紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(1 )ジーパン先生の教え

2021-04-28 16:58:32 | 夢幻(イワタロコ)



 日曜の文章教室。町の集会所にはコの字型に机が設置されている。生徒は十二人。おじさんやおばさんたちばかりで、ヤングは俺だけだ。先生は五十代半ばの男性。先生を「ジーパン先生」って呼んでいた。ジーパンが短い足に似合っていたのだ。

 まず教わったのは、「形容詞と常套句を使うな」だ。
「けいようしって?」
 俺の右隣のおばさんが俺に聞いてきた。俺だって分からないのに答えようがない。
「じょうとうくって、なによっ」
 半分怒ったようにそのおばさんが聞くから、
「先生の話をよく聞けば分かりますよ」と言ってやった。
 先生はたとえ話を使って説明している。
「『綺麗な女性』は形容詞と思いますか、それとも常套句と思いますか?」
 先生が、生徒をぐるりと見た。みんなが黙っている。隣のおばさんの視線が、自分の膝にある手から斜めに俺の顔に移動してきた。

「イワタロコ君」
 先生が俺に答えろと言うように頷いた。
「ぼ、ぼくは、好きです」
 と、俺は答えてしまった。みんなが一斉に笑った。先生はちょっと眉を寄せたけど、「そう。私も好きですよ」と言った。
 それが文章教室の第一回目の授業。それから三年。書くことが好きだから、さんざんな批評や意見、感想にもめげずに続けて来たのだが、ここへきて、迷いが出てきた。
 社会人になって時間がなくなったこともあるが、それは言い訳に過ぎない。

 ジーパン先生が言った。
「批評は厳しいものです。それに負けていては『元も子もなくなる』と言うものです」




著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズ35作です。
楽しんで頂けたら嬉しいです。



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豆絞りの手ぬぐい

2021-04-28 16:54:16 | 風に乗って(おばば)


 遠くに近くに笛太鼓が響く。幟を背にしたチンドン屋が、村道を練り歩いて来た。
 村の衆は、寄ると触るとお婆の行方を噂していたが、誰もお婆を見たものがいなく、いつか忘れ去られた頃だった。

「チンチン、ドンドン、チンドンドン」
 先頭の髪を高く結い上げた女は、うっすらと汗ばんだ頬を、なお一層赤くして、両手を忙しく動かす。二番目を歩く笛の男は、上に下に、右に左に肩を揺すり、腰を深く落として従う。その後を行くチラシを撒く女は、すっかり日焼けした皺だらけの手に、真っ赤な手甲をつけ、厚く化粧した顔が、豆絞りの手ぬぐいで半分見えない。

「さぁさ、村はずれに雪之丞が来るよ。雪之丞の早変わりが見られるよ。芝居小屋に来ておくれ。さぁさ、たったの三日限りだよ」
 チラシを撒く手を休めては、大きな声を張り上げた。周りを黒く縁取った目が、「おいでおいで」するように片目をつぶった。
 物知り松つぁんも、村一番の金持ちの常吉も、子供等に混じってチンドン屋について行く。今夜は月も出て夜道も明るいだろう。二人とも、家族ごと見に行こうと思った。

 久しぶりに芝居小屋のかかる村は、全体が浮かれていた。月も真ん丸で、星は語りかけるように、瞬く。
 芝居小屋の木戸係が、チラシの女だ。女は半分隠れた顔で銭を受け取ったが、少し俯き加減に目を逸らした。

「なぁ松つぁん、木戸番の女、誰かに似ていると思わないかい」
「俺もさっきからそんな気がしていたんだ」
「あの皺くちゃの手。どっかで見た」
「いや、それより、あの声」
 二人は、何故か消えたお婆を思い出した。


『おばばシリーズ』最終回


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コロナ禍の子作り

2021-04-22 11:08:25 | 「とある日のこと」2021年度


 週一程度踊りに行っている。体調は万全とは言えないが、それはそれ加齢のせいだと理解している。
踊りに行っているホールのダンサーたちは、アルバイト大学生から70代の男性まで。一番多いのは働き盛りの3,40代。その中の現在30歳のR氏は、時々チャーターすることが多い。R氏は3歳になる女の子の父親。少年のような身軽さで、どのお客様にも分け隔てなく踊ってくれる。偶に休憩する時は客の間に腰をおろすことがあって、日常茶飯事の会話をする場合がある。先日も同じような隙間の時間に、「コロナで僕の仕事が減ったので、もう一人子供が欲しかっただけど、一人でも育てるのが大変だからと、話し合って子作りを諦めたのよ」と言った。昨年の新型コロナウイルス感染症の感染者増加で、緊急事態宣言が発出された後、一斉にダンスホールが休業になった。また客も踊ることを止めた。個人事業者という立場のダンサーたちには、極端に仕事が減った。R氏は、「子供が二人いたら二人で遊ぶでしょう。本当は二人欲しいんだよね」と言った。

 私は子供が二人だったが、残念ながら障害者の長男は養護学校の寄宿舎暮らしが長かった。そして高校卒業と共に、身体障害者施設に入所。そして、体調を崩して亡くなった。次男は一人っ子のような環境でとても寂しかったようだ。次男の口から聴いたのではないが、それを知った時は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

私は、「もう一人居るといいよね」との言葉は出せなかった。現在の不安定な世情。無責任な発言だと飲み込んだ。コロナワクチンは、いつ全体に行き渡るだろう。待たれる。


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奥入瀬の瀬音

2021-04-14 08:23:12 | 風に乗って(おばば)


 子(ね)の口を発ったのは、凍て道が解け始めた時刻。いくつもの滝を見て来たが、滝の白さもそうではあるが、芽吹き始めた木々の梢が、陸奥の遅い春を謳歌しているように萌えたっていた。

 石ケ戸に近づいた時、岩屋に寄り添ったカツラの木にもたれた女が笑いかけた。
「どこまで行きますの」
 女は、薄緑の絹を片方の肩に掛けていた。象牙色の着物の裾まで垂れ、僅かな風に揺らいでいる。

「石ケ戸の岩屋を見たら、引き返すのさ」
 お婆は、気を締めた。病人を装い、旅人を襲うという伝説の女盗賊を思い出したからだ。
 女は、手の甲を口に当て、声を殺して笑った。それは、いかにも天女のように、桜色の肌が小刻みに波打っている。
「おばばさん、わたしが怖いのですか」
「いや。何も怖いことはない」
「でも、その目がそう言っていますよ」
「あんた、そこで何をしているのだい」
「人を待っていますの」
 女は、薄緑の絹布を揺らして、少し斜め下からお婆の目を見た。瞳には奥入瀬の流れが映り、深く睫毛が影を落としていた。
「人って、誰さ」
「おばばさんかもね」
「じょ、冗談だろう」
 つっと、女が一歩踏み出した。お婆は、弾かれたように後ろに飛び退いた時、岩肌の湿りに足を取られてよろけた。
 女は、慌ててお婆を抱きとめた。
「ごめんなさい。悪戯しちゃって。待っていたのは、うちの人なのよ」
 甘い香りの中で、お婆は気を失った振りをしていた。

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陽光桜の公園

2021-04-07 08:25:52 | 「とある日のこと」2021年度


  早咲きの陽光桜を見に行った。この日は運動公園の休日。正門は閉じられていた。来た道を戻り「防災センター」のある堤防へ向かった。防災センターは運動公園と隣接している。ここから運動公園方面へ行くことが出来る。堤防の反対側の河川敷に牧場がある。厩舎では、ポニーや引退した競走馬が居て若い女性が世話をしていた。

 以前、喫茶店を閉業した後、15カ月、タウン誌「とう○○」の記者をしたことがある。この付近一帯で何かのイベントが開催された時に、取材がてら引退した競走馬の引き馬に乗ったことがある。乗って馬が歩き出した途端、「あれ、運のいい人ですぇ」と手綱を引いていた男性の声がした。馬が動きを止め、「ドドドドッ、バシャバシャ」と音がして、馬が大量の糞をした。

思い出の中の匂いが蘇ってきた。あの時は馬の背が高いのに驚いたものだったが、あの時以来、馬に跨って走りたい欲望を今も持ち続けている。今生では絶対成しえない望みである。陽光桜は12分咲。満開を過ぎていた。じっくりと眺めながら歩く。この運動公園には、全部で50本位は植えられているようだ。地元の緑化活動グループ「イ○○の会」の植栽と看板があった。

 自転車のおじさんがゆっくり行く。後ろに白い大型犬と黒い大型犬が、1m程の綱で繋がれていた。おじさんと犬たちの間には綱は無い。黒犬は老いているように見える。白犬は黒犬の介護でもするように寄り添っている。「待て、そこで待っていろよ」と、おじさん。おじさんは自転車で陽光桜を眺めながら走る。それを見送った黒犬はその場に寝そべり、白犬は、その傍に立ち止まった。私の脚も止まった。

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