かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 35

2023-05-03 11:26:35 | 短歌の鑑賞
 2023年版渡辺松男研究5(13年5月実施)
    『寒気氾濫』(1997年)橋として
     参加者:崎尾廣子、鈴木良明、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター  鈴木良明 まとめ  鹿取 未放


35 葱浄土広大にして先を行く幻へ骨をもちて追いかく

        (レポート)
 葱の育ち方をおもう。炎のように新しい葉を生みだしては消え、生みだしては消えるその姿は変幻自在。成長後の葱といえど、剝けども剥けども芯がでてこない、いわば実体がないのだ。そして葉と茎の区別は不明瞭で真っ青から真っ白へのグラデーション、葱浄土というにふさわしい。そのような葱畑が広大に広がるなかを、葱と違って少なくとも骨格を持つ人間として、幻のような何かを追いかけている。あこがれようなものだろうか。(鈴木)


       (当日意見)
★鈴木さんの評からするとこの幻というのは?幻があこがれですか?(鹿取)
★生の力ということで。幻のような生の力を追いかけてゆく。それを具体的にいう
 と作者の意図から逸れる気がする。葱浄土といっているから誰か亡くなった方へ
 の思いかも知れないが。(鈴木)
★葱の歌も渡辺さんにたくさんあって、群馬だから身近なんですよね。(鹿取)
★葱浄土というのはすごい言葉だと思う。葱のことよく知っていないと歌えない。
 私も葱を作ったことがあるが、葱は変化自在で。(鈴木)


     (後日意見)
  深谷葱の数万本の首に吹き風は平野をかがやかしたり
 上の歌が同じ『寒気氾濫』にあるが、葱浄土とはこういう見渡す限り葱が広がっている風景をいっているのだろう。先を行く幻は、先祖か憧れの故人か分からないが、広大な葱畑の中を行く幻を自分が追っていく、「骨を持ちて」は魚や獣の骨を持つのでも誰か亡くなった人間の骨を持つのでも無く、レポーター同様、我が身の事、つまり現し身の謂だろうと思う。(鹿取)

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