ヴィクトリア女王の従僕ジョン・ブラウン(1) 無骨な召使

19世紀イギリスの君主・ヴィクトリア女王の従僕に、
ジョン・ブラウンという人物がいます。
もとは女王の夫・アルバート公の従僕だったのですが、アルバート公の死後、長い喪に服すヴィクトリア女王の従僕となりました。
ひょっとしたら「女王の従僕」よりも「女王の愛人」と噂された評伝の方が有名かもしれません。

このハイランド地方出身の無骨な従僕と、尊厳の権化であるヴィクトリア女王の悲恋物語は『クィーン・ヴィクトリア 至上の恋』(原題:Mrs. Brown)という映画にもなっており、信頼で結ばれたふたりの絆が丹念に描かれています。
映画はもちろん「従僕と女王」のラブストーリーとしても楽しめますが、ヴィクトリア朝時代の召使の社会を知る上でも、貴重な資料ともなります。

そこで、従僕ジョン・ブラウンの人物像にからめながら「召使の階級制」について、四回に渡って述べようと思います。

まずは、ジョンブラウンの人物像から。

 従僕ジョン・ブラウンの無骨さが、女王の心を慰めた。

先も申しましたが、ヴィクトリア女王は亡き夫・アルバート公の喪に服していました。(喪の期間はなんと8年の長きに渡った)
悲しみに沈む女王のまわりには、
顔色ばかり伺う臣下や王族たちや、女王を公務に復帰させようと促す議員、
我関せずとビジネスライクに業務を進める召使たち…
宮廷内には誰も、女王の苦痛を心から理解する者はいませんでした。

しかし、新しく女王の従僕に任命されたジョン・ブラウンだけは違いました。
誰もが腫れ物に触れるかのように女王に接する中、ジョン・ブラウンは歯にもの着せぬ言い方で忠言し、時には面と向かって女王を叱咤したのです。
いっぽうで女王が真の平安を得られるよう心を砕きました。
公務復帰をせっつく官僚や、しつこいパパラッチ(当時からいたんですねぇ)を周囲から退け、エドワード皇太子(いわゆるバカ息子ですね)の耳障りな異見をはねつけました。

物怖じせずに生の感情をぶつけてくる従僕に、最初は戸惑いをみせた女王でしたが、次第に心を許し、やがてはジョン・ブラウンを「心の友」と呼ぶまでに至ります。

映画では、ジョン・ブラウンの「無骨な」人物像がよく描かれています。
(髯もじゃの風貌がいかにもスコットランド人らしい。衣装はもちろん民族正装のキュロットです。)
例えば映画のワンシーンで、頑固一徹な女王の態度に激したジョン・ブラウンが、女王に面と向かって 

“We know, listen to me, woman.” 

と言い放つ台詞があります。
ニュアンスを汲んで訳せば「おい女、分かってるから俺の言う事を聞け」でしょうか。(字幕では「なんて強情な女なんだ」となっています)

主人である女王陛下Queenをただのwomanと呼び捨ててしまうのですから、スゴイもんです。時代が時代なら、不敬罪で首が飛んでもおかしくありません。

しかし、伴侶を失った苦しみを抱える女王には、通りいっぺんの慰めやお世辞を並べる臣下よりも、本音をズバズバ言ってのけるジョン・ブラウンのような人物のほうが、好ましくかつ頼もしく感じたのでしょう。
一国の女王ではなく、夫を亡くしたひとりの哀れな女として扱ってくれる人が、他にいるでしょうか?

実際にジョン・ブラウンが女王に向かってぞんざいな口の聞き方をしたかどうかは分かりません。ですが上記の台詞は、良く言えば豪放磊落、悪く言えば礼節に欠けた彼の性格をよく表わしていると思います。

 主人の過度なえこひいきは、階級制を崩す。

彼の無骨さが悲痛な女王の心を慰めたのは良かったのですが、問題は彼が宮廷内の王族や周囲の誰に対しても、同様に不遜な態度を取っていたことです。
(ま、良く言えば、裏表がない)

Not in Front of the Servantsという本の一章、“Hierarchy below stairs(階下のヒエラルキー)”の中で、ジョン・ブラウンが階級重視の宮廷社会の「例外者」として紹介されています。

バルモラル城内で、召使のひとりが滞在客のさるご婦人の姿を探していたところ、廊下の突き当たりで婦人の姿を見とめたジョン・ブラウンが召使に向かって、
「ここにあんたの探している女がいるぞ(“There's the woman you want.”)」
と婦人にも聞こえる大きな声で言った。
womanと呼ばれ侮辱された、と婦人が女王に訴えると、女王はあっさりこう答えた。
「そうね。でも結局、彼は正しかったのではないかしら。 あなたと私が女性である以外、何だというの?」

(訳文はブログ筆者)

またしてもwoman(笑)。
どうもジョン・ブラウン氏は女性に対する敬意が欠けていますな。
もっとも、男尊女卑の時代ではありましたが。

ただでさえぶっきらぼうで直情的な言動のせいで反感を買われやすいのに、女王の心の友とされる「お墨付き」まで貰っているのですから、「たかが従僕ふぜいが…」と貴族たちからやっかみの対象にされるのも当然です。

また特定の召使への過度な「えこひいき」は、貴族社会と同様に厳格な階級制を敷く召使の社会でも、秩序を混乱させる原因となります。

映画のジョン・ブラウンは、召使の階級制を無視してしまったゆえに、身の破滅を迎えることとなります。(この件については後の回に詳しく述べます)

では、厳格なる召使の階級制とは、どのようなものだったのか?
次回、召使の階級制について、分かりやすくまとめてみようと思います。
(非常に複雑なのです)

■つづきの次回ブログはこちら↓
ヴィクトリア女王の従僕ジョン・ブラウン(2) 召使の階級①

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