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かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 22(アフリカ)

2018-12-17 00:05:06 | 短歌の鑑賞
  馬場あき子の外国詠3(2007年12月実施)
    【阿弗利加 1サハラ】『青い夜のことば』(1999年刊)P159~
      参加者:N・I、Y・S、崎尾廣子、T・S、高村典子、藤本満須子、
          T・H、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:藤本満須子 司会とまとめ:鹿取未放
 

22 行けば足下に崩るる砂ある赤きサハラ糞ころがしを生かし沈思す

     (まとめ)
 サハラ砂漠はアフリカ大陸の三分の一近くを占める。沙漠は全体としては堅固でも人が歩こうとして踏めば砂は崩れる。「行けば足下に」という句跨がりのある切迫したリズムで入る初句に、広漠とした砂漠の言いようのない恐ろしさが出ている。何も生まないサハラは、黙って糞ころがしを生かしてもいる。サハラにはもちろん恐ろしい蠍などもいるのだが、「蠍を生かし沈思す」ではややつきすぎで面白くない。糞ころがしというある意味こっけいな生態をもつ小動物を生かすと詠むことで、「沈思」の重さに軽みを加え、危ういバランスをとっているように思われる。(鹿取)

 
     (レポート)
 結句の「生かし沈思す」の主語は赤砂のサハラである。20番歌にもスカラベはうたわれ、また同行した清見糺氏の歌〈スカラベ〉一連を読むとその様子が活写されている。
 サハラを「愛はとうに滅べり」とうたいながらも、そのサハラの砂は「糞ころがしを生かし沈思す」とうたわざるを得ない作者、古代エジプトでは太陽神の象徴として崇拝され、ミイラの心臓の上に置かれたものは復活を祈願する……
 まさに深い沈黙のなかにある沙漠、そして「沈思す」るのも作者でもあるのか。(藤本)

 

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