紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

踊り納

2020-01-01 10:27:23 | 「とある日のこと」2020年度


踊り納

昨年末の30日に一番近間のダンスホールへ踊り納に出かけた。

店のドアを開けた途端、「来てくれたんだねぇ、アリガト。ありがとうね」そう歓迎してくれたマスター。年末なので客入りが心配だったようだ。先客がいた。いつもの眼鏡の常連さん。私は先客に気遣いしたわけではなく、常連さんから離れたホールの中ほどの席に陣取る。マスターは「あれ、一人ぽっちになるよ」と気遣ってくれた。

 ダンスウエアーに着替えてくると、ポツポツと客が入っていた。三人のスタッフが揃ったダンスタイム開始時には、カップル1組と女性客4人。店内はがらんとしている。
「ありぁ、これじゃあ・・・みんな今日は忙しいよ。ダイエットになるぞ」とマスターが苦笑しながら言った。私は中8日開けての踊り日なので、体の硬さが気になっていた。

 音楽が流れスタッフは45分間のダンスタイムを、次々と踊ってくれる。どこの店も同じように、ワルツ、タンゴ、スローホックストロット、ラテン曲の順番で流れる。こんなに客数が少ないと、スタッフは連続で踊ることには慣れているが、吾等客の方はきっと疲れるに違いない。そう客の方で気を利かせ、「ラテンの時は休憩にしましょう」と誰かが提案した。

中盤になると、マスターがスタッフと客の人数分コーヒーを差し入れてくれた。それでもだんだんと息が弾んでくる。私は、一番人気の179cmのリードにも十分ついていけるフロアーの広さが気持ち良い。一年の締めくくりのダンスを堪能出来て良かった。
マスターが言った。「15年間の営業で、今日が一番の大赤字だったよ」

赤い返り花

2019-12-21 08:32:06 | 「とある日のこと」2019年度



赤い返り花

 アキラ氏の暮のダンスパーティーに参加した。赤いドレスでワルツを踊る。

 今年の春に狭心症を発症し、暫く胸の痛みに脅かされ、夏には痛風に痛めつけられ、踊れない日々が多かった。その様な中でも今回の会に向けて、ワルツとルンバを練習してきた。ワルツはある程度は踊れるという自信があったが、ルンバは途中で自信を失い取りやめた。そして衣装選びとなった。持っているダンスウエアーはどちらかといえば無難な色合いが多い。思い切って赤いドレスにすることにした。

 当日は日曜日。ちょっと派手目の化粧をして出かけた。会場はアキラ氏の経営するホール。天井が高く、フロアーも他の店より広い。ダン友たちも次々と会場入り。着替えたりしているうちに、会場いっぱいの参加者。70人ほどが入ったようだ。フリーダンスタイム、トライアルダンスタイム、デモンストレーションタイムなどの時間割を確かめつつ、ダン友たちと衣装の着替えに更衣室へ移動する。

ドレスへの着替えは一苦労でもある。ピッチリとした衣装であるから、背中のファスナーを引き上げるのも手伝ってもらうほどである。お互いに、飛び出しそうな脂肪を押し込めながら、ファスナーを引き上げ、鍵ホックを止める。楽屋裏は見せられないという言葉があるが、本当に実感である。

 第3部の1番目に私の番となった。アキラ氏の指導の下、多少の不安はあっても楽しんで踊れるだろう。鏡に映った赤いドレスは、チョットばかり幼稚でもあるが、今より若い時は無いのだからヨシとしよう。

 この日の会場はコの字型に席が設えていた。お弁当が用意され、大きな紙にプログラムが記されている。会の進行役はアキラ氏のパートナー。テキパキとこなして滞りなく終わった。

はてさて、それにしても、来年はまた参加できるのだろうか?


写真の
赤いドレスのチビがワタシ

腹ペコダンサー

2019-11-29 09:24:55 | 「とある日のこと」2019年度


腹ペコダンサー

 月に1回踊りに行くダンスホール。マスターの厳しい目に留まったダンサーばかりが、スタッフとしてお客様のお相手をしている。プロや一般ダンサー、それに大学のダンス部学生など。客は、中高年の女性が断然多く、ペアで入店する人たちは数組程度。綺麗に磨かれた50坪ほどのフロアーや更衣室、トイレなどまで、営業時間終了後にスタッフ全員で掃除する。いつでもお客様が気分よく楽しめられるように気配りの出来ている店である。

 今日のスタッフは、プロ2、一般2、学生1であった。殆どが黒や白などを基調にした服装である。客はみな華やかなダンスウェアー。一人ずつ分け隔てなく順番にスタッフに導かれて踊り出す。スタッフは、客の力量に合わせるようにリードしてくれるので、皆が満足気な表情で、踊り終わると席に戻ってくる。

 営業時間中盤になった頃、私の手を取ったのは20代前半のスタッフ。白の上着のその子は、と言うのも、孫より1つか2つ年上のようなダンサー。最初に踊ったのはクイックステップだったが、確実なボディのリードが私を難なくフロアーいっぱいに踊らせてくれていた。その子が、「おなかすいているの」と言う。「あら、どうしたの」「朝から何にも食べてなくて、集中力が無くなって」と言う。確かに、リードの勢いが無い。すぐに15分間の休憩時間になるのだが。

 私はダン友と話し合って、持っているクロワッサンと御煎餅などを袋に入れて、トイレに向かうついでに手渡した。次回踊ってもらった時に、「ありがとうございました。御蔭で、このとおり元気が出ました」と言った。確かなリードが戻っていて、存分に踊らせてもらえた。

いも恋

2019-11-08 16:39:18 | 小説
 


「あなたさぁ、小説書いたりしているのだから、取材のつもりで調べてくれないかしら。姉がどうしてあの街へ行ったのか知りたいのよ。川越など、私ら姉妹には、なんの関わりも無い場所なんだもの」
ソシアルダンス仲間の澄子が、いつものように駄洒落を頻発することもなく真剣な眼差しで私に言った。

「川越ねぇ、私も行ったことないわ」
「姉は意識を取り戻したけど、しばらくは入院しているしかないでしょうし。訳を知っておかないと、これからのことが心配だもの」
「う~ん、でも、何を調べるの」

 澄子の話によると、澄子の姉、初美が、出先の川越駅で脳梗塞を起こし、救急車で運ばれて入院した。その倒れた時、一人でいたのか誰かと一緒だったのかは分からないと言う。

 初美はずっと仕事一筋に独身を貫いてきて、一昨年、市役所を定年した後に勤めた本屋を退社して、澄子と同じマンションに住むようになった。
澄子の夫は数年前に交通事故で死に、二人の息子は結婚して近くで暮らしている。

澄子は、姉と同じマンションになると、今まで出来なかった姉妹の楽しみ方が出来るのではないかと思った。実際、姉が引っ越してきてからは、昼食を共にしたり、映画に行ったりして、姉妹の良さを味わっていた。
その姉の初美が、一人で出かけた先の川越駅で脳梗塞を起こし、救急車で病院に運ばれたと連絡を受けて駆けつけたという。

「ね、お願い」
 澄子が、八歳違いの姉の行動をこの際少しでも知っておくことが必要かも知れない。とも言う。
 私は、同人誌に投稿する作品の題材に困っていたこともあって、川越というところを歩いてみるのも良いのではないかと思った。

「姉の書いたノートが一冊あるわ。ざっと読んだのだけど、何だか理解できるような、できないような、もしかして、誰かと付き合っていたのか。なんだかよく分からないことが書いてあるのよ」
 澄子が初実の部屋に入って、入院に必要な着替えなどを用意していたとき、何気なく机に載っていたノートを広げて見たそうだ。気になったので私のところへ持ってきたと言う。

 数日後、澄子と一緒に初美の入院先の、JR笠幡駅近くの池袋病院に行ってみることにした。
 上野から東北新幹線で大宮駅へ。JR川越線に乗り換え三十分ほどで笠幡駅に着いた。駅前にある池袋病院三階。一人部屋の窓側のベッドに初美が眠っていた。
「お姉ちゃん」
 澄子が子供の頃からそう呼んでいたのか、小声で呼んだ。浅い眠りだったらしく、初美が瞼を瞬かせ、ゆっくりと目を開けた。

「お姉ちゃん」
 初美が、口を動かして何かを言ったようだが、私には聞こえてこない。
「えっ、なに。ああ、この人ね、ダンスのお友達なの。こっち方面よく分からないから一緒に来てもらったのよ。この方、詳しいのよ、この辺。私が来られないとき、もしかして来てもらうかも」
 澄子がいい加減な嘘を交えて、私の存在を説明した。私は初美の様子を観察しながら、目を見て微笑んだ。初美も力の無い微笑み方をした。

 初美の病状は後遺症も無く、しばらく入院して安定すれば、普通の生活に戻れると主治医の説明を受けたと、澄子が言った。初美は声を思うように出せないようだが、これとて、だんだんに回復するようだ。初美の夕食の食べ終わるのを待って、私たちは池袋病院を後にした。
 
 私は、澄子に全面的に任されたような感じがして落ち着かなかった。毎日午後からのパートに出かけているらしい澄子からは、時々、初美のことではなく、ダンスなどのたわいも無い話の電話があるだけだ。

 一週間後、私はまた池袋病院の三階へ向かっていた。初美の部屋のある方向へ廊下を歩いていると、一番奥の初美の部屋のドアが開き初老の紳士が出てきた。紳士が私と目が合うと、少しうろたえた様子をした。すぐに背筋を伸ばした歩き方で私と擦れ違った。グレイのスーツにベージュのネクタイが落ち着いている。頭髪は半分白く、右の眉毛の上にイボのようなものがある。大股で歩く紳士は六十代半ばに見えた。

 私はドアをノックし、初美の返事を待って部屋に入った。壁際のテーブルの上に、パープルを基調にした数種類の花が、真新しい白い花瓶に飾られていた。その側に和紙に包んだ見舞い品が置いてあった。

「さっき、友達が来てくれたのよ」
 初美の顔が幾分赤みを増していた。
「澄子さんにお話して置きますね。お名前どなたかしら」
「澄子には言わなくていいわ」
「でも、一応は」
「澄子は今日パートなの」
「ええ。代わりって言うわけじゃないけど、こちらに用事があったので、寄ってみました」
「ありがとうございます。そうね、何かあったら澄子に世話になるしかないものね」
「・・・ええ、まぁ」
「中田さんっていうのよ」
 初美がそれだけ言うと、私の見舞いに対しての礼を重ねて言った。
「ごめんなさいお姉さん、初実さんと呼ばせてくださいね」
「ええ、どうぞ、そう呼んでください」
「初実さんは川越に何度か来たことあるのですか? 私、この近辺のこと少しは分かるのですが、川越の街をまた歩いてみようと思っているのですよ」
「川越は何度か来ました。勤めていたときの友達がこの近くにいるから」
「お友達って」
「・・・ああ、いえ、女友達がいるのよ。さっき来た中田さんよ」
「じゃあ、その方と一緒のときに発作起こしたのね」
「あ、いえ。そ、そう。友達は西武新宿線で帰るから・・・。私はJRで・・・」
 それ以上話を続けず、初美が口を噤んだ。

 私は、初美は女友達だと言ったが、廊下で擦れ違った紳士が中田という人物で、初実のノートに書かれている文面の対象ではないかと思った。

「あ、そうそう、そこにあるものをいただきましょうよ。川越名産のサツマイモの入ったお饅頭ですって。中田さんが持ってきてくださったのよ」
 初実が起き上がろうとして上半身を起こした。
「私もご馳走になれるのね、嬉しいわ」
 包みを開くと、しっとりとした饅頭が五個入っていた。
「まっ、『いも恋』ですって。このお饅頭『いも恋』っていうネーミングよ。意味深ねぇ」
 私は思わず声を大きくしてしまった。
 初実の顔が見る間に赤みが増していった。
「中田さんったら、馬鹿ね」
 初実が眉を顰めて呟いた。

 川越名産の『紅あずま』というサツマイモを輪切りにして小倉餡を乗せ、すりおろした山芋と餅粉を合わせた生地で包み蒸し上げた。昔ながらの手作り田舎饅頭だと、説明書が添えてあった。

 病院玄関脇の売店から温かいお茶のボトルを二本買って病室へ戻り、饅頭を初美と一緒にご馳走になった。サツマイモと小倉餡の相性が絶妙。ネーミングの由来が分かるような気がした。

 笠幡駅から大宮方面へ向かう電車に乗ると、私は、澄子から預かった初実のノートを開いた。控えめな小さな文字で、年月日とその日の空模様の後に、独白のようでもあり、何かへの応えでもあるような文面が続いていた。それは、数日空けて書いてあったり、一ヶ月ほど空いていたりする。

 初実のノートは、四年前の二月が書き始めになっている。そこには、久しぶりに出会った男性がいて、間もなく男女の関係になっていった様子の汲み取れる内容が続いている。
 初めから初美は、自分の感情を抑制しているように感じる。相手の家庭を思うためか、自己防衛がそうさせているのか、文面からは無謀な心理状態ではないように読み解ける。それでも、二ヶ月に一度くらいの間隔で会っていた様子だ。

二年後くらいから初美の心に不安が滲んできたようだ。
『今日はありがとう。楽しかったわ。美味しい物をいただきながら聞いたわね。何かあったら、あなたは、わたしのことに責任は持てないでしょう? って。あなたは黙ってしまったわね。当たり前よね、奥様がいるのに責任持てるわけないものね。大胆なことをしているあなたは、正直者でもあるわ。嘘でもいいから、責任を持つなどとは言えなかったのですものね』
 相手をなじりながらも理解をしていた初実の心境は、慎ましやかというのか、それとも逆に言えば、引き際を心得ていたとでも言うのだろうか。
 最後に近いページに、昨年の四月六日の日付があって、
『あなたはいいわよ、帰る場所があるのですから。わたしは奥様に何か言われたりしても妹に泣きつくわけにはいかないのよ。ですからこの辺で単なる友人に戻るのが一番良いはず。あなたが承知できないのは、無責任な我儘と言ったら言い過ぎかしら』
 と、書かれていた。その後は空白が続いていて、ところどころのページに、×、×と印が付いていた。そして、初実が発作を起こした日付の前日に、『最後』と、書いてある。

私は、所帯を持っている男性は、恋愛はしても、決して家庭を壊すつもりはないはずだと思っている。それは初実も知っていたし、それだからこそ悩み、単なる友人に戻ろうとしたのだろう。それに対して中田はどのような気持ちだったのだろうか。
男女の仲から単なる友人に戻ることは難しいと思う。けれど、男女の友人関係があっても可笑しくはないし、そうでなければ、世の中息苦しいし、つまらないではないか。


 ノートは、初実の退院が分かった時点で、澄子が元の場所の初実の机に戻すことになっている。それまで、何か探ることができるだろうか。
 初実が退院するまで長い期間ではないのだから、今日は川越で降りて『小江戸めぐり』とやらをしてみることにした。
 それにしても、初実のノートに書いてある文面には、相手の名前は無く、自分だけが分かっていればいいという書き方のように思える。
『友人に戻るのが一番良いはず』と書いた後に、数回×印があるのは何を意味しているのだろう。その×印は、だんだんと間隔が空いていき、半年後に『最後』とある。それが、川越駅で倒れる前日なのだ。

 私は、時々通過する駅名に気をつけていた。川越駅を通り越してしまっては大変だと気を張った。

『最後』が本当に最後の付き合いだったとしたら、それまでの×印は、会わなかった日ということか。そこまで推理した私は、×印は誘いがあっても、初実自身の意思で会わなかったということかもしれないと思いついた。
そうなると合点がいった。初実自身の気持ちと相手の気持ちに決着をつけるために出かけた川越は、二人の会う場所だったのだろう。あの中田という紳士は西武新宿線で、初美はJR川越線で来て落ち合ったに違いない。それも、何度も来たのだろう。
 私は、妄想に近い思い込みを絶対間違いない現実と確信した。


 川越駅で降りた。『小江戸名所めぐりバス』案内がある。
 時間の都合を考えて、駅東口の③番乗り場から一日フリー乗車券でバスに乗り込んだ。
 バスは満員の中高年の男女を乗せて動き出した。女性が圧倒的に多い。車内は話し声が満ちていた。
 私は中ほどの座席に座り窓外を眺めていた。『喜多院前』で降りた。午前十一時半発車までのバスに乗れば、喜多院では観光ガイドに案内を受けられたらしいが、残念だが既に午後一時を過ぎている。ぞろぞろと移動する一群の後に従って、東照宮、中院、五百羅漢、喜多院、成田山を見学する。

『成田山前』からバスに乗り『博物館前』で降りる。市立博物館を見学した後氷川神社まで歩く。参道には大鳥居が聳えるように建っている。ここでも見学者の群れが社殿の前まで続いていた。本殿には川越まつりの山車の人形を主題にした彫刻がほどこされていて、流石川越の総鎮守らしい風格だ。

 またバスに乗った。『札の辻』で降り蔵の街を歩く。明治時代の雰囲気そのままの建物が軒を連ねている。川越のシンボルの『時の鐘』は、一日四回鳴るというが、鐘の鳴る午後三時までには間がある。
 菓子屋横丁を観て時間を潰し、午後三時少し前に『時の鐘』の近くへ戻った。三時になると鐘の音が響いた。心に浸み込むような荘厳な音。春の陽を浴びた高さ十六メートルという塔を見上げた。建物の半分を影が黒く見せている。

 私は、初実の病室で食べた『いも恋』を買いたいと思った。蔵の街の通りの左右を見ながら歩いていると、『菓匠・右門・一番店』という看板が見えた。食事処も併設されている。
 我が家族は息子夫婦と孫三人。八個入れを買う。
 一つは澄子に味見してもらうことにした。

「これが『いも恋』なのね。ホント、意味深だわ」
「いまのところ分かったことはそれだけよ」
「そう。姉の恋は終わりを告げたってことね」
「分からないわ」
「たぶん、これでお終いよ。そのうち忘れてしまうわ」
「老いらくの恋は、っていうじゃない」
「良い思い出を作れたのだから、それでいいじゃない」
「そうね、お互いにね」
 澄子が饅頭を二つに割った。じっと饅頭を見つめると一気に半分を口の中に入れた。
 私は、川越の『時の鐘』の音を思い出した。哀愁をおびた、心臓の奥まで響く音であった。  

彼岸花

2019-09-27 15:31:55 | 「とある日のこと」2019年度



彼岸花のころ

        2019-09-26(晴)

昨年息子に頼んでいた仏間の畳表替えと障子の張替。忘れていたようで埒が明かない。費用負担するつもりでいたので、近くのトステムビバへ出向き依頼することにした。
 畳表替え6枚(¥75168)と、猫間障子2枚。数日後トステムビバから紹介の畳屋が来て現場を見る。その前に、トステムから2枚だけの障子の張替は請け負えないとの電話が来ていた。

 畳屋は仏間の床の状態などを確かめ、畳表は既に決めていたので、畳の縁だけを選択。その時、障子の張替を断られた話をすると、自分の所で出来ると言うので頼むことにした。

1週間後、午前9時頃に畳と障子を取りに来た。夕方には出来上がるとのこと。新築後16年目の畳表替えと障子張り替え(¥7500)だ。

 夕方スッカリ美しくなった畳と障子。仏間全体が明るく清潔な空間となる。
 箪笥の上に飾ってあった人形や写真を飾りなおしているところへ次男孫が学校から帰ってきた。

「何年ぶり?」と聞く。
「この家が建ってからだから16年ぶりぐらいかな。畳は15年ぐらいしたら張替した方がいいみたい。次の時は、私らは死んじゃっていないから」
「その後はボクがやるよ」
「あら、○○ちゃんが、この家を継ぐ?」
「その後は、ボクらがやるから」
 孫が笑顔で言い直した。

延々と繋ぐ血脈彼岸花

 何にしても、孫の力強い言葉であった。
 スッカリ明るく綺麗になった仏間。
彼岸花の咲く季節である。