華氏451度

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小泉から安倍へ――ムルとトマシーナの会話

2006-07-30 14:59:05 | ムルのコーナー

深夜の公園で、またムルとトマシーナが喋っている。(※)

※ムル=都の東北を縄張りとする、ご意見無用の堂々たる?野良猫。ときどき華氏451度の代理で、UTSなどに顔を出し、青年マルコに「やたら小理屈の多いネコ」などと言われてしまった。  トマ=生まれて2か月で今の飼い主にもらわれてきた(飼い主はうまく押しつけられたとぼやいている)、箱入りお坊ちゃま。飼い主の悪趣味でトマシーナという女性名をつけられた。通称はトマ。ポール・ギャリコの『トマシーナ』とモーリス・ブランショの『謎の男トマ』を合わせたような贅沢な名前のわりには、ごく平凡な食っちゃ寝ネコで、ムルの腰巾着。

トマ:ねえ兄貴、人間の世界では安倍って人が総理になるらしいと騒いでるね。

ムル:そうらしいな。おれらには関係ねぇけどよ。でも、ほかにタマはねぇのかよ、とは思うよな。

トマ:あの人ね、本出したんだってさ。うちの華氏はそれを読んでブログとかに書いてさ、みんなにあきれられてたよ~。ハムニダ薫さんて人には「わざわざお金出して買って、ご愁傷さま」なんて言われてたし。

ムル:けけけ。まっ、あいつは活字中毒で、書店に並んでる本を玉石混淆で片っ端から読みたい奴だからなぁ。普通はわざわざ読まんで。

トマ:安倍って人、人間には人気があるのかなあ。今の小泉って人も、人気があるんだってね。僕には何処がいいのかサッパリわかんないけど。

ムル:小泉人気かあ……わかる気はしないでもないな。つい2~3か月前だけどさ、おいらが道端で居眠りしてたら、タクシー運転してるおっちゃんが二人、車止めてペットボトルのお茶か何か飲みながら話してるのが聞こえてきてさ。「もっと小泉さんに頑張ってもらわないと」って言ってるわけ。もっとどんどん改革を進めてもらわなきゃ、ってニュアンスだったな。

トマ:その人達、「勝ち組」ってやつなのかしらん?

ムル:そうじゃねぇと思うけどな~。生活きついってぼやいてたし。でも、多分「完璧負け組」だとは思ってないし、そうなりたくないと必死なんだろうな。でもって、世の中が「改革」されたらもう少しよくなるんじゃないかと幻想持ってるんだと思う。

トマ:改革って、小泉流の改革?

ムル:何流か知らねぇよ。ただ、「改革」って、すごく耳障りがいいじゃん。小泉っていう男は、その言葉も合わせて、いやに「颯爽としたイメージ」を振りまいて登場したんだよな。今までの自民党の首相とはどっか違うぞ、という感じ。確かに何つうか、自民党の政治家ってひとつのイメージがあったじゃんか。ちょっと腹の出た泥臭いオジン。選挙民の前で土下座したりさ。で、地元の利益とか、自分の懐こやすとか、そういうことばっかり考えているというイメージ。自分の出身地に強引に駅作ったなんてのもいたしさ。

トマ:小泉って人は、そういう政治家とは違うイメージだったってわけ?

ムル:まぁな。日本の国の明日を考えてます、理念があります、というイメージだけは振りまいてた。見た目も若干違うだろ。あの髪型とかもさ、「今までの自民党の政治家とはひと味違う」っていう感じを持たせたんだと思う。「今までの常識とはちょっと違う」のが出てくると、期待を持つっていうか、好意的に解釈してしまうとこがあるんだよな。「今までの常識」がおかしいとしても、ほんとはどう破るかの方が大切なんだけどさ。

トマ:女の人とかにも人気あるんだって?

ムル:らしいな。おいらには、なんでなのかサッパリわからんけど。

トマ:人間の女性って、趣味が悪いのかな。

ムル:そんなことねぇと思うけど……。女性の人気ってのも、底には今言った「これまでの自民党政治家とはちょいと違うぜ感」があるんじゃないかなあ。若者に人気――があるかどうかは知らんけど、あるとしたらその場合も同じじゃないかな。

トマ:人間は今までの自民党政治家に飽き飽きしてて、だから「ちょっと違う」ふうに見えるのが登場したら喝采送ったというわけ?

ムル:そう言っちゃうと単純すぎるかなあ……でもぶっちゃけて言うとそういう面も大きいんじゃねぇのかな。それに人間って、言いたいことを言う奴、中身はどうであれ派手にものを言う奴を「カッコいい」と思ってしまうとこがあるんだよな。憧れるっつうか。地べた這って生きてりゃ、普通、なかなかそうはできないもんな。

トマ:だからそういうの見るとスカッとする?

ムル:うん。都知事の人気にも、そういうところがあると思う。強いリーダーという感じもするんだろうな。なんで強いリーダーが欲しいのかわからんけど、世の中が悪くなってくると「強いリーダー待望論」「英雄待望論」が出てくるのが世の常らしいや。誰か何とかしてくれ~!という感じかな。

トマ:何か怖いね……。

ムル:そりゃ人間もね、バカじゃねぇからさ。小泉の改革って自分達のためのものじゃないらいしぞって内心気づいてると思う。でもいったん賭けちまったからには、少々のことじゃ賭けから降りられないのさ。パチンコ行って1000円すっちゃうとするだろ? そこで止めときゃ傷は浅いのに、損を取り戻したくて台にしがみついて、結局1万円すってしまいました、ということになる。

トマ:変なたとえだなあ……。

ムル:じゃあ、こう言おうか。ある女性が、結婚した。相手の男のことはよくわからないが、ともかくそれまで会って失望させられた男とはちょっと違うように見えた。言うこともカッコよく思えた。でも結婚してみたら、とんでもないエゴイストの暴君だった。そんな男にはさっさと見切りつければいいようなもんだけど、彼女は自分の最初の選択が間違っていたと思いたくない。だから「ほんとはイイ人なの」「この人が言うようにしていれば幸せになれるはず。いま不幸なのは私の努力が足りないのね」などと自分自身に言い聞かせて、地獄への道一直線……。

トマ:それってバタード・ウーマンのパターンみたい(笑)。でもさ、小泉はもうすぐ辞めるわけじゃない。その後は安倍って人が有力だそうだけど、この人はなんで人気があるのかなあ。

ムル:ほんとに人気、あるのかなあ……。いわゆる庶民っつうの? おまえんちの華氏みたいな連中には人気ないと思うぜ。ただ、みんなもう完璧に失望してるのかもな。「誰が首相だろうと結局、よくなるわけがない」って。だからもう冷ややかになっちゃって、興味がないと言うか……。ただ、周囲は「人気」を作り上げていくだろうな。本とやらを出したのも、人気作りのひとつ。

トマ:とんでもない本だったそうだけど、そんなもので人気が作れるの?

ムル:知るか、そんなこと。でもあの本は、努力とか可能性とか平和とか、キレイキレイな言葉がテンコ盛りだっていうじゃん? 

トマ:「みずからかえりみてなおくんば、千万人といえどもわれゆかん」って言葉も出てくるんだって。華氏がひっくり返って大笑いしてた。いやあおもしろい、寄席行くよりおもしろいって笑ってたよ。

ムル:おいらも笑っちゃうぜ~。みずからかえりみて正しいと思ったから、千万人に非難されても覚悟の上で統一協会にも祝電送ったのかね。その割には言い訳がしみったれてたけどな。

トマ:ふふ……。あれじゃあ、孟子も泣くよね。

ムル:でもそういう言葉って、考えてみるとほんと危険だよな。人間、キレイで颯爽とした言葉には弱いから。言葉なんて道具に過ぎないのに、人間はそれに酔うから始末悪い。こういう言葉が塗り重ねられていくと、「安倍さんってイイコト言うじゃん」と人気めいたものが醸し出されてくるんだろうな。イイコトだけなら誰でも言えるぜ。おいらだって言えるぞ。

トマ:小泉は「出るべくして出て来た首相じゃないか」という話もあるよね。安倍もそうなのかな。

ムル:安倍晋三という政治家個人がどうこうって問題じゃなくてさ、「ああいう政治家」が出てくる方向なんだろうなとはおいらも思う。

トマ:ああいう政治家?

ムル:「日本! 日本! 日本!」って叫ぶ愛国心政治家。小泉もそうだったけど、安倍はその部分がさらに肥大してる気がする。いよいよ時計の針が戻るな。

トマ:何でそんな政治家が出てくるわけ?

ムル:「いいことなんか何もない」っていう息苦しい状態になると、なぜかアイコク的気分が蔓延してくるんだよな~。「大道廃れて仁義あり、(中略)国家混乱して忠臣あり」とかって昔のエライ人が言ってるだろ。道が廃れたから仁義がことさらに言われるようになったし、国が無茶苦茶になったから忠臣が讃えられるんだ、って意味らしい。仁義だの忠臣だのが言われる世の中は不幸だぜっていうことだよな。

トマ:兄貴、老子とアイコク的気分とどう関係あんのさ?

ムル:黙って聞けって。愛国心なんてことがことさらに言われるのは、世の中がおかしいことの証拠だとおいらは言いたいの。こんな国ヤダ、と思うから、愛国心~に酔ってしまう。オカミのほうもそういう気分を利用する、というか煽るんだよな。この国は多分、袋小路に迷いこみ始めてる。だからヒステリックな愛国心が生まれるし、そこんとこでいい気分にさせてくれる政治家が歓迎されるんじゃないかな。そりゃ前々から「愛国心! 愛国心!」とわめくのはいたよ。ほら、さっき話に出た都知事とかさ。自虐史観がどうこう、なんて言ってる連中とか。でも、あれは趣味で言ってるんだ、しゃーねぇな、みたいに距離をとって見ている人が多かったとおいら思う。半ばおもしろがったり。ところがさ、最近は趣味じゃなくなってきたんだよな……。この辺で立ち止まって方向転換しないと、ほんとにこの国はヤバイぜ。

トマ:自分の亭主はダメな奴だとうすうすわかってるからこそ、誰も聞いてやしないのに「私は彼を愛してるのよ!」と大声でわめいて回ってるって感じ?

ムル:おまえも変なたとえするじゃんか(笑)。ま、雰囲気としてはそうかな。もうひとつ、世の中が息苦しくなってくると、「生け贄」を欲しがるっていうところもある。誰かを虐めたくなるんだよな。でも普通の人間は誰でも彼でもやみくもに虐めるのはさすがに後ろめたいんで、「あいつは悪い奴だからどんなに叩いても大丈夫」な存在を求める。それについては、「美しい季節とは誰にも言わせまい」のnizanさんて人が鋭いことを言ってるよ。

【北朝鮮や金正日なら、いくらでも批判できるし、叩ける。劣情満載でテレビのワイドショーでいくら、激烈な言葉を吐いても許される。そう、みんな生贄が欲しいのだ。つい、この間までは、光市母子殺人事件の犯人がその劣情の生贄だった】(『国防と劣情』より引用)

トマ:なーんか、ヤな感じ。

ムル:オレは強いんだぞ、オレは正しいんだぞ、って言いたいために誰かを虐める。虐めないと自分の強さや正しさを自分で納得できない。不幸なことだと思うぜ、ほんとに。人間は万物の霊長とかって威張ってるけど、そういうとこを見るとつくづくアホだと思わないかい? 神様とやらがいたら、こんな生き物を作ったことを後悔してるんじゃないかなあ。

トマ:そうじゃないってことを証明して欲しいよね。

 

 

コメント (5)
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