音楽が嫌いな人間なんていないのだろうけど、「ああ、今は聴きたくないな」って思うことは時にある。
楽しいときも悲しいときも「そんな気分にはこんなBGMなどいかがですか?」なんて言ってほしくないし、音楽はないほうがいいことも時にある。
一緒に景色を眺めているときや、ひとりで「うーん」とか塞がってしまったときなんかそうだね。
僕がめんどくさい性格のせいか、みんなそうなのかはわかりませんが好きな楽曲ほどたまにしか聴かないってことないですか?
聴いた瞬間に、その当時のことをぐわ~って頭に浮かんできて、なんだか楽しいやら恥ずかしいやら。「懐かしい」とは少し違う。「そうそうこのアルバムを聴いていた頃はあんなことやこんなこと、いろいろやらかしたな~。どうしょうもないな~あの頃って」なんて思い出し笑いするように。
好きなアルバムはこれです!ではなくて、複雑な思いもあったり、基本的には全て楽しい思い出で。
そんな曲を聴いて歌って。そのとき一緒に笑った友達や友達のことを考えながら、今日と今後何度かそんなアルバムについて書いてみたいと思います。
このアルバムを買ったのは大学一年生のときだったな~。
『孤独の太陽』 桑田佳祐 1994年発売
聴くたびになにか沁みこんでくるっつーか滲み出すっつーか、そんなん盛りだくさんのアルバムです。
あんまり音楽には詳しくないから、やれ「このアルバムは桑田がサザンのポップな路線から離れて、人間の悲しさ、内向的なひとりの人間の想いを訴えた」とか「ギターとハーモニカを中心に作った曲が多くて、今までのサウンドとはまた違う生音へのこだわり」とか、評論家あたりがおっしゃるそーいうのはどうでもいいんだね、こっちとしては。
北海道での季節が、おおよそ一ヶ月遅れでやってくる神奈川あたりじゃあ今くらいがちょうど学祭の頃の、あの夜の気温くらいです。
学祭が始まる時期って、太陽が出ているうちは外にいてもポカポカなんだけど、夜になるとぐっと冷える。でもそこからが楽しい。
当時のよね3たちが出していた「アーノルド坊やと女子高生はヴェルディ好きゼミナール」という店に毎夜入り浸り、マドモアゼル唯先生とずっと「貧乏ブルース」をリピートで歌っていた。もうとにかく楽しくて。
たぶん店には他に一般のお客さんもやってくるし、当時の僕らにとっては神のような存在のレジェンド先輩とかも来店するなか「迷惑だったかな?」と思ったかどうかは今では憶えていないし、たぶんよね3も憶えていないのだろうけど、ずっと歌ってた記憶はあるんだよね。
酔ってくるまで寒い寒い言いながらビールを飲んでいたのに、どこかでスイッチが入る「あれ?寒くない?!」。
こうなったらこっちのもの!大統領でもぶん殴ってやらぁ!
あげくに中央棟のガラスは割るし(そのご修復されて自動ドアになったので「おい!見ろよ!このドアは俺らのおかげで自動になったんだぜ~!」なんていうどうでもいい武勇伝を後輩相手にそれぞれ3回ずつは語ったもんだ)、そのせいで放文の店は学祭一日目にして営業停止だし、あの頃からダメ学生の香りはプンプンしてたね。クメがw
他に好きなのは「月」「飛べないモスキート」「JOURNEY」かな。
「罪深き~風が~肌を~燃やすとき~酔いながら~人は抱かれてみたい~♪」
うむー言葉の意味はよくわからんが、抱きたいよりも抱かれたい気分だ。
「この街のどこかで~同じ星を 見上げるひとのために~ そっと~涙ぐむ」
それをしない人間はいない。
「JOURNEY」は桑田佳祐の母親が亡くなって、その想いを込めた曲らしいんだけど僕はそういう悲しい曲には聴こえなくて。
どちらかといえばこれからの祈りがベースな、最後のアルペジオがC調のメジャーコードでしめられるあたりのホワンホワンが、いい気分になる。
これで一区切り、終点とか、節目としての旅ではなく、なにかの終わりってカンジではなくて。次へ向かう目的地がどこにあるかわからないけどむかってるんだな~って気にさせる曲の終わりかた。区切りのない旅とでもいうのか。
いち時期流行った「はい、これでおしまい」みたいな曲を最後にもってくるアルバムはどんなアーティストのものでも、あまり好きじゃあない。
すごくいい曲盛り沢山で、聴いていて嬉しい曲だらけでも、最後にちょいと暗めのいわゆる「シメ」みたいな曲を持ってこられると興ざめ。興ざめはいいすぎかな。「う~ん、わかるんだけどなー、惜しい!」(何様?)って感がある。
最後に持ってくる曲は暗めでシメにふさわしい極であってもいいけそ、暗めならそこになにか救いが欲しいよね。音楽なんだもん。
そこまでの楽曲の構成がわりとダークでも、最後にほんわかと意味のない明るい曲とか持ってくるのなんかいいな。次回へつづく、みたいに。
(映画だと次回へ続くは好みじゃあないな。代表的なもので例外としてスターウォーズ エピソードVとかバック・トゥ・ザ・フューチャーⅡのラストとかはアリ)
旅ってさ~、行って帰ってきたら終わりってものじゃあないし、行きっぱなしで帰ってこれない旅はなんか悲しいし、終わりが来るのか来ないのか自分でどんなに考えても、それが思い通りにやってこないから楽しいんじゃあないか。
そういえば、神奈川に住み始めたときに「しかし、僕らはこんなとこでなにやってんでしょうね~?」と飲みながら呟いたときに、じゅさんは「旅でしょ、これも」と言った。
18歳のときだって、なんのために大学に入ったのか。よく考えての行動じゃあなかった。でもそんなことは今必死に思い出す意味なんかないんだよね。
勉強も仕事も、「どうしてそれを選んだのか?なにをやりたかったのか?」なんてことはどうでもよくて、今さら考えても思い返してみてもあまり意味はなくて、その先で「なにが楽しかったのか?なにが悲しかったのか?」ってことのほうが重要。
だいたい、大学に入ってからも社会人になってからも「あれをしよう、これをしよう」なんて計画通りにいくことなんてまずない。でもそれがいい。日々たんたんなんだけど、一年前の自分と今の自分ってものすごく違う。
だからみんなと飲むのは好きだな。「よく見てよ!以前の俺とはちょっと違うぜ~!かっこよくなったでしょ?」どこもなにも変わってないかもしれないけど、少なくとも、俺はここでみんなに会うためにほんのちょっぴりの努力もしたしちょっぴりの運もあったんだぜ~。
たまに未来が見えるときは、過去の楽しかった出来事か悲しかった思い出が突然、今そのときの光景に重なって、「たぶんこのために生きてきたんだろうな~」ってふと気がついたとき。
どこにでもある居酒屋で友達と乾杯したときや、ただ歩いたときや、手が触れ合ったときや、髪を撫でたときや、そんなたいしたことのないときに「そっか、そういうことか、今までのことは」と思います。
今後も、僕が好きだからこそあまり聴かないアルバムについて書いていきます。以前にも「好きだけどオススメしない本」を書いたな。
好きならガンガン聴け、好きなら読めって話も、好きなら付き合っちゃえばいいじゃんって話もあるけど、ちょうどいい距離ってのがある。
離れていても「やっぱり好きなんだな~」って再認識が自分で嬉しかったりするし、ずっと聴きっぱなしでも、飽きるとは言わないけど、それだけではいられないよね、音楽ばっかり聴いて生きていくわけにはいかないもの。他にもやらなきゃあいけないことはあるしさ、お互いね。
楽しいときも悲しいときも「そんな気分にはこんなBGMなどいかがですか?」なんて言ってほしくないし、音楽はないほうがいいことも時にある。
一緒に景色を眺めているときや、ひとりで「うーん」とか塞がってしまったときなんかそうだね。
僕がめんどくさい性格のせいか、みんなそうなのかはわかりませんが好きな楽曲ほどたまにしか聴かないってことないですか?
聴いた瞬間に、その当時のことをぐわ~って頭に浮かんできて、なんだか楽しいやら恥ずかしいやら。「懐かしい」とは少し違う。「そうそうこのアルバムを聴いていた頃はあんなことやこんなこと、いろいろやらかしたな~。どうしょうもないな~あの頃って」なんて思い出し笑いするように。
好きなアルバムはこれです!ではなくて、複雑な思いもあったり、基本的には全て楽しい思い出で。
そんな曲を聴いて歌って。そのとき一緒に笑った友達や友達のことを考えながら、今日と今後何度かそんなアルバムについて書いてみたいと思います。
このアルバムを買ったのは大学一年生のときだったな~。
『孤独の太陽』 桑田佳祐 1994年発売
聴くたびになにか沁みこんでくるっつーか滲み出すっつーか、そんなん盛りだくさんのアルバムです。
あんまり音楽には詳しくないから、やれ「このアルバムは桑田がサザンのポップな路線から離れて、人間の悲しさ、内向的なひとりの人間の想いを訴えた」とか「ギターとハーモニカを中心に作った曲が多くて、今までのサウンドとはまた違う生音へのこだわり」とか、評論家あたりがおっしゃるそーいうのはどうでもいいんだね、こっちとしては。
北海道での季節が、おおよそ一ヶ月遅れでやってくる神奈川あたりじゃあ今くらいがちょうど学祭の頃の、あの夜の気温くらいです。
学祭が始まる時期って、太陽が出ているうちは外にいてもポカポカなんだけど、夜になるとぐっと冷える。でもそこからが楽しい。
当時のよね3たちが出していた「アーノルド坊やと女子高生はヴェルディ好きゼミナール」という店に毎夜入り浸り、マドモアゼル唯先生とずっと「貧乏ブルース」をリピートで歌っていた。もうとにかく楽しくて。
たぶん店には他に一般のお客さんもやってくるし、当時の僕らにとっては神のような存在のレジェンド先輩とかも来店するなか「迷惑だったかな?」と思ったかどうかは今では憶えていないし、たぶんよね3も憶えていないのだろうけど、ずっと歌ってた記憶はあるんだよね。
酔ってくるまで寒い寒い言いながらビールを飲んでいたのに、どこかでスイッチが入る「あれ?寒くない?!」。
こうなったらこっちのもの!大統領でもぶん殴ってやらぁ!
あげくに中央棟のガラスは割るし(そのご修復されて自動ドアになったので「おい!見ろよ!このドアは俺らのおかげで自動になったんだぜ~!」なんていうどうでもいい武勇伝を後輩相手にそれぞれ3回ずつは語ったもんだ)、そのせいで放文の店は学祭一日目にして営業停止だし、あの頃からダメ学生の香りはプンプンしてたね。クメがw
他に好きなのは「月」「飛べないモスキート」「JOURNEY」かな。
「罪深き~風が~肌を~燃やすとき~酔いながら~人は抱かれてみたい~♪」
うむー言葉の意味はよくわからんが、抱きたいよりも抱かれたい気分だ。
「この街のどこかで~同じ星を 見上げるひとのために~ そっと~涙ぐむ」
それをしない人間はいない。
「JOURNEY」は桑田佳祐の母親が亡くなって、その想いを込めた曲らしいんだけど僕はそういう悲しい曲には聴こえなくて。
どちらかといえばこれからの祈りがベースな、最後のアルペジオがC調のメジャーコードでしめられるあたりのホワンホワンが、いい気分になる。
これで一区切り、終点とか、節目としての旅ではなく、なにかの終わりってカンジではなくて。次へ向かう目的地がどこにあるかわからないけどむかってるんだな~って気にさせる曲の終わりかた。区切りのない旅とでもいうのか。
いち時期流行った「はい、これでおしまい」みたいな曲を最後にもってくるアルバムはどんなアーティストのものでも、あまり好きじゃあない。
すごくいい曲盛り沢山で、聴いていて嬉しい曲だらけでも、最後にちょいと暗めのいわゆる「シメ」みたいな曲を持ってこられると興ざめ。興ざめはいいすぎかな。「う~ん、わかるんだけどなー、惜しい!」(何様?)って感がある。
最後に持ってくる曲は暗めでシメにふさわしい極であってもいいけそ、暗めならそこになにか救いが欲しいよね。音楽なんだもん。
そこまでの楽曲の構成がわりとダークでも、最後にほんわかと意味のない明るい曲とか持ってくるのなんかいいな。次回へつづく、みたいに。
(映画だと次回へ続くは好みじゃあないな。代表的なもので例外としてスターウォーズ エピソードVとかバック・トゥ・ザ・フューチャーⅡのラストとかはアリ)
旅ってさ~、行って帰ってきたら終わりってものじゃあないし、行きっぱなしで帰ってこれない旅はなんか悲しいし、終わりが来るのか来ないのか自分でどんなに考えても、それが思い通りにやってこないから楽しいんじゃあないか。
そういえば、神奈川に住み始めたときに「しかし、僕らはこんなとこでなにやってんでしょうね~?」と飲みながら呟いたときに、じゅさんは「旅でしょ、これも」と言った。
18歳のときだって、なんのために大学に入ったのか。よく考えての行動じゃあなかった。でもそんなことは今必死に思い出す意味なんかないんだよね。
勉強も仕事も、「どうしてそれを選んだのか?なにをやりたかったのか?」なんてことはどうでもよくて、今さら考えても思い返してみてもあまり意味はなくて、その先で「なにが楽しかったのか?なにが悲しかったのか?」ってことのほうが重要。
だいたい、大学に入ってからも社会人になってからも「あれをしよう、これをしよう」なんて計画通りにいくことなんてまずない。でもそれがいい。日々たんたんなんだけど、一年前の自分と今の自分ってものすごく違う。
だからみんなと飲むのは好きだな。「よく見てよ!以前の俺とはちょっと違うぜ~!かっこよくなったでしょ?」どこもなにも変わってないかもしれないけど、少なくとも、俺はここでみんなに会うためにほんのちょっぴりの努力もしたしちょっぴりの運もあったんだぜ~。
たまに未来が見えるときは、過去の楽しかった出来事か悲しかった思い出が突然、今そのときの光景に重なって、「たぶんこのために生きてきたんだろうな~」ってふと気がついたとき。
どこにでもある居酒屋で友達と乾杯したときや、ただ歩いたときや、手が触れ合ったときや、髪を撫でたときや、そんなたいしたことのないときに「そっか、そういうことか、今までのことは」と思います。
今後も、僕が好きだからこそあまり聴かないアルバムについて書いていきます。以前にも「好きだけどオススメしない本」を書いたな。
好きならガンガン聴け、好きなら読めって話も、好きなら付き合っちゃえばいいじゃんって話もあるけど、ちょうどいい距離ってのがある。
離れていても「やっぱり好きなんだな~」って再認識が自分で嬉しかったりするし、ずっと聴きっぱなしでも、飽きるとは言わないけど、それだけではいられないよね、音楽ばっかり聴いて生きていくわけにはいかないもの。他にもやらなきゃあいけないことはあるしさ、お互いね。
充実した毎日を送りたいあ~送りたい。
『最後に持ってくる曲は暗めでシメにふさわしい極であってもいいけそ』
って、どんな意味けそ?w
あ、ダメだツボ入っちゃって( ´∀`)ヵヵヵ
けそ ( ´,_ゝ`)プッ
けそは気付きませんでしたー。よね3すごいなー。
振り返ったときには「あ~充実してたな~」って思えるんですよねーなぜか。
>よね3
いや、僕も読み返して笑っちゃいましたw
こんな間違い普通ないっすよねー、あ~ん恥ずかしい。
書き直さずに、これはこれでとっておきます。
>りちゅさん
「なるおどぉ~です。」←これも僕ですか?どこで間違ってました?読み返しても見つけられなくて。
ごめんなさい。
恥ずかしい~
( ´,_ゝ`)プッ
よね3風で。