紫陽花記

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別館★俳句「めいちゃところ」

★9 90歳まで

2023-06-24 07:19:54 | 「とある日のこと」2023年度


「皆さん、90歳まで踊りましょうね」と、今日のチャーターグループのお世話係さんが言った。
「えっ? 90歳まで? アタシ、20ン年も踊れるかしら」と、隣席の花柄ドレスの美人さんが呟いた。私は、頭の中の電卓を叩きます。確かに私より若いのよね。

「今日の他のグループのお客様の中には80歳代の方が多いですよ。あの方は87歳ですって。そのお隣さんは86歳。その二人隣は85歳ですって。90歳まで踊られた方も居たそうよ。体調を崩さないように。怪我しないように頑張って踊りましょう」と、お世話係さんは、ちょっと声を小さくして言う。
そう言えば、3年ほど前に参加したダンスパーティーで、85歳だという男性と同年代のパートナーが踊るサンバを見たことがある。あの時はショックを受けるほど驚いたものだ。

果たして90歳まで現在の踊り方が出来るとは思えないが、できれば私も90歳まで踊りたいものだ。
以前聴いたことだが、90歳の女性は、大好きなダンサーのいるホールへ踊りに行った数日後にポックリと亡くなったそうだ。また別の女性は、チャーターグループでの参加中に、ご自分の番になった時倒れたそうだ。大騒ぎで救急車を呼んだそうだが、蘇生術を施しても息を吹き返さなかったとか。ショックの大きな事柄ではあるが、ある意味、幸せな最期とも言えるような気がする。欲を言えば、散々好きなダンスを踊って家に帰り、湯に入り汗を流し、美味しい夕餉を食べ、手足を伸び伸びと伸ばして寝る。そのまま黄泉へ旅発てるとしたなら、最高の幸せではなかろうか? 

「皆さん、90歳よ。頑張ろうね」お世話係さんの声に手を振ってホールを出た。90という数字がしばらく脳内を占領している。




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★8 三毛猫

2023-06-17 07:50:16 | 「とある日のこと」2023年度

 
堤防の獣道を上る。早朝4時半。梅雨の晴れ間の日の出が見られると嬉しくなる。

堤防上から日の出を撮ろうとしたとき、誰かの視線を感じた。川側の斜面に耳を立ててこちらをじっと見ている三毛猫。子猫より少し大きい。身じろぎもせず私の目を見ている。「カワイイ。ごめんね、連れて帰れないよ。連れて帰りたいけどね」と、出た言葉。猫と自分に言い聞かせている。

我が家は7人家族。ペットは飼わないと暗黙の決まり。誰がどうすると言ったところで、最後には息子の嫁の手を煩わせることになる。そのように分かっていながら、舌を鳴らして猫の反応を見た私。人恋しくて近寄って来たならどうするのか? そんなことまで想像しながら、猫を呼ぼうと舌を鳴らしたのはどういうことだろう?

猫はその場に半身を伏せて、じっと私を観察している様子。近寄っても逃げないかもしれない。もし、逃げないで私に抱かれたらどうするのだ? もう一人の私が聞く。

つっと、一歩を踏み出した。猫はさっと身を起こし護岸のコンクリートの方へ身を翻した。そして、コンクリートの端に止まり、こちらを見た。もうここまでは来ないだろうと予測したらしく、耳を立てたまま、こちらを向き、身を正した。

 私は何故、この三毛猫を野良だと思ったのだろう? よくよく考えてみれば、野良にしては汚れていない。それに以前、この近くの家で飼われていた白黒のちびっこ猫は、ママの連れているダックスフンドと、抱っこされていたチワワの老犬と一緒に散歩していた。白黒ちびっこは、みんなの前を行ったり後ろを追いかけたりしていた。そのうち、どこかへ貰われて行ったと聞いたが。もしかして、あの家で新しく飼われた猫かもしれない。



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★7 怒っている、地球

2023-06-11 07:17:24 | 「とある日のこと」2023年度



 予報通り、前日の午後から、この日の出かける時間になっても、台風2号と列島を覆う梅雨前線は、線状降水帯となって、私の住む地域にも大きな影響がありそうな気配だ。

私は、レッスンを予約しているため電車に乗った。電車は遅延。乗れば速度制限となって30㎞のユックリさ。車内は混み蒸している。雨は斜めに窓を流れる。ハンカチで汗を拭う隣の大型スーツケースの男性。空気は淀んで息苦しさを覚える。誰もが無口。私は、出入口に近い座席の端に立っていた。ストールを外す。車窓から見える田んぼは水を被り、根付いたばかりの早苗が見えないほどだ。「早苗田」は、この時期の季語。などと、頭が遊び出した。一句を捻る。
「早苗田水没線状降水帯」字余り。

「すみません」と、低い声の二十代半ばの女性。数人が身をずらした。その女性は、ドアの側にうずくまると、汗を拭い、傘と分厚い本を持ち直した。そして、じっと何かを我慢している様子。ようやく、一つ目の駅に着くと、女性は降りて行った。

 いつもなら気づかない車窓の景色。雨に洗われて彩鮮やかな紫陽花が見えた。「紫陽花」も夏の季語。
「速度制限の車窓青の四葩」

 乗換駅まで30分のところを1時間かかった。それでも、早めに家を出たのが良かったようだ。レッスン時間に間に合いそうだ。レッスンを終えてからフリーダンスを楽しむ。

ノウテンキな自分に呆れながら家路に着くと、知り合い数人が暮らしている住宅地が水に浸かったというニュース。テレビの画面にはゴムボートでの避難の様子が映し出されている。線状降水帯の居座りで、床上浸水の被害が出たらしい。けが人などが居なかったことがせめてもの救いである。温暖化のせいだろうか? 地球の怒りを感じる。




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★6 今の瞬間

2023-06-04 07:03:05 | 「とある日のこと」2023年度



 最近欲が出てきた。その反対に体力は落ちる一方。なので、もう一人の私が欲しい。と、思ったのは、テレビ番組で、プーチンさんの影武者の存在を見たせいだ。ウクライナへの侵攻が始まったのは昨年の2月24日。俄かに信じがたく思ったものだが、侵略戦争と言うのだろうか? 領土を巡っての内外の歴史を見れば、大なり小なり、どの時代でも同じようなことが起きている。戦地の映像を見るたびに、人間の欲望ってキリがないものだと思う。何故、互いに分け合って助け合って、暮らせないのだろう?・・・。

 不勉強ではあるが、世界的なことや、政治的なことを、少しも理解できない私ではあるが、のんびりと木陰の椅子に座って、スマホをいじったり、歳時記をめくったり、ずうっと昔の悪戯を思い返してみたりと、裕福ではないが幸せを感じる時間を持てている。その私が、もう一人の私を欲している。

 もう一人の私には申し訳ないが、ちょっと遠くまで出かけて写真を撮ってきてほしい。それをもとにハイクモドキを捻りたい。それに、連チャンの無理な私に代わってダンスをくたびれるほど踊ってきてほしい。そして、楽しかったことを包み隠さず話して聴かせてほしい。それより大事なことは、自室の整理整頓だ。気合を入れて片付けてほしい。どこがどうということではないが、モノが多すぎる。どんなに頑張っても、身に着ける衣服は一度に2,3枚。大の字に寝たとしてもベッド一台で済む。なのに、モノが増えていく。あ、いや、減っていくモノはある。体力と精神力。記憶力と実行力、その他諸々。

 ここまで書いたが、些細なことではないか? 戦地の人々の今の瞬間にでも、砲弾が炸裂しているかもしれないのに。平和を祈ろう。欲張ってはいけない。平和を祈ろう。



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