みなさま、本日もありがとうございました。
水面下では、色々と次の歴史授業に向けて
今週は、なかなか更新できなくて
すみません。
水面下では、色々と次の歴史授業に向けて
準備をしています。
上の絵も、
この画像を資料に入れていこうと
描いています。
今回は自分のお話です。
私は小さい頃から
絵の具での、まじめな絵の色塗りが
好きでした。
でも、小5のいじめ、
小6に学校の先生に迫害されたときに
自分の絵について
さんざんなじられたこと、
そして、
私は盗作していないのに
先生のお気に入りの生徒さんの絵を
他の生徒さんから私が盗作した、
という言葉を信じ込んだ先生が
私をクラスメイト全員の場で
罪人呼ばわり、人格否定
ということをされて以来、
「まじめな絵を絵の具で、
じっくり描くこと」が
恐怖の対象になってしまいました。
でも絵は描きたかった衝動を抑えられず
「簡略化したイラスト」を描いて
逃げてました。
だって、私は絶対に
盗作してないんですよ。
その絵は夏休みの宿題で、
テーマは「近所の風景」だったから
ご近所に住んでいたら
描く場所が同じになることは
あります。公立の小学校に通う小学生の
近所は、ほぼ同じ。
しかし、
私は夏休みにその子に会ってないのです。
いじめられて誰も友達がいない私が
どうしてその子に会えるんでしょうか?
さらに、同じ場所を描いても
私と、その子が描いたタッチや構図は
しっかり見ればぜんぜん違うとわかるのに
どうして、先生は、あらゆることを総合して論理的に考えれば、
私が盗作してないとわかるのに
私を罪人に仕立て上げたのはなぜだろう?
という静かな怒りはずっとありました。
でも、その怒りよりも
「自分が誤解されるようなことをしたから
私が悪い」
↓
「私が誤解されるのは、
先生やクラスメイトが言うように
私の人格が悪いからだ」
という、
自分への人格否定に
努力の方向が向きました。
それからは真面目に絵を描くことが
すごく怖くなりました。
「簡略化したイラストなら、
本来の私が描いてないのだから
それでどれだけ愚弄されようが
彼らが攻撃しているのは私ではないから
大丈夫」と無意識に思って、
すごくいいかげんに
絵を自分は描いていたことが
最近になって、わかりました。
要は、
私は
「人格否定される」ことが怖いこと、
そして、さらに怖いのは
「他人に人格否定されたら、
自分の人格を
相手が望むように
変えなければならない」
という思考になるのが、
怖くて怖くてしょうがなかったですね。
しかし、あるドラマで、
「境界性パーソナリティ障害」というのを
題材に描いているのを知り、
それで気になって、原作の漫画本を読みました。
また、他にも
「パーソナリティ障害」を自分なりに
調べて考えてみた結果、
「本来の生まれつき備わっている特性と
生まれてから周りの人と交流しながら
集団生活で生きていくために
育っていく過程で生まれる性格が、
うまく折り重なってできるものが、
パーソナリティ(人格)である。
多くの人は、その折り重なりが
無意識にストレス少なくできるのだろう。
しかし、中には、
生まれつきの特性による人格と、
育った環境によってその環境下を生き抜くために必要とする人格が異なりすぎて、
環境下を生き抜くために必要とする人格を
優先し、
生まれつきの人格を自分で否定する(抹消する)となると、
そのうち、感情が抑えられなくなる。」
と感じました。(ただ、私は医師ではないので、あくまで推測です。)
私自身、発達障害で生きづらく、
周りに自分の言ったことが
うまく伝わらず、癇癪をよく起こすことが
小さいときからよくありました。
だいたいは、
「泣けば自分の思い通りになると思って
やがる!根性ねじまがってる!」
とか
「他人の言ったことに素直に従おうとしない。なんてワガママなやつ」
と言われました。
こちらは
「なぜこの行為をやるのですか?」
というのがわからないから、
ただの質問として聞いていて、
別にその行為をやらないつもりもない、
ただ理由を聞いてからのほうが適切に動けるから理由を聞いただけでした。
でも、その人達からしたら
「質問」は「反抗」に見え、
私がいかに人格が歪んでいるか!を
私に言い続ける。
私の場合は、家族でなく、
だいたいは、母のママ友か、
そのママ友の子供、
もしくは、幼稚園や学校の先生に
言われ続けました。
だから、私は、幼稚園や学校はともかく
母の、そのママ友と、その子供には
会いたくなかった。
でも、その理由を子供の頃は
言語化できなくて、
母のママ友も、母がいないときに
私に言ってくる。
母が必死でママ友と仲良くしているのが
わかっていて、それは私のためだというのも
わかっていたので、
私がそのママ友の意にそまぬことを
したら母がそのママ友に何と言われるか?
が怖くて、
そのママ友たちが望むように人格を
変えなければならない、と
無意識に動いていました。
母のママ友に会いたくない、とは
母には言えませんでした。
今なら自分がASDとわかっているので、
「そんなに私をみんなと仲良くさせようと
努力しても、アナタの努力に見合った結果を得られないから、お母さん、諦めて、
友達とわいわい過ごすという方法以外の
努力で、集団生活が可能になるよう
お互いにがんばりましょう!」
とも言えるのですが。
精神医学の進歩、ありがたいです。
母のママ友が「学校に行くことで勉強できる」と思っている人だったから、
私は、いじめられた後、とくに、
先生から迫害されてからは
学校に行きたくなかったけれど、
行かないと母がママ友に悪く言われる、
と思って、ずっと行き続けました。
小さい頃から言われ続けていると
「私は人格歪んでいる」と
本気で思っちゃったんですよね。
でも、心の底では
「自分の人格のままでいたいし、
私はそんなに人格歪んでない」
と思っていて、
ときどき自分では抑えられない癇癪というのがおきて、
癇癪おこしたことで自己嫌悪に陥り
自分の中で、生きるときの課題で
それが苦しくて苦しくてしょうがなかった
のです。
でも、癇癪おこす自分が悪いからだ、
人格がゆがんでいるからだ、
みんな、私がいないほうが喜ぶから、じゃあ・・、と何度思ったことか。
でも、
「パーソナリティ障害」について
詳しく知るまでは、この自分の癇癪は
発達障害(ASD)ゆえんによるもの、
と思ってました。
でも、心の底では
「この癇癪はASD由来の癇癪でないものも
あるのでは?
パニックになって泣いてしまうレベルは
ASD由来の気がするが、
半狂乱になって、自分の頭を殴ったり、
ペンで自分の手を刺すことまでする癇癪は、ASD由来ではない気がする」
と思ってました。
ずっと違和感があったのです。
そして、その違和感はたぶん合ってて、
パニック→泣く、のはASD由来だけも
ささいなことで突然怒りがおさまらなくなり、大泣きして自分を攻撃してしまうのは
パーソナリティ障害由来のものかもしれない、と私は思いました。
(ただ、まだ心療内科の予約日が先なので、パーソナリティ障害かどうか?は
不明です。)
パーソナリティ障害について知ったときに
「他人が自分を人格否定する」することは
止められないけれど、
その後の自分の思考(自分で自分の人格否定をすること)は
意識して止められるのでは?と思いました。
他人が私を人格否定するのは
私が「発達障害(ASD)」だから
なのは、なんとなくわかってました。
(発達障害の理由で人格否定をして良いわけではない。)
おそらく、リーダーシップをとりたいとき
または主導権を握りたい時、
「なんとなくの雰囲気で動いてくれない」人を動かすには、その人の「人格否定」をするのが、楽なんですよね。
相手を理解しようと努めなくて
自分は被害者意識で相手を攻撃して
相手を自分に服従させることができるので。
私はそんなリーダーシップは
絶対にとりたくないけれど。
だから、あのときの学校の先生は
クラスの中で私がうまく動いてくれないから
私を悪人に仕立て上げて、人格否定して動かそうとしたんでしょうね。たぶん、無意識に。
ご近所つきあい、母のママ友つきあい、
そして、盗作冤罪事件をかけられたときに、
「私自身が人格を変えること、
つまり、人格を自分で否定し続けることで
やっと集団生活で、攻撃されずに
生きられる」ということを自分は
誤学習してしまったんです。
今から考えれば
母のママ友さんも、学校の先生も
「発達障害のことに対して知らないのね」
と思って、言っていることは
黙って聞いてニコニコして、
自分の心の中まで
響かせなければよかったんですよね。
だけれど、時々、
感情の爆発がおこることが
しばしば。
感情の爆発がおこるきっかけは
「みんなができることができない(足並みをそろえられない)」とき
「自分は、悪い意味で言ったわけでもないのに、相手は私が悪い考えで言ったと思って、諭したりバカにした態度をとった」とき
「絵を描いた時、何かを指摘された」とき
でした。
つまり、これは、小学校の先生が
私を攻撃した時と同じ場面を思い出され
「やっと、高校や大学で
自分らしく生きても安全と感じたのに
また人格を変えないと攻撃される」
という思考と
「もう、二度と人格を変えたくない!」
という気持ちで感情が爆発して
しまっていました、ということです。
また、
絵に関しては、一時期、
それでも、同人活動やクリエイター活動は していました。
コロナ禍をきっかけに
急激に売上がガクンと落ちました。
でも、作家さんによっては
人気は衰えず、むしろ、人気があがる人も
いました。
その理由はもちろん、その作家さんに
絵の技術も絵の魅力もあり、
話も面白いから、なのですが、
私の中で、「その作家さんは、
絵が上手く、話が面白いだけでなく、
世間が求める人格だからでは?」と
思ってしまう心があったのです。
それで自分がすべきことは
「自分の人格否定とその改訂」
だと思ってしまい、
だんだんと、
絵を描くのは
「過去に自分の中で人気のあった作品」
を描かねければならない、となり、
それを描いても売れないと
「やっぱり、私の性格を変えなければ!」
となって、ますます、絵を描くことが
辛くなってしまいました。
「勉強大好きなのに、それじゃいけない!
勉強は辛いものと思わなければいけない。
日々の幸せに感謝して、
みんなでワイワイしたり、
食べ物や自然を
満喫できる人にならなければならない。
そうじゃないと、絵を描いてはいけない!」
という思考になりました。
これで、このままだと、昔みたいな癇癪の
大爆発をおこす、と思ったため、
癇癪で家族を台無しにしてはならない!
と思い、同人活動とクリエイター活動を
休止して、今に至ります。
でも、
この「自分の人格否定」
することで
集団生活を
生き延びていたことを
今までは、どれだけ辛くても
「良いこと」「正義」「義務」だと
思っていたけれど、
それは
「悪いこと」「危ないこと」かもしれないと、
パーソナリティ障害の
存在を知って、思いました。
「本来の人格と、環境で必要とされる人格、があまりに異なるなら、人格を変えるのでなく、その環境から遠ざかった方が良い。
その環境から離れられない場合は、
自分で自分の人格は否定せず、
表面だけつきあう努力をすれば良い。」
という形にして、
わざわざ、相手の気持ちを先取りして
その人が望む人格に無理やり変えるのは
やめよう!と決心しました。
そう思ったとたん
「小5でいじめられる前の絵に
タッチを戻したい」と思い、
先程の絵を描き始めました。
それまでは、そういう絵を描こうとすると
頭がわれるように痛くなり
どこからか
「そんな絵を描いたら、極悪人として
冤罪かけられて地獄に落ちるよ」
という声が聞こえ、
描けなることが多々ありました。
でも、自分の人格を否定しないように、
むしろ、否定しないのが「正義」と
したら、一週間くらい、ナゾの声もせず
ずっと絵を描けるんです。
上の絵が、ナゾの声がしず
楽に楽しく描けた絵です。
ただ、やはり「勉強」が何よりも好きです。
それは
「勉強は、自分の人格のまま、
むしろ、自分が自分らしくあればあるほど
できるようになった」
という経験しかないので、
これからも勉強を続けていきたいし、
その勉強の補助画像としての絵を描き続けたいです。
そして、私のように人格否定しないで
勉強を楽しめるよう、
「自分ができる限りのことをブログで書いて、同人誌を作ることができるようにしたい!」と思います。
長々とご覧いただき、
ありがとうございました。
また、歴史授業の続きをはやくアップ
できるよう、がんばります。