鬼龍院花子の生涯

宮尾登美子の作品にはセルロイドという言葉がよく出てきます。

「わては高知の侠客鬼龍院政五郎の、鬼政の娘じゃき、なめたら、なめたらいかんぜよ」
映画での夏目雅子のこの有名なセリフは原作にはなく、次のように書かれています。
「再三懇願しても叶えられぬなら、松恵はとうとう心を決めざるを得ず、非常手段を執ることにして機を窺っていたところ、蝉（ひぐらし）の鳴いている夕方、家のなかにいっとき無人の静寂があった。駆け寄ってふるえる手に骨箱の上の小さな骨片ひとつつまみあげ、ありあわせの石鹸箱に入れたあとはまったくの無我夢中で、両親への挨拶もそこそこに佐古駅までの道をどう走ったやら、もんぺの上衣の、乳房の下にしっかりと忍ばせたセルロイドの赤い石鹸箱のなかで恭介の骨はことことと鳴り、その微かな音は松恵にどれだけ勇気を与えてくれたことだったろうか。」