紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

天使の羽音-1

2018-06-07 06:55:55 | 江南(天使の羽音)
「江南文学」掲載「天使の羽音」33作中ー1
  

 凧揚げ

 私は、二歳四ヶ月のマーと、四歳四ヶ月のタカを連れて、利根川の河川敷運動公園で、生まれて初めて凧揚げをした。
 ママは、孫娘のミユを産んだばかりだ。
 凧は数日前二人を連れてデパートで買った。アニメキャラクターが描かれているジェット機型。三百六十円。
 前日は強風だった。近くの公園では、ものの五分も揚げないうちに墜落して、破損してしまった。
 この日は破損したところを補修して出かけた。適度な風に凧は簡単に揚がった。初めての経験だが、落ちかかったら糸を少し引くことなどは、どこかで知識の中に入っていた。
 十メートル位までしか伸びないように、糸を絡めてタカに渡した。タカがコツを掴むのに時間はかからなかった。手袋を外し、手を真っ赤にして糸を握っている。
「さむいのなんかへいき」
 堤防側面の傾斜を上下して走り回っている。
 私はマーを眼で追っていた。帽子にマフラー、羽毛入りジャンパーで、スコップと、柄付き鍋を持って堤防下を何やら探している。
「ワンワンがきたっ」
 マーに気を取られていた私が振り向くと、タカが凧の糸を放して斜面を駆け下りていた。
 二頭の犬を連れていた男性が、一頭の小さい方の綱を放していた。放れていた犬がタカめがけて走り寄ってきたのだ。
「犬の綱を放さないでっ、つなっ」
 と、私は叫んだ。男性は聞こえたらしいがそのまま行ってしまった。小さい犬は方向を変えてその後を追っていく。
 タカの手から離れた凧は、八十メートルも飛んで墜落をした。
「たこっ、たこっ」
 私と孫二人は、凧の後を追った。



  ガチャ、ガチャ

「ガッチャン」
 朝食の支度を整えたダイニングから瀬戸物の割れる音がした。行ってみると、じいちゃんが、食卓で割れた皿の始末をしている。
「割っちゃったよ。手が滑ったんだ」
 ジャムの入ったガラス瓶を、パン皿に落としたと言う。瓶は大丈夫だが、白い皿は細かく割れ、食卓の下まで飛び散っていた。
「歳をとると握力が落ちるのよ。意識して持たないと駄目よ。パパが出張する日に縁起悪いわね」
 私は、仏壇に向かい、一家が無事に暮らせるように祈った。
 今日は、じいちゃんの仕事が休みなのと、雨降りでもあるので、隣町のデパートに孫二人を連れて行くことにした。
「ね、ガチャ、ガチャしてもいい?」
 タカが聞く。前々からねだられていた。
 デパートの入口に玩具コーナーがある。タカが言う「ガチャ、ガチャ」は、いろいろなキャラクターが描かれていて、五十台を超えるほど並んでいた。
 一個百円から三百円まで。表示されている金額を入れて、ハンドルを握って回すと「ガチャ、ガチャ」と音を立てて、丸いプラスチックの容器に入ったキャラクターが出てくる。それで、通称「ガチャ、ガチャ」と言う。
 散々迷い続けていた二人は、握り締めていた三百円を投入し、タカはウルトラマンタロウ、マーはウルトラマンアグルを手に入れた。
 帰り道、大型食料店に寄り食材を買った。
 家に着くと私は先に降り、買い物袋を下げて玄関に向かった。じいちゃんが車をバックで車庫に入れようと方向を変えていた。
「ガン、ガ、ガチャン」
 もの凄い音に驚いて戻って見ると、車庫の柱に、車の右後部が衝突していた。



   弁当

 いよいよタカは、入園二週目の火曜日から、弁当を持って幼稚園に通うことになった。
「ばあちゃん、これがおべんとうだよ。ウルトラマンがかいてあるんだ」
 園から帰ってきたタカが嬉しそうに見せてくれた。アルミ製シルバー色の楕円形の蓋には、いま人気のウルトラマンが描いてある。
「あら、パパが幼稚園に持っていったのと同じようだわ」
 三十二年前、息子に持たせた弁当箱とそっくりだ。
 すっかり忘れていた記憶を手繰っていくと、シルバー色の蓋に描かれた『あしたのジョー』を思い出した。親子共々夢中で見たテレビ漫画の主人公だ。
 タカはスローペースな食べ方をする。毎日、「早く食べなさい」
 と、ママに言われながら、遊び半分で食べる。そんなタカが幼稚園ではどうなのだろうと心配したが、弁当持参の初日に帰って来るなり、ウルトラマン柄のブルーの袋から出して見せた弁当は、きれいに食べてあった。
「早く食べられたの?」ママが聞いた。
「タカちゃんね、はやくたべれたよ。せんせい、ぎゅうにゅうのこしてもいいって」
「無理に飲まなくてもいいって言ったの?」
「あのね、くだものを、もってきたおともだちもいたよ」
「そう。じゃあ明日は、果物も入れようね」
 早速、翌日はイチゴを持たせたようだ。

「ばあちゃん、かじっちゃった」
 元気に帰ってきたタカが指を見せた。右手人差し指に傷がついている。卵を手掴みで食べて、血豆を作ったと先生から連絡があったらしい。ママが言った。
「箸を使いなさいよって、言ったでしょ」



   花飾り

「ママにおはなあげよう」
 タカが白い花を摘みだした。
「ボクも」
 マーも摘む。
「ねぇ、じいちゃん、この花なんていうの?」
「レンゲかな」
 堤防に腰を下ろしていたじいちゃんが、タカの問いに答えた。
「何言っているのよ、クローバーでしょうよ。もっとも、キュウリの葉もナスの葉も分からない人だから仕方ないけど」
 私は、相変わらず物事に無関心なじいちゃんに呆れてしまった。
「クローバーだってさ。ママに摘んで行くのか。ママ、喜ぶよ」
 二人の孫の手いっぱいに、クローバーが握られている。それを見ているうちに幼い頃を思い出した。
「ばぁちゃんがいいもの作ってあげるよ。持ってきてごらん」
 タカの持っているクローバーで作り出した。
 編み方は定かではない。
 記憶を手繰った。
 最初はネックレスを目指したのだが、本数が少ない。マーの摘んだ分も含めれば、なんとか作れると思ったが、マーはそのままで、ママに持ち帰ると言い張る。
 出来上がったのは直径十二、三センチの輪。

 玄関に、出迎えたママに二人が差し出した。
「ママにプレゼント」
「ママ、おはな」
「まぁ、きれい、ありがとう」
 孫たちの熱い手に握られて帰ったクローバー。ブレスレットはママの手首に。一方は、ガラスのコップに活けられ、リビングとキッチンを隔てるカウンターに飾られた。



   ダンゴムシ

「ばぁちゃん、ダンゴムシがあかちゃんをうんでいるよ」
 タカが、プラスチックの容器に入れていたダンゴムシを早く見ろという。
 黄色の容器を覗くと、ダンゴムシが腹を見せて蠢いている。
「ほら、うんうんってうんでいるよ。がんばれ、がんばれ」
「え?」
「ばぁちゃん、ほら、あかちゃんがいっぱいでてきているでしょ」
「うーん、見えない」
「みえないの? ほら、きいろのちいちゃいのが、あかちゃんだよ」
「ちょっと待って、眼鏡で見るから」
 眼鏡をかけてよく見ると、腹を見せて蠢くダンゴムシ。
 どっちが頭でどっちが尻かわからないが、一方の腹に、一ミリほどの黄色みがかったものが、微かに動いている。それが、見ている間にその数が増えていくように見えた。
「ねっ、ばぁちゃん」
「うーん、これ、赤ちゃんなの?」
「そうだよ。ね、マーちゃんもみてごらん」
 マーも覗き込んだ。
「ね、じいちゃんもみてごらんよ」
「どれどれ」
 老眼鏡を光らせてじいちゃんが首を傾げた。
「ママにもみせてあげよう。ママ、きてごらんよ。ダンゴムシのあかちゃんだよ」
 昼食の用意をしていたママが外に出てきた。
「これ、赤ちゃん?」
「そうだよ。これ、あかちゃんだよ」
「うーん、赤ちゃんかなぁ」
「ダンゴムシのあかちゃんだよ」
 タカは、ダンゴムシの出産だと言い切った。きっと、昆虫図鑑で得た知識なのだろう。



   お泊まり

「ボク、ぜったいいかない」
 タカが強い口調で言った。
 幼稚園の『お泊まり保育』が七月十九日の夕方から、翌二十日の午前十時頃まである。
「だって、ママがいないんだもん」
「あら、みんなもママと一緒じゃないよ。とにかく行ってみよう。どうしてもイヤだったら、その時考えればいいよ」とママ。
「ううん、ぜったいヤだ」
と、タカが何度も繰り返した。

 十九日の夕方、ママがタカにシャワーを使わせた。子供用布団、パジャマ、洗面用具、着替えの衣類などを袋に入れて車に積み込んだ。その頃には、タカの気持ちも、少しずつ行く方向に変化していたらしい。
「きっと、楽しいよ。ママも幼稚園の時うんと楽しかったもの」
「パパは、年長の時、日光で泊まったな」
 パパも昔を思い出したようだ。
 幼稚園にはマーとママが送って行った。車中のタカは涙ぐんでいたらしいが、さほどの抵抗もなく車を降り、迎える先生や友達の中に入っていったそうだ。
 翌日、ママとマーが迎えに行った。
 帰ってきたタカは、キャンプファイヤーや盆踊りなどをした。夕食はカレーで、朝食はホットドックとカルピスと果物のゼリーだよ。と、話してくれたのだが、少し元気がない。寝不足らしい。
 担任の先生からの報告では、深夜十二時頃まで眠れないでいるので、
「先生がだっこしようか」
 と、他のクラスの先生が声を掛けると、
「ボク、タカノせんせいがいい」
 と言って、担任先生の体が空くのを待って、添い寝をしてもらったという。



   カタツムリ

「去年のシーズンオフに五百円で買った」
 と、パパが広げたプール。直径一、三メートル。深さの三分の一程度水を入れ、タカとマーが遊んでいた。私は木陰で生後五ヶ月の孫娘のミユを抱っこしていた。
 プールの上に枝を伸ばしている花桃。その枝先にしがみついているカタツムリを見つけた。梅雨が開けてからの連日の猛暑に、例年の半分にも育っていない。
「水を掛けてやってよ。カタツムリはお水が好きだから」
 手を伸ばして捕まえ、二匹をタカに渡した。
 プラスチックの容器に入れ、水を掛けると、角を出し、頭を左右に振りながらゆっくりと動き出した。
「キャーッ、マーちゃん、はやくはやく、カタツムリのどうろをつくろうよ」
 タカは水遊び用の玩具を、カタツムリの行く手に次々と並べていく。マーもそれに協力する。
「カタツムリつかまえることできたよ。くびがネバネバしている」
 タカが叫んだ。マーも触ってみる。
「うん、ネバネバ」
 タカは、小さな虫も掴めなかった。
 やっと最近、死んだ蝉やカブトムシを掴むことができるようになった。クワガタはまだ掴めない。
 マーは、平気でどの虫も掴むことが出来る。
「もう終わりにしなさい。お昼御飯よ。カタツムリは玩具じゃないのよ。飼っていたカブトムシだって死んじゃったでしょ」
 ママの声に二人が顔を見合わせた。
「また、遊んでもらおうね」
 私は、花桃の枝にカタツムリを戻した。翌日から、花壇や植木鉢の水やりの時、花桃の木にもシャワーを浴びせた。


「天使の羽音」-2

2018-06-07 06:54:54 | 江南(天使の羽音)
「江南文学」掲載「天使の羽音」33作中ー2


 サイクロンロードにて

「まぁ、汚い」
 私は、思わず呟いた。
「ばぁちゃん、きたないねぇ」
 タカも言う。
 自転車乗りをしようと堤防に上がった。
 堤防決壊の被害に遭ったのは二十年も前になるだろうか。我が家のある地区から離れた反対側だったが、それ以来、堤防の改修工事が断続的に続けられている。おかげで、堤防の幅は広くなり、堤防の上と下に舗装された道が造られた。
 通常、堤防上は、河川管理車両以外は通れないサイクロンロードとなっている。そこに、十メートルほどの広さに、花火の燃えかすや、入れていただろう袋などが散乱していた。
「よくこんなして帰れるな。気持ちが悪くないのかな」
 じいちゃんも言う。
「タカちゃんマーちゃん、ゴミは散らかしたまま帰っちゃいけないのよ。ちゃんと片づけて持ち帰らないとね」
「じいちゃん、ばぁちゃん、ボクいうよ。はなびしてもいいけどー、おわったらー、ちゃーんと、ごみはもってかえってくださーい」
 タカが大声で言った。
堤防の上には、私たち夫婦と孫二人しかいない。
 二人は自転車の取りっこ。ジャンケンをする。乗りこなせるタカが勝った。しばらくは先に乗り、その後、マーが押して走る約束。
「マーちゃん、きょうそうしよう」
 タカの乗った自転車とマーが並んだ。
「よういどん」
 私の合図に二人が走り出す。
 マーがタカに気を取られて、だんだん近寄っていく。タカの自転車が、マーに追突して二人とも倒れた。



   パパの絵で刺身

「ばあちゃん、ボクねぇ、ハガキかいて、これもらいたいんだ」
 タカが『テレビマガジン』を見て言う。
 ハガキを出すと、抽選で五十名様に、キャラクターグッツが貰えるというコーナーだ。
 タカは、ハガキを出せば必ず貰えると思っている。何度もせがむので、過去に、ママがキャラクターの絵を描かせて、ハガキを二度ほど出させた。結局、キャラクターグッツなどは貰えなかった。
「タカちゃん、ハガキを出してもね、懸賞なんてなかなか貰えないんだよ。懸賞ってね、ハガキをいっぱい出す人がいるでしょ、みんなに上げられないから、何人か選んで貰えることを、懸賞に当たるっていうのよ」
と、ママ。
「あっ、ボク、もらったことあるよ。ほら、パパの絵で」
「そうだったわね。上手だったよ。パパが何しているところだっけ」
「パパがとんでいるところだよ。それで、おさしみのつめあわせをもらったでしょうよ」
 ちょっぴり自慢げなタカ。
「あのお刺身美味しかったね。タカちゃん」

 大型食料店で『父の日』に先駆けて、『パパの絵』を募集していた。タカとマーも応募したと言うので行って見た。マーの絵は、オレンジ色で何やら描いてあったが、タカの絵は、黒と赤や青など数色を使った、はっきりした絵だ。
 タカの絵に『鮮魚賞』の札が付いていた。
「鮮魚賞のお刺身の盛り合わせは、いつ頃取りに来られますか? その時間にお作りしてお待ちしております」
 と、大型食料店から電話があって、父の日の夕食にご馳走になった。



  曾おばぁちゃんの死

「ばぁちゃん、あのね、ひたちじいちゃんのママがしんだって」
「だからね、あした、あさのごはんたべないで、ひたちじいちゃんのうちにいくって」
 タカとマーが、部屋に入って来るなり、タカが言った。
 出かけるといつもは、玄関先から大声で、「じいちゃん、ばぁちゃんただいまぁ」
 と、賑やかな帰り方なのだが、今日は部屋に入ってくるまで気づかなかった。
 リビングに移動したタカとマーは、すぐに『人間とからだ』(旺文社学習図鑑)を開いた。何度か見ていたのだろう、骸骨の描いてある頁を捲った。
「ボクねぇ、これも、これも燃やしたいんだ」
 と、骸骨や頭蓋骨をタカが指さした。
「ねぇママ、ぜんぶもやすの?」
「タカちゃん、今日はその話は止めよう」
 ママが料理をしながら言った。泣き顔だ。
 私は、次の頁を見て話題を変えた。
「ああ、それは筋肉だね。筋肉マンだ」
 その次の頁を捲ったタカが聞いた。
「これはあかちゃんだ。ちっちゃくって、すこしおおきくなって、おーおきくなって、うまれるんだね。ばぁちゃん、あかちゃんは、おんなのこのおしりからうまれるの?」
「ううん、ちゃんと生まれてくるところがあるんだよ」
「どこに?」

 海へ出かけていた親子たちに、ママの実家から連絡があった。
 人間の死。曾ばぁちゃんの死を、タカやマーに説明するとき、数日前に死んだ、カブトムシを例にして話したとパパが言った。
 カブトムシは、ママと、タカとマーで土手に埋めていた。



   ばぁちゃんって

「タカちゃん、マーちゃん、ほら、コオロギだよ。コロコロって鳴くんだ」
「えっ、なにそれ」
「コオロギ、おうちの中に入ってきたんだ」
「それ、どうするの」
「お外に出すよ。草のあるところへね」
「ばぁちゃんってすごいね」
 タカが目を大きく見開いた。
「なんで?」
「だって、むしだって、とりだって、なぁんでもしっているんだもの」
 タカとマーが、私の手にそっと握られたコオロギと、私の顔を交互に見た。
「だって、ばぁちゃん、タカちゃんたちより、いっぱい生きてきたもの」
 そう答えてから、数日前も同じようにタカが言ったことを思い出した。
 つくば市の高崎自然の森公園に、探鳥の趣味の私は、じいちゃんと孫たちを連れて行った。広い公園をゆっくり回った。
いろいろな生き物がいた。殿様バッタやオタマジャクシ、シオカラトンボや黄揚羽蝶などさまざま。真昼の森の中に、ミーンミーンやジージーという蝉の声に混じって、カナカナカナと二、三聞こえる。
「ヒグラシだ。ほら、カナカナカナって鳴いているのがヒグラシっていう蝉だよ」
 みんなが耳を澄ました。木々の梢や幹を目で辿ってみるが、姿は見つけられない。孫たちも同じように周りを見回した。

 幼い頃、夕刻になると聞いたヒグラシの声。もの悲しい気分になったのは、ヒグラシが鳴き出すと、そろそろ暑さも峠を越したからか。
「へぇー、ばぁちゃんってすごいね。なんでもしっているんだね」
 タカが、私と繋いでいた手に力を入れた。



   寿命

「クワガタがしんじゃった」
「ばぁちゃん、なんでよう」
 タカとマーが虫かごを持って叫んだ。
 虫かごの土の上に、クワガタが背を下にして転がっている。食べ残した昆虫用のゼリーが色を変えていた。
「寿命なんだ。……仕方ないね」
 私の言ったあとに、ママも付け加えた。
「もう、夏も終わりになるから、クワガタはバイバイしたのよ。夏頃までしか生きられないんだから、クワガタも」
「カブトムシもしんじゃったし、セミもしんじゃった」
「蝉なんかは一週間しか生きられないのよ。だから、一生懸命鳴くのよ。その前は土の中にずっといたんだから」
「ダンゴムシは? いつしぬの」
 私は、五歳になるタカの問いに窮しながら、
「寿命か」と呟いてしまった。
「後で、埋めて上げようね」ママが言った。
 納得したのか、二人は玩具で遊び出した。

「ウルトラマンガイヤがしんだんだ」
「しんだ、しんだ」
 もうじき三歳になるマーが、テーブルの上に指人形のウルトラマンガイヤを寝かせ、その周りを十六個ほどの、ウルトラマンヒーローの指人形で取り巻いた。ガイヤだけが寝ていて、後はみんな立っている。葬送の様子に似ていた。
 プラスチックのヒーローたちは、永遠に死ぬことはないだろう。ゴミとなって焼却されるか埋められるまでは。
 生きるもの全ての寿命はそれぞれ長さが違っていて、生まれ出る時にその長さを決められているのかも知れない。そのようなことを思いながら、孫たちの無事な成長を願った。



   誕生祝い

「誕生日のお祝いを買いに行こう」
 タカは平成十一年九月上旬、マーも十三年九月上旬生まれだ。
 二人の誕生日を数日後に控えた土曜日、パパは研修会に出かけて留守だ。
 じいちゃんと私は、孫たちを大型玩具店のトイザらスに連れて行くことにした。
『こどもの日』以来の買い物だ。
 さんざん、本やテレビやビデオで研究しただろう二人。
「欲しいもの決まったの?」
 玩具店に向かっている車中で聞いた。
「ええーっとね、ぼくはぁ」
 タカはまだ決まっていないようだ。
「ウルトラマンのぉ……」
 マーもはっきりとした答えを言わない。
「また迷っているのか」
 じいちゃんは前方を向いたまま笑った。
『こどもの日』のプレゼントを買いに行った時は、マーは、ウルトラマンヒーローとそれと戦う怪獣にあっさりと決めた。タカは、さんざん迷った挙げ句バイクに乗った、やはりテレビドラマのヒーローを買った。
 買った後の二、三日は盛んに取りっこしながら遊ぶのだが、それを過ぎると、いつの間にか、ウルトラマンシリーズのキャラクターに戻る。
 玩具店に入ると、真っ直ぐ目的売り場に向かう。また、ウルトラマンシリーズらしい。やはり、一番人気だ。
「ぼくねぇ、これ」
 マーは、初代ウルトラマンと怪獣ベムラー。
「ぼくは、これだっ」
 タカは、ウルトラムービーセレクションという、テレビ、映画で活躍するウルトラマンヒーロー四体と怪獣四体のセット。
 二人とも決定が早かった。



   バースデーケーキ

 パパとタカとマーは夏生まれだ。三人纏めての誕生会をする日、ケーキを作るという。
 タカとマーが調理台の前で、子供用の小さな椅子に乗って立っている。タカが言った。
「かめんライダーケーキをつくるんだぁ」
 ママが二人に、ケーキの材料を一品ずつ測ることから、手伝わせることにしたようだ。
 私は二月生まれのミユを抱いての見学。
 計量器に小鉢を載せ、砂糖、粉、バターなどをそれぞれに測っていく。
 だが、必要以上に、タカが計量器に手を載せたり、マーが椅子の上で飛び跳ねたりして、何度も注意されている。
「ねっ、ママのいうことを聞けないんだったら、向こうに行っていて」
 ママが、怒った。
「わかった。だいじょうぶ」
 タカが手を引っ込めた。
「はーい。ぼくもだいじょうぶ」
 マーも、動きを止めた。

 タカが、卵の黄身をホイップする。マーが、卵の白身をホイップする。それから、ママが、他の材料も入れてマゼマゼする。
 オーブンからの良い香りを楽しみながら、二人が交互に泡立て器を両手で握って、生クリームをホイップする。
 仕上げはママだ。
 パパが、果物類を挟んだ二段重ねのスポンジケーキを、生クリームでデコレーションする。そしてその上に、家族の人数分七個のイチゴを配置する。
 タカとマーが、桃、ブドウ、イチゴ、キウイ、オレンジ、お菓子の『きのこの山』を散らす。
 その中心に、パパが、仮面ライダーの人形二体を向かい合わせに立たせた。

天使の羽音ー3

2018-06-07 06:54:24 | 江南(天使の羽音)
「江南文学」掲載「天使の羽音」33作中ー3


 運動会
「ぼくはいかない」
 タカが玄関で靴を履かずに言う。
「今日はね、マーちゃんの運動会なのよ。タカちゃんだって去年行ったのよ」
 今日は、タカの通っている幼稚園の、未就園児を対象にした運動会。
 パパも通った幼稚園で、マーも来年は通うことになる。
「だって、ぼくはなにももらえないのでしょ」
「タカちゃんの運動会ではもらったでしょ」
「だって、ぼく」
「行きたくなきゃ、行かなくてもいいのよ」
 と、ママ。
 九月二十三日に、タカの運動会があった。
 九時始まりのところ八時に家を出た。園庭のトラックの周りは六重、七重にシートが敷かれている。我が家で確保したのは、一番後ろのフェンス寄り。他人が通る度、砂がシートにかかってくる。
 園児鼓笛隊の入場、演奏。園長先生の始まりの挨拶から、競技へ。
 タカのかけっこは二等賞。
 タカたち年中組三クラスの遊技『バルーン』は、カラフルな円形の大きな軟らかいシートを使って、クラス全員でいろいろな形を作る。なかなか良くできて、先生方の指導力に感激。
 未就園児のかけっこでマーがママと走る。
 パパたちのムカデ競走は、赤の鼻緒が抜けたりするアクシデントで湧いた。
 ビデオカメラと普通のカメラを駆使して、パパとママが撮りまくる。
 私はミユを抱いて観戦。

「ぼくもいくよ」
 ママの剣幕にタカが従った。
 三個のチャイルドシートを着けたパパの車で、幼稚園に向けて発車オーライ。



   パン

「ばぁちゃん、それ、だれがたべるの?」
 五年前亡くなった長男へ供えるために、食パンに、ブルーベリージャムを塗っている私に、タカが聞いた。
「仏様に上げるのよ」
「パパのおにいちゃんに、なの?」
「そう」
「パパのおにいちゃん、パンがすきだったからね」
 タカは、いかにも長男の生前を知っているような口ぶりをした。きっと、次男夫婦がなにかの折りに話したのだろう。
「そうよ。おじさんはパンが好きだったわ」
 私は亡き長男を偲んだ。亡くなる数年前から、朝食のメニューは、食パンが主のパン類と野菜サラダ、ミルク、紅茶、卵、バナナだ。
 長男はとてもパンが好きだった。身体に障害を受けていて咀嚼がままならないので、パンは小さく千切りミルクで軟らかくし、サラダはみじん切りにしてスプーンで食べさせていたので、毎朝の供物はパンとミルクである。
 糖尿病を患っていたこともあって、常に不満足な腹具合だったろう。
 棺には沢山の好物を入れた。パンやバナナは勿論だ。次男は食パン一斤の他アンパンや饅頭なども入れていた。そんな次男は、自分の子供たちに、兄貴のことを話してやったのだろう。
「ね、ママ。どうしてもやしちゃうの?」
 タカは、自分たちも参列した曾ばぁちゃんの葬儀の時を思い出したようだ。
「死んじゃうと血液が動かなくなって、そのままにしておくと臭くなっちゃうでしょ。だから……。ええーと、難しいね」
「うーん。わかんない」
「幼稚園に行くんだから、早く食べようね」
タカは最後のパンの一片を口に入れた。



   パパ床屋

「今夜はパパ、床屋さんになろうかな」
 パパが夕食時に言った。
「ボク、やだ。ぜったいやだ」
 タカがすかさず言う。
「前髪が目に入っちゃうでしょうよ。パパに床屋さんやってもらおうよ」
 ママも勧めるが、タカは頭を横に振った。
 パパが再度誘う。
「ビデオは見ないのかな? ウルトラマンか仮面ライダーか、見ながらやろう」
「えっ、いいの?」
「ああ、いつもそうでしょ。好きなもの見ていいよ。マーちゃんもね、床屋さんやろうね」
「うん。ボク、ウルトラマンジャスティスがみたい」
「タカちゃんは?」
「うん。それでいい」
「そうか、床屋さんやって、それから風呂に入ろうな」
「パパと?」
「いつもママと入っているのだから、お休みの時ぐらいはパパと入ったら」
 と、ママ。
「わーい。マーちゃんもパパとはいるう」
 夕食後、テレビに向けた子供用椅子に、タカが最初に腰掛けた。
 パパが、タカの首の周りにタオルを巻き、更にケープを羽織らせる。用意が出来ると、髪切り鋏で切り始めた。
 タカの次にマーがお客様だ。
 一ヶ月半か二ヶ月毎にパパ床屋は鋏の音をさせる。一部虎刈りになることもあるが、数日のうちに気にならなくなる。パパ床屋の腕は回を重ねるごとに上達していった。
 私も、息子二人の髪を就学前まで切った。決まって昼寝の熟睡中に作業したのだが、出来上がりはどうだったか思い出せない。



   うんち

「ママー、ちょっときてぇ」
 マーがトイレで呼んでいる。
「なぁに」
 私がトイレに行くと、マーは便器の前の部分に跨って、縁に手を付いている。
「ばぁちゃんじゃないの。ママー、ちょっときてぇ」
「ママだって。ばぁちゃんじゃないって」
 と、キッチンに声を掛ける。
 ママが、夕食後の片付けの手を止めて来た。
「なぁに」
「ねぇママ。なんでうんちはくさいの」
「食べ物をいっぱい食べるでしょ。栄養が体に入っていって元気の基を作るよね。後のいらない物は、うんちやおしっこになって出てくるのよ。いらない物だから臭いの」
「きりんさんも、うんちするの?」
「するよ。だって、しなかったら、おなか痛くなってしまうもの」
「ぞうさんも?」
「そうよ、像さんもよ」
「らいおんも?」
「ライオンもよ。ね、マーちゃん、うんち出た?」
「ん。でた」
「そうしたら、トイレットペーパーで拭こう。後ろから前へ。そうそう。紙に汚れが付いている? 付いていたら、もう一回拭こうね」
「ママ、いい」
「うん。後はパンツとおズボンを履いて。お水を流して、お手てを洗ってよ」
 ママは、ある程度まで見届けると、キッチンへ戻って行った。

「マーちゃん、うんち出たの?」
 私が声を掛けると、マーが笑顔で言った。
「いっぱいでたぁ」



   黙秘

「入園拒否だな。何聞かれても黙秘なんだ。かと、思うと、口パクだし」
 パパが半分笑いながら言った。
「マーちゃん、好きな食べ物は何って、聞かれた?」
 私の問いにマーは答えない。
「ウルトラマンのう……えーと……」
 などと、こちらの問いとは関係ないことを呟きながら、うろうろと動き回る。
 来春の、幼稚園入園希望者の親子面接が今日あった。タカの時の経験からどのようなことが聞かれたりするか、数日前から家族間で話題になっていた。
「ね、園長先生は『食べ物では何が好きですか』って聞いたよね」
 と、ママが、去年の親子面接を思い出してタカに聞いた時、
「タカちゃんねぇ、ぶどうっていった」
 と、タカが言うと、
「ボクも、ぶどう」
 と、答えていたマー。だが、親子面接では一言も発しない。その他の問いには、聞こえるか聞こえないか分からないような小声だった。と、パパが言う。
「マーちゃんは、慣れれば大丈夫なんだものね。大丈夫、幼稚園に行けるからね」
 と、ママが言った。
 マーは、タカと二歳違いだが、食べ物の量は同じだ。
 二年の違いは、物事の判断や知恵、体力、動作の違いがあって当たり前だが、対等に渡り合いたい気持ちでぶつかっていく。
 タカも手加減をしないところもあって、見ていないと危険なことも多々ある。
 妹のミユを「可愛い」と言いながら、意地悪をすることもある。幼稚園に行くようになれば、また、変化することだろう。



   家族

「じいちゃん、あした、おしごと?」
 夕食の食卓に着いて間もなく、タカがじいちゃんに聞いた。
「休みだよ。タカちゃんも幼稚園休みだろ」
「うん。どうしておしごとするの?」
「お仕事してお金もらわないと、なにも買えないでしょ。パパも毎日お仕事して、みんな御飯食べられるんだよ」
「ひたちじいちゃんは、おかねもちだよ」
 タカとマーは、ママの実家の地名からママの両親を、ひたちじいちゃん、ひたちばぁちゃんと呼んでいる。ママが言った。
「何言っているの? ひたちじいちゃんは、いっぱいは持っていないわよ」
 タカは、今度は私に問い掛けた。
「ね、ばぁちゃん。なんでばぁちゃんになったの?」
「タカちゃんが生まれた時からばぁちゃんになったのよ」
 と、答えると、それにママが続けた。
「タカちゃんやマーちゃんが結婚して赤ちゃんが生まれると、ママもばぁちゃんになるわ」
「いちにぃさんしぃごぉろくしち。うちはしちにんかぞくだね。なんで?」
「じいちゃんとばぁちゃんも一緒だから。そのうちによっては、二人だったり一人だったりするのよ」
「リョウくんちは、うーんと、ごにんだ」
 タカは、従兄の家族を思い出して数えた。
「ひたちじいちゃんの家は、ばぁちゃんと二人だね。幼稚園のお友達のエー君ちは、子供が五人で九人家族だって。エー君ママが言っていたわ」
 と、ママ。
「いいわねぇ。育てるのは大変だろうけど」
 私は八人用の食卓を見渡した。
 タカは両手を出して指で数えている。



   折り紙

「タカちゃんが、お腹が痛いって言っています。体温を測りましたら、三十七度五分ありました。お迎えに……」
 タカは少し咳をしていた。幼稚園バスには乗せずに、ママが車で幼稚園に送り届けたのだが、間もなく園から連絡が来た。
 早引けをしたタカは鼻水を垂らしている。風邪の影響でお腹も痛くなったのかもしれない。ママが一枚重ね着させた。
「暴れちゃ駄目よ。静かに遊ぼうね」
 ママは折り紙や千代紙を出し、黄色の鶴を折ってタカに与えた。
「じいちゃんにとまった。あ、ばぁちゃんにとまった。ミユちゃんにとまった」
 タカは折り鶴を大切に扱っていたがそのうち、羽を引っ張ったりして形を崩していく。
「これ、マーちゃんにあげる」
 形の崩れた折り鶴にはマーも興味を示さない。プラスチックのブロックで作ったダンプトラックをテーブルの上で走らせている。
 私はミユを抱いていた。
「ねぇママ。あおのつるをつくってよ」
 タカがママにねだった。昼食の用意をする手を止めて、ママが青色の鶴を折った。
「くちとくちでチュウ、くちとくちでチュウ」
 タカが、黄色と青の折り鶴を両手に持って、嘴同士を何度も接触させている。
「おっぱい、おっぱい、おっぱい」
 マーが合わせるように言った。
「だぁれ、そんなこと言っているの」
 ママがキッチンから叫んだ。
「ねぇばぁちゃん、これつくれる?」
 タカが、折り紙の袋に描かれている図を指さした。蝶、ライオン、ハート。どれも詳しく描いてありそうだ。
 私は蝶に挑戦したが、ついに完成させることが出来なかった。

天使の羽音ー4

2018-06-07 06:53:49 | 江南(天使の羽音)
「江南文学」掲載「天使の羽音」33作中ー4


 七五三

「ねぇ、ばぁちゃん。ボクつかれちゃった。おんぶしたい」
 タカが、私に繋いだ手を自分の方に引き寄せた。筑波山神社に参拝した帰りの、石段を下りている途中だ。
 タカはスニーカーを履いているが、着慣れない羽織袴スタイルだ。着物を着せるときに、重い重いと騒いでいたこともあって、疲れたのだろうと思った。
「うん。下まで下りたらね」
 階段を下りきったところで、私はハンドバックをじいちゃんに預けて、タカに背を向けようとした。
「歩かせてちょうだい」
 ミユを抱いて前を歩いているパパの厳しい声がした。
「立派な男の子になりましたよって、お参りしたのに、おんぶしたらおかしいでしょ」
 ママの声も厳しい。
 天気が良く紅葉も見頃の今日は、筑波山の中腹にある駐車場はどこも満車だ。何段階も下った所の駐車場の端にパパの車を停め、じいちゃんの車は駐車場からの上り斜線に路上駐車。タカは車を降りたところで、羽織袴に着替えた。神社まではかなり登る。草履は神社で履き替えて記念写真を撮った。

「タカちゃん、がんばろう」
 タカの手をじいちゃんに預けて、その後ろを歩く。マーはママと手を繋いで。ミユはパパに抱っこ。下りは上りより少しは楽だ。
 昼食は筑波市のカニ料理店。店内は混んでいた。三十分くらい待たされた。フラミンゴの飼われている、熱帯をイメージした温室のある贅沢な空間を持つ店だ。食べ始まって間もなく、マーとミユは居眠りを始めた。タカは元気を取り戻したようだ。



   鬼の顔

「うわっ、ばぁちゃんのかお、おにみたい。あかいよ」
 タカが叫んだ。
「洗濯物を干してきたのよ。外は寒いんだ。だからでしょ」 
 そう言ったが、私は自分の顔を想像してみた。長い髪を纏めもせず垂らしたままだ。化粧はしていない。目を剥いた赤鬼。それとも、紅い顔をした般若か。
 今朝は風もあって、八時前の空気はとても冷たい。毎朝の洗濯物を干すのは、季候のいい時期は苦にならないが、寒いときは、きゅっと縮まる心臓が気になる。私は、持病の不整脈を持っているからだ。
「赤鬼か」
 私は呟いた。
「ね、ばぁちゃん。ばぁちゃんが三人あかちゃんをうんだら、うちはこども六人になるね。そうしたら、どうする?」
 タカに、食事時そう聞かれたのは数日前だ。
「ばぁちゃんは、もう子供は産めないよ」
 と、私は答えた。じいちゃんが笑いながら言った。
「そうだよ。ばぁちゃんは、もう駄目だ」
 タカが、祖父母の顔を見比べた。
「なんで? いっぱいこどもがいるとたのしいよ」
 マーは目を見開いて、話の内容を理解しようとしている。
 タカやマーの突拍子でもない言葉は、天使の羽音のようだ。

 核家族化した世の中になって久しい。みんな我慢を嫌がる。夫婦単位での暮らしをエンジョイしている友人も多いが、その分、天使の羽音を聞くチャンスは少ないだろう。微かな羽音にも元気が貰えるのに。



   絵のプレゼント

あんこと雑煮、御神酒と酒の肴。正月料理が並んだ元日の食卓。
「今日は、ばぁちゃんの誕生日よ」
 タカとマーに言うと、
「じゃ、これあげる」
 と、タカが差し出したのは、四つに畳まれた画用紙。仮面ライダーブレードを描いたという。マーもプレゼントを考えている。
「ありがとう。もらっておくね」
 大分前から日常的に、ウルトラマンや仮面ライダーなどのヒーローを描いていた。単純な描き方なのだが子供らしく、キャラクターの一番の特徴をまず描いている。私は、この孫たちの絵を額縁に入れてみたいと思った。
「ばぁちゃんの所にある紙に描いてもらおうかな。絵の具でね」
「いいよ。ママ、ばぁちゃんのもっているかみに、えをかいてやるんだぁ」
「あとでね。もう朝ご飯だから」
 とママ。
「マーちゃん、ばぁちゃんがせんたくものをほしたら、ばぁちゃんのところへいこうね」
 
 毎年、パパは、友人と初日の出を見に鹿島灘に出かけていたのだが、今年からは行かないことに決めたらしい。久しぶりに家族全員の元日の食卓だ。
 食事を終え、洗濯物を干した後。水彩絵の具を大きなパレットに八種類ほど溶き、色紙を二枚と筆を六本用意した。
「何でもすきな物描いていいよ」
 タカが、画面三分の二に青と赤でブレードを描き、その下に自分で名前を入れた。
 マーは、青と黄、黒などでりんごを画面一杯に何個も描いた。私はマーの絵に名前を入れてやる。
 二人の絵は、額縁に入れて飾った。



   カルタ

「ばぁちゃんも、やろうよ」
 タカの誘いでつき合うことにした。
 リビングのテーブルにカルタが広げてある。
「このカルタね、サンタさんからもらったんだ。みんなのだって」
 と、タカ。マーも言った。
「なかよくしなきゃあだめよって」
 昨年のクリスマスイブに、我が家に来たサンタクロースは、ポケットモンスター・カルタをタカとマーに、ミユには電話の玩具をプレゼントしてくれたらしい。
 テーブルを囲んでタカとマーは立ったまま。私は、ミユを抱きながら参戦することにした。
「さ、パパが読むから、分ったら取ってよ。マーにはハンデをやろうね」
 三歳のマーはまだ文字は読めない。五歳のタカは文字に興味を持ち始めている。パパは、
「マーちゃん、この字だ」と、最初の文字をマーに見せてから、読み始めることにした。
 マーは文字を映像として脳に送り、タカは聞いてから脳でその字を映像化するのかもしれない。パパが読み始めた。
 私は手加減をしないことにする。まず、丸の中にある頭文字を見て探した。
 何度か経験済みのタカとマーは、文字よりも、カードに描かれている絵で探すらしい。
 中盤にさしかかった。
「ヘラクロスの ちからづよい たたかいぶりは」
 マーが素早く『へ』のカルタを取った。大好きなカブトムシモンスターの絵だ。取った後はもう他には興味を示さない。
 タカはやっぱり取るのが早かった。マーとの年齢の差は歴然。私は頑張ったが、『は』と『ほ』を見間違うようでは仕方がない。老眼鏡を掛けるべきだったかもしれない。
一位タカ、二位マー、私はビリ。



    自転車乗り

「自転車乗りに行こうか」
 私の提案にすぐにタカが乗った。
「うん。ママぁ、きょうはじいちゃんとばぁちゃんと、マーちゃんとで、じてんしゃのりする」
「マルコ・スーパーまで行って、ティータイムしてこようね」
 これまでは、公園か土手のサイクリングロードを走らせた。今日は一般の道路だ。タカの自転車にじいちゃんが付き添い、私はマーの自転車に付き添うことにする。
 四ヶ月前のマーは、まだ自転車に乗ることが出来なかった。タカの走る自転車と一緒に、自分の自転車を押して走っていた。パパやママと練習したらしく、いつの間にか上手に乗れるようになっていた。最初はマンションの敷地を通らせてもらう。それから歩道を進む。
「タカちゃん、そこを曲がって」
「やだ。いぬにほえられちゃうから」
 と、遠回りして踏切を渡る。
 じいちゃんと私はピタリと二人に付き添う。タカは速い。マーは一生懸命漕ぐが追いつけない。
 マルコ・スーパーで、ラムネ一個入ったキャラクターグッツを二人が選んですぐ口へ。
 帰りはちがう道を通る。車道を横切り、住宅地を通り、信号機のある交差点を渡る。
 公園でブランコとシーソーで少し遊ぶ。
 再び我が家を目指す。マーと私が先に出発。遅れて出発したタカとじいちゃんに、用水堀の橋のところで追い越された。
 前方に『止まれ』の赤い標識が見えた。
「しんちょうに、しんちょうにぃ、しんちょうにー」と、マー。
 JRのガードに差し掛かったタカとじいちゃんに、マーが叫んだ。
「おーい、じいちゃん、だいじょうぶかぁ」


   マサの知恵

 夕食時、隣席のマーが、トレーナーの胸元を押さえ苦しげな表情をした。今にも吐きそうな雰囲気だ。私は、五年八カ月前亡くなった障害者だった長男のことを思い出した。
 亡くなる一年ぐらい前からだっただろうか、食事の後やその最中に、苦しげな表情を何度も見せた。後で知ったことだが、腸の動きが悪かったため、慢性的にガスが溜まっていた。食物が入っていくとガスに遮られて、暫くの間苦しかったらしい。
「大丈夫? マーちゃん」
「マーちゃん、どうした?」
 私の心配はじいちゃんにも移った。
「マーちゃん」
 と、マーと並んでいるママがちょっと睨むような表情をした。
 マーは一瞬緊張した表情をしたが、また苦しげに胸を撫でた。
「マーちゃん、イチゴたべたいの?」
 と、タカが聞いた。
「うん」と、マーが頷いた。
「気持ち悪かったらイチゴなんて食べられないんだから」と、ママ。
「たべられるよ」と、マー。
 ママが言った。
「イチゴ食べられるんだったら、ご飯食べてからにしようね」
 観念したようにマーが食べ始めた。
 部屋に戻った私に、タカが来て言った。
「ばぁちゃん、マーちゃんね、イチゴたべたいからきもちわるいまねしたんだって。しんぱいした?」
「したよ。だって、可愛い孫だものね」
 タカがじいちゃんの部屋でも言った。
「じいちゃん、マーちゃんね、イチゴたべたいから、きもちわるいっていったんだって。しんぱいしなくてもいいよ」

天使の羽音-5

2018-05-18 06:58:12 | 江南(天使の羽音)
「江南文学」掲載「天使の羽音}33作中ー5


そこまでの話

 パパはもう出勤した。
朝の食卓には、じいちゃんと私、ママとミユと、タカとマーが着いていた。
 二、三日食欲の落ちているマー。体調はそれほど悪そうには見えない。最近、食事中に「おなかがいたい」
と、マーが言うことが多いので、私は、気になっていた。
「マーちゃん、ウンチは出ているのかな」
 と、聞いた。マーが即座に答えた。
「うん。したよ、ウンコ」
「ウンチ出たんだ?」
「ちがうよ。ウンコだよ」
「ああそうか、ウンコか、良かったね」
 私は、ちょっと固目の便を想像した。
 図書館から借りてきた数冊の本の中に、
「うんち」という本があった。
 ウンチはどうして出るのかとか、像やライオンもウンチをするのか、などと、興味を持っているマーのために、ママが借りた。
「ウンピョ、ウンニョ、ウンチ、ウンコ、ウンゴ」
 と、便の軟らかさに従って、五段階の言い方が図入りでかいてあった。マーの便は、うーんと固いものより少し軟らかいということらしい。
「そうか、よかった、よかった。ウンコか」
 当たり前のような便通が、健康のバロメーターでもある。
「あのねぇ、ばぁちゃん」
 タカが便に関することを何か言おうとしたらしいが、間髪を入れずママが言った。
「はい。ウンチの話はそこまで。食事中なんだから」
 孫たちが、自分の前にある食べ物に目を移した。じいちゃんと私は、目を見合わせて笑いを堪えた。



   過ぎた話

 タカが思い出したように言った。
「マーちゃんは、おおきくなったら、パパになるんだよ。ぼくもパパになって、ミユちゃんはママになるんだ。おんなのこだからね。ばぁちゃんもママだったんだから」
「ちがうよ。ばぁちゃんは、ばぁちゃん」
 マーが隣席のタカに顔を近づけて言う。
「だって、そういっていたよ」
 と、タカは、私の顔を見た。
 数日前、
「ばぁちゃんはパパのママで、じいちゃんはパパのパパなんだ」
 という、私との会話を思い出したようだ。
「だからね、マーちゃんもパパになるんだよ」
「ふーん。じいちゃんはパパになるの? ばぁちゃんは、ママになる?」
「じいちゃんと、ばぁちゃんは、もう、すぎたんだよ。すぎたの」と、タカ。
ママが小声で「失礼だわ」と言った後笑い出した。
「過ぎたか。なるほど。アハハハハ」
 と、じいちゃん。
 私と、ママの笑いが止まらない。

「タカちゃんは、大きくなったらなんになるの? どんなお仕事するのかな。マーちゃんは、新幹線の運転手さんになってヒカリ号を運転するんだって」とママ。
「ボクねぇ、ブレード」
「仮面ライダー・ブレード? 怪獣と戦うんだ? 怪獣がいなくなったらどうするの?」
「おうちにいる」
「おうちでなにするのかな」
「ママや、ばぁちゃんをまもるんだ」
 ママの顔が嬉しそうに綻んだ。
「うわぁ、嬉しいなぁ、タカちゃん」
 私はますます孫が愛おしくなった。



   

 私は、生後八ヶ月のミユの風呂係だ。ずっと週五日風呂に入れている。
「今夜は風呂に入れなくてもいいです」
 とママが言った。突発性発疹にかかったらしく、熱っぽいと言う。
 タカとマーの寝る用意が出来るまで、私のベッドにミユを寝かせていた。 
 私の低い枕に頭を載せて眠るミユは、どちらかと言えばパパ似だ。上唇より下唇に厚みがあるところが一番似ていると思う。
――上唇の厚い人は他人に愛情を注ぐ人。下唇が厚い人は愛情を受けられる人。
 と、なにかの書物で読んだことがある。
 本当にそうか否かは解らないが、私は信じていた。
 自分の唇を見ると、上唇の方に厚みがある。
 過ごしてきた人生を振り返ってみると、やはり当たっていると思える。だから、化粧をするときは、下唇に厚みをもたせて口紅を引くことにしている。

 ミユの唇は成長するに従って違ってくるかもしれないが、幸福を暗示しているようで嬉しい。うんと愛情豊かな娘に育ってくれるように、周りの大人は愛さなければならない。
「ミユちゃんが嫁に行くまで、俺たち生きていられるかね」
 じいちゃんが寝顔を見つつ呟いた。
「あら、欲張りね」
「嫁に行くのは、早くても二十歳ぐらいだろうからな」
「その後は、曾孫を見るまで死ねない。なんて言うんじゃないの?」
 と、じいちゃんを冷やかしながら、私は、自分の母親の亡くなった歳にはまだ間があると思った。
 眠りを妨げられたのか、ミユの唇が動いた。



   写真

「マーちゃん、ばぁちゃんが何処にいるか分かる?」
 五歳になったマーが、即座に集合写真の前列中央を指さした。同期会二日目の七が宿ダムで撮った女性ばかり三十七名の写真だ。
「あーら、よく分かったね」
「ばぁちゃんはわかるよ。ボクのばぁちゃんだもん」
 白石市小原湯元温泉の旅館で、中学卒業五十周年記念同期会が開催された。宴会前の記念撮影は男女六十六名が並んだ。
 会場内の半分以上の人が分からない。記憶を辿るが名前と顔が一致しない。名簿片手に一人ずつ確かめながら歓談した。
 宴会は出し物続きで盛り上がった。唄に踊りに、皆の幸せ度が大きいのを実感する。
 二次会は、二手に別れての民謡合戦。次々と続くカラオケ。二十三時のお開きに、三次会の場所案内を幹事がしていた。体力的に持ち堪えられなくて寝てしまったが、三次会は翌日の午前二時まで続いたという。

「ね、ばぁちゃん、なんで、おばぁちゃんばっかりあつまっているの?」
 写真を幼い指がさす。改めて見た。くに子ちゃんもきん子ちゃんも、フミちゃんもキクエちゃんも、妙ちゃんも、あっちゃんも、共に六十五歳になる。
 髪は染めた。目一杯おしゃれしたつもり。シャッターチャンスには背筋を伸ばした。一番可愛い笑顔を作ったはず。
「ね、ばぁちゃん。どうして?」
 マーには理解不可能な写真なのだろう。
 どの笑顔も懐かしい。もう、次回の同期会を既に待っている心境。
「どうしてよ、ばぁちゃん」
「みんな、ばぁちゃんと同じ年だからよ」



   パズル

「ばあちゃん、ミユ、らぶべりーみる」
 二歳七ヶ月になるミユが来た。
「わぁ、ミユちゃん。今日はピンクの髪飾りを付けてんのね」
「うん。きらりんとおなじ」
「きらりん?」
「ミユちゃんは、きらりんすき」
「なに? きらりんって」
「ああ、テレビのアニメキャラよ」
 七歳になる、タカが説明する。
「ばあちゃん、らぶべりーみるよ」
 ミユは私のパソコンの前に立つ。膝にミユを抱き、パソコンの温まるのを待つ。

 ラブベリーと検索。『オシャレ魔女・ラブ&ベリー』を開ける。ラブという女の子と、ベリーという女の子のアニメキャラクターが笑顔を向ける。
「ミユちゃん、何処を見たいの」
「う~ん」
 ミユは画面を見渡す。小さな指がゲームコーナーをさす。クリック。二種類のパズルと二種類の塗り絵がある。パズルをクリック。
 画面左の完成図で、ラブ&ベリーが微笑んでいる。スタート。バラバラのパズルのピースをクリックして掴み、正しい場所に納めるのだ。秒単位で時間が刻まれていく。

 私は、いつの間にか真剣に取り組んでいた。ミユも画面を見つめる。ラブの頭がどこかへ隠れている。ベリーのミニスカートに見とれている暇がない。あれはここで、これがおててだわね。あっ、ラブちゃんの頭みっけた。
 右上の時間が三百を突破した。完成まで後僅か。ミユが溜息を吐いた。私は、膝にミユの重みを感じながら、四百秒突破を阻止したいと力む。



   ポニーテール

「エイッ、きった」
 三歳になったミユは、玩具の包丁を持っている。
 朝食を既に食べ終わったタカやマーは、二階に行って、登校と登園の支度に取りかかっている時間だ。ママはキッチンと二階を行ったり来たりしている。
 じいちゃんとパパと私はまだ食事中。
 ミユが食卓の下に潜ったりして、持っている玩具の包丁で、パパの両足、両腕、脇腹、と切っていく。その度に、パパはうめき声や、「やられた」などと悲鳴を上げている。
 最後には椅子によじ登って、パパの首に包丁を当て、刃を横に引いた。
「エイッ。ばらばらになっちゃった。ばらばらだ。ばらばら」
 パパは、ミユが椅子から落ちないように後ろ手を広げている。
「パパは食べているんだからねぇ。ミユちゃんそっちで遊んでいて」
 と、ママ。ミユは、パパの椅子から降りると階段方面に走っていった。
「バラバラ事件だ」と、じいちゃん。
「恐ろしいわね」と、私。
 タカもマーもテレビアニメを観ている。戦うものや冒険が主。ミユも充分目にする。

「ばあちゃん、かわいい?」
 ミユは、赤いゴムのポニーテールだ。鏡に映して見ている。
「可愛いよ。ハートのピンも付けているね」
 玩具の食器の蓋を開けた。
「なあに? あ、ホットケーキ、美味しそう」
 ミユは玩具の食パン、デコレーションケーキなどを持って、リビングと私の部屋を何度も往復している。さっき、パパの首を切った残酷さは、何処かへ消えていた。