執事は主人に、主人は庭師に間違えられる?

前回のブログで、

「執事はその威厳ある風采により、しばしば外部の訪問客からお屋敷の当主と間違えられる…というエピソードを何度か目にします」

と書きました。
前回取り上げた『エムズワース卿の受難録』に絡めながら、ここで「執事と主人の取り違え」について、ちょっと補足します。

執事がお屋敷のご主人さまと間違えられるのは、執事が「威厳ある風采」をそなえているから…だけではありません。原因はご主人の服装にもあるのです。

英国紳士というものは、普段はお古を着ているものなんですね。
スーツもシャツも「すり切れるまで」着ます。
ケチ…なのではなく、
「何年も着られるほど、仕立ての良い服である」証しなのです。

『英国紳士』という本がありまして、自身も生粋の英国紳士であられる著者ダグラス・サザランド氏は「紳士と服装」の項目でスーツについてこう述べています。

通常紳士は二着のスーツしか持たぬ。一着は葬式のような礼装用で、もう一着はロンドンに出かける時のような、より非公式な場合のためだ。エリート中のエリートの洋服屋によって仕立てられたもので、妻があんまり見すぼらしいと判断するまで何年でももつ。そうなったら庭師に下げ渡すとか、貧窮紳士救済会などのような、立派な目的に役立てる。
『英国紳士』〔普及版〕秀文インターナショナル 1998年より(太字はブログ筆者)


ブランディングズ城での催しもの当日に、エムズワース卿が妹のコンスタンスから
「晴れの日くらい乞食みたいななりはやめて」
直球の口調でやり込められるシーンが頭に浮かびます。
そうとう、ヨレヨレなんでしょうね。

ヨレヨレになった服は庭師に下げ渡すのが通例だとすると、
執事が当主に間違われるのと反対に、
ご主人は庭師に間違えられる可能性が高いでしょう。
エムズワース卿のように園芸好きで、しょっちゅう庭でウロウロされているお方なら特に。

屋敷内の召使いはけっしてヨレヨレの服は着ません。
みすぼらしい格好は、ご当主の権威に関わります。
とくに19世紀末頃のメイドは朝は更紗の服、午後は黒服に白エプロンと1日に2回は着替えをしていました。

でもまあ、サザランド氏曰く、

「要するに紳士は、いちばんのお古の服を着ていても、着こなしよく見え、群を抜いて光って見えるものだ」

だそうです。いや、さすが。英国紳士。

(でもサザランド氏はユーモアというかアイロニーというか、人を喰った表現お好みのようで、すべて本当の事と受け取って良いかどうか…いや、無粋な追記ですな。すみません)
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コメント
 
 
 
TBさせていただきました。 (しもくわ)
2006-02-19 12:52:10
はじめまして、トラックバックさせていただきました。

ウッドハウスの小説は「エムズワース卿の受難録」が始めてです。以前読んだバークリーやアガサ・クリスティの「おしどり探偵」に印象が似ているなあと思ったのですが、ミステリ作家にウッドハウス愛読者が多いと解説に書いてあって、なるほどと思いました。

これから、「ジーヴス」も読んでみるつもりです。

それでは。
 
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