Mooの雑記帳

日々の感想などを書いていきます。

12月27日(水) 地方政治のあり方が根本から問われている

2023-12-27 23:15:14 | 日記

松本清張「ゼロの焦点」(広末涼子、中谷美紀、木村多江他)の始めの方の上野駅の描写、蒸気機関の列車のシーンを観ながら、映画のことより、小学生から大学時代の列車と上野駅のことをしきりに思い起こされてしまった。

小学生の頃に母の実家(石川県松任市)や祖母の兄弟(石川県河北郡内灘)に連れられていったときのこと、列車に乗るには行儀よく乗るなどということはまずなかった。先に一人が乗り込み、あとは窓から入り込むという実に乱暴なやり方で、ともかく座席を確保していたのです。
倶利伽羅峠を越えて金沢に近づくときには、窓を閉めて煙が入らないようにするのですが、それでも煙は車内に籠もって煙たいことこのうえなし。

大学時代に、東京経由で仙台から富山に帰る時には、上野駅で乗り換え。
上野駅から外に出て見た駅正面のたたずまいが、ちょうど見たままに描かれていて懐かしかった。
富山から仙台に行くには、上野経由で行くか、北陸線で新潟に出て常磐線に乗るかまたは酒田まで行き仙山線に乗るかですから、ほぼ1日がかり。列車の旅は学生時代の生活とは切り離せなかったのです。
ふと、そうした若い日のことを思い出させるシーンというのは、映画の内容すら忘れさせるものがあるような気がして、しばし灌漑にふけっていました。
だからどうした、ではありますが。

***

最近の自民党幹部の発言を聞いていると、自分たちのやっていることについて、犯罪的なことに手を染めているという自覚が全くない。それぞれが判で押したような逃げ口上を述べるだけで、説明責任を果たしたことも一度もない。政治的意識の劣化というよりも、人間そのものが根腐れを起こしているように見えます。

それを自民党ではありがちなことだと甘く見たり、それば別としても政治家としては優秀なのだからと同情したり、または、どうしようもないとあきらめ顔で見たりすることが、ずっと続いてきたために、ますます根腐れの度合いが進んでしまったのではないのか。

現在、この町で起こっている様々な問題も、国政ほどには酷くはないとしても、行政、議会、住民の間の馴れ合いやもたれ合いが地方政治をむしばみ、感覚を麻痺させているように思えてなりません。

誰かが問題をしっかり原理原則から捉えて、何をなすべきかを投げかけ正していかなければなりません。さもなければ、地方政治の底が抜けて、果てしのない荒廃へと落ち込んでいくでしょう。
とりあえず、地方政治の基本的なあり方をきっちりと押さえ、スジを通すことを忘れないようにすべきだとここでは申し上げておくだけにします。
多分、これをお読みの方は、何を問題にしているのかはまだ分からないかもしれませんけれど、皆さんに判断を仰がなければならない時期が近いうちに来るでしょうから。