玉置神社 奈良県吉野郡十津川村玉置川1 十津川温泉の先の「折立」から神社までは12km
Mr.Iさんの車に乗せてもらって、神社まで4時間 玉置神社は元々、神武天皇の東征のとき、熊野あたりから上陸して北上するとき、現在の玉置山で兵を休め、”十種の神宝[とぐさのかんだから]”のうちの「玉」をここにおさめて(玉を置いて)大和の国の礎にしようとしたところから始まると言われます。玉置山、玉置神社の名の由来はここにあります。神社は総けやき材で作られていて、社務所・台所は、重要文化財になっています。ふすま絵は、杉の一枚戸で狩野派の華麗な絵が描かれています
熊野三山「奥之院」を買き込んでもらう
神紋州浜(すはま)
悪魔退散・御神符 玉置神社の符 「熊野成る 玉置の宮の 弓神楽 弦音すれば 悪魔退く」っていう暗号らしい初めて知った 創立は紀元前三十七年第十代崇神天皇の御宇に王城火防鎮護と悪魔退散のため早玉神を奉祀したことに始まると伝えられています
参道入り口
本社・鳥居
本社
樹齢三千年
社務所---玉置神社の社務所として、現在使用されている建物は、旧高牟婁院[たかむろいん]で文化元年(1804)の建築である。書院造りで、背面は懸造(いわゆる吉野建)で内部は中央に10部屋をとり、周囲に縁をめぐらしている。 部屋の仕切りは杉の1枚戸で、60数枚あり狩野派の狩野法橋・橘保春の筆によって、華麗な花鳥図等が描かれている。 社務所・台所は昭和53年(1978)県指定、昭和63年(1988)国指定有形重要文化財となった
三柱神社
末社・玉石社-- 古代、神武東征以前から熊野磐座信仰の一つとして崇められてきた玉石は、 玉置神社本殿と玉置山頂上中程に鎮座します。 社殿がなくご神体の玉石に礼拝する古代の信仰様式を残しています。 玉置神社の基となったのが、この玉石社と伝えられ、玉石に宝珠や神宝を 鎮めて祈願したと伝わっています
和泉式部参詣記念 古来より熊野三山奥宮として信仰が厚く、数々の行幸があると伝えられる。両側の(写真)石塔は、後白河院、和泉式部参詣記念として建てられたものである。
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