かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 210

2024-02-25 11:59:26 | 短歌の鑑賞
 2024年版 渡辺松男研究 25(15年3月) 
   【光る骨格】『寒気氾濫』(1997年)86頁~
    参加者:S・I、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:渡部 慧子  司会と記録:鹿取 未放
    

210 仁王像秋のひかりをはじきたり骨格はもつ太き空間

  (当日意見)
★仁王像の全体から転換して骨格に焦点を当てている。それを太き空間と表現してい
 る。ものを剥いだ時に見えるものを表現されたのかなあ。骨格に持って行くのが独特
 な作者の目ですね。(S・I)
★仁王像は大きいから一度に作れなくていろんなものを寄せて作る。だから中に空間が
 できる。(曽我)
★あんなものすごい形相をした仁王さんの内部が空しいところに作者の目は行っている
 と思う。太き骨格を持っているのに内部は空っぽ。(慧子)
★乾漆像だと確かに内部は空洞かもしれないけど、それだって骨格そのものは空洞では
 ないでしょう。また。「骨格はもつ」って、内部の空間ではなくて、ダイナミックで
 逞しい骨格が占めている空間のことを言っているのではないでしょうか。「太き」と
 いうからには空虚とか空しいには繋がらない気がしますが。ここには肯定的な何かが
 あると思います。(鹿取)
★何もかも肯定的だったら歌の深みが出ない。「太き」を肯定でとったら当たり前で
 つまらない。ここは極端に言えば、存在というものは空しいということでしょうか
 ね。(S・I)


      (後日意見)
 木を詠んだほかの歌もそうですが、作者には太い骨格、地面をしっかり踏みしめて自分で立っているものへの憧れがあるように感じます。夏の光は強烈だ。強烈な光であれば、物の陰影がくっきりはっきり色濃く浮かび上がってくる。秋の光は柔らかい。柔らかい光であれば、物の陰影はあいまいになり、輪郭もやわらかになる。穏やかで、優しい気持ちになる。仁王像は、そんな柔らかくやさしい光さえも弾き返し、筋骨をくっきりと浮かび上がらせ、がっしりと地をつかみ、体全体に力をみなぎらせて立っている。柔らかな秋の光の中で仁王像を見上げた時に感じた、その圧倒的な存在感を「太き空間」と表現したのではないでしょうか。(T・H)


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