紫陽花記

エッセー
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ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

重罪

2021-01-28 16:35:34 | 風に乗って(おばば)



 重罪

 道に迷って入り込んだ村で、お婆は一人の女の裁きに遭遇した。村人は、他国の人なら冷静な判断を下せるだろうと、お婆に、協力してくれないかと頼んだ。

「手を下さなくっても、殺人罪だ。想像の中ででも、息子の首に紐を巻いたとなれば、殺意はあったのだから」
「いやっ。それは母親の愛情がそうさせたのでしょう。絶対無罪だ。あくまでも心の中での事ではないですか」
「それに、覆い被さったらと思ったとも言うではないか」
「確かに。身動きの出来ない子供に被されば、窒息の可能性はあります」
「でしょう。だから殺人罪だ」
 告発人の神主が御幣を振り回した。
「地鎮祭じゃあるまいし、御幣なんぞ振り回すなっ」
 弁護側にいた男が野次った。
「確かに、殺人罪に値する想像だ。だがなぁ、足萎えの息子が明日をも知れぬ病の時だと言うし、不眠不休で看病していた時だと言うし。無罪だ。無罪」
 弁護側の坊さんが数珠を鳴らした。
「うちのばぁさんの七回忌にはまだ早い」
 神主側の女が冷やかした。

 裁きの場となった庭の隅から、這ってくる男の子がいた。それには誰も気がつかない。自分たちの主張を通そうと、大声を出し合っていた。
 男の子は身を縮めている母親にやっと近づくと、膝に手を置きそっと撫でた。母親が息子に詫びている。
「おばば、あんたの考えは……」
 村の人たちはお婆が口を開くのを待った。
 お婆は、ついに何も言えなかった。


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写真を撮る

2021-01-22 08:23:38 | 「とある日のこと」2021年度



 運転免許証の更新に出かけた。午前8時半に最寄りの警察署に着いた。

新型コロナウイルス感染症予防策なのか、入り口には誘導係の署員が3人ほどいた。そう広くない署内は、既に満員。それでも間もなく、受付用紙を渡され、5台ほど並んだ長椅子の一番前の端に案内された。狭い空間。足元には案内の番号が貼り付けてある。更新に来た人々が案内係に誘導されて、次々と受付を済ませ、更新料を支払い、安全協会への寄付などを済ませ、視力検査を済ませると、免許証用の写真を撮る。

 私の前の人物は背丈が180cmほどもあるような40歳前後の紳士。綺麗に剃られた頭に眼鏡。濃紺のスーツを着ている。その人物は、写真を撮るスペースに入ると、リックと持っていたダウンコートを荷物置き場に置いた。壁に向かった。顔が映る程度の大きさの鏡が掛けている。その前で眼鏡をはずし、じーっと顔を見回すと、口の周りを撫で、また一通り顔を眺めた。カメラの前の椅子に向かう態勢から、また戻って鏡をもう一度見ると、待っていたカメラマンに会釈をして椅子に座った。「カシャリ」写真を撮る時間は数秒であった。

 私の番になった。前回は壁の鏡に気づかなかったが、今回は私も鏡を見て髪を整えた。
「はい、オッケーです」という私に、カメラマンが口を歪めて笑いを堪えた。

 早い時間帯は若い人が多かった。仕事前に済ませるためなのだろうか?
 先ほどの紳士のことが楽しく思い出される。どのような仕事をしているのだろうか? 剃髪しているということは、何処かの御坊様かもしれない。



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溶岩に棲む

2021-01-07 11:29:22 | 風に乗って(おばば)
 


 女の肌を連想させる山は、藍色がかった灰色で、薄く二、三か所に煙を上らせている。
 煙の立ち上っている地表は朱に染まり、朝日に輝いていた。
 お婆は、山を左手に見て急いだ。

 村の子供が、そこの溶岩の中に立ってみると、自分の中に棲むものに会うことが出来ると言った。
 黒い溶岩は何処までも続き、しがみついている松や杉にも、非情なほどそっけなく、それでもそれらの木々は、根を這わせ水分を得ている。
 お婆は、足場の良いところに立った。山は天に曲線を描き、遥か裾野は淡い緑と、針葉樹の深緑の相俣中に、風が遊んでいた。

「ギャーッ」
 悲鳴は、さっき見かけた人影のあった方からだ。お婆は、弾かれたように飛び上がった。
「とんでもない。とんでもないことだ」
 北からの旅人に聴いたことのあるトドのような図体の男が、溶岩の間に足を取られてもがいていた。目を見開いたまま「俺は大店の主人だ。他人からは仏の善右衛門と呼ばれていた。俺の中に居るはずはない。そんな者は居ないっ」と、宙を睨んだ。
 お婆は、驚いて辺りを見回したが何もない。それよりも、温かな風が花の香りさえ運んできている。

 溶岩の表面がキラリと光り、お婆の姿が現れた。痩せぎすの体に灰青の縞模様の着物。自分の姿を見て、もんぺが大分汚れているなと思った。後ろに纏めた髪が白く、艶も失せていた。
 髪が緩く解け逆立ちはじめた。目がつり上がり、口が裂けていく。白髪の間を突き抜け、鋭い角が伸びていった。


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マスク警察

2021-01-07 11:13:38 | 「とある日のこと」2021年度


 新型コロナウイルス感染症の蔓延に、私も少なからず神経質になっている。他国では変異性も出てきて、日本には、英国帰りの人や南アフリカ帰りの人から発見されたというニュース。

その様な中、電車に乗った。日中の車内は椅子席が殆ど空きのない程度。椅子に掛けて目を閉じていたが、ふと目を開け真向いの席を見ると、マスク姿の若い女性の隣にマスク無しの若い男性がいた。車内を見渡すと、その男性以外の人々はシッカリとマスクをしている。

新型コロナウイルス感染症の脅威には、三蜜や手指消毒やうがい、マスク着用や換気、他者との距離などなど。毎日のように、実行することが予防策と言われてきた。中でもマスクは一番の予防になると思うほど。

ふと、「マスク警察」という言葉が浮かんできた。私の心にもその部分らしい感情があることに気づいた。もしかして、出かける段になって手持ちのマスクが無かったのか? 電車に乗るまでの間に購入するチャンスが無かったのか? それとも、若者は罹っても軽く済むとか言われた時期があったが、それを真に受けて、自分は若いから大丈夫だぁ・・・とでも思っているのか? でなければ、持っていないなら、私の予備に持ち歩いている不織布マスクがあるから、「どうぞ」とでも言って差し上げようか? 等々、自分の気持ちと問答した。

その若者は、何にも気にすることも無いように、隣の女性とスマートフォンの画面を見ながら、終いには、歯茎を見せて笑った。

 乗換駅になった。私の脳裏にはあの若い男性がこびりついている。


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山吹の明かり

2021-01-01 11:43:19 | 風に乗って(おばば)


 どうやら道に迷ったらしい。
 行けども行けども、杉林が続く。薄暗い中に山吹の花が咲いていた。細いくねった道が、とぎれとぎれに延びている。
 行き止まりに祠があって、その前に若い女が跪いていた。
「……を宜しくお願いします。それに……は、どうしても、……まで、手に入りますように」
 女が、お婆の近づくのも気づかずに、祈り続けている。合わせた両手の指先に力が入って、赤く染まっている。
 お婆は、一心に祈る姿に見とれていた。
 女が、お婆の気配に気づいて顔を上げた。
「あら、お参りになるのでしょう。どうぞ」
 少し体をずらし、祠の前を空けた。
 お婆は、女と並んで跪いた。
「なむなむなむ、あぁあ、なむなむなむ」
 女が、祈っている姿勢のまま目を開けた。
「おばばさん、なむなむなむだけじゃ、お地蔵様が困るでしょう。ちゃんと、お願い事を言わなけりゃあ」
「なに、お地蔵様にも都合があるってものよ。だから、なむなむなむ、あぁ、なむなむなむ」
「そんなお願いの仕方なら、幸せになれなくってよ。お地蔵様だって、しっかりお祈りする人は放ってはおかないわ」
「それであんたは、何をお願いしたのだい」
「それは、ひ・み・つ」
 女が、もう一度丁寧に手を合わせると、去っていった。

 お婆は、あれこれお願いしようと思ったが、どっちにしても、欲にはキリがない。
「南無なむなむっ、なむなむなむ」
「でっかい声だな」
 祠から地蔵の声がした。

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「おばばシリーズ第二部」
旅に出たおばば・・・どのような出会いがあるのか?
そして 最後はどうなるのか?
この時点では作者自身も?の状態です。
お読みいただけると嬉しいです。

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