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カプチーノノート cappuccino note

日々更新。ネタ探しの毎日。今日もいいことありますよ。

「佐治敬三と開高健 最強のふたり」を読む

2021-11-03 | 本を読む

康利著 講談社 2015

サントリー二代目社長佐治敬三と作家開高健について描かれた本です。

近頃、佐治敬三について書かれた本を読んでいました。

この本は私の知りたかったことを教えてくれました。

サントリー創業者鳥井信治郎の次男として生まれた敬三は佐治家に養子に出されます。

敬三の兄の吉太郎の急死により、敬三はサントリーの後継者となります。

なぜ、敬三は養子になったのか、そしてサントリーの後継者となっても鳥井姓に戻らなかったのはなぜなのか。

その納得する答えがこの本にはありました。

また、開高健という人物について、まったく知識がなかった私に彼の人生を教えてくれました。

サントリーを発展させた佐治敬三とサントリーを文化的に高めた開高健、この二人がなければ今のサントリーはなかったでしょうと思わせてくれた本です。

きのうの夜、残り150ページ余りを読み終わると残り数ページに佐治敬三の死んだ日が11月3日の朝とありました。

時計を見ると11月2日を過ぎて、11月3日の今日になっていました。


日光街道関係の本を買う

2021-10-02 | 本を読む

40代からの街道歩き―日光街道編―」街道歩き委員会 内田晃著 創英社 2018

ちゃんと歩ける日光街道・奥州街道」八木 牧夫 五街道ウォーク著 山と渓谷社 2018

をアマゾンで買いました。

ともにくわしい地図が載っていました。

「40代からの…」はガイドブックとして名所の写真、解説が載っていてわかりやすいです。

ただ、持ち歩くのは重そうです。予習用としてよいかな。

「ちゃんと歩ける…」は持ち歩き用の解説付きマップです。

こちらを見ながら歩くとよさそうです。


『渋沢栄一』を読む

2021-08-16 | 本を読む

鹿島茂著 文芸春秋 2011

Ⅱ論語篇を読み終わりました。

どうしても青年時代に比べて、中年、老年時代を読んでいくのは時間がかかりました。

時代が対米戦争へと進んでいく中、渋沢栄一はなんとか戦争を回避しようと努力します。

しかし、民間人となった渋沢にとって直接政治に関わらないことは、日米関係を直接動かすことができないというジレンマにつながります。

それでも、老年となった彼は民間人としてできる限りのことをしました。

昭和6年、彼は91歳で亡くなります。

彼が目指した官民が対等な日本社会は戦争によって崩壊します。

読み終わって、よく生きるためには自重することが大切なんだと感じました。

で、かつて朝鮮で渋沢栄一の肖像が描かれた紙幣があったということがおもしろかったです。

10000円に渋沢栄一が描かれる頃、この国は今よりもっとよくなっていると思いたいです。


「アメリカの高校生が学んでいるお金の教科書」を読む

2021-07-29 | 本を読む

ンドリュー・O・スミス著 桜田直美訳 SBクリエイティブ 2019

YouTubeでルネ岩田さんが紹介していました。

読みやすい。わかりやすい。そりゃ一応高校生向けだもの。

読んでいて、新発見はありませんでした。

すべてルネ岩田さんが話していたとおりの内容でした。

ルネ岩田のクレバーさとプレゼンのうまさがよくわかりました。

まじめな本で、日本の高校生にも大人にも読んでほしいと思いました。

巻末の付録の生きるためのヒント集はこれだけで価値があります。

「シンプルに」「質素に」「健康に」生きていきましょう。


「渋沢栄一」を読む

2021-07-28 | 本を読む

7/25(日)NHKBSプレミアム「英雄たちの選択『渋沢栄一 七転八倒の青春』」を何気なく見ていたら、あまりにおもしろかったので、番組に出ていた鹿島茂さんの著作「渋沢栄一1 算盤篇」文芸春秋2011を図書館で借りてきました。

きのう寝る前に読み始めたら、なかなか止められずに夜更かししてしまいました。

その前にCSTBSチャンネルで西田敏行主演の渋沢栄一ドラマを見かけていて、あまりの場面転換の早さに頭がついていかず、渋沢栄一とは?という疑問が頭を渦巻いていたのでした。

さらにその前に埼玉県立歴史と民俗の博物館で渋沢栄一の動画を見ていたのでした。

本では生まれながらの武士だった福沢諭吉と農民出身の武士渋沢栄一の比較をしていて、論語が頭の中の空論でしかなかった福沢と論語を生きる実論とした渋沢という視点がおもしろかったです。

そして、倒幕過激派だった渋沢が一橋家に仕官することになる運命のいたずら、パリ万博に赴くことになる背景、一つ一つのエピソードがびっくりものです。

まだ、読んでいる途中ですが、読書のきっかけについて書きたくなったのでここに記しました。


「FIRE 最強の早期リタイア術」を読む

2021-07-10 | 本を読む

リスティー・シェン&ブライス・リャン著 岩本正明訳 ダイヤモンド社 2020

読みやすい。一気に読んでしまいました。

読む前のイメージはFIREのノウハウ本だと思っていました。

読んでみると著者のFIREまでの人生を振り返りながら、ノウハウを教えてくれるというものでした。

著者は中国人で共産党政権の下、極貧生活を過ごしました。

幸い、父がカナダに留学することになり、中国を脱出できました。

初めて飲んだコカ・コーラに衝撃を受け、そのコーク缶をいつまでも手元に置いていたというエピソードが出てきます。

彼女は自分がやりたいことではなく、最もコストパフォーマンスがよいコンピュータープログラマーを職業に選びます。

そして、31歳でFIREを達成します。

この本のキーワードは吃苦(チーク―)です。苦しみを味わい、耐えるという意味です。

FIREの成功に一番大切なのは収入に占める生活費をいかに低く抑えるか、どれだけ貯金できるかということのようです。

FIREの後、著者は元々の夢だったライターになり、本を出版します。

それはFIREをしたことによる余裕ある生活がもたらしたものなのでした。

で、そこそこお金持ちの日本人の私には、お金のためだけに仕事を選ぶなんてできなかったし、どうせ働くなら好きなことをしてお金を稼ぎたいと生きてきたのでした。

人生は生きている間の暇つぶしなので、いろんな生き方をしていいんです。

著者の生き方はある意味、普通の人にはできないので、こうして本になったんですから…。


「ゆるい生活」を読むふたたび

2021-06-26 | 本を読む

ようこ著 朝日新聞出版 2015

以前読んだ「ゆるい生活」をもう一度読みたくなって、図書館で「阿呆旅行」を返したら借りようかなと思っていたら、ブックオフでお安く売っていたので買ってしまいました。

おととい、一気に読んでしまいました。おもしろい。

内容はほとんど忘れていました。

群さんがめまいを起こして、漢方薬局に通い、体質を改善していくお話です。

疲れが体の内に溜まると危ないという、私の考えはこの本に影響されたらしいです。

水が溜まる体質の群さんですが、水が溜まっているかは舌を見るといいそうです。

舌に歯の形がついていると水が溜まっているそうです。

私の舌も歯形がついています。私も水が溜まっているようです。みずがめ座だもの。

ということで、私も水が抜きたくなりました。

冷たいものは飲まないようにしなくちゃと思いながら、缶ビールを飲んでいます。

お風呂も暑いから、水浴びで済ませています。

いけません。

群さんは体調がよくなるにしたがって、体に悪いもの、ことの影響がすぐに体の表面に現れるようになります。

それがよいことなのか、わるいことなのか、トータルではよいに決まっていますが、目先だけだと不満に思ってしまうところがおもしろいところです。

ということで、このタイミングでこの本に出合ったのは偶然でなく必然のように思う私なのでした。


「阿呆旅行」を読む

2021-06-25 | 本を読む

國滋著 中公文庫 2021 

図書館で借りました。元になったのは1984年の新潮文庫だそうです。初出は1971年から1972年の小説新潮です。

江國さんは1997年に亡くなっています。

阿呆旅行はもちろん阿房列車のもぢりです。

江國さんは内田百閒リスペクトの人なのでした。

とは言っても、読み始めると軽い書きっぷりなのでさらっと読めてしまいます。

ところがこの旅の途中に内田百閒が亡くなり、桂文楽が亡くなり、一緒に旅していたカメラマンの亀羅氏が亡くなり、江國さんのお母さんが亡くなります。

この死の影が色濃くなればなるほど、読んでいておもしろくなってくるのが不思議です。

そして解説が宮脇俊三さんときたら、もう私が読むべくして読んだ本なのでした。

もともと江國さんの本も読んでみなきゃなと思ったきっかけは宮脇俊三さんの本なのです。

内田百閒の故郷岡山に行ってみたくなりました。


「阿房列車」(IKKI COMIX)を読む

2021-06-11 | 本を読む

田百閒原作 一條裕子漫画 小学館 2009

過去ブログを手直ししていますが、そうすると気になる記事が出てきます。

北九州小倉のブックオフでマンガの「阿房列車」を買ったとあり、確かに買ったのですが、果たして中身を読んだか記憶がまったくありません。

もちろん、家の納戸に置いてあるのはわかっているので、読んでみることにしました。

すると、まったく読んでいなかったことがわかりました。

なぜ、はっきりそう言えるのかは「阿房列車」1号を読み始めると、違和感だらけだったからです。

この違和感を、すでに読んでいたら記憶していないわけがありません。

私が絶対正しいとは言いませんが「阿房列車」を何度も読んでいたらこんな絵にはならないと言えるところを挙げてみます。

1 百閒先生は大男で、山系君は小男なのにマンガでは同じくらいの背になっている。

2 列車の座る場所は山系君が窓際、百閒先生は通路側なのにマンガでは逆になっている。しかも2巻目の2号で二人の座る位置について触れていて、その瞬間、漫画家さんは赤面しただろうなと想像してしまいました。

3 特別阿房列車の旅費の借金先は多分出版社で阿房列車掲載誌の小説新潮の新潮社と思われるので、借金の相手は椰子君。したがってマンガで椰子君と同じ人物が借金の相手先として描かれていたら、私は参りましたと言ったことでしょう。

4 区間阿房列車の目白駅でのD51との遭遇シーンの若い鉄道の職員と当夜の主人とは実は夢袋さんと山系君のことなので、やはりこの目白駅の二人を夢袋さんと山系君と同じ人として描いてあったら、私はこの漫画家さんすごいと感嘆したことでしょう。

いつか、3番と4番について「阿房列車」論を書こうと思っていましたが、ここで書いてしまいました。

で、結局、生半可な理解ではマンガ化してもしくじってしまうということがわかりました。

でも、監修者による列車編成の詳説には、私にはお手上げの情報で、これには参りましたというしかありませんでした。


「精神科は今日も、やりたい放題」を読む

2021-05-10 | 本を読む

海聡著 三五館 2012

この本を読むまで、脳のすべては脳内物質によって影響を受けているというのが常識だと思っていました。

セロトニンを増やせば、うつ病はよくなるというのも当たり前の知識と思っていました。

しかし、それもすべて精神医学界と製薬会社のキャンペーンに乗せられていただけなのかなと疑問がわいてきました。

この本の内容も「魂も死ぬ」のレビューと同じように、ぼんやりと私の描いていた精神科の世界と一致していて、すんなり読めました。

親が子どもを、親の思いどおりにならないということで、精神科に連れて行くのは虐待でしかないという主張には、目からウロコでした。

おかげさまで、精神科にかからずにこの歳まで生きてこれましたが、中高生だった頃からいつか精神科に行く、または連れていかれるかもしれないということが私の恐怖でした。

連れていかれたら、私の意志にかかわらず、拘束されて二度と出てこれないのでないか、なんて…。

でも、この本にはそんな例がそのまま載っていました。

精神科の薬を飲むことで、依存性が高まり、止めることができなくなる。

それが精神科医と製薬会社の利益になるという構造があります。

ストレスを抱え一度精神科に行こうと思っている方、精神科に通っている方にも一読いただくと、こういう考え方もあると気づいていただけると思います。