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カプチーノノート cappuccino note

日々更新。ネタ探しの毎日。今日もいいことありますよ。

「魂も死ぬー霊魂についての一考察」を読む

2021-05-05 | 本を読む

海聡著 三五館 2015

YouTubeで内海さんの本を紹介する動画を見て、図書館で内海さんの本を探したら、紹介されている本はなくて、代わりにこの本を借りました。

この本では霊魂があるかどうか、いろいろな説が紹介されていて、最後に内海さんの考察が書かれています。

物理学関係の説明はもう理解不能でしたが、全体を通してみるとわかりやすかったです。

霊魂は別次元で説明できるかもしれないのですが、しょせん3次元の知覚しかできない人間には感じることができないということです。

結論はタイトルどおり、霊魂も木の枝についている葉っぱのように枝から落ちてバラバラになって、土に還り、栄養分としてまた木に吸収され、葉っぱになったとしても、元の葉っぱではないということです。

私の考えも霊魂だけが独立して存在することはなく、人間は死ねば何もなくなると思っています。

と、同時にその人間を構成していたものはバラバラになって、変質して別のものに変わっていくんだとも思っています。

霊魂というものがあったとしても、それは雲散霧消してしまうものなのではないでしょうか。

いろいろ考えさせてもらえた本でした。


「火星年代記」を読む

2021-04-17 | 本を読む

イ・ブラッドベリ著「世界SF全集 13」1978 早川書房

図書館で借りました。

北村薫さんの「詩歌の待ち伏せ」上を読んでいたら「火星年代記」が紹介されていました。

「火星を訪れた地球(アメリカ)人が出逢ったものは懐かしい故郷の町、死んだはずの両親、若くして死んだ兄だった。火星には子どもの頃の地球があった…。どうして、こういうことになったかは、読んでのお楽しみです。」

これは読むしかないでしょう。いったいどういうオチなのか?知りたくなるじゃありませんか。

ということで、本の頭から読んでいきました。

いやー、SFとか40年代、50年代のアメリカ文化とか慣れない世界に入り込むのはなかなかつらいものがあります。

しかし、読み進んでいくとおもしろい。なんでもっと前に読まなかったのかなと思うくらいです。

いろんなSFのパターンの短編が年代記という形式で描かれています。

実は「火星年代記」という本があることは知っていました。

勝手に頭の中で、地球の歴史を火星に置き換えて作った話なんだろうと想像していましたがまったく違いました。

さて、懐かしい故郷のオチは明かしませんが、なーんだというか、これしかないというオチでした。

さあ、私もいつか火星に行き、母や父に逢うことを楽しみに生きていくとしましょう。


「優雅なハリネズミ」を読む

2021-01-21 | 本を読む

ュリエル・バルベリ著 河村真紀子訳 早川書房 2008

YouTubeで「きほんひとり」さんおすすめの本だったので読みました。

フランス・パリの高級アパート管理人で未亡人のルネとアパート住人の少女パロマの二人の記述で物語は進みます。

ルネは下流階級ですが、読書を通して高い知性を持っています。

パロマは賢く、上流階級の少女特有の厭世観、自殺願望を持っています。

まったく別世界の二人が交わるとき、物語は動き出します。

うーむ、読んでて苦しい道中でした。なかなかおもしろくならない。

フランス人の登場人物の名前が覚えられなくて、誰の事を言っているかわからなくなるし、ルネの読んだ本の内容もまったく理解不能なのです。

ルネとパロマの関係をつなげる人物としてオヅ(小津)という日本人男性が出てきます。

ルネを一人の人間として認めるのはフランス人でなく日本人のオヅだというのが、日本人の私には面映ゆい感じです。

80%過ぎたあたりでなんとか乗れてきました。

そして、ルネとオヅのラブストーリーが盛り上がったところでサドンデスのラスト。

こういう終わりはきらいです。

読み終わって、ふた昔前の韓国ドラマを見ていたような気分です。

というか、日本によく来ているという著者は日本で古い韓国ドラマでも見たんじゃないかという気がしてしまいました。

 

 


「夜と霧」新版を読む

2021-01-04 | 本を読む

ィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房 2002年

「夜と霧」を読まなければという思いは大学生時代からあったのですが、重そうな内容を恐れて逃げていました。

が、ようやく読むことができました。

といっても、元々の「夜と霧」ではなく読みやすそうな新版を読みました。

確かに読みやすい。すっと読むことができました。

アウシュビッツ収容所のことは概念として知っていましたが、具体的に知っていませんでした。

ナチスドイツが行ったことは国家として徳がない。こんな徳のない国家が永続することはなかったのだと感じました。

といって、日本も同時代に同じようなことをしていた徳のない国家だったわけですけれど…。

この本を読むと、悲惨な状況の中で、誰を恨むでなく、日々を耐え忍ぶことが、結局生き抜くことにつながるのかもしれないという考えに至ります。

彼が収容所の中で想い描いた美しい妻と再会できたのか?その結果は旧版訳者のあとがきにあります。

その悲しい結果をあとがきで知るのが、さらに悲しさを増します。

 


「日本が見えないー竹内浩三全作品集」を読む

2020-12-08 | 本を読む

の前、BSプレミアムを見たら竹内浩三という人の特集を放送していました。

そこで彼の本を図書館で借りてみました。

竹内さんという人はどういう人かというと若くしてフィリピンで戦死した詩人です。

彼が残した詩は死の予感を持って作られています。

不器用な彼は戦争に行ったら死んでしまうことがわかっていたのかもしれません。

といって、その時代の日本人のように、反戦を唱えることもなく粛々と国に従って生きています。

テレビを見ていて、私の子どもの頃を思い出しました。

子どもの頃、戦争に行きたくないとずっと思っていました。

運動神経が鈍い私は絶対に戦争に行ったら死ぬと思っていました。

戦争に行かないためにどうするか?早く歳を取って軍隊に招集されなくなればいいと思っていました。

そうして、そんな歳になってしまいました。

戦争に行くこともなかったし、核戦争も怒りませんでした。

ありがたいしあわせなことでした。

 


「西瓜糖の日々」を読む

2020-10-20 | 本を読む

チャード ブローティガン著 藤本和子訳

NHKEテレ「趣味どきっ!本の道しるべ」で平松洋子さんがおすすめしていた本です。

図書館に単行本はなく河出世界文学全集を借りて読みました。

読み始めはなんのこっちゃ、比喩だらけで、比喩の元ネタがわからないからどうしようもない状態です。

でも、不思議に読みやすい。SFでもない、ファンタジーでもありません。

西瓜糖ってなんじゃい。はじめて知った言葉です。でも、実際に売っているらしくてスイカを煮詰めた甘い液体らしい。

ショッキングなのは主人公の親が虎に喰われるシーン、インボイルの死ぬシーン。

静寂な世界は死の間際にあるのです。

物語に出てくる固有名詞iDEATHとかinBOILとか、たぶんこの物語は日本語訳でなく英語の原文で読んだ方がわかりやすいんだと思います。

主人公は不眠症で夜中に散歩をするシーンが出てきます。この物語は不眠症が書かせたものなのでしょう。

よく眠れない人はこの物語に共感し、よく眠れる私は理解不能に陥るのです。


イザベラ・バードの日本紀行(下)を読む

2020-09-28 | 本を読む

ザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫

下巻はバードさんが蝦夷に行って、アイヌの集落を訪れるのが読みどころです。

アイヌの人々と触れ合いバードさんは、秘密のアイヌの神を見せてもらいます。

それは源義経を祀った社でした。

ここがどんでん返しというか、ドラマでいったらクライマックスです。

アイヌの神が義経って、想像を超えています。

こんなエピソードもバートさんが記録に残したから今に伝わっているのです。

源義経は北海道に渡り、大陸に行ってジンギスカンになったという伝説はどこから来ているのかと思っていましたが、この本も根拠の一つだったようです。

 


イザベラ・バードの日本紀行(上)を読む

2020-09-10 | 本を読む

ザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫 2008年

1878年(明治11年、西南戦争の翌年)の日本をイギリス人女性が旅をするって、今考えてもすごい設定です。

当時は治外法権の世の中でしたので、女性であってもイギリス人に日本人は手が出せなかったという時代背景があります。

描かれる日本のいなかは想像を絶する世界です。朝鮮紀行の朝鮮よりちょっとましなくらいです。

ノミと蚊がうじゃうじゃいて、野次馬は見たこともない外国人女性を見ようと押し寄せる。

道なき道を行き、橋は流されて浅瀬を渡らなければなりません。

バードさんが東京を出て初めて泊まるのが粕壁です。

「かすかべ」今の春日部です。あれっなんで春日部は「日本紀行」の舞台だと宣伝しないんだろうと思いながら読んでいくと納得。

初めての田舎の宿屋の印象は最低だったらしく、ものすごくこき下ろしています。

しかも、原注には「粕壁の有害な水のせいで具合の悪くなったグッドリッジ夫人が数週間で亡くなった」という表記もあります。

これでは全世界で粕壁バッシングが起こったことでしょう。

上巻でバードさんはようやく函館に到着します。

下巻はこれからのお楽しみです。

 


「朝鮮紀行-英国婦人の見た李朝末期」を読む

2020-08-25 | 本を読む

ザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫 1998

1894年から1897年の朝鮮を旅したイザベラ・バード。

いろいろYouTubeで紹介されていましたが、いかに当時の朝鮮がだめだったかが書かれているのかと思ったらそうではありませんでした。

ただ朝鮮への慈愛がベースにある本でした。

本は長い、ひたすら長い、いっしょに旅をしているみたいな感覚になってしまいます。

ただ、地名がよくわかっていないで読んでいるので「あああそこね」みたいな実感はわきません。

そして読んでいるうちにこれは今の朝鮮について書いているのか?と錯覚してしまいます。

今の日本が朝鮮を中国やロシアの影響から引き離そうとはしていないのが不思議なことのように思えてきます。

行く先々で汚い宿しかなくて、田舎に行けば外国人の女性を見ようと朝鮮人が宿の部屋の中に入ってきて部屋がぎゅうぎゅうになってしまう。

その辺が日本ではありえないおもしろいエピソードです。

次は「イザベラ・バードの日本紀行」を読んでみようと思います。

 

 


「朝鮮雑記」を読む

2020-08-12 | 本を読む

「朝鮮雑記-日本人が見た1894年の李氏朝鮮」本間九介著 祥伝社 2016

朝鮮語がわからない日本人が当時の李氏朝鮮を旅するとこんな感じなんだなというのがよくわかります。

まるで当時のリアルな韓国時代劇を見ているようです。

コミュニケーションは漢字の筆談でするのです。当時の日本人は漢語で文章が作れたのです。

また、朝鮮でも上流階級は当然漢語を使っていました。だから意思疎通ができたのです。

しかし、漢字を知らない庶民とはコミュニケーションの手段がありません。

宿に入り、宿の主人に何かを話しかけられ、荷物を持っていかれて、本間さんは「ひどいところに来てしまった。荷物全部取られてしまった」と思っていたら、ただ荷物を置いておくと危険なので宿の主人が預かっていただけで、翌朝ちゃんと荷物を返してもらって勘違いを反省するエピソードがおもしろかったです。