紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

20 アイヌ料理 下

2021-09-26 08:11:40 | 夢幻(イワタロコ)


 俺はインターネットで探した『レラ・チセ』(風の家)の案内図を見る。叔母も覗き込む。

 中央線中野駅北口から商店街を抜け早稲田通りを右折。少し先を左折。薬師あいロードの一本目十字路の左先にあるはずだ。
「ここだわ」「おっ、ここだ」
 鮭のレリーフの看板が目に入った。迷うことなく『レラ・チセ』のドアを引く。
 間口は二間弱。入ってすぐ右の壁際に、アイヌに関する書籍と、ムックリ(口琴)などの民芸品販売コーナーがある。大きなテーブルに六人の客がいて既に盛り上がっていた。
「お二階へどうぞ」店の若い娘が促す。
 二階に上ると板張りの床に細長いテーブルが四卓と、丸い座布団が用意されていた。

 叔母が座席では膝が痛くなると言うので一階に戻り、厨房が見える狭いカウンターに陣取る。奥行きは間口の三倍以上はありそうだ。
 鮭、鹿肉、行者にんにくや馬鈴薯、南瓜や豆類などが材料だ。沢山のメニューの中から数種類頼み、アイヌの酒も頼んだ。
「アイヌはお酒を飲まない民族なんです」
 代わりに勧められたのが札幌の地ビール。
「何か謂われがあって飲まないのかしら」
 叔母が囁いた。メニューの端に『神事用作酒はする』と書いてある。

 外国人など含め次々と客が入ってくる。たちまち、満席状態。厨房では鉢巻き男一人が大奮闘。店の若い娘は二階と一階を往来する。
 店の若い娘に昔会った女性のことを聞いた。
「一昨年に亡くなりました」と言う。
 行者にんにくの強い香りが食欲をそそる。凍った鮭の刺身が口の中でとろけた。
 大分昔の記憶とは違うメニューだが、叔母も俺も満足をした。帰りに書籍『レラ・チセへの道』を買った。

著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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19 アイヌ料理 上

2021-09-19 07:55:20 | 夢幻(イワタロコ)


「イワタロコにはいい経験になるわよ」
 と、叔母に誘われた。俺が十歳のころだ。
 叔母と叔母の友だちに連れられて、車で一時間くらいの山間の一軒家に行った。あまり大きくない家に二十人ほどが集まっていた。
 座敷の壁に、刺し子のような民族衣装が掛けてあって音楽が流れていた。

 大きなテーブルに山盛りのアイヌ料理が並んだ。大切りの鮭と昆布と大根や人参の漬けた物。キノコ類の煮物。ご飯に具たくさんのみそ汁。そして鹿肉の薫製のようなものが出された。素朴な料理は素材の旨味を最大限に引きだしていた。小学生の俺にもその旨さは分かり、恥ずかしかったがおかわりをした。

「将来は東京のどこかに、アイヌのみんなが集まれるような、郷土料理の店を出すのが夢なんですよ」
 眉毛の濃い、アイヌの残り少ない血筋の一人だという女性が力を込めて言った。
 関西出身だという小柄な男が続けた。
「我々和人もそれを理解して、協力したいと思っているんです。一人でも多くの人の協力を得て、資金をなんとかしたいと努力しているのですけどね」
 今日はそのための集会だったらしい。

 そのあとは、アイヌの人々と和人との歴史的な話や暮らしのさまなどの話が続いた。
「アイヌの血筋だと誰も言わなくなったんですよ。なにしろ、こちらでは暮らしにくくなりますからね」
 一人が溜息混じりに言った。俺は子供心に、なぜ暮らしにくくなるのだろうと思った。
「少しですけど協力させて下さい」叔母たちが言った。

 俺は昔を思い出しながら、インターネットで『アイヌ料理店』を検索した。


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18 ファイルNO.17

2021-09-12 05:51:28 | 夢幻(イワタロコ)


「お茶が入りましたよう」
 階段下からお袋の声がする。
 咳払いを一つして親父が下りて行った。
「まっ、また煙草を吸ったのですか」
「吸っていないよ。おまえは疑り深いな」
「誤魔化しても駄目ですよ。匂いが服についているじゃない」
「気のせいだ」
「先生になんて言われたんですっけ。影は消えましたが喫煙を続ければ、今度は大変なことになるかもしれませんよって」
 お袋の甲高い声が続く。

 親父の書斎はガレージの上の中二階にある。七畳半の部屋にパソコン、テレビ、本棚などを置いて、親父は休日の半分はそこに籠もる。今日、俺は将棋をつき合っていた。
 親父の後から書斎を出ようとした俺は、棚の「NO.17」の箱型ファイルが目に入った。
『離煙協会』という見出しのプリントが透明な入れ物の中に見える。
 俺は、親父の気配を気にしながらファイルを開けた。その中に、禁煙サークル、専門医院、薬、道場、指導研究会、などの他、肺の生活習慣病に関する情報サイトのプリントがぎっしり入っていた。

「NO.17」の前後のファイルには、旅行案内や劇場案内のプリントが見える。
「もう、どうなっても知りませんからね」
「煙草は止めたって。止めるって」
「ほら、止めていないじゃない。なんかあったら、旅行だって行けなくなるんだから」
「きっとやめるよ」
 両親が言い合っている。
 隠れ煙草吸いの俺は、『禁煙する意志が全くない人間を禁煙させるには』というプリントを引き抜いた。


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17 椰子の木とパラソル

2021-09-05 08:14:08 | 夢幻(イワタロコ)


「どこへ行くかって、南の国だ。オートバイで海岸を走るんだ。そりゃあ水に限らず、生ものは控えることにするよ。だけど果物は最高だねぇ。え? 言葉はちょっと英語が話せれば、あとは身振り手振りで通じるんだ」
 そう言って叔父は会計事務所の鍵を掛けた。
「さ、一ヶ月に一、二回風を通してくれよ。期間はどのくらいになるか、行ってみなくちゃ分からん。これと一緒だからさ」
 小指を立てて見せてから、同じ屋敷にある事務所と自宅の鍵を俺の掌に載せた。

「頼んだよ」
 叔父は還暦を迎えると同時に家業を閉じた。別れた妻も嫁いだ娘も自分を必要としていないと言っていたが、いつの間にか女がいた。
 一度叔父から、椰子の木とパラソル、スイカ、太陽の笑顔を前身頃に刺繍した白いTシャツが送られてきた。あまりにも子供っぽいシャツなので仕舞ったままだ。確か三年前だ。持ち出した金は足りているのか。それとも銀行に送金でもさせているのか、物価の安い国だと聞いたが、音沙汰がない。叔父の家に行くのがだんだん間延びしていった。

「まったく、守男はどこへ行ったのかね」
 祖母は新聞を広げたままで言った。巨大地震の後の大津波。瓦礫の山が写し出されている。身元確認が出来ていない遺体が多数だという。祖母が写真の中に、三兄弟の末息子の姿を見つけ出そうと、天眼鏡をかざした。

 晴れた日曜日の朝、一ヶ月半ぶりに風通しに行った。
 赤ん坊の泣き声がする。玄関から庭に回ると、洗濯物が干してある。みそ汁の匂いがしてきた。窓から赤子を抱いた叔父と、エプロンをした若い女が見えた。
 俺は思わず今来た方向へ走り出していた。

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