巨体の執事ビーチ・『エムズワース卿の受難録』

本日の召使 : ビーチ(エムズワース卿の執事)
(P.G.ウッドハウス選集Ⅱ『エムズワース卿の受難録』文藝春秋/2005年より)

つくづく思いました。
ウッドハウスの描く執事には、本当にハズレがない。
いや、「ハズレがない」なんて、ちょっと余裕ありげな言い方したりして、かっこつけてますね。いやらしいです。

本当は、福引の鐘を腕の付け根から振り回して叫びたい。
執事ビーチおおーあたぁーり~。

お待ちかねエムズワーズ卿シリーズの短編集
『エムズワース卿の受難録』に登場の執事ビーチです。

 ビーチの人物像・巨体の執事

ビーチは英国のブランディングズ城の城主エムズワース卿に仕えています。
「使い走りから始めて今の地位にいたるまで18年間お屋敷に仕えてきた」
(「伯爵と父親の責務」)というのですから、ブランディングズ城はきっと我が家みたいなものでしょう。

年齢ははっきりと書かれていませんが、若くはないようです。
エムズワース卿の妹、レディ・コンスタンス曰く、
「よたよたじゃないの」
「息はゼーゼーだし。ここには若い気の利いた執事が要る」(「伯爵救出作戦」)
若々しい、機敏な動作が望める年頃ではないようです。

それと…禿げています。
(「豚、よォほほほほーいー!」に「大きな禿げ頭が現われ…」の記述あり)
うん、やっぱり執事の頭は、そうこなくっちゃあ。

「鋼の自制心」を持ち、感情表現をするときは眉をぴくりと数ミリ動かすのみ。
(英国人は眉周辺の筋肉が発達しているらしい)
ものに動じず、礼儀深く、最小限必要な言葉だけで話す。

ここまでは、いいんです。
ここまでは、ビーチは典型的な、かつ優秀な英国執事です。
尋常ならざるは、その巨体です。
体重100キロ。
うーん、すごい。よたよた、息ゼーゼーは年のせいだけではなかったのね。
足音を立てないで歩くには、かなりの困難が伴うのでは。
そんなビーチもブランディングズ城に来た当初は「流線型」であったそうだ。
18年のお勤めの間に大きくなったということか。
どうやらブランディングズ城はコックも優秀なようですな。

ビーチの場合、見た目として
執事に求められる第一要素「威厳」はバッチリでしょう。
英国の召使いについての本をよんでいると、
執事はその威厳ある風采により、しばしば外部の訪問客からお屋敷の当主と間違えられる…というエピソードを何度か目にします。
ビーチも、ほわわ~んとした雰囲気のエムズワース卿よりも、どっしりした城主らしく見えるでしょう。きっと。

ビーチが登場するもので私が好きな、いや愛してる短編は、
「豚、よォほほほほーいー!」
「伯爵とガールフレンド」
そして断然、「ブランディングズ城を襲う無法の嵐」

短編集のいちばん最初「南瓜が人質」では、
エムズワース卿の天然ボケと、ビーチの慇懃なツッコミが冴えています。

緻密な構成をネジがゆるんだ風にみせるウッドハウスの喜劇的センスと流れる文章力には、もぉどーにでもしてぇと身を任せるしかありません。

執事好きとしてはこの作品、ビーチが女中頭部屋でハウスキーパーと談話したり、食品室(パントリー・執事が管理、常駐する部屋)でポート酒を飲んだりと、主人の前ではけっして見せない“普段の執事”の姿が見られるのが、嬉しいです。


さて、ビーチの召使評価です。



うーん、やはり
かなり優秀ですね。
ビーチはいちばん英国執事らしい執事かもしれません。



ひかえめ 4
ビーチは抜き差しならぬ事態に陥ると、そっと辞意を表明します。
そっと、そしてたびたび。

機転 4
主人の危機を事前回避するための機転はありませんが、
事後のフォローは抜群です。
10を聞いて8は聞き漏らすエムズワース卿の、専属通訳係。

献身 4
主人の命令に忠実でありながら、“その仕事は執事の任にあらず”と判断すると、はっきり断ります。
何でも言うことを聞けばよいとわけじゃありませんもの。
召使としてふさわしい姿勢です。素晴らしい。

主人からの愛情 5
「おまえなしで、どうやってわしがやってゆけるんだ? おまえ、この城に来て何年になる?」
「十八年でございます、殿」
「十八年か! それで辞表などと言い出すとは! 何たるたわけた考え!」

(「ブランディングズ城を襲う無法の嵐」)

主人にここまで言われたら、召使は本望でしょう。

スタイル 2
恰幅のよさは「威厳」につながります。
が、しかし、やはり、その、体重100キロは…少しだけ行き過ぎかと。


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コメント ( 7 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
100キロかぁ (くろにゃんこ)
2006-01-11 16:22:54
遅ればせながら、今年もよろしくお願いします。

最近『エムズワース卿の受難録』の記事を覗きながら、いいなぁ~読みたいなぁと思っている私です。

「豚、よォほほほほーいー!」

というタイトルだけで笑えました。

南瓜はベポカボチャですか?



ところで、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の小説中で、こんな文章を見つけました。

「ことの善悪はべつにして。これまでも召使が主人より有能なケースはあった。」

ついつい、バーティーとジーヴスを思い出して笑ってしまいました。

すごおくシリアスな話だったのに。
 
 
 
ええ、100キロなんです (countsheep99)
2006-01-11 17:30:10
>くろにゃんこさん



こちらこそ、今年もよろしくおねがいします!



『エムズワース卿の受難録』読んで欲しいなぁ。くろにゃんこさんのブログの書評、楽しみですから。



エムズワース卿はさすがに伯爵だけあって、召使いとの距離のとり方がジーヴス&バーティの関係とも若干ちがっていて面白かったです。

(どちらも執事がいないとやってゆけない、という点は同じなんですけどね)



あ、南瓜に「ペポ」を付けては訳されてませんでした(笑)。でもきっとペポカボチャのはず。



『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』は…普段馴染みの無いSF小説に挑戦してみようと手にとって、途中で断念したままの作品です。中学生の頃だったかなぁ。

そんな素敵な文章が記されていたとは。「ことの善悪は別にして」が効いてますね。

再度チャレンジで読んでみます。



「召使いについての語録」(略してメシゴロ?)なるものも作りたいので、こういう情報は大変嬉しいです。
 
 
 
読みましたぁ、書きましたぁ (くろにゃんこ)
2006-04-26 22:49:33
あっはっは。

おかしい、ウッドハウスを読んだはずなのに、バークリーの感想になってる~。



とはいえ、ブランディングズシリーズは、いいですねぇ。

世事に左右されない伯爵のキャラクターが私の好みです。

「ブランディングズ城を襲う無法の嵐」は、私もダントツトップですね!

おもちゃの鉄砲ひとつで、あんなになってしまうなんて。

面白すぎ。

ぜひ長編も読みたですね。
 
 
 
バークリーの感想も… (countsheep99)
2006-05-04 09:50:08
さることながら、くろにゃんこさんの娘さんが通う農業学校の話も面白い。



スイカの苗に名前をつけて世話をする娘さんと、豚ちゃんとカボチャをこよなく愛するエムズワース卿の姿が、どうしても重なってしまう(笑)。



もしこの先、娘さんが飼育した牛や豚が食欲不振に陥ったら、ぜひ呼び声を研究してほしい。よほほほーいー。



 
 
 
電気羊 (Hernani)
2006-05-08 16:04:02
こんにちは。

ディックの電気羊ですが、くろにゃんこさまが引用なさっているような文章があったとは! 目からウロコです。

フィリップ・K・ディックは私がこよなく愛する、偉大で“イカレタ”SF作家の一人です。

countsheep99さまは途中で断念されたとのことですが、ぜひ一度お読みになって下さい。哀愁が漂っていますよ。



ちなみに、amazonの電気羊のページに、本名でレビューを書いています。

もし宜しければ、こちらもご贔屓に。
 
 
 
拝読させていただきました。 (countsheep99)
2006-05-11 18:14:52
>Hernaniさま。



こちら↓のamazonレビューですよね!



「アンドロイドは電気羊の夢を見るか? ハヤカワ文庫」

(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/4150102295/reviews/ref=cm_rev_more_2/503-6136630-7378311)



こんな…こんな面白そうな小説だったのか。

うわぁ、さっそく読むぞ!



電気羊は中学生のときに、タイトルに惹かれて手に取ったんですよねぇ。古本屋で。「カッコイイなー、でもずいぶん長いタイトルだなー」とか思いながら。



むかし(若さゆえに?)理解できなくて断念した作品を、

長い年を経て、

いまふただび期待いっぱいの気持ちで迎えるのって、嬉しい。



Hernaniさんのレビューのおかげです。ありがとうございます!



今度もまた古本屋で買おうと思います。



追伸:

Hernaniさんは、レビューのお仕事もされているんですね。すごい…!





 
 
 
レビュー (Hernani)
2006-05-12 13:48:13
countsheep99さん、こんにちは。



amazonのレビューは、以前ちょこちょこ書かせていただいていました。

でも、よくしてくださった方が退社されてからは、やっていません。

普段は先方からどの本を取り上げるかの相談(依頼)を受けた後、送られてきた本を読むという手順を踏むのですが、

ディックについては、好きな作家なので、ぜひ書かせて下さいとこちらから持ち込みました。都合、三冊分書かせていただいた記憶があります。



amazonでのレビューは仕事として書いていたので、適当なことは書けません。

その反動で(って言い訳?)、自分のサイトのレビューは誤字・脱字がいっぱい。

だから、あまり仕事関係の人にはサイトの存在を知らせていないんですよね。

これを見て、仕事が減ると困るので…(笑)。
 
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