紫陽花記

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別館★俳句「めいちゃところ」

16 千代の回想

2023-03-26 08:29:07 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 十九か二十歳だったかね、女友達とよく遊びに行ったよ、村の神社の境内にあった集会所に。そこへ行くと村の若い衆がみんな集まってきて、何するわけでもなくて、ただしゃべりあっていた。
 あの人もそこへ来ていた。どっちかというと口数の少ない人で、はにかみやで、そんなところが私の気を引いていた。私は何かというと、あの人の側に近寄ったものだ。
 でも、世の中うまくいかないもので、あの人は鶴田豆腐屋の娘の智子が好きだったみたいで、いつの間にか智子の側にいた。
 智子は、どう思っていたのか。おっとりとした人で、いつでも口元に微笑みをたたえているっていうか、大きな声で話すわけでもなくて、人の話に聞き入っているような人だった。良いとこのお嬢さんそのものさ。
 智子を見ていると、あの人の気持ちを私に向けるなんて、無理だと思った。それなのに、智子は、早々と忠岡市の財閥のところへ嫁に行ってしまった。ショックだったのだろうね、気が付いたときには、あの人は東京へ出て行っていた。
 あの人のいない村は殺風景になったね。私の親は近くに嫁にやりたかったらしいけど。あの人を追ったわけじゃないが、私も東京へ出た。せめて、あの人と同じ空の下にいたかったから。
 東京は新天地さ。勤め先でも道を歩いていても、男の人は声を掛けてきた。田舎者の私も、いつの間にか都会のお嬢さんさ。その頃知り合ったのが私の旦那さん。どこか、あの人と同じ感じのするところがあったのだろうけど。後々考えてみると、それが、顔なのか、性格なのか分からないほど、ちっとも似ていない人なんだ。




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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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15 千代の娘

2023-03-19 07:41:47 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 千代の病室に入ってきた千代の娘は、山谷とすみれに黙礼をした。娘は、ベッドに近寄り眠っている千代の顔を暫くじっと見ていたが「おかぁさん」と呼んだ。
「母はあなた方のことを話していたようなのですが、私、ゆっくり聴かないでいました。こんなに具合が悪いとも思わないで、一人にしていて可愛そうなことをしました」
 娘は千代の額に滲んだ汗をハンカチで拭いた。娘の目頭から涙が溢れ、唇の端を伝わって落ちた。
「母を独りにしたくなくて二人で暮らしていたのに、結局、孤独な毎日を過ごしていたのね。この頃、やっとそれに気がついたのですけど。私は仕事がありますし」
「今の時代、同じような環境で暮らしている人が多いですよ。私の家も、今は両親が健在ですが、私は独身ですし、どちらかが亡くなったりすれば、一日中独りでいるようになってしまいます。そう思って家族を増やしたいと思っているのですけどね。うまくいかなくて。難しい問題です」
 山谷は千代の寝顔を見ながら言った。
 すみれは、祖母の竜子を思った。自分が誰もいないアパートに帰るのが寂しいと毎日思っていたが、竜子の方も自分のことを心配しながら仕事に行っていたのだろうか。眠り続ける千代に竜子が重なり、千代の娘に自分が重なっていった。
 山谷が時計を見た。外は薄暗くなっている。
「すみれちゃん、送っていくよ」
 山谷とすみれが帰ろうとしたときドアがノックされ、細めに開いたところから竜子の顔が覗いた。
「あっリュウちゃん、迎えに来てくれたの」
 思わず、すみれは声を上げた。


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14 携帯電話

2023-03-11 15:42:42 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれは、山谷の携帯電話に自分の携帯電話から掛けることにした。祖母の竜子は、何かあったらいつでも電話を掛けるようにと、すみれに携帯電話を持たせていた。だが今まで一度も竜子に掛けたことはない。
 山谷は仕事中らしく留守電に切り替わっていた。
「すみれです。千代おばぁさんが病気です」
 山谷の留守電にそれだけを入れた。
 千代は、歯のまばらに抜け落ちた唇を振るわせて、息をしている。さっきより荒い呼吸のようだ。山谷にもう一度電話を掛けようとしたとき、車が止まって、ドアの開閉する音がした。
 玄関の引き戸に影が映って「山谷ですが」
と、山谷が戸を軋ませて開けた。
「千代おばぁさんは? 具合はどう?」
「こっちの部屋に寝ているけど」
「大分具合が悪そうだ。医者には?」
「診てもらっていないって」
 じっと千代の顔を見ていた山谷は、
「連れて行こう病院へ」
 と言った。

 山谷の運転するタクシーの後部座席に、すみれは千代を抱えるようにして乗った。千代は目をつむったままでなにやら呟いた。
 すみれは、千代に抱かれたときのことを思い出した。今度は自分が千代を抱いている。痩せた小さな千代が、うんと軽く感じた。
 病院に着き千代が入院しなければならないと分かってから、すみれは竜子に連絡した。
「リュウちゃん、友達の千代おばぁさんが病気なの。今病院。帰りは山谷のおじさんがうちまで送ってくれるって。千代おばぁさんとおじさんのことは帰ってから話すから」


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(でばんまつもののふひとりはるひかげ)

13 千代の病気

2023-03-05 08:59:28 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれは、千代と何日も会えないでいた。千代の家を訪ねた。チャイムを鳴らしたが返事がない。玄関の引き戸を引くと、建て付けが悪いらしく、キコキコと音を立てた。
「千代おばぁさん。すみれです。居ますか? すみれです」
「ああ、すみれちゃんかい。入っておいで」
 千代の力のない声がする。玄関右手の畳の部屋に布団が引いてあった。仰向けに寝ていた千代が、顔だけをこちらに向けて作り笑いをした。
「具合が悪いの? 千代おばぁさん」
「風邪を引いたみたいで、熱っぽいんだ」
「お医者さんには見てもらったの?」
「私は医者嫌いでね。娘も連れて行くって言うんだけど、行かないんだ」
「だって、顔色が悪いよ」
「大丈夫だよ、いつだったかも、こんなときあったけど、二、三日寝ていたら治ったのだから」
「でも……」
「だ、だいじょう……ぶ……」
 千代が目を閉じてしまった。すみれはそれ以上声を掛けないで見守った。
 寝息を立てる千代の顔を見ていると、千代と友達になってからのことが思い出される。
 千代と友達になる前に、山谷に声を掛けられた時は怖かった。『いろんな事件が最近起きているから、知らない人には注意するように、一人では遊びに行かないこと』などと、学校でも祖母の竜子にも言われていた。けれど、優しい言葉を掛けられると、その注意もいつの間にか忘れてしまった。山谷も千代も悪い人ではないし、今ではすみれの大切な友達だ。
 千代の様子を見ながら、すみれは、山谷の声を聞きたいと思った。


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(ふしぶしにおどりつかれやさんしきすみれ)