズムの繰り返しが多い。悪く言えば単調な曲の作りである。が、しかし、彼の歌にはそれを聴かせる力がある。飽きさせない。テレビではなく、一度生で彼のステージを見たかったな、と思った。
 彼は58歳。早すぎる死。同じく癌である。あっという間に駆け抜けた、しかし皆に鮮烈な印象を残した人生であった。

 NHKといえば、今年の紅白、石川さゆりは追悼の意味で「津軽海峡・冬景色」を歌うのだろうか。といっても、既に紅白で「津軽海峡~」を5回歌っているらしく、追悼も何も関係ないようであるが。であれば、個人的には「天城越え」の方が良い。
 えっ、「天城越え」はもう6回歌っているって。どうもスミマセン。

パンデミック ~ 豚より鳥?

2009-05-01 23:51:20 | 最近思うこと
 豚インフルエンザ「H1N1」の感染が拡大している。29日、世界保健機関(WHO)はパンデミック(世界的大流行)に備える警戒レベルを、フェーズ4から「パンデミック直前の兆候」を意味するフェーズ5へと引き上げた。メキシコに加え米国でもヒトからヒトへの2次感染が確認されたからである。

 ところで、「H1N1」の意味をご存じだろうか。

 そもそもインフルエンザ・ウイルスには大きくA型、B型、C型の3種類ある。そのうち新型インフルエンザとして大流行を起こす可能性があるのはA型と言われる。このA型ウイルス遺伝子のタンパク質、HA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニターゼ)の変異が問題なのである。HAで16、NAで9の変異が確認されており、よって全体では16×9、つまり144の変異の組み合わせ、亜型が考えられる。「H1N1」というのは、HAが1番目の亜型、NAが1番目の亜型を意味するのである。
 もっとも、よく冬に流行するソ連型インフルエンザも同じ「H1N1」である。インフルエンザ・ウイルスの変異は多様なのである。変異の起きた場所や内容によって、感染性や毒性などウイルスの性質は大きく違ってくる。豚や鳥のインフルエンザがヒトに感染するよう変異したり、同じ亜型でも感染性や毒性に違いがあったりする。こうして生まれた新しいウイルスにヒトは抗体がないため、パンデミックが起こり得るのである。

 翻って、かねて話題の鳥インフルエンザ。型は「H5N1」、強毒性である。WHOの警戒レベルはフェーズ3。鳥からヒトへの感染は確認されているが、基本的にヒトからヒトへの感染はない。専門家の間では「H5N1」によるパンデミックが起きるかどうかではなく、いつ起きるかが問題とまで言われている。
 全世界で4000万人以上の死者が出たというスペイン風邪(1918年)、死者200万人のアジア風邪(1957年)に100万人の香港風邪(1968年)、いずれも鳥インフルエンザである。
 今回の豚インフルエンザは弱毒性であり(今のところ?)、おそらくここまでの事態にはならないだろう。きたるべき鳥インフルエンザに備えた、良い予行演習になった、と笑って言える日が早く来ると良い。

 しかし、豚インフルエンザの経緯を見て、懸念される点が二つ。一つは初期動作の問題。意図的に情報を公開しなかったSARSにおける中国の対応とは事情が異なるが、豚インフルエンザが発生したメキシコの対応もいただけない。13日にオアハカ州の女性が強いインフルエンザの症状で亡くなったが、メキシコ政府がそれを新型インフルエンザだと認めたのは、なんと23日。この間、政府は何の対策も講じず、豚インフルエンザの感染拡大を招いたのであった。(更に、オアハカ州に隣接するベラクルス州では4月の初めに同様の症状が確認されていたとの噂もある。)

 もう一つはウイルスが空を飛ぶということ。ウイルスに感染した人が飛行機で移動することにより、新型インフルエンザは瞬く間に世界中に広まってしまう。今回は弱毒性ゆえ症状の目立たないことが却って災いしているかもしれないが、既にメキシコ、米国からイギリス、スペイン、ドイツ、それにお隣の韓国にも新型ウイルスは飛び火している。

 やれやれ。ウイルスに、国は選んだ方が良いですよ、飛行機は危ないから止めた方が良いですよ、などとお願いはできないし、まったく困ったものである。
 まあ、先のことで悩んでも仕方がない。まずは目の前の豚が問題。明日はマスクと消毒薬と備蓄の食料でも買いに行こう。(そうだ、トンカツ食べよう♪)