かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 148

2023-11-26 12:35:43 | 短歌の鑑賞
 2023年版 渡辺松男研究18 2014年8月 
    【夢解き師】『寒気氾濫』(1997年)65頁~
     参加者:泉真帆、鈴木良明(紙上参加)、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部 慧子 司会と記録:鹿取 未放
            
           
148 多磨霊園に夕かげながれ骨という骨がさかなのごとく跳びだす

     (レポート)
 夕暮れがきた。生者には気持ちが不安定になる者もあろう。そんな危うい時間帯の霊園をとらえる。埋葬されている骨が今ぞとばかり跳びだしてきたというのだ。「夕かげながれ」が効果的で「ながれ」に乗って「跳びだす」と思える「さかな」は「骨」なのだが……。「霊園」を「幼稚園」に「骨がさかなのごとく」を園児にみたてているように思う。そのみたてがユーモラスなのだが、さらに世界への複眼性と言ったらよいのか、それを秘めている。生者には危うく思える時間帯に溌剌たるものがいると詠う。(慧子)


        (紙上意見)      
 多磨霊園の墓地の間の骨のような枯れ葉が、夕影のなか風にあおられて、さかなのようにはね出したのだろうか。(鈴木)


        (当日意見)
★慧子さんのレポートの「『霊園』を『幼稚園』に『骨がさかなのごとく』を園児にみ
 たてているように思う。」という部分、それだと多磨霊園と書いた意味が全く無くな
 ってします。幼稚園の園児がわーと跳びだすように霊園から骨が跳びだすんだという
 なら分かるけれど。人骨が魚のようにと跳びだすのが、ちょっとシュールで、そのま
 ま受け取りにくくて幼稚園の改称になるのかな。鈴木さんも木の葉のことだと捉えら
 れているし。(鹿取)
★夕方の光にお墓が照らされてまるで命をもらったように、何か魂がお墓から跳びだし
 て来たんだよというふうに受け取りました。魚だとトビウオの飛ぶだから足偏の跳ぶ
 だから、さかなは比喩でお墓から幽霊が跳びだしてきたように作者は面白く思われた
 のかなと。あんまりユーモアという感じはせず、ゆうかげに刺激されてわーと跳びだ
 してきたもの、この作者の生と死をあまり区別しない場面が描かれているように感じ
 ました。(真帆)
★面白い意見ですね。私は元気より夕かげによる刺激説ですね。夕日の射す時刻、霊園
 の上が微妙な赤紫のような色に 染まってただよう中で、そこに文字通りお墓の中の
 骨たちがばーと跳びだすイメージ。解放され た感じ。独特の時間帯の一瞬のイメー
 ジを捉えている。(鹿取)


      (まとめ)
 うたいくちからすると、前川佐美雄の初期のシュールな歌のような感じ。あくまで埋葬された人間が魚の骨だけのように、(骸骨のような形で)続々と跳びだしてくる様子。怖いより漫画チックな楽しいイメージなのではないか。(鹿取)


     (後日意見)(2021年2月)
 多磨霊園に夕暮れが訪れると、日中とはうってかわって、茜色に染まった西空から、かげがたちこめ始める。墓の下で眠っていた魂(骨)は魚という形象になって、西方浄土からやってきた夕かげに誘われるように、次々と地上世界に跳びだすのである。(S・I)
   参考短歌
     西方は十萬億土かあかあかと夕焼くるときに鼠のこゑす
                  前川佐美雄『天平雲』


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 馬場あき子の外国詠 389... | トップ | 渡辺松男『寒気氾濫』の一首... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

短歌の鑑賞」カテゴリの最新記事