紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★46 二度目の寡婦

2024-07-14 06:32:31 | 「と・ある日のこと」2024年度


「また、未亡人になってしまったわ」
 と、ちょっと自嘲気味の声が、すぐに涙声に変わった。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

「私が殺したのではないわよ。助けられなかった。そうめんを柔らかくして、少しとろみをつけて飲み込みやすくして食べさせていたんだけど。咳き込んでね、その時喉に詰まらせたみたいなの。私は殺していないわよ。何しろ痩せていても重かった。息子を呼んで吐き出させようとしたんだけど・・・。救急車が来た時には呼吸は止まっていた。心臓がよほど弱っていたのね、助けられなかった。また、未亡人になってしまったわ」
 彼女の声は絞り出すように、そして、千切れるように、それでも一気に言うと、しばらく嗚咽が続いた。

 GWの3日が通夜で4日が葬儀だと言う。
身内だけで葬儀を執り行うそうだ。私は地図を広げて彼女の移住地の国を見た。遠い。

 3日の朝、いつものように狭庭を徘徊していた時、ふわりと私を掠めた影。影を追いかけると大きな黒い揚羽蝶。きっと亡くなった彼だ。急いでカメラを持ち出す。揚羽蝶は、ふわふわと私の周辺を舞う。植物に留まるところを待ってシャッターを押す。ご冥福を祈る。

 彼女は先の夫君を突然死で亡くす。息子と娘はまだ中学生と高校生。二人を育てるのに必死に仕事を選び、その先の先輩だった彼と結婚したのは、共に還暦を過ぎてから。そして、介護生活七年が過ぎて、二度目の未亡人となった。

 彼女自身も乳がんを患い、想像を絶する介護の毎日だったようだ。残りの人生の幸せを祈らずにはいられない。


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★45 西新井大師様

2024-07-07 06:08:20 | 「と・ある日のこと」2024年度


 4月半ばの、と、ある日のこと。
 東京・西新井大師様に初めて参拝した。

大師線に乗って一駅が終点であった。すぐ側が西新井大師様の境内である。大師様のご近所さんのダン友から事前に頂いていたパンフレットを見ると、駅より少し離れた所に仁王門があるらしい。
立派な塀越しに牡丹園が左に見えた。沢山の種類の牡丹が丁度見頃であった。暫し足止めさせられた。少し離れた場所の仁王門は、赤黒くガッシリとした翼を広げたような荘厳さであった。

仁王門から本堂が見える。左右に様々な祈りの場の建物があるようだ。まず、本堂前へ。
本堂は高い場所にあり見あげるほどの石段が続いていた。カートでは階段を上がるのは困難だ。本堂前の大きな香炉に近づき、ここでお線香を供えて、ここからご本尊様へご挨拶させていただくことにした。

備え付けのお線香の束一つの代金百円を所定の場所へ投じ、電気コンロのような器具で火を点け香炉の灰の中へ立て供えた。

手を合わせ本堂に向かった時、階段の上部から杖を突いた翁が階段の中央にあるパイプの柵に縋り、一歩ずつ足を踏み出し、尻を着きながらイザるように階段を下りだした。それはとても危うげで、見ている私の足が鳥肌を立てるほどであった。手助けをしようと思ったが、カートを引く自分もそう若くはない。二人して転げ落ちたりしたならどうするのだ? 思いとどまって翁を見守ると、柵を放さず、一歩一歩時間をかけて下りて来る。毎日のように、修行のように、階段を上り、手を合わせているのかもしれない。翁の表情は淡々として穏やかな表情で私の近くを通り過ぎた。「ほっ」思わず吐息をついた。改めて本堂に向き手を合わせ。今日のお目当ての三匝堂(さざえ堂)に向かった。



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★44 戻りたいあの頃

2024-06-30 06:56:46 | 「と・ある日のこと」2024年度


「俺さぁ、何だかさぁ、中学校の頃に戻りたくなったよ」 
「あ、俺は、小学校頃に戻りたい」
 混んだ電車内で私は吊革にも届かない位置で、カートに半分縋るように立っていた。声の主たちを見やると、この春高校生になったばかりのような白いシャツに大きなリックを胸に抱えた男子生徒二人が居た。
「?」私の脳裏に男子生徒二人の中学校と小学校の頃の姿を想像したが、あまりにも少し前のことではないか。それでも戻りたいと思うとは、現状に辛さなどがあるのだろうか?
 進学はしてみたけれど、想像と違った現状があるのだろうか? そう思いやる気持ちより、私の戻りたいところへと思考が移って行った。

 戻りたいところは、二十歳の頃かなぁ。
付き合い始めた男性がいた。一歳年上の営業マン。先行き不透明な楽しさだった。戻るとしたなら、あの頃に戻りたいなぁ。

 23歳で結婚した。小さな家を購入したのが25歳と24歳の私たち夫婦が、子を授かったのは、私が26歳の時。難産のために仮死状態の息子で、身体障碍者という大変な子育てだった。障碍者の長男と健常者の次男の子育て。そして、いろいろあった。もし、二十歳のあの頃に戻ったとしても、同じような人生を送ることになったかもしれない。どうあがいても、自分の持っている運命とやらは変わらないかもしれないし、持って生まれた性格では、大きく違った生き方が出来そうもないもの。

 いつの間にか、高校生らしい少年たちは、どこかの駅で下車したらしい。それでもまだ「戻りたいなぁ」という声が、私の内耳に残っている。




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★43 客は、通し鴨

2024-06-23 06:06:53 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
と、ある日の朝6時前。私は、いつものように朝の庭を徘徊していた。自室からサンダルを履き、中庭をそぞろ行く。玄関前を横切り、門扉を勢いよく左手で引いた。門扉の前は通りに面して、花壇に囲まれた車一台分の駐車スペース。
 一羽の中型の鳥が驚いたように、門扉近くの満天星躑躅の木の下辺りから出てきた。何故か、慌てる様子もなく、それでも危険を感じた風に、体を左右に揺らして移動する。

「えっ?」
 よく見るとカルガモのようだ。カルガモは、通りの側溝から1mほど手間で立ち止まった。側溝のコンクリートの上に卵が一個転がっていた。二カ所に凹みが見える。転がった時についたのだろう。

私は、急いで自室へ戻りカメラを持ち出す。そして、刺激しないようにシャッターを押す。

 カルガモは通りから門扉の近くまで戻って来た。うずくまった。私の気配に気づいているだろうに、飛び立つことはなく、じっと疲れを癒しているように見える。

「カルガモが居るよ。そっと見てごらん」
 夫に声を掛ける。夫もそっと見に行く。
「あの卵、温めたら孵化するかな?」
「駄目よ。野鳥だから手助けはダメ。それに殻に傷ついていたし無理よ」
 カルガモは小一時間近く居たようだ。風雨の昨夜から滞在していたのかもしれない。夫がまた見に行った時には、卵を置いて居なくなっていた。体力が復活したのだろう。飛び去って仲間の所へ戻ったに違いない。

「卵、どうする?」と夫。
「車に潰されたら可哀想だし、草叢にでも移動させたらいいかも」
 夫は、傷ついたカルガモの卵を、我が屋敷の側の叢に置いた。真夏には、黄色のカンナが群咲く場所だ。




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★ 42 マイナンバーカード

2024-02-18 07:38:07 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
マイナンバーカードの受け取りに市役所へ行った。朝一番の窓口は空いていてすぐに案内された。
先ずは、本人確認。申請した時の写真と運転免許証と、マスクを外した現在の顔を見て、本人に間違いが無いか確認された。写真の素顔の自分に眼をそむけたくなるほどだったが、これも長年見慣れた自分なのだと、チョットバカリ慰めの気分。

仕切り板のある申請用パソコンの前にいくと係の職員が説明をするが、最初からこちらが何も分からないと思っているようで、パスワードの確認の画面でも覗き込んできた。パスワードの入力のカーソルの位置も説明なしである。たぶん、高齢者の大半は、職員のやり方に任せて入力し、時間を掛けないで済ませていたのだろう。そのように理解したのだが、それって違うでしょ? 不親切と言うか、もっと基本に則ったやり方で出来ないのだろうか? 怒りが沸いてくる。

 マイナンバーカードに保険証としての紐づけはセブン銀行が良いとのこと。セブン銀行にはそのアプリがあるとのことだ。又は、薬局にある場合があるとか。少しばかり怒りのマグマが残っていたので、そのうちに紐づけすることにした。

 マイナンバーカードの不具合のニュースはいろいろあったが、現在は大丈夫になっているのだろうか? 良い制度となるかどうかは疑問ではあるが、国の制度である。この先どこまで生きるか分からないが、マイナンバーカードと付き合っていくことになる。

 人間の汚さのニュースを毎日見るが、マイナンバーカード取得時の職員の対応から見ても、仕事とはいえ、同じことの繰り返しは飽き飽きするのだろう。つい省略したくなったのも解るが、あってはならないと思う。
後日、定期受診のおり、薬局でマイナンバーカートと保険証の紐づけをすることが出来た。





長い間お読みいただきありがとうございました。
今記事で一旦「と、ある日のこと」は休憩します。
次記事から「風に乗って」シリーズを17回続けたいと思います。
変わらずのお付き合いを宜しくお願いします。


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