ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

行かなくっちゃ

2021年04月13日 | 作品を書いたで
ああ、夢か。おかしな夢を見た。お、こんな時間か。急がなくては。二七分の電車に乗らなくてはならない。西行電機に出す見積もり。今日の午前中の約束だった。早く会社へ行って見積書仕上げなくては。
 ん、立ち上げれない。いてて。おかしい。身体のあちこちが痛いぞ。うう。足に大きなけがをしている。なんで俺はこんな大けがをしているんだ。
 こんなことをやっとられん。着替えて出かけなくっちゃ。とりあえず洋服タンスの前まで行こう。おや、おかしい。背広にネクタイをしてるぞ。ははあ。昨夜、酔っぱらってそのまま寝てしまったんだ。
 どこで飲んだんだろ。記憶がさだかでない。うう。俺、確か、出張に行ったんだ。関西空港から飛行機に乗ったんだ。あれは夢ではなかったんだ。すると、ここはどこだ。どこでもいい。ともかく会社に行かなくっちゃ。

 ん。寝てしまったんだわ。会社を出るまぎわに電話がかかってきた。海山シールの植田部長からコピーの修正指示。あのコピーでレイアウトとデザインがもう出来てるんだ。あわててデザイナーとコピーライターに指示を出して会社を出たのが五時二五分。大あわてで地下鉄の駅まで走って、来た電車に飛び乗って座ったのまでは覚えている。どうもそれから寝てしまったらしい。
 いかん。三〇分の遅刻だ。保育所は親が迎えに来るまで子供を預かってくれるが、最近、あたしは遅刻続き。そうたびたび保育所に迷惑をかけられない。
 インドに単身赴任している夫が帰国すれば、夫も子育ての戦力になるのだが、あと一年は帰国できない。しばらくは私一人でがんばらなくっちゃ。
 いてて。イスから立ち上がれない。どうしたんだろう。うん、これ、飛行機のシートじゃない。あたし地下鉄に乗ってたはずだけど。
そんなことはどうでもいい。早く子供を迎えにいかなくっちゃ。

 ふううう。できたぞ。締め切りは少し過ぎたが、これでなんとか編集さんに顔向けができる。三度推敲したから完璧な原稿といえよう。これは間違いなくオレの代表作になる。
 さて、これを封筒に入れて送ろう。書留速達にしなくては。信じてもらえないかも知れないが、オレはパソコンを持ってない。スマホも持っていない。家に黒電話が一台あるだけだ。別に理由はない。そんなモノの必要性を感じないだけだ。
 さて、郵便局に行こう。ん。どうしたんだ。立ち上げれないぞ。それにしてもオレはなんで飛行機なんかに乗っているんだ。それにここはどこだ。オレは郵便局に行って原稿を送らなくてはならないんだ。

 ここはどこだ。ぼくはだれだ。なぜかわからないけど、ぼくはとってもあせっている。ぼくはなにをこんなにあせっているのだろう。
 よおく考えよう。それに子供のぼくが、なんで一人でこんなところにいるんだろう。
 んんん。思い出した。ぼくは学校の職員室に行かなくちゃならないんだ。
 思い切って白状するけど、アレを壊したのはぼくなんだ。ぼくが職員室に行って先生にいわなければいけないんだけど、ぼく、妹を幼稚園に迎えにいかなくてはいけないんだ。
 おかあさんは出張でいない。で、友だちのユウキくんに頼んだんだ。
「ぼくの身代わりになって職員室に行ってよ」
 ユウキくんはうんといってくれた。
「妹を幼稚園からウチまで送ってったら必ずぼくが行くから」
 ともかく走ろう。せいいっぱい走って職員室に行かなくては。ぼくが行かないと身代わりにユウキくんが先生に、きついお仕置きを受けてしまう。
 うう。足が痛い。どうしたんだ。ぼくがいま座っているこのイスなんだろ。ともかく、ぼくは行かなくっちゃ。

 無人島に不時着した小型旅客機が発見された。乗員乗客二六名死亡。生存者が四名。
 会社員 石本直樹さん(四五歳)
 会社員 浅葉直子さん(三二歳)
 作家 小森直太さん(五〇歳)
 小学生 瓦林悠馬くん(一二歳)
 四人とも救助されたとき「行かなくっちゃ」とつぶやいていた。