おちよな毎日2

続「おちよな毎日」。

最近読んだ本

2022-08-20 09:18:43 | 
8月19日(金)

昨日は長男の誕生日でした。彼もアラサーなわけで、こちらも歳とるのはやむなしと思う今日この頃。

会社の夏休みは11日から16日まであったので、だんながこの間から赴任している名古屋へ行き、家事半分、(だんながレンタカーを借りたので)近郊日帰り観光半分という日々を過ごしました。
これ以外にもちょいちょい名古屋へ週末通っているので、先月から今月にかけての新幹線代(カード支払い)がうほほーっていう額になってます。

そんなわけで新幹線の中で最近読んだ本;

営繕かるかや怪異譚(小野不由美):古い家に住んでて怪異現象に悩まされる人々の困りごとを大工さんが営繕で解決する物語。「いるはずのない人が見える」ことは俄に信じ難いけれども、この世に執着や重い感情を残して亡くなった人が家のあたりでうろついていても不思議はない気がします。それをお祓いとかでどうこうしようというのではなく(大工さんだから)、昔の言い伝えを尊重してあるべき物はあるべき所に置きつつも、風を通して気の流れを良くする仕事で「この世にいない人」を解放してやるという、ほっとする話でした。

手づくりのアジール(青木真兵):都会の市場原理主義に心身をすり減らして限界を感じ、山村に移り住んで私設図書館を開いた夫婦の対談集。現代社会では「労働し生産性を向上させる」ということが最上の価値であり、自分の労働力を商品化できない人は社会に存在する価値がないとして切り捨てられてしまうという恐ろしい感覚に行き着くというのはその通りだなあと思いました。普段何も考えずその大きな波に飲み込まれて生活しているけれども、そこから離れて自分の土着の感覚を取り戻して「まあそういうこともあるよね〜」みたいな、ふわわんとした曖昧さを大事にして暮らしていけたらいいのかな。「猛烈な働き方」か「仕事がないか」のどちらかではなく、食べるのに困らない程度に仕事がありつつ、他の社会活動ができるような生活が理想。

「タイムマシンに乗れないぼくたち」

2022-08-06 21:25:02 | 
8月5日(金)

この2日間ほど最高気温が30度を下回り、しのぎやすいのは本当に嬉しいです。今日は職場の同僚が「ラーメン食べてかない?」と誘ってくれたので近所の行列店に並んで(まあでも昼よりはましだと思う)食べて帰りました。初めて食べたのですが、さすがに美味しい上品な味でした。誘ってくれて感謝です。ラーメン屋では長居できないので、その後カフェに移動し、会社のことや老後についてなど、普段できない話をあーでもないこーでもないと言い合いました。よく笑った楽しい夜でした。

ここしばらく通勤時に読んでた本;

「タイムマシンに乗れないぼくたち」(寺地はるな);職場や学校や家で「さえない」「無害で便利」「いないも同然」「こうあるべきレールから外れている」といったレッテルをはられたり、軽んじられたりといった扱いを受けている主人公達の短編集。「いろいろある世界から逃亡したくなる」閉塞した状況や気持ちにありながら、でも、心に小さな灯がともるような存在の誰か(や何か)がいて、その命綱みたいな存在が幸せでありますようにと祈るような気持ちが沁みました。夫に死なれた妻が夫の「夢の女」と暮らす話には涙が出ました。

誰かがいる幸せ

2022-07-17 17:02:55 | 
7月17日(日)

3連休で久々に自分の実家に帰省しています。ごろごろして本を読んで、眠くなったら寝て、たっぷりご飯やおやつを食べて、ぐうたらする楽しい休みです。体重は間違いなく増えていると思いますが。

で読んだ本;

「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」(川内有緒);タイトル通り、全盲の白鳥さんと共に美術館やお寺へ絵や仏像を見に行く体験をつづった本。どういうこと?と思ったけれど、晴眼者の人々が絵を見てそれぞれ感じたことを口にし、それを白鳥さんが聞いて想像したり雰囲気を感じるということだそう。なので、教科書的な解説みたいなのはむしろ邪魔っぽくて、それぞれの人が先入観なく現場で感じたことがそれぞれあってるという感じ。
 同じ絵を見ているのにもかかわらず全然着目点や印象は同じじゃなく、他の人も同じように思ってるに違いないということはただの思い込み。いかに自分は対象物を見ているようで見てないかということにも気づく。
 障害について、自分は他の人にはなれないから100%その人を理解することは不可能だけど、でも、同じ場にいて話して笑いあうことが大事ってほんとそう思う。「できる」ひともいるし、「できない」ひともいる、それぞれがそのままでいられるということの大事さ。


「女ふたり、暮らしています」(キム・ハナ/ファン・ソヌ);韓国の売れっ子コピーライターと一流誌のファッションエディターという、かっこよすぎる職業の女子が40代にさしかかる頃に始めた同居にまつわるいろんな出来事が綴られた本。猫と音楽とお酒が好きで、センスが似ていて、同居するのにこれ以上の人はない!と思って始めた二人暮らしだけど、始めてみると物を持たない主義の前者と物をあふれるくらい持つ後者のせめぎあい等、大小の習慣の違いが時にけんかに発展したりもする。
 長らく一人暮らしを謳歌してきた人間にとってそんな面倒が耐えられるのかしらと思うけれども、次々起こる出来事を解決できるのは、やはり2人の才能やバイタリティー、ポテンシャルの高さ故なんだろうなと思う。自分と全く違う性格だけど尊敬できる相手が間近にいて、そこから得られる刺激があり、新しい世界に踏み出せているという羨ましい関係。

花屋さんが言うことには

2022-06-25 16:10:03 | 
6月25日(土)

35度くらい?真夏の気温。ちょっと午前中用事で近所に出ただけで、うわーしんどいと思って午後は何もせずクーラーの効いた部屋でだらだらしてました。

今月、マンションの外壁改修工事が始まっているので窓の外を作業員さんが行ったりきたりしています。暑くて大変だなー。室外機からの熱風が申し訳ない気がします。

そして今週読んだ本。「花屋さんが言うことには」(山本幸久);勤めてたブラック企業のセクハラ上司からファミレスに呼び出され執拗に責められていた主人公が、偶然居合わせた花屋さんに救われてその店で働き始め、いろんな人との出会いや助けがあって、今までのどん底状態から良い方向へ人生が回り始める読後感の爽やかな話。やっぱりこういう話が好きだな。花の種類あれこれ、花にまつわる俳句や、花言葉などふんだんに出てくるので、花や花言葉に詳しい人だったらより楽しい本だと思います。(出てくる花のいくつかはどんなのかわからなくてぐぐりました)




最近読んだ本

2022-06-11 08:50:57 | 
6月10日(金)

「生者のポエトリー」(岩井圭也);場面緘黙症で他人と会話ができない青年、モラハラする恋人がいる女子大生、荒れた家に生まれ育ち刑務所から出たばかりの青年、妻に先立たれた定年後のおじさん、ブラジルから出稼ぎに来た母に連れられてきた日本語が不自由な少女、市役所でくだらない上司のもとで働く派遣社員の青年のそれぞれの人生が詩を媒介にして少しずつ影響を及ぼしていく話。どの話の主人公もどん詰まりとか、孤独だとかいう鬱屈した境遇なのだけど、胸の中に溜まったいろんな思いを恥ずかしさを振り切って自分の言葉で正直に解放することで自分の気持ちや周りの何かが変わるという、言葉や詩の力の可能性を感じた。

「手の倫理」(伊藤亜紗);視覚や聴覚と違う、触感ならではの距離感の近さ、原始性、相手の状態を感じ取ってしまう怖さなど、いろいろ考えるところの多い本。「さわる」「ふれる」「なでる」‥‥のニュアンスの違い、ふれる方とふれられる方の信頼感の有無や関係性、ふれることで共鳴したり緊張感が走ったり、と考えるほど絶対的な正解というものはないのだなと思う。介護の際も当たり前に触るけれど、それは本当にデリケートな問題なんだと再認識。

「ドラえもんを本気でつくる」(大澤正彦);コンパニオンロボットを作る時に隙のない完璧な機能を持たせようとするより、多少なりともだめだめな部分があって人間が「しょうがないなー」「助けてやんなきゃ」とフォローする余地がある方がロボットに親しみがわくっていうのは本当そう思う。期待値を下げてコミュニケーションを人間の想像力や共感力で補完させ(人間がペットと会話する時に自分の都合のいいように解釈するような)、関わり合いを続けるうちに互いの関係性やロボット自身の能力も育っていき、真に役立つロボットになればいいという。作り込みすぎない、かわいいミニドラみたいなのがいろんな場面で人間を助けてくれたり、寄り添ってくれる未来なら楽しいかも。

「カラスは飼えるか」(松原始);カラスの話にとどまらず、フィールドワークでサルを定点調査する話とか、人間に人気のある鳥の話いろいろ(著者はなぜカラスだって可愛いのに愛されないのかーとぼやいている)も。ちなみにカラスは飼えない(野鳥は愛玩用の捕獲が事実上認められないから)そう。狩猟鳥ではあるから免許のある人は獲れるそうだが。しかし、現実的にカラスを飼うのは難しいとのこと。まず大きいし、いたずら好きだし。著者に言わせると「ヘタレで甘えん坊なカラスがいなくなると深刻なロスになる」...生き物を飼うとそういう目にあうやね。