日々の疑問を語る。離れの館

ヤフーに同名の題名があったが無くなってしまった。はなれ版のつもりだったが。。 ツウィッターは「反哺の孝あり」で参加中。

行きたかったな…

2013-01-28 09:37:18 | 日記
行ってみたかったなぁ・・。でも関係者と言う雰囲気だとフェイスブックにあったし、自分はその業界じゃないんだよな…。

勉強はしてもいるが・・。テストでもあったし・・。

しかし黒っていうの見てみたかったなぁー。それにもっと写真も。コレクションが増えて嬉しいことではあるが(微笑)

妹の話によると、黒を着て帰る人が多いとか。多分反動なんじゃ無いのかな~。私もナイチンゲール症候群らしいし(笑)緊張する恐怖を感じるのか?(微笑)

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しかし今年は雪が珍しく私の住んでる所でも降るな~。何時も0度以下には殆ど下がらず、朝になると雨って言うのがパターン立ったんだがな~
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思い出した事

2013-01-25 15:15:02 | 日記
さて、これから試験の嵐だ。試験二つは受けたんだが。


それとは変わって、妙なヤツのことが思い出しちゃって。小学の時の奴が高校でたまたま一緒で。奴が唆して煽動し高校の時その連中と喧嘩に成ったんだよな。複数の相手には慣れてなかったし、更に3人の他に2人も参加しそうな雰囲気だったからな。絞れなかったんだよ。今でもムカつくが、今度の為に武道を遣ってるんだよな。それ故、今度は私が手を出したら問答無用で警察に捕まると言う、警察に名前が登録されたらしいし。有段者試験受けたら今度は全国に登録されちゃうよ。

ジョナサン・Jを見ているとそんな心の様相を路地のシーンで思い出し、型は親から教わったから。実はこの時から武道での急所を父からでないのに知って居たんだよね。

それと同時に唆した奴と喧嘩したのは憶えてる。そいつを思い出したのは、DIOみたいな奴だったからだ。僕のことなんてどうでも良いってその時思ったし。当時の一人称(微笑)親の事を批判して傲慢な態度だったんだよな。

それで、「だから何なんだよ」って言い返して立ち去ったら喧嘩になったんだよ確か。そいつから低学年の始め頃、苛められてて何もしなかったんだ。親から禁止されて居て。段々調子に乗って来て、初めて暴力で訴えてきた時に返り討ちで、やり返したんじゃ無かったかな。

それから、やり返す日々が始まった様な。便所で別の奴と喧嘩して相手を吹っ飛ばしてドアを一枚を3つに割れ完全に壊して、もう一枚は相手が軽度に壊したり。結局勝ったが。原因は小便をしている時に、背後から脚と臀部に蹴りを入れて来て小便を撒き散らされた事。ボコボコにしてやったが。

それ故ジョナサンが好きなのかな。昔漫画でジョジョ理解出来なかったものな(苦笑)コロコロなんてゆう幼児用の漫画を買うのが好きだったんだよな。この前行ったら、その商店街が無くなって居たのは悲しかったが。

まあ、今思えばその時のチャンクが出てしまったとも言えるのかな。

だもの、先生に何故そういう行動を取ったかな何て分かる筈がない。例えそれに近いことを話したって理解も対応も対応策も全く逆方向に働く選択肢だってあり得る。それが正に信頼感が持てない先生じゃ。魚が腐った眼をして居たし。この前の話たときだって、隠して居たが僅かに嫌そうなモノが伝わった。昔から有るんだよね、そういう感覚というか、能力。昔は無意識的だった。

小学校の時の母に対する違和感はコレに起因するのか?


その時は先生は何を思って居たんだろうか。

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爺さんはそれ故なのかな…

2013-01-20 12:06:44 | 日記
 こういう道に成るつもりは無かったんだがな・・。通勤で電信柱にあと少しで突っ込みそうにならない様な、眠く成らないような、朝の帰りの時間帯に考えていたことだな…


 だが、(だがを使う理由は疲れ切って、繰り返しの同じような日々だがと入る) 途中で良いなっと、心を自由にしたときに湧いたモノだったんだなということ。思ってなくても、自然に湧いた言葉だった。客観的な言葉は止まりたくなった。湧いた言葉は見ていたいな。止まっていたいな。という一つづつの肯定文なだけであったということ。本当に葉の様な。

人の内面を感じるのは水の様な。出て来る存在するのは樹か(笑)

哲学者も誰かいってたなそういう話。何処まで突き詰めていたかは解らないから今度本を探すか。

爺さんはそういうことが解っていたのかな…それ故なのかな…。
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吉兆感覚

2013-01-16 00:39:32 | 日記
 あらゆるモノが吉兆を示している。

思う通りに進めと囃す様である。

こういう感覚、偶にある。思い出した様にと、と言うべきなのだろうか。

 思い出せる範囲では鹿島神宮を訪れた時に在ったように記憶している。

 他は何時だったろうか・・。昔のクマノ神社は違っていた。

 後は何処だったか・・。

なにも感じないのは東京のヒエ神社。此処は本当に何も。言ってみれば「無」これほどと言うぐらいの無。謂うならソレこそが、そうな様に。

 あと九州に行ったときの神社か。北九州周辺を訪れた時だったか。

 名前は思い出せぬ。

不思議な感覚は多い。
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入り混じった思考と感情

2013-01-06 23:49:35 | 日記
 妹たち両親達と居ると無性に孤独を感じるんだ。理由は幾つか考えられる。

 両親と居ると全てが嘘のような気がしてしまうからだ。そして妹たちと居ると2人の教授の言葉が浮かんでしまうから。正確には2人半かな。と、同時にしっかりしなければと尚更思うのだ。それから私の場所ではないと強く思うのだ。

 母が侮り、父が自分本位に私を堕落させようといざなう。

 母の行いにより精神的ダメージを受け、発達遅滞を起こしたことは心理を勉強しているから解る。

 その母の言葉故に憎たらしくて仕方がない。しかし、両方共当然と言えば当然の結果であるから受け入れるしかない。

 これを考えていると重なりながら、徳川家康の忍従と言う言葉と生き方が浮かびながら、大好きだった父方の祖母に逢いたくなって、叱って貰うのか励まして貰うのか前に書いた3色ボールペンの心境になる。

 唯一、話をしっかり共感して聞いてくれて優しい笑顔で幸せな時間だった。

 お婆ちゃんが居なかったら、精神的に異性愛者に成っていなかったじゃないかとすら思える。

 だから私は母に似た精神構造の女性を見ると虫唾が走るのかもしれない。

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