話の扉

一級建築士 野積基子所長のブログ

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2016-04-30 20:16:38 | まち歩き
久しぶりで高崎の蔵Cafe「棗 なつめ」に行ったら


この度、NHKのふるCafe(正式名称あいまい)で取材を受けていて
いつも空き空きなのが、結構混んでいました。

美味しいお茶の秘訣はお湯かな・・・
鉄釜で沸かしています。

このTV放映 実は1日(日曜日)ETV午後1時から再放送があるそうです。
失礼しました。午前1時のまちがいで既に終了でした・・・・(ー_ー)!!

日本各地の古民家建物のCafeめぐりで楽しそうです。

ぜひ観てみましょ


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千葉市美術館

2011-11-04 20:34:31 | まち歩き

千葉市美術館へ行きました。

午後には予定があるため

朝ムックラ起きで7時半の新幹線で向かいました。

P1060238 P1060240

かなり重厚な造りで

それもそのはず元は銀行でした。

P1060245

大谷幸夫が改修工事設計をして、

現在区役所と美術館の合体になっています。

今回は建物より

絵を見るのが第一目的でした。

美術館は7階.8階にあります。

P1060248_2

「酒井抱一と江戸琳派の全貌」

酒井抱一:1761~1828

たくさんの展示で数時間では見きれませんでした。

大迫力です。

色がとても綺麗です

200年以上も経過しているようには見えなかったです。

11月13日まで

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

千葉駅前の交番です。

P1060250

アニメ的ですね。

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時計を戻して

2010-06-22 20:35:20 | まち歩き

再び京都です。

聴竹居から坂道を10分ほどに

アサヒビール大山崎山荘美術館があります。

旧館は実業家 加賀正太郎が1920年に建てた

洋風木造建築です。

新館が安藤忠雄さんの円形ギャラリーで

モネの睡蓮が展示されています。

この新館は旧館から高低差6mをガラスの階段室からアプローチします。

P1010044_2

直島の地中美術館の強烈さがいまだ残っていて

ちょっと豪快さに欠けて コンクリート打ち放しの

良さが半減して見えました。

ここだけは公式に撮影がOKなので

名画を見るのではなく

建築お宅の方が結構たくさん来てました。

京都市内の同じく安藤さんのカフェがいい感じでした

P1010047

京都はどこを歩いても 龍馬 龍馬 龍馬 ポスター・・・・・・・・・ばかりでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

時計を更に戻して

実は京都の前日に名古屋が本題でした。

愛知県立芸術大学でシンポジウムがありました。

「吉村 順三の仕事を今、学ぶ」に参加しました。

P1000883_2

1966年この講義棟で2316㎡

大きな丘陸 山並みの広大なチャンパス

P1000924_2

当時の県知事が東京芸術大学 建築科に設計を依頼して

吉村順三が基本計画

実施設計の統括が吉村順三の一番弟子の奥村先生でした。

このたび当時の奥村先生の若かりし頃の写真を

初めて見ました。

今こそ 優しいおじいちゃんの感じですが

当時はものすごかったと 後輩の永田先生が

当時のことを話していました。

今回 解体 建て替えの話がでていて

保存したい人など主に建築関係の多くの方が集まって

キャンパス内を見学しました。

この広大な敷地にたくさんの建物が存在していますが、

現在使われてなく かなり無残な状態が多々見られ残念でした。

どんな名建築でもメンテナンスを怠れば 面倒を見なければ

どうにもならないのだと 実感した一日でした。

ほか 学生寮 奏楽堂 外人公舎 音楽学部棟・・・・・・・

納まりが計算しつくされたディテールなど

この環境に溶け込むように建っていました。

なんとか 補修して残したいです。

壊せば同じものは建てられない!!

・・・・              ・・・・・・

しめて この日 13.000歩以上歩きました。

疲れた けど充実の1日でした。

これで京都 名古屋報告を終わります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^

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国宝 

2010-06-18 09:58:30 | まち歩き

先ごろ、 妙喜庵 国宝「茶室・待庵(たいあん)」を

見る機会を得ました。

住所:京都府乙訓大山崎竜光56

JR 京都線 山崎駅前(本当に真ん前)

P1000956

P1000964_2

関ヶ原合戦前後 

千利休の作で

現存する 日本最古の茶室です。

前から見たかったので

とても楽しみに そしてちょっと緊張して

行きました。

予想外だったのは

妙喜庵にくっつくように 沿うよに

建っていたことです。

離れのように建築されていると思っていました。

それは歴史的な説明を受けて

わかったのですが、

関ヶ原の合戦 天王山 1582年に明智光秀 と秀吉が

戦った後 

秀吉はこの地に1年ほど本拠地としていた とのこと

その折、千利休も呼ばれて山崎に屋敷を構えていたらしく

初めは屋敷内に建築されていたのを

秀吉が大阪に移った後

この妙喜庵に移築されました。

妙喜庵 の敷地的な事情で南に段差があるため

書院に増築のように建てられた  と推察されています。

内部は2畳敷きで別名二畳台目

2畳の割には広く見えるのは

天井に工夫あり

駆け込み天井の段差が絶妙です

ちなみに中へは入れません。

窓からうかがう感じで見ました。

連子格子・壁の塗り方・にじり口の微妙な大きさ・・・

材も北山杉など 当時の地の素朴な材で仕上がられています。

ちょうど 雨が降ってきたのでが。

庭の苔 植物がとてもきれいに見えました。

P1000989

2週間前の事前予約が必要です。

この後 、ここから歩いて5分ほどの

80年以上前のエコ住宅を見学しました。

次回に

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続 宇都宮

2010-05-27 13:12:09 | まち歩き

昨日、知り合いから 大発見 て何なの?

早く 書きなよ と催促メールが来ました。

そうでした。

宇都宮の駅近くまで来て

偶然に看板を見つけました。

P1000466

やっぱり とか 思った方いると思います。

建物 や 何かを見に行く時は必ず

というより 100%予定して行きます。

なので 大発見なのです。

この建物は国の重要文化財に指定されています。

主屋 と蔵3棟が建っていて

この主屋が指定建物です。

だいたい築150年とのこと

宇都宮駅周辺は昭和20年7月の大空襲を受けて

一面焼け野原になって この一画のみ残ったのです。

その理由は木造ですが 当時としては珍しい防火構造になっています。

たとえば 外壁は蔵の漆喰壁と同じ造り

雨戸と戸板外部には銅板が張ってありました

また軒裏はモルタル塗りにして完全防備です。

内部は贅の限りです

土間店舗にある45センチ角に大黒柱は

文字通り真黒に光 威厳ある存在感

この大黒が2階の床の間の柱のなっていて

この太さで通し柱なのです。

全長 11mです。 すごいですね。

P1000468

P1000495

材料 大工技 現代では両方を揃えるのは

至難の業です。

このような建築は個人ではとても

維持できないので市 県 国の理解援助が大いに必要です。

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