阿武山(あぶさん)と栗本軒貞国の狂歌とサンフレ昔話

コロナ禍は去りぬいやまだ言ひ合ふを
ホッホッ笑ふアオバズクかも

by小林じゃ

はなしむなき売

2020-03-15 20:54:20 | 狂歌鑑賞
 今回も人倫狂歌集から、はなしむなき賣と題した四首を読んでみよう。四首目の最後は読みがよくわからないが、とにかく書いてみよう。


        はなしむなき賣

  仏店にてや往生なすならんうりあまりたるはなしむなきも

  両国の大きな長いはしにうるはなしむなきはちさしみしかし

  蒲焼の難をのかれてあきうとゝともにむなきの命つなきつ 

  からき世をわたるはし辺にもとてさへほそきむなきをあきなうてゐる


放し鰻とは、供養のために鰻を買って川に放すこと、と出てくる。放生会という仏教起源の儀式が元になっていて、放すのは鰻だけでなく雀や亀も行われたようだ。歌を見ていこう。

一首目の「仏店」は、上野山下仏店(ほとけだな)にあった大和屋という鰻屋のことで江戸で蒲焼の元祖を名乗っていた店だという。岡田村雄著「紫草」(大正五年)には、「大和屋のうなぎ」という項に、

「佛店といふは上野山下の中今は上野停車場の邊ををいへる里俗の稱なり」

とあり、仏店は住所の地名では無かったようだ。そして、

「大和屋は文化文政頃盛に行はれし店にて其頃出板の江戸見立番附の二段目に載せあるを見ても名高かりしこと知るべし」

さらに次頁の商標には、

「私儀数年此所にてぬらりくらりとうなぎしやうはい仕候」 

と読める。ぬらりくらりは江戸の昔からうなぎの決まり文句だったようだ。また、江戸買物独案内(文政七年)の商標にも「元祖」「元禄年中ヨリ連綿」と見える。年代については、「江戸の食と娯楽」に「世のすがた」(天保四年)からの引用として、

「うなぎ蒲焼は、天明のはじめ、上野山下仏店の大和屋といへるもの、初て売出す」

とあり、元禄からあったかどうかはわからない。

しかしとにかく仏店といえば蒲焼の名店であって、一首目は放し鰻で売れ残って逃がしてもらえなかった鰻は仏店で往生とある。蒲焼の名店は他にもあったが往生の縁語として仏店を選択したようだ。

二首目は両国橋の大きな長い橋のたもとで打っている放し鰻は小さく短かったと。青空文庫で読める岡本綺堂「放し鰻」(大正十二年)には、

「かれは両国の橋番の小屋へ駈け込んで、かねて見識り越(ご)しの橋番のおやじを呼んで、水を一杯くれと言った。  (中略) 番小屋の店のまえに置いてある盤台風の浅い小桶には、泥鰌(どじょう)かと間違えられそうなめそっこ鰻が二、三十匹かさなり合ってのたくっていた。これは橋番が内職にしている放しうなぎで、後生(ごしょう)をねがう人たちは幾らかの銭を払ってその幾匹かを買取って、眼のまえを流れる大川へ放してやるのであった。 」

とあって、両国の橋番が内職で放し鰻を売っていたとある。「めそっこ」とはアナゴやウナギの若魚で、アナゴについては、江戸っ子は20センチ前後のメソッコを最上としたとも言われているが、ウナギの小さいのは蒲焼には向かなかったようだ。一首目のように、売れ残ってもすぐに蒲焼にするという訳にはいかなかったのではないかと思われる。両国橋は浮世絵にも出てくる大きな橋で飲食店が並び下に屋形船も浮かんで夜でも昼のような賑わいだったという。それを「ちさしみじかし」の七文字で締めたところがこの歌の面白さだろうか。

三首目は「むなぎ」と「つなぎ」が韻を踏んでいる。商人と共にウナギの命をつないだと言うが、現代人の目から見ると鰻を人質?に取られてるみたいでスッキリしない。

四首目のラストの字を「里」と読んでしまうと字数が足りないし意味がとれない。また「わたる」の「わ」も「王」とはちょっと違う気がするのだけれど、意味をとって上記のように読んでみた。正しい読みが分かった方コメントいただきたい。

人倫狂歌集の放し鰻売りの次には「はなし鳥うり」と題する歌がある。一首引いてみよう。

  のりなめし雀もありやねたんをもしたからきつてうるはなし鳥

他も舌切り雀を題材とした歌が多いようだ。実際の放し鰻、放し鳥は後生を願う信仰心からの行動であって、狂歌で読むのとは少しニュアンスが違っているのかもしれない。










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2 コメント

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Unknown (sin_chiseinooca2)
2020-03-16 10:12:53
「放し鰻売り」「はなし鳥売り」のこと初めて知りました。
ありがとうございます。
記載のあった岡本奇堂も青空文庫で読みました!
江戸時代の風俗といっていいのでしょうか、興味深いことです。
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Unknown (cachillat)
2020-03-16 10:41:26
@sin_chiseinooca2 知青様、コメントありがとうございます。
江戸の文化、風俗は奥深いですね。文献がたくさん残っているのもありがたいことです。放し鰻は私にとってもなじみのない風習で興味深いものでした。狂歌を通じて江戸時代に触れるようになってまだ二年ほどで初心者の域を出ていませんが、これからも心を動かされた題材を探っていきたいと思います。よろしくお願いします。
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