Mooの雑記帳

日々の感想などを書いていきます。

8月31日(月) トマトマニアになりそう

2020-08-31 22:07:04 | 日記

今日午前中畑に行ったら、ハウスでキュウリを栽培し地場産に卸している高齢の夫婦に久しぶりに会いました。
03歳になるおじいちゃん(私もおじいちゃん)は稲穂の垂れた田んぼで草刈り最中。89歳になるおばあちゃんは、ハウス横の畑でネギの土寄せをしているところでした。この方は先日転んで骨折入院、長い間家で療養しており、何ヶ月も姿が見えませんでした。
二人とも元気な様子だったので、一安心。

キュウリハウスは、いつもなら直ぐに片付けて第2期栽培に入るのですが、今年はおばあちゃんの怪我で第1期分で終了。ハウス内は枯れたキュウリがそのままになっていて、聞くと涼しくなってから片付けるのだとか。
もう来年からはできなくなるのではないかと案じていました。

畑のナスも半分は枯れてしまっていたものの、残りは無事で沢山の実をつけており、取っていってくれと頼まれたので、ありがたく頂いてきました。MNEMOさんにもわが家のナスとまぜてお裾分け。ナスだけは大量にあって、妻は毎日料理に四苦八苦しています。

      *   *   *

さて、今年前半の作付けを振り返ってみると、トマト、キュウリ、ナスといった夏野菜は順調。とくにトマトは本当に沢山とれました。苗屋でもらってきたミニトマトのアイコは、もらってきた当初はみすぼらしい姿だったのに、ぐんぐん成長して鈴なりの実をつけましたし、大玉のトマトも巨大な実をつけて、何回も煮てペーストをつくり冷凍保存にすることができました。一年中、トマトベースの料理が食べられそう。

トマトはどんどん新品種も出てきて、今年とくに美味しいと思ったのは、赤いミニトマトと黄色の大玉。種はしっかり採取できたので、来年うまく育つかどうか。在来種でないと、先祖返りをしてしまうという忠告も聞かされているので、やってみるだけ。

毎年うまく育っているのは、10年以上前に近所の農家の人からもらった不思議な色のミニトマト。毎年種をとって育てていても、元気に実をつけてくれるので、ありがたい。ネットでどんな品種なのかを検索しても、まるでヒットしません。
今日、たまたまネットの奥底から見つけたのが、「世界希少な 紫真珠ミニトマト」というオークションの出品。3粒新品種として189円で落札されていました。ただ、この表示はどうも怪しい気がしますが、これくらいしか見当たらない。

ついでに、トマトに関するサイトを検索していたら、ものすごい種類の品種があるんですねえ。今年は7種類ほどの品種の種を採取することができましたが、来年は、変わった品種の種をたくさん入手して、栽培に挑戦してみようかなと思い始めています。
例年同じように実をつけてくれるものと、交配して元の姿をとどめないものも出てくるかも知れないけれど、それもまた楽しい。多種多様な変わったトマトを並べてみんなに見てもらうのもまた農業の楽しみのひとつ。まずは種を入手するところから開始です。

3年前だったか、ニュージーランド産だという細長く赤いトマトを地元のスーパーで見つけて衝動買いし、食べてみたらまずかった。ところが、ためしに加熱してチーズと一緒に食べてみたら俄然うまみが出て別物のようにうまい。というわけで、昨年、今年と連続して種から栽培。
今年は庭でゴーヤーの横にならべて植えたら結構大きく育って、毎日のように食卓に並んでいます。

調べてみたら、ニュージーランドは生産地で、本籍はイタリア。イタリアントマトの代表格のサンマルツァーノという品種らしい。ホール缶のラベルにも印刷されているといいます。ネット通販では、12粒641円とか、8粒712円とか。ギョギョギョですね。家にはもう100粒以上あるけど・・・。

このトマト、果肉が厚く種が少ないのです。だから、沢山集めるにはそれなりの量がいる。採種にはよく熟したものでないとダメですし。普通のトマトと違って、青い状態から熟すまでに相当な期間がかかるのです。
トマトペーストとしてバスタに使えばいいのかな。ドライトマトにすると絶品らしい。まだやっていないけれど。楽しみなトマトのひとつです。来年はもっと大量に生産しよう。


8月31日(月) 権力者の倫理、国民の倫理

2020-08-31 20:58:33 | 日記

テレビ画面は、自民党の次期総裁選挙についての報道オンパレード。安倍政権の総括なしに、ただずるずると現在の動きのみを追いかけるメディアの現状には、ただただ気が滅入るだけ。

ある世論調査では、安倍内閣の支持率が50%を超えたというのですから、これはもう開いた口がふさがりません。
早く辞めてくれてありがとうという意味じゃないかという斜めの見方もあるようですが、それほど単純じゃない。

昨日の信濃毎日、今日のしんぶん赤旗で、内田樹さんが登場、両紙ともほぼ同趣旨のことを語っていました。
日本がさまざまな指標で「先進国最下位」が定位置となってしまっているのは、政治家、官僚、財界人、メディア上層部の倫理的なintegrity(廉直、誠実、高潔)が壊れてしまったことによるという指摘です。
さらに、安倍政権では「権力を持つものは道徳的な模範である必要はない」が新常識となり、一般人には許されないふるまいも、権力者とその周辺の人間には許されるということを、多くの国民が「リアリズム」だと信じるようになり、この道徳的シニシズムが日本社会を根本から腐らせた、と主張。

メディアが連日報道する流れに易々と乗って、批判的に考えることも、まして行動することもなく、病人にむち打つことなど言語道断、「安倍首相、お疲れ様でした」とねぎらいの言葉をかけることこそ大人の常識だとばかりの報道があふれるこの社会。
7年8ヶ月続いた第2次安倍政権のすべての期間を通して、庶民の目から見れば何一ついいことはない。むしろ最低最悪の内閣であったというのは自民党の強固な支持者かネトウヨ諸君以外は、とくに違和感なく受け入れるのではないでしょうか。
問題は、「そうはいっても、もう終わったことなのだ。私はそんなことにもう構っていられない、関心もない」という慣れと惰性、すり切れた感性が蔓延する人々の精神生活(私も含めてですけど)。世論調査の結果にはそうした問題が色濃く反映されていないか。

アベノミクスで勤労者の所得は増えたのか。雇用条件・労働条件はどうなったのか。2度にわたる消費税増税で所民の暮らしは?
安保法制・機密保護法は安倍政権のレガシー?再三にわたる沖縄県民のノーの意思表示にもかかわらず辺野古の基地を遮二無二強行してきたのは誰のためなのか。カケ・モリ・サクラ疑惑の中心にいたのはいつも安倍だったのでは?公僕としての官僚のあり方を根本から崩してきた張本人こそ安倍その人ではなかったのか。この道徳的退廃、いや破壊が教育にもたらした否定的影響は計り知れないと思わないか。

この倫理的なintegrity(廉直、誠実、高潔)の破壊現象が国民生活の様々な場面で広がり、世界のさまざまな国で人々が人種問題や環境問題、コロナ対策などで街頭に出て意思表示をしているとき、この国ではどうか。若者たちの日常は?非正規雇用労働者たちの声は?教育や介護現場の労働者の声は?高齢者の叫びは?
そうしたことを考えると、私の頭の中には「貧困」という言葉が浮かんでは消え、また新しい形をとって浮かんでくるのです。

「貧困」はもちろん、経済的貧困だけを意味するのではありません。全生活(経済的、文化的、思想的、etc.)を資本に「包摂」されて、経済的貧困も貧困とは感じなくなり、よりよい文化的生活を求めることもない状態。現状に安住し、政治は政治家の問題なのだとばかりに、社会的なつながりに無関心になる。こうして、毎日面白おかしくその日を生きられればいいという現状追認主義にどっぷり浸ることによって、まるで「ゆでがえる」のごとく、もたらされるものです。
連日40度近い高温が続いても、政府に気候変動への対策を強烈に求める運動がこの国ではほとんど起こらないのも、ごく自然ななりゆきかもしれません。自分だけがさわいでどうなるわけでもありませんから。

内田さんの最後の言葉。
「権力を持つ人間には一般人以上に高い倫理性が求められるということが再び常識に登録されるまで、日本の没落は止まらないでしょう」
その通りだと私も思います。その常識は、権力者、官僚、財界人、メディアの常識だけではなく、広く国民一人一人の常識でなければなりません。だとすれば、常に異議を申し立て、抗うことで正気を保つこと。それしかないのだろうと我と我が身に言い聞かせるのです。


8月29日(土) ポリープ切除

2020-08-29 13:26:43 | 日記

昨日、朝から洗腸剤を飲んでスッキリした上で午後1時に病院へ。松本の病院まで約1時間かかるので、途中お漏らしをしないよう、おむつをして出かけましたよ。でも、家で全部出てしまったようで、大丈夫でした。

4年前の検査で小さいポリープがあって、次回に切除しましょうと言われていたので、その旨担当医に告げて詳細に検査してもらいました。

診察台に横になって検査開始。すぐ目の前に大きなスクリーンがあって、リアルタイムで私にも腸の中がよく見える。
検査がはじまってしばらくは、「何にもないんじゃないかなあ」と言いながら、何度も往復して検査。
「消えちゃったですか」と言うと、「消えることはないけれど、ポリープらしいものがあったということかもしれないね」と主治医。

スクリーンでは、腸の中が丸くふくらんでよく見えるので、「中がよく見えるように空気入れてるんですか?」ときくと、「そうだよ」という。
脇で看護士が「オナラを出してもいいですよ」とささやく。
若い看護師の前でブ~~とはやりたくないのが本心。
「出したいけど、お尻がパイプで塞がれているから無理です」
アホな問答を繰り返しつつ、さらに腹の中をぐりぐりと検査。

「ポリープってどうしてできるんですか?」
「割と出来やすい家系というのもあるし、喫煙とか飲酒とかの生活習慣も大きいね」
そんなことをしゃべりながら、さらに念入りに調べていた主治医、「ああ、ここですね」とカメラの映像が止まり、その箇所の映像を見せてくれました。

実は今日の今日まで、ポリープというのはポツンとしたイボのようなものかなと想像していたのに、全然違う。

「ええっ、何だか大きく盛り上がっているみたいですね」
「そりゃ、何倍にも拡大しているから。実際には大体5㎜ぐらいじゃないかな」
「その隣の組織とほとんど区別できないんですが・・」
「周りの組織とは全然違っている。プロが見れば一目瞭然。放っておくとガン化する可能性が高いポリープですね」

そういうもんかと思いつつ、「早く取ってしまいたいんですが・・・」と私。
「また改めてとなると、今回と同じように下剤をかけて1日入院となるから、やっちゃいますか。入院しても構いませんか」
「用意はしていないけれど、明日までなら何とでもなりますから、よろしくお願いします」
というわけで、すぐに切除手術と相成りました。

周りを縛って切除し(たらしく)クリップで留めて(途中は目を閉じていたので、クリップで留めたところだけ見えた)、15分ほどで終了でした。
「クリップも自然に取れますからね。入院してもらうのも、出血したりしないかどうかを見るためだから。明日の午前中には退院できますよ」
というわけで、手術もあっさりと終了。

必要なものはすべて病院で調達して、あとはベッドでゴロゴロ。
本を読もうと一冊持ってきたものの全く用なし。
安倍退陣のニュースを見ようと、テレビも見られるようにしたけれど、現場からの中継や安倍の記者会見も、ほとんど夢の中。
家にいると、夜寝付きが悪く、このところ眠れない日が多かったのですが、病院にいるとなぜこうもよく眠れるものか。
夕方9時前から朝の検温まで、いや検温が終わってから食事時間の8時過ぎまで、眠りこけました。疲れがたまっていたんですかねえ。

支払いを済ませて外に出ると、またまた強烈な日差し。
11時半頃には自宅に戻ることができました。
あとは、3週間後にポリープの組織検査の結果を含めて経過を見るために、もう一度通院。しばらくは消化のよい食べ物をとって、無理しないこと。

というわけで、4年越しのポリープにもおさらば出来ました。
とはいえ、内視鏡検査は3,4年ごとにやらないといけませんね。


8月27日(木)

2020-08-27 17:01:47 | 日記

しばらくぶりの投稿です。
明日は、大腸内視鏡検査のために、今日の午後4時からは絶食。明日の朝から例の洗浄剤を大量に飲んで腹の中を空っぽにしなければなりません。
4年前に一度検査をして、そのときに1つポリープが見つかり、なぜか「3年経ったら取りましょう」。コロナの影響があって、結局4年後に再検査を行うことになったという次第。
とくに内蔵の障害はないので、明日の夕方には美味しく食事が出来るようになるでしょう。

午前中はバラの会の定例作業。暑いので、作業時間は約1時間ほどにしています。
何しろ雑草園のようになっており、数人での草刈りも大変。
ここ一週間ほどは、東京や名古屋、大阪に負けず劣らずの高温で、日中はさすがに外には出られない。

ところが飼い猫のハルちゃんだけは、不思議と外がいいらしく、日がな一日ベランダの下などの日陰で寝ていて飽きないらしい。家の中が涼しいよと言って連れてきてもまた外に出て行ってしまう。
ネコは寒いのはダメだけれど、暑さには結構強いのだろうか。
皮膚ガン(の疑い)と診断された鼻の頭は、膨れてはいるものの比較的安定している様子で、触るのは極端にいやがるもの痛みは感じていないらしく、比較的元気でいます。しかし、年が年だけに、いつどんな急変があるとも知れず、やはり気になるこの頃です。

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さて、安倍首相の体調問題をきっかけに、にわかに騒々しさを加えている首相後継問題。
安倍は麻生に「禅譲」(なんのこっちゃ)、しかし総選挙は麻生ではたたかえないので、選挙は菅でという国民そっちのけの奇態な議論があるらしい。明日の記者会見で、引退を述べるのではないかとのもっぱらの観測。

国会も開かず、それを健康問題にして同情を集め、さらにはやむなく辞任、政権交代というのでは、苦闘している医療関係者、危機に瀕している業者、施設などの高齢者や介護従事者は浮かばれない。

新型コロナへの対応をめぐって、日本全国の専門家の中には優れた見識を持ち、対応策も提言している人が沢山いるにもかかわらず、安倍が拾い集めるのは結局自分にとって都合のよい政策に同調し整合性をとってものを言ってもらえる御用学者。

新型コロナ対策のさまざまな施策を巡っても、委託を受けた電通が電通に再委託し、それをまた電通の子会社に再々委託するという相関図。中抜きした税金が自民党に環流と来れば、持続化給付金を食い物にする自民と大企業の絵に描いたような癒着・腐敗の構図です。委託先が電通から他社に変更されたとたんに契約額が半額なんですからね。

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大手メディアの最近の状況は、ほとんど批判的な論調は姿を消し、酷いときには官邸情報をそのまま垂れ流し。そうなれば、テレビ情報、スマホのニュースサイトにどっぷり浸っている人々の頭の中は当然のように操作されざるを得ない。昨日の毎日新聞には、野党への意見を求めたショートメール調査に対して「与党の揚げ足取りばかり」「批判するだけで対案を示さない」といった趣旨のコメントが並んだのだという。

これらの人々には、立憲民主党や共産党がどのような主張をし行動をしているのかは視野には入っていないし、野党共闘を求める市民団体の動きも、そもそも知る術がない。
だいたい商業新聞はさまざまな集会などに政党(野党)関係が絡むと、とたんに及び腰になり、ほとんど無視するかベタ記事になる。何が問題であり、どうすべきかを公党が訴えても新聞ネタにはならないし、テレビでも報道しないのですから、一般の国民には分かるわけがない。そのくせ、立憲、国民の新党問題については面白おかしく書き立てるのです。

なぜそうなるのかについての考察は一切抜きですから、「与党の揚げ足取りばかり」「批判するだけで対案を示さない」という取材記事を流すだけなら、これはもう新聞の役割を放棄したも同然でしょう。

こうしたメディアの現状を憂える記者や関係者からは、新しい公共放送、公共メディアのあり方が模索され実践されつつあることは心強いことです。


8月16日(日) 娘の美容室へ(富山)

2020-08-17 11:56:58 | 日記

妻が伸びた髪を切ってくれと言う。前髪は少し自分で切ったらしく、ハサミのあとが残っていかにもシロウトっぽい。
私が切ったのでは、ますます酷くなるだろうから、ここはプロに頼もうと、急遽16日富山の娘の美容室へ行くことにしました。

旦那と両親のやっている理容室も15日から18日まで休みというので、16日だけ店を開けてもらって妻が独占。冷房の効いた小洒落た娘の店で、約2時間滞在。妻は念願叶って伸び放題の髪を半分くらいに切ってもらって、ついでに白髪を黒く染めてもらい満足そうでした。

コロナが心配ではあったけれど、長野から富山へは給油で店に寄っただけであとはノンストップ。娘の嫁ぎ先でもできるだけ接触をさけてすぐにおいとましました。接触を避けるとはいっても、向こうは7人の大家族。一部屋に集まってくると蜜の状態に。

孫が今春入学したはずの大学はいまだにネットでの遠隔授業。9月から対面授業があるのではないかと話していましたが、どうなることか。今度は下の子が高校受験なのに、まだ目指す学校も定まらず、のんびりムード。どうも上の子とはタイプが違うらしい。

帰りは生地の魚の駅に寄ろうと思ったけれど、漁に出ていないらしいというので、魚の豊富なスーパーに立ち寄りましたが、そこでもめぼしいものはなし。夏はやっぱりダメですね。ただ、スーパーは16日というのにスゴイ客。ここも早々に退却しました。