城川町で行われる実盛送りを見に行ってきました
Hpの説明載せときます
実盛送りの行事は、五穀豊穣、害虫退散を祈願する虫送りの行事で、江戸時代から全国の農村で長く伝承されてきた。
武蔵国長井庄斉藤別当実盛は木曽義仲を討つため出陣、討手の大将信濃国住人手塚太郎光盛と組み討ち、高刈の稲株に足を奪われ不覚の最期を遂げた。それが虫と化したと伝えられている。”すべて運か(ウンカ)死して稲作の守護神とならん”と誓ったと伝えられる。
人形は代々田穂で作られ、田休みの日にお寺(宝泉寺)で入魂の供養の後田穂の大池(出発点)へ移され、念仏供養の後川下へ向かって行列がはじまる。途中の茶堂で小休憩し、善男善女の参拝と胸の「さんや袋」に弁当(かしわ餅・赤飯など)を受ける。最後は今田の人々によって杉の瀬川原まで運ばれ、最後の供養の念仏が行われて解散する。
と書かれてます
8時半から始まるとは聞いていたのですがさすがに朝からはきついので10時ぐらいに到着途中から見ることができました
田んぼの中通るのはこの辺だけってことで何とか間に合いました
実盛様
朝から夕方まで
各地区の人と交代しながら歩きます
茶堂で龍沢寺楽念仏を奉納する
お茶やお菓子のお接待
龍沢寺楽念仏の奉納
終わると次の場所に移動する
途中でベンツに乗った子供が坂を登ってきた
これなんていうものなのかな?
お布施みたいなやつ?
しっかりと役目はたしてます
昼で帰る予定だったけど結局最後までついて行った終わったのは夕方4時だった
炎天下の中昼も食べずに追いかけたのでしんどかった(笑)
てこと続きます
コメント欄おやすみです
コメント休みに失礼します。
由緒ある祭りなんですね。
厳かに伝承されていて良いです。
ちょっと感心しました。
私たちは中抜き(煙管と同じ)をしてベルさんの情報で最終場面登場、楽をさせて貰いました。
いかに情報が大切かがよく分かった行事です。
しかし、初めての参加でも素晴らしい切り取り、勉強になりました。m(_ _)m
退職して時間が取れるようになって色々な行事を見ることができるようになっているのですがこの時期は何時も北海道行ってので
見る機会が無かったんです
今年は北海道体調不良で止めたので頃を見ることができました
しかししんどかった
この実盛様の行列8時半から16時過ぎまで歩いてるんですそれを追いかけて行ったからもうこちらの体力が限界でした(笑)
距離で5~6㎞あるんじゃないかな
集落ごとに引き継いでいくのですが大変ですね
見ることができてよかったです
情報もらったおかげで今年は見に行くことができましたありがとうございます。
梅雨を避けて北海道に行ってる時期
見ることのなかったものでしたので見ることができてよかったです
集落ごとに交代するとはいえ炎天下の中凄い距離歩きますね
数年前泥んこ祭り初めて見に行ったのですが翌年から牛がいないってことで中止
見ることができてよかった
見れる時に見てないと高齢化などで中止ってことがありそうですね
ベルさんの体調不良のお陰で(^_-)、私たちもこの行事を見ることができて本当に良かったです!! 長い時間食事もとらずに頑張ってついて回るほど、興味深い実盛送りが今後も長く続いていって欲しいです🙏
これはこのお祭をされる側は相当大変かと思います。
この時期ですし、写真からもどうにも蒸し暑さを感じますしね;。
ずっと歩きっぱなしなんでしょうか。
お祭とは言え過酷だなと正直思いました。
それをお昼も召し上がらずについて回るベルさんも同様です。
本当にお疲れ様でした。
首や腰に疲れが残りませんように。
ちょっとピンと来なかったので
調べてみたら宇和町などが
合併した市なんですね。
卯之町に数年前に行きましたが
もう一度訪れたい場所ですわ。
応援ぽち
ほんとこの時期は宇和島にいなかったんだなと実感(笑)
先輩方から色々な情報を送ってもらうので時間が取れる時はできるだけ行くようにしてます
初めてのことも多いので何処に行けばいいのかどこからどう撮ったらいいのか全く分からない
この日の行列がっ昼休の間に次の場所を捜して移動して待ち構える
さすがに体力勝負になると辛いですね
この地区道路沿いに茶堂がいくつもある場所なので
その集落の主だった茶堂で龍沢寺楽念仏の奉納をしたあと少し休んで接待受けてる間が休憩時間ですね
集落ごとにバトンタッチして移動
それでも1km以上は歩いてると思います
昼は1時間茶堂で休憩があったのですがその間に次の撮影場所を捜していたので結局最後まで食べる時間が取れませんでした
何度も撮影きてる人は上手く先回りして食べたり休憩したりしてました
次回撮る機会があったらばっちりです
西予市 宇和町 城川 野村 明浜もそうなのかななどが集まって西予市になってます
国道56号や校則が通ってる宇和町が一番有名なのかな