紫陽花記

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別館★俳句「めいちゃところ」

★1 風に乗って

2024-02-24 07:54:58 | 風に乗って(風に乗って)17作
「行くのか」夫が庭から見上げて言う。
「そのつもりよ」両手を動かしてみる。
「母さん。自分の体力をよく考えなきゃ駄目だよ。行くのはいいけど」
夫と並んで見上げている息子が怒鳴った。
「大丈夫よ。練習はしたわ」
「どんな練習をしたんだ」
夫の問いには答えず、両腕を上下する。
「帰りはいつになるの」
息子は半ばあきらめた言い方をした。
「出たものは当てにしないで」
屈伸運動をする。ジャンプの姿勢になる。後は、思い切るだけだ。

私は屋根のてっぺんでバランスを取っていた。
冬空は雲もなく澄みきっている。隣家の屋根の向こうに筑波山が見える。筑波山の西に富士山が見えるはずだ。五合目辺りまで雪だろう。富士山の真上を通って、日本海まで行って大陸に渡る。おっと、そうじゃない。行き先は南半球。ミクロネシアの無人島。真っ青な空。白い砂。そして・・・・・それから何があるのか知りたいのだ。

「誰もいないぞ」夫が叫ぶ。
私は北風とタイミングを測る。
「ねぇ、カウントして」
庭の夫と息子に頼む。
「いいか、いくぞ、3,2,1,0」
私は屋根瓦を蹴った。
体が浮いた。全力で羽ばたく。
「母さん。しっかり飛べよう」
「おい。スカートが引っかかっているぞ」
振り返った。テレビアンテナを固定する針金に引っかかっている。屋根のボルトに巻き付けた切り端にだ。片方の手でスカートを外そうとしたが外れない。私は、屋根に引っ張られたまま、空を掻き続けた。



★今記事より、著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りします。楽しんで頂けたら幸いです。
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★ 42 マイナンバーカード

2024-02-18 07:38:07 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
マイナンバーカードの受け取りに市役所へ行った。朝一番の窓口は空いていてすぐに案内された。
先ずは、本人確認。申請した時の写真と運転免許証と、マスクを外した現在の顔を見て、本人に間違いが無いか確認された。写真の素顔の自分に眼をそむけたくなるほどだったが、これも長年見慣れた自分なのだと、チョットバカリ慰めの気分。

仕切り板のある申請用パソコンの前にいくと係の職員が説明をするが、最初からこちらが何も分からないと思っているようで、パスワードの確認の画面でも覗き込んできた。パスワードの入力のカーソルの位置も説明なしである。たぶん、高齢者の大半は、職員のやり方に任せて入力し、時間を掛けないで済ませていたのだろう。そのように理解したのだが、それって違うでしょ? 不親切と言うか、もっと基本に則ったやり方で出来ないのだろうか? 怒りが沸いてくる。

 マイナンバーカードに保険証としての紐づけはセブン銀行が良いとのこと。セブン銀行にはそのアプリがあるとのことだ。又は、薬局にある場合があるとか。少しばかり怒りのマグマが残っていたので、そのうちに紐づけすることにした。

 マイナンバーカードの不具合のニュースはいろいろあったが、現在は大丈夫になっているのだろうか? 良い制度となるかどうかは疑問ではあるが、国の制度である。この先どこまで生きるか分からないが、マイナンバーカードと付き合っていくことになる。

 人間の汚さのニュースを毎日見るが、マイナンバーカード取得時の職員の対応から見ても、仕事とはいえ、同じことの繰り返しは飽き飽きするのだろう。つい省略したくなったのも解るが、あってはならないと思う。
後日、定期受診のおり、薬局でマイナンバーカートと保険証の紐づけをすることが出来た。





長い間お読みいただきありがとうございました。
今記事で一旦「と、ある日のこと」は休憩します。
次記事から「風に乗って」シリーズを17回続けたいと思います。
変わらずのお付き合いを宜しくお願いします。


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★41 吾子の歩き初め

2024-02-11 07:27:51 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
生命保険会社の担当営業レディが年一のご機嫌伺に来た。生存確認と健康状態も陰ながら見ていくのかもしれない。三十代半ばの生保レディは、初対面にも関わらず、ちょっと高音のはっきりとした話し方である。

見直しする事柄は、一つは亡くなった息子が受取人になっている部分を、削除すると同時に、後の受取人の受け取る配分を決めなければならないらしい。その手続きにインターネット上で手続きするには、パスワード設定をしなければならないとか。少しばかりの保険金額であっても、後々の揉め事の原因になることの無いようにする必要があるようだ。

今回だけでは終わらず、次回に持ち越しとなったが、その他は、今の老後生活に必要なお金関係の雑談になって行った。我ら夫婦のように、地方から上京した者同士の結婚生活は、余程のチャンスに恵まれた人でないと、何の心配もない老後を送れそうもない。国の政策も、のんびりと暮らせない厳しさがある。孫子のために老後資金を使い切ったなら、自分の老後の資金が不足する危険もありそうだ。現役時代にせっせと身を粉にして働くのは、孫子のためは勿論だが、自分が安らかな死に際を迎えるためでもあるような気がする。

 生保レディには、息子と娘がいるが、生まれて間もなくから幼稚園や保育園を活用して、今に至っていると言った。息子が初めて歩き始めた時、保育園の先生と遊んでいた時だったそうだ。仕事帰りの夕方、息子を迎えに行った時、「今日、○○ちゃんは初めて歩いたんですよ」と報告を受けたそうだ。その時は、嬉しいよりも、自分の手の中から歩き出すのを見たかったという悲しみがあったそうだ。同僚の人の中にもそういう経験者が居て、共に切ない涙を零したそうだ。できれば、三歳位まで母の手で育てたかったと言う。




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★40 文字数を数える

2024-02-04 07:01:41 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
昨年のクリスマスパーティーの帰りの電車内のこと。独りの行動は自分のリズムで出来るので、ゆっくりの足取りで電車内の椅子に座ることが出来た。乗り換えてから55分程度だが、遊び疲れているので座れたのが有り難い。さよならの意味を込めて、毎度窓から見えるスカイツリーを眺める。ところが今回はスカイツリーを見るのを忘れていた。気づいた時には、東京を離れ千葉県に入っていた。目を閉じ、今日のパーティーを振り返っていた。華やかな女性客が36名、スタッフ11名。大変な盛り上がりだった。大満足の一日であった。

 目を閉じていた。脳内はぼやけていて眠気が出ているようだ。ゆらゆらと心身が解ける。「カチカチカチ、カチカチカチカチ」
 なんの音だろう? そして、何処から聞こえてきているのか? ぼやけた脳は少しずつ覚醒する。
「カチカチカチカチカチ」

 右隣の人物が音を立てていた。ペンシュルのような形のカウンターペンというのだろうか? その右手の動きが目の端に見えた。新聞記事のようなものを張り付けたノートの、文字数をカウントしているらしい。

 長い時間音を立てていたのだから、仕事の一端かもしれない。どんな仕事なのだろう?
 新聞記者かもしれない。何かの研究者かしら? 私の数少ない経験からは得られない職業があって、とても大事なことを移動時間さえ惜しんでしているのかもしれない。

 横目で盗み見ると、黄や黄緑で塗りつぶした行を数えては黒い線を引いている。様々な記事は次の頁にもあって、次々と作業を続けていた。
「カチカチカチ、カチカチカチカチ」
そうしているうちに、降りる駅に着いた。




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