紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

16 白い曼珠沙華

2021-08-29 08:53:58 | 夢幻(イワタロコ)


「白い曼珠沙華を見に行きましょうよ」
 彼女が先に立って坂道を下っていく。
「白いのだって?」
「それが咲いていたのよ」
「子供の頃、曼珠沙華の色は血の色だって聞いたことがあるよ。それに、坊さんの生まれ替わりとも言ったし」
「すっごく、繊細な花よねぇ」
「彼岸花とも言うんだろ。葉っぱもなんにもないところから茎が伸びて真っ赤な花が咲く。気持ち悪いよなぁ」
「あんなに綺麗なのに」
「だからよけいにそう言うんだよ」
 俺は彼女の手を取った。彼女が軽く握り返して微笑んだ。

 河川敷の牧場でポニーが三頭草を食んでいる。杉の梢の先をオオタカがハトを追いかけていった。
「突然変異なのかしら? それともシロバナ曼珠沙華っていうのかなぁ。確かこの辺よ」
 彼女は花群の中を注意深く見る。

「あっ。どうしてこんなことするのかしら」
 二本しかない白い曼珠沙華が折られていた。花びらは色を変え始めている。
「持って帰ろうとしたのかしら」
 彼女は折れた花を拾い上げ、そっと元へ戻した。側の篠竹数本の葉も白くなっている。
 そこだけ養分が違うのだろうか。その近くの藪の中に、埋もれた石碑らしい物が僅かに見えた。

 俺は振り返った。河川敷には彼女と二人だけだ。遠くの木々の間が真っ赤に染まり広がっていた。
 彼女が駆けだした。紺のジーンズとフリルの付いた白いベストがスピードを上げて、深紅の花群に吸い込まれていった。


著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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(15) ママドル

2021-08-22 08:18:44 | 夢幻(イワタロコ)


 俺は『カフェ・魔女』で、脹脛が痛いと言う叔母の手伝いをしていた。出入り口の鈴を鳴らして男が入ってきた。カウンターの六脚ある一番奥の椅子に腰を下ろす。間一脚を空けて席に着いていた男二人が一瞬見たが、またカウンター内の叔母を目で追った。お互いがお互いを気にしていない風を装っているが、俺からは逆に見える。

「コーヒー」
 後からの男が低音で注文する。
「まいどありー。イワタロコお願い」
 俺はサイホンに湯を入れ、一人分のコーヒーを挽く。濾過布を付けた上ボールに挽いたコーヒーを入れサイホンにセット。火を付ける。叔母はおしぼりを出しカップを温める。
 三人の男は身動きもしないで叔母の動作を追い続ける。

「ママ、どうしたの。今日は落ち着かないね」
 後からの男が叔母の顔を窺う。
「え、何が?」
 ママ歴二十数年の叔母が平静を装う。痛い足を庇うように背筋を伸ばした。
「ママはアイドルだ。いつ見ても……」
 一人が後の言葉を濁した。
「ちょっと歳を食っているけどな」
 もう一人が家族には見せないような笑顔を作った。
「この店のママドルだ」
 後からの男がコーヒーで乾杯をした。

 三人はカウンターを暫く占拠していたが、申し合わせたように先に入った男から次々に帰って行った。
 叔母がカウンターの横の休憩室に駆け込んだ。ベリッっと何かを剥ぐ音がした。
「ああ、痛い。歳は取りたくない。アイドルもつらーいわぁ。う~ん、気持ちいー」


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(14) 月光の下で

2021-08-15 07:05:03 | 夢幻(イワタロコ)



「ウオウォー、ウオー」
 俺は月面に向かって吠えた。
 仲秋の名月というに相応しい今年の月。邪魔するものは何もない。星は影を潜め主役を明け渡している。
「ウオウォー、ウオー」
 木霊のように返ってきた。
 聞こえてきた方向を見る。月光の中目を凝らす。人影は遠いらしく捉えることはできない。

「ウオーッ、ウオウォー」
 もう一度試してみる。
「ウオーッ、ウオウォー」
 また返ってきた。
 近くの鉄橋を電車が通り、国道を車が行き交うが、草むらの虫たちは負けずに合奏する。
「だれ?」
「さみしいなぁ」
 男の声だ。若くはなさそうだ。
「何が?」
「家族の中の孤独ってやつかな」
「無視でもされているの?」
「居場所が無いというか」
 近づこうとする俺に、男は顔を見られたくないらしく、声が離れた。

「そこにいて聞いてくれ。君は家族と同じ夕食をとったかい」
「俺は、祖母と両親と同じ食事をした」
 男は、「そうか、いいな」と言ったあと続けた。
「笑うかもしれないが、そんなことって言うかもしれないが、馬鹿だと思うかもしれないが。娘二人と女房は三色の月見団子を食べた形跡があるのに、一家の稼ぎ頭の私には無いんだ。私だって食べたかったよ。ケーキの時だって爪弾きさ。パパは要らないでしょって」


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(12) 検定試験

2021-08-07 17:25:35 | 夢幻(イワタロコ)


「ホラッ、電車がくるっ」
 竜の子線の踏切に差し掛かった時だ。教官が大声で叫んだ。左方向を見ると電車がこちらに向かって来る。ブレーキを踏んだ。
「何しているんだっ。ギアを入れ替えろっ。マニュアル車なんだぞ」
 踏切に教習車の頭を突っ込んだところでエンストを起こした。慌てて左足を踏み込む。ギアをローに入れ替えアクセルを踏む。グンと教習車が動いて単線の線路を通過した。その直後、白地に赤と青の横線の入った二両編成の電車がバックミラーに映って去った。

「オイオイ、そんなに左に寄るなよ。この道は狭いんだ。子供でも飛び出して来たらよけられないぞっ」
 教官が両足をふんばった。
「あ、対向車が来た。ゆ、ゆっくりだっ」
 教官は補助ブレーキを踏みかけた。
 バリバリバリと生け垣の枝が車を擦る。
「車を壊す気か、あーあ、左に寄りすぎなんだ。ボディーが傷だらけに違いない」
 教官は深く息を吐いた。
「君、なんでマニュアル車を選んだんだ」
「出だしが好きなんですよ。それに、ギアチェンジして、グーンとスピードが出るところ」
「適性検査ではなんて出た?」
「……やっぱりオートマチックにした方が良かったですかね」

「仮免許検定試験の結果を発表します」
 番号順に並んだ。教官の叫び声を思い起こしながら待った。
「君はなんで合格出来なかったか言わなくても解るよね」
 試験官は書類を見たまま汗を拭いた。


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