紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★17 子供たち

2024-06-16 07:31:56 | 風に乗って(風に乗って)17作


突然舞い込んできた葉書の住所が取手市になっている。マンションは県西に伸びる国道沿いにあった。実家の寺を飛び出したとか、結婚したとかの噂を聞いていたが、玄関の表札は旧姓の新谷と出ている。

「元気? あたしは元気よ。いろいろあったけど、幸せ。あなたが近くに居るのを知って、葉書書いたの。ええ。今翻訳の仕事をしているわ。嫌いだった英語が役立ってるってわけ」
 新谷優子は笑顔だった。

「子供? うん、三人。男女女。紹介するわ。今日はみんないるから」
 奥の部屋の子供たちに、大声で招集をかける。間もなく子供たちがやって来た。
「長男のレオナルド・正男。長女のシンシア・香織。次女の里織」
 三人は笑顔で挨拶する。レオナルド・正男君は金髪にブルーの瞳。シンシア・香織さんは、黒の縮れ毛に金茶の瞳。里織ちゃんは、栗毛に黒い瞳だ。
「驚きの顔ね。みんな私が生んだ子よ。父親はそれぞれ違うわ。里織は純粋の国産よ。あら、ちょっと変な言い方かしら。うふふ」
 優子は、慈愛の籠った目で子供たちを見やる。六年生の里織ちゃんを引き寄せ、肩を抱いた。
「もうじき新しいパパと一緒に暮らすのよね。四人目がお腹の中なの。今度? 日本人よ。もう、これが最後よ。あなたは、どうなの」
「私は、障害児と健常児」と言いたいセリフを飲み込んだ。

 あの頃拾われっ子と噂されていた優子が、
「子供はねぇ、授かりものだから大切に育てなきゃあ。自分の手でね」と、言った。
 寺の門柱に寄りかかって上目使いで見る癖は、もう無かった。




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★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしました。楽しんで頂けましたでしょうか?
今記事で終わりになります。拙作をお読みいただきありがとうございました。
また、宜しくお願いします。

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次記事からしばらくの間「と、ある日のこと」をお送りします。
お読みいただけると嬉しいです。

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★16 川下り

2024-06-09 07:14:17 | 風に乗って(風に乗って)17作


「ねぇ、波が高くなったと思わない?」
 少し離れた所で夫は鼻歌混じりだ。
「ねぇったら」
「ああ、分かっているよ。さっきから風がつよくなったんだ」
 夫はゴルフクラブを二、三本載せていて、パターを器用に動かして舟を漕いでいる。
「やっぱりこれじゃ駄目かしら」
私は木製の櫓を流そうとした。
「おいおい、待てよ、その前にクラブを貸してやるから漕いでみなよ」
 夫の投げてよこした五番アイアンを使って漕いで見る。水を切るだけだ。
「ねぇ、何でこんなもので漕いでいるの。何であなたに漕げるのよ」
「俺の一番好きなモノだからだろ」

 息子と嫁は二人ともスキー板で漕いでいる。嫁が前で息子がその背に体を押し付けて、掛け声を掛けながら力を合わせている。
「スキー板は漕ぎやすい?」
「まぁね。やり方一つかな」
「スキー板でやってみようかしら」
「慣れるまで大変だと思うよ」 
 息子は別にスキー板を貸すつもりもないらしく、「ヘイホー、それヘイホー」と追い越していく。夫を見ると余裕があるのか、時々クラブを交換したり、磨いたりしている。

 私は櫓を片方の手で握ったまま、何か良いモノはないかと舟の中を見回した。
「おい、焦らずについて来いよ。ゴールはまだ先さ。そのうち追いつけばいいよ」
 夫はそれだけを言うと、両岸の景色を楽しんでいる。そして、少しずつ遠のいて行く。

 私はこんな競技に参加したのを悔やんだ。
 川幅は広くなっていた。風も一層強くなってきた。漕がなくても舟は流されている。



★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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★15 虹色の紙筒

2024-06-02 10:45:23 | 風に乗って(風に乗って)17作


 売り場の一角に女性が群がっていた。アクセサリーのショーケースを取り囲んでいる。
 
 若い男の店員が品物の説明をしながら、持っている直径十二、三センチで長さ七センチ位の虹色をした紙筒を、ショーケースの上で二三度回したり、左右に振ったりしてから飾るようにケースの端に置いた。
「こちらのピアスを見てください。今日は五パーセント引きでお求めできます」
 男性店員は、ショーケースの千円台から十万円台までのピアスが並んでいる中から、数点を取り出した。店員の青白い右手の小指には金のリング、薬指には金と白金の二連のリングをしている。ケースの上に並べた中から、ルビーのピアスを一人の中年女性の耳の側にかざして見せた。

 中年女性が鏡を覗き込んだ。
「お顔が引き立ちますよ。如何ですか」
 みんながピアスに気をとられた。私の隣にいた若い娘が、ケースの端の紙筒を引き寄せた。店員は目の端で見たようだったが、ピアスの説明を続けている。若い娘は筒をいじっていたが、そのうち右手を入れたり出したりした。私は店員の唇の端が笑ったような気がした。
 若い娘は間もなくピアスを買っていった。

 店員は、一番高いピアスをケースの上に出した。片方一カラットあるダイヤだと言う。
 私は虹色の紙筒が気になっていた。手を伸ばし、紙筒を手に取った。ブレスレットのようだ。腕を差し込んだ時、紙筒が締まった。軽く掴まれたような感じだ。

 ダイヤのピアスが欲しくなった。財布を出して所持金を数える。買える金額はもとより入っていない。その時「着払いという方法もありますよ」と言う声が聞こえた。




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★14 プラスチック

2024-05-26 08:33:19 | 風に乗って(風に乗って)17作


プラスチックの部品らしいモノが落ちていた。楕円形の鉄紺色で厚さは五ミリ位。楕円形の長い方の中央よりやや端に、二つの十円玉位の穴が、三センチほどの間隔を空けて開いている。
拾うと私は、プラスチックを顔に当ててみた。二つの穴が丁度目の間隔に合っている。

 安田製作所の脇の道から土手が見える。 
 土手の上の犬を連れたおじさんが、こちらを向いた。
「おはようございます」と言う。
 私は同じように返事をしたが、言葉が耳の奥で反響した。
「おや、今日はご機嫌が悪いようですね」
 おじさんは冷やかすように言うと、犬に引っ張られながら「では」と会釈をして歩き出した。
「ポチ、バイバーイ」
 おじさんの先を行く犬に手を振った。
 ポチは振り向くと、牙を剥き出して低くうなった。

「早起きは、気持ちが良いだろう」
 家に帰ると、起き出していた夫が言う。
「うん、いいわよ。あなたも歩いてみたら」
 私は、プラスチックを顔に当てながら言った。
「なんだいそれは、面みたいに見えるけど。それに、言うことがキツイな」
 夫が真顔になった。
「安田製作所の側で拾ったのよ。面白いでしょ」
「冗談じゃないよ。何を言ってるんだ。怒るぞ俺は。いい加減にしろ」
 私は驚いて、プラスチックを外した。
「なんだ、お前の顔は」



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★13 平衡感覚

2024-05-19 08:46:49 | 風に乗って(風に乗って)17作


 大きめのコップに氷をいっぱい入れる。
 ボトルからウイスキーを注ぐ。
 つまみ袋の口を切る。
 部屋の明かりを消す。通りに面したカーテンを細く開ける。
 街灯が明るい。遠くをバイクが走る。
マフラーがバリバリと音をたてる。
 液体を一口流し込む。喉から食道、胃の壁が焼ける。ピーナッツを噛む。

 白い乗用車が通り過ぎる。
 もう午前二時だ。
 外の明かりに、コップを透かして見る。濃い目の水割りが半分になった。
 柿の種とピーナッツを一緒に口に入れる。
 立ち上がり、キッチンの冷蔵庫から氷を出す。コップにいっぱい入れる。
 窓際に戻ると、ウイスキーを注ぐ。
 また喉に流し込む。
 幾晩も同じ行動をとっている。
 体が熱くなってきた。立ち上がる。平衡感覚が狂い始めている。息を吐く。
「何をイラついているの」
 問いかける。
 問いには答えない。ただ「バカ。バカなヤツ」と呟く。酔いが回る。
「どうでもいいか」自分の声が響く。
 タクシーが停まる。男が下りた。こちらに歩いてくる。カーテンを閉じ寝床へ滑り込む。
 玄関の鍵が開く。階段を足音が上がる。
 ドアが開き、黒い影が入って来た。
 窓側に寝返った。
 一瞬、影が動きを止めた。
 みんなに祝福されてから、二十八年目に突入しようとしている。 
 この家の、平衡感覚があやし気になってきたのを、ヤツは知らない。



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