紫陽花記

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ショートストーリー

別館★俳句「めいちゃところ」

20 ポピー公園

2023-04-23 06:40:59 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 千代の納骨が終わった。
 千代の娘が赤くなった目を山谷に向けた。気丈だった娘がすっかり気弱になったように見える。山谷が、娘の気持ちを受け止めるように頷いた。
 すみれは、二人から隣にいる竜子に目を移した。竜子は無言で微笑んだ。
「ママに幸せにって、言ってあげようね」
 ママを見送った時の情景が思い出される。

「山谷のおじさんと、千代おばぁさんの娘さんと一緒になるといいのにね。すみれは、どう思う」
 歩きながら竜子が聞いた。すみれは聞こえないふりをした。
 竜子は何かを感じたらしく口を噤んだ。
『寂しい、寂しい』と、すみれは、心の中で呟いた。『リュウちゃんにも私の気持ちなんて解らないんだ』と、苛立ちだけが沸き上がる。
「ポピー公園に行ってみようか」
 竜子がすみれの目を覗いて言った。気遣っているのが解る。竜子が、すみれの手を取ろうとした動作に反応して駆けだした。
 走りながら悪いことをしたと思った。自分のことを大切にしてくれるのを解っていながら、どうしても素直になれない。私はママに会いたいのだ。ママに捨てられたのは、竜子のせいだ。竜子がママの再婚を許したからだ。そんな想いが、グルングルグルグルリンと、頭の中を巡る。

 藤棚の下のベンチに腰を下ろした。息を切らして近づいてくる竜子が、急に可愛そうになった。すみれは立ち上がって迎えた。竜子はすみれと並んで腰を下ろした。
「すみれ、寂しい想いをさせてごめんね」



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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が今回で終わります。
主人公だったすみれと祖母の竜子やその他の登場人物たちの今後はどうなっていくのでしょう?
お読みいただいた皆様の想像にお任せします。
作者の私は、きっと逞しく育っていくだろう、すみれ。
竜子の心配は少しずつ軽減していくでしょうね。
そして、千代の娘と山谷の関係が良い方向へいくことを願っています。

お読みいただいた皆様には長い間ありがとうございました。
どなたにもそれぞれのドラマがあって、喜怒哀楽の人生があります。
その皆さまには、良い人生だったと思えるような毎日でありますように。
ありがとうございました。
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(はつつばめずじょうをこしてきゅうこうか)

19 ねえ、あんたたち

2023-04-16 06:48:17 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 千代の葬儀前後の一週間学校を休んだ。すみれは、起き上がることさえ苦痛である。祖母の竜子は、すみれの起きるのを待たずにパートに出かけてしまった。
「学校へは休まないで行こうね。約束だよ」
 千代の言葉を思い出す。
「ずるずるしていると不登校になっちゃうよ」自分の声も聞こえる。
 千秋と珠恵や久美が、薄ら笑いをするのが想像された。
 布団をはね除け飛び起きた。鏡を見る。両頬を両手で擦った。音を立てて頬を叩く。両手で握り拳を作り、見えない敵にジャブを噛ます。見えない敵の攻撃を、頭を左右に振ってかわす。大声で誓った。
「ようし、すみれ頑張るぞ」
 学校が近づくに従って鼓動が早くなってくる。歩を止めた。口を真一文字に結び呼吸を整える。

「来た。来たよ、すみれが」
 校門近くで千秋の声がした。珠恵と久美もいた。三人は目を輝かせた。
「今日は来たの? 休むのも飽たってこと? ねえ、すみれ」
 三人はすみれを取り囲んだ。そして、その輪を徐々に狭めてきた。端から見たら親しい雰囲気に見えるだろうと、すみれは思った。
 珠恵がすみれの腕を抓った。すみれは痛みを堪えた。久美がすみれの足を踏んづけた。
「あら、ごめんなさい」
 久美は大げさに謝った。三人が大声で笑った。 
「ねえ、これって、いじめなの? ねえ、あんたたち、私をいじめているってこと?」
 すみれは、腹に力を込めて叫んだ。



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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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18 すみれと千代の娘

2023-04-08 06:34:33 | 著書・夢幻★すみれ五年生

 人間はどうして死ぬの?
 人間だけじゃないわ。生きているもの全部。死ななきゃ、地球がいっぱいになっちゃうじゃない。
 火葬されて。千代おばぁさんが可愛そう。
 そうね、でも、そのままにしておくと腐ってしまうわ。肉や魚と一緒よ。
 千代おばぁさんの心も燃えてしまったの?
 魂のことね。きっと体から離れているのよ。
 離れて、どこにいるの?
 すみれちゃんの側にいるかもね。それとも、もう天国に行ったかしら。
 すみれの側? 天国? 見えないよ。
 見えたら怖いわよ。というより、どんな形をしているのか分からないじゃない。
 千代おばぁさんの手、温かかった。だんだん冷たくなった。
 すっかり固く冷たくなって。その体も、もうないわ。
 千代おばぁさん、寂しがっていないかな。戻りたいと思っていないかな。
 ……きっと天国よ、良いところに行ったのよ。……だって、戻ってきた人はいないじゃない。きっと、すばらしいところに行ったのよ。
 ね、山谷のおじさんに会おうよ。おじさんもきっと寂しいと思っているよ。
 そうね。あの方、母に優しくしてくれていた。優しい人なのね。
 うん。山谷のおじさん、来てくれるといいね。電話しようかな。
 ……ご迷惑じゃないかしら。
 大丈夫。山谷のおじさん、優しいから。
 ……
 そうだ、おじさんと仲良くなってよ。
 ……ご迷惑じゃないかしら。



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作者自身の体験が入り混じっています。
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(あかいままちからつきさくらしべふる)

17 千代の最期

2023-04-02 06:17:08 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 千代の、同じ思い出話は数日続いた。
 目を閉じている。言葉が途絶えた。
「千代おばぁさん」
 すみれの呼びかけに、千代は薄く瞼を開けた。どんよりと曇った瞳に、すみれの影が映った。眩しいのか二、三度瞬きをしたが、ゆっくりと瞼を下ろした。
「千代おばぁさん」
「ありがとう、すみれちゃん毎日来てくれて。おかげで寂しくなかったよ」
「すみれも寂しくなかった。千代おばぁさんと友達になれて良かった。いじめっ子も怖くはなくなったし」
「そうか、それはよかった」
 千代が目を閉じたままうっすらと笑った。そして、また眠ってしまったのか言葉を発しない。
 入院してから一か月がたっていた。千代の体力は少しずつ落ちて、食欲がなく、点滴で命を繋げていた。
 すみれは、注意深く千代の様子を見ていた。
どんな変化も見逃さずに、山谷や千代の娘に報告したいと思った。
 祖母の竜子は、毎日病院通いをするすみれを心配した。今日も言った。
「千代おばぁさんの顔を見たらすぐに帰ってらっしゃい。長くお邪魔すると、病人も疲れるからね」
 看護師が入ってきた。千代の体に繋げている管やそれに繋がっている器具の様子を点検すると、千代の血圧を測ったりしていたが、急に部屋を小走りに出て行った。
 すみれは、看護師のしていたことに気を取られていたが、気づくと千代の顔が蒼白になっていた。
 ドアが開き、主治医が飛び込んできた。


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(やむひとのいえるひまちてつくしんぼ)

16 千代の回想

2023-03-26 08:29:07 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 十九か二十歳だったかね、女友達とよく遊びに行ったよ、村の神社の境内にあった集会所に。そこへ行くと村の若い衆がみんな集まってきて、何するわけでもなくて、ただしゃべりあっていた。
 あの人もそこへ来ていた。どっちかというと口数の少ない人で、はにかみやで、そんなところが私の気を引いていた。私は何かというと、あの人の側に近寄ったものだ。
 でも、世の中うまくいかないもので、あの人は鶴田豆腐屋の娘の智子が好きだったみたいで、いつの間にか智子の側にいた。
 智子は、どう思っていたのか。おっとりとした人で、いつでも口元に微笑みをたたえているっていうか、大きな声で話すわけでもなくて、人の話に聞き入っているような人だった。良いとこのお嬢さんそのものさ。
 智子を見ていると、あの人の気持ちを私に向けるなんて、無理だと思った。それなのに、智子は、早々と忠岡市の財閥のところへ嫁に行ってしまった。ショックだったのだろうね、気が付いたときには、あの人は東京へ出て行っていた。
 あの人のいない村は殺風景になったね。私の親は近くに嫁にやりたかったらしいけど。あの人を追ったわけじゃないが、私も東京へ出た。せめて、あの人と同じ空の下にいたかったから。
 東京は新天地さ。勤め先でも道を歩いていても、男の人は声を掛けてきた。田舎者の私も、いつの間にか都会のお嬢さんさ。その頃知り合ったのが私の旦那さん。どこか、あの人と同じ感じのするところがあったのだろうけど。後々考えてみると、それが、顔なのか、性格なのか分からないほど、ちっとも似ていない人なんだ。




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